「水輝さん……。気持ちはわかりますけど、ここは穏便に……」
「おれの大事な妹がー! 馬の骨に犯されたー!」
頭を抱えた水輝が白い天井に向かって吠える。慰めようとしていた優一郎が困惑した面持ちで奈月を見る。奈月は翠のしていることを見ながら頷き、横に並んで同じようにごりごりと床に額を擦り始めた。
「水輝さんの息子だったような気がするのはきっと気のせいねっ!」
「うわあ! その上、近親相姦だー!」
佑がにやにやと笑って指摘すると、水輝がまた声を張り上げる。理子はそんな彼らを順繰りに見てから、床にごりごりしている奈月を見つめた。
「奈月さん、生身になったの? おなかに赤ちゃん居るよね?」
「えっと、あの、別にそのまま変わりないですけど」
変ですか? と顔を上げた奈月が上目遣いに理子を見る。いや、そのままは変だろ。理子は心の中でびしりと奈月に突っ込みを入れた。
「あー、くそ、喚き疲れた」
それまで喚いていた水輝がくたびれた顔で言ってその場にあぐらをかく。するとゆらりと翠が顔を上げた。奈月と翠の額は床に擦って赤くなっている。
「お兄ちゃんとして、どうするつもりなの?」
水輝の傍にぺたんと座って佑がにやにやと笑う。うるせえな、とぼやいて水輝が頭をかく。
「奈月がそれでいいんならいい」
やがて水輝は聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと呟いた。それを見た理子は思わずへぇ、と感心の声を漏らした。てっきり水輝は奈月を強引に連れて帰ると言うと思ったのだ。
「水輝さん、わたし……」
奈月が胸の前に手を組み合わせて涙ぐむ。すると水輝は困ったような照れたような顔をして俯いてしまった。
「ふわあ……。兄妹だったの? 二人って」
理子は漸く場が落ち着いたことを見て取り、そう呟いた。そういえば奈月の水輝に対する態度は恋人とは少し違っていた。もしも奈月が水輝の恋人だったなら、佑が傍にいることに心地の悪いものを感じただろう。が、奈月は理子が訪ねていくといつも機嫌が良かったような気がする。水輝の隣に佑が堂々と座っているにもかかわらず、だ。
「あの、そうみたい、です。記憶とかは無いんですけど……」
「じゃあ、あんたが文句言う筋合いはないんじゃない? だって兄妹なんでしょ?」
理子は奈月の言葉に頷いてから水輝をびしりと指差した。すると水輝が顔を上げて嫌そうに理子を見る。
「だから、おれもそのことについ最近気が付いてだなあ……」
「愛に血は関係ないのよっ。そういうあなたも、考え方次第では優一郎の娘ってことになるんだし」
うんうん、と頷きながら佑が言う。理子はしばし考えてからにっこりと笑った。優一郎の腕に抱きついて佑に舌を出す。
「だから最初からパパって呼んでるもん、理子はっ」
「もう、優一郎ってばヘンタイねっ! 娘も同然の赤ん坊相手にあんなやらしいキスするんだもんねっ!」
からかうような声で佑が言うと、見た目にもはっきりと優一郎が慌て始めた。
「だ、だから! それはっ!」
「唾つけとかなきゃ、他の男にかっさらわれるしなあ」
腕組みをした水輝がしたり顔で頷くと、優一郎が少しだけほっとしたように顔を緩める。
「そういえば、水輝さんと佑はどうされるんですか? あの扉、そうそう簡単に開けるものでは無いと思うんですけど」
ふと、真顔になって優一郎が言う。すると水輝はがりがりと頭をかいた。
「ペナルティ食らってるからなあ。当分はあそこには手を出せないし、それにだな」
そう言って水輝が嫌そうな顔をし、力なく首を振る。
「ここもあそこも結局は大した差はないんだよ。あああ、始末書……」
額を覆った水輝ががっくりとうなだれて呟く。
「だから、ちゃんと確認とれば良かったんじゃない……」
ふっ、と笑った佑が横を向いてため息を吐く。そんな二人を見比べて理子は首を傾げた。そう言えばあの時、水輝はなにか妙なことを言っていた。聞こえてきた声はまるで機械のような女性の声だった。
「理子……えすえふはちょっと……」
その時のことを思い出して理子は乾いた声で笑った。
「とりあえず、これだけメンバーいれば作業もはかどるでしょうし、地道に一歩一歩いきましょう」
その場にいる彼らを見回してから優一郎がにっこりと笑う。理子はふと気になることを思い出して優一郎の腕をつついた。笑みをたたえたままで優一郎が理子を見下ろす。
「パパ、理子に男を見つけて欲しいんだよね? パパじゃない男の人と結婚して欲しいんだよね?」
「ちがうっ! あれは、扉を閉じられて、もう一緒に行けないと思ったからであって!」
「そうか……パパは浮気推奨派」
じゃあ行くか、と言って腰を上げた水輝が興味深そうな顔をしていた佑を引きずって歩き出す。身重の奈月を気遣いながら、翠がその後に続く。その場に取り残された理子はじと目で優一郎を見つめた。
「理子が浮気したいなら止めないけど、僕よりいい男じゃなかったら、そいつの命は保証できないから」
「あ、開き直った」
にっこりと笑った優一郎に抑揚のない平坦な声で言ってから理子は唇を尖らせてそっぽを向いた。
「理子、傷ついた!」
「そっか、ごめん」
しょんぼりと肩を落として優一郎が言う。うん、と力強く頷いてから理子は言葉を継いだ。
「理子、パパにあんな風に言ったことないもん! パパっ、もし理子が、理子じゃない女の人と幸せになってねって言ったらどう!?」
優一郎に向き直って理子はじっとその目を見つめた。
「ごめん。もう言わない。二度と離さない」
理子は優一郎の腕に抱きすくめられ、ほっと息を吐いた。優一郎のいない世界で生きている意味などないと思えた。だからもう、生きていたくないと思った。優一郎のいない寂しさを味わうくらいなら、死んでしまいたいと理子はあの時本気で思っていたのだ。
「パパのばか」
理子は優一郎の背に手を回して自分から抱きついた。胸に顔を埋めて泣きじゃくる理子を、優一郎はしばらく抱きしめていた。
フツーは機械は妊娠できないと思うのですが。
色々なのです色々。