「ただでさえ戦力はいつも不足気味なのに……。対抗できる力を持った人間達が、ようやく表舞台に出てきてくれているのが救いでしょうか」
「うん。退魔士の方も力のある子は出てきてるみたいだよ。西の方でそんな話、聞いたし」
魔に抗するために動き出した者がある。彼らはきっとこれから表舞台で活躍することになるだろう。だが地上に現れる魔も増え続けている。
多輝が戻ってくればかなり事は進むだろう。多輝の対偶の位置にある透の状況を見ればその日が近いような気がする。順は紅茶を啜ってから斎姫に向き直った。
「オレさあ。一つ、うっかり忘れてたんだけど」
「何でしょう?」
「斎姫ちゃん、オレとセックスしない?」
唐突に言った順を見つめ、斎姫が目を丸くする。順はのんびりと伸びをしながらへらへらと笑った。そんな順をしばし見つめてから斎姫がぷっと吹き出す。小さな声で笑い出した斎姫を眺めて順は不服の声を漏らした。
「そんな、笑うほど変かなあ」
今の斎姫の身体は前とは違う。龍体を得た斎姫は紛れもなく生身になっているのだ。紫が機械になったのとは正反対に斎姫は生身のまま生きている。
「茜さんが望まれるなら、抱かれるようにと、優くんから命令されてたんです。だから、ずっと待っていたのに」
「うん、知ってる」
横を向いて順は小声で言った。だが順はこれまで斎姫にそう言ったことがなかった。斎姫が優しい笑みを浮かべて腰を上げ、順の隣に静かに座る。
「実は、けっこーオレ、どきどきしてんの。知ってた?」
「ほんとに、天の邪鬼な人ですよね。茜さんって」
微笑みを浮かべて斎姫が言った時、間近で小さな電子音が鳴った。
「あの、少しだけ待っていただけます?」
携帯端末を操作しながら斎姫が言う。順はだらしない笑みを浮かべて頷いた。
「仰木……智子さん? その方は確かにそう名乗られたのね? 解ったわ、応接室にお通しして」
通信する斎姫の声に苦笑して順は頭をかいた。やがて斎姫が話を終えて携帯端末をテーブルに置く。
「急用が出来てしまいました。ですけど、茜さんがもし本気なら」
そう言ってから斎姫は白衣のポケットから一枚のカードキーを取り出した。順は差し出されたそれを大事に受け取った。
「わたしの寝室で、お待ちいただけますか?」
ほんのりと頬を染めて斎姫が言う。順はおっけー、と軽く返事をして腰を上げた。慌ただしく礼をした斎姫の姿がその場からかき消える。順は口笛を吹きながらのんびりと斎姫の寝室に向かった。
さっき斎姫が言っていた仰木の名は西で耳にした。仰木は退魔士を排出する代表的な家系と言われている。中でも特に力の強い少女が代々巫女を務めているという話も耳にした。が、真相は若干異なる。仰木の彼らは本来は退魔士の用いる道具を作る能力に長けているのだ。
きっと面白くなるよね。そう心の中で呟いて順は寝室の鍵を開けた。大きなベッドのある部屋には斎姫の気配が満ちている。その中にほんの微か、見覚えのある気配が残っていた。恐らく斎姫がこれまでずっと大切に残してきた気配だろう。
「悪いね、優一郎くん。オレは悪党だから斎姫ちゃんの処女を食うことにしたよ」
くすりと笑って順はベッドに腰掛けた。今頃彼らは忙しくしているに違いない。この世界を支え、生きていた彼らは今もなおどこかで生きている。やがて世界が大きく揺れ、変わり果てた頃に彼らは戻ってくるだろう。その時に誰が生き残っているかは判らない。
やがて話を終えたらしい斎姫が寝室に現れる。順は軽く手を上げて斎姫に笑みかけた。斎姫は少し緊張した面持ちをしている。
「茜、さん。その、する前に、ちょっと愚痴っていいですか?」
「うん。可愛いオンナノコの愚痴はだーい歓迎よん」
いつものようにだらしない笑みを浮かべ、順は斎姫に手招きをした。おずおずと寄ってきた斎姫が順の隣に腰掛ける。
「わたしの処女を、この身体のではありませんけど……奪った奴が居ました。優くんに捧げたいと思っていた想いを踏みにじって」
「うん」
少し俯いた斎姫が小声で言うことに順は頷いた。
彼らは出会うべくして出会い、様々な経験を踏んで成長をした。その過程で斎姫は多輝に抱かれ、処女を奪われた。そして絵美佳だった透は水輝と、優一郎は義母の由梨佳とそれぞれ初体験している。
懐かしいねえ、と順は心の底で呟いて目を細めた。
「その後、彼女、は、優くんを虜にしました。名目上の婚約者の座、さえも、わたしから奪いました」
「うん、そうだったね」
斎姫は喋りながら肩を小刻みに震わせている。きっとこれまで誰にも本心を打ち明けることが出来なかったのだろう。
「彼女、は何も理解しようとしませんでした。自分の事しか見えてなかったんだと思います。そして、あの七年前のあの時、彼女、は優くんを捨てました」
そう言ってから斎姫は大きく息を吸った。
『おれの知ってた優一郎は絶対、そんなことはしない。おれはそういうことをする奴は我満ならない。もう、これっきりだ』
多輝の声が聞こえる。順はそうだね、と苦笑して斎姫を見つめた。斎姫は平静を保っているつもりなのだろう。だがその声は少し震えている。
「あいつが、優くんのいったい何を知ってたというの? ぎりぎりで踏みとどまっていた、最後の拠り所を潰して、どうするつもりだったの? そして、今、あいつは、何をしているの?」
「世界を崩壊に導く修行」
怒りのこもった斎姫の声に順はさらりと応えた。それまで俯いていた斎姫が勢いよく顔を上げて順を見る。順はのんびりとした動きでシャツのポケットから煙草を引っ張り出した。
「よくよくね。オレ、あの手のタイプとは気が合わないらしいんだよねー。一目見た時から苦手だったんだけどさ」
まあ、これはオレの愚痴かなと苦笑して順は煙草の先に火を点けた。
「わたしの計算では、むこうでは、もう百年単位で時が流れているはずなんですけど、ずっと修行してるんだ……。そうなんだ」
くすくすと笑う斎姫の横顔はぞくりとするほど美しかった。そうだね、と笑って順はそっと斎姫の髪に触れた。
「たくさん憎んであげるといいよ。そのためにあの子はいるんだし」
それに、と言葉を置いてから順はゆっくりと斎姫の髪を撫でた。
「キミが生まれる前、器を構築する力を奪ったのはあの子だからね。最初からキミはあの子に奪われてばかりだね」
「茜さん、ごめんなさい。わたしってばこんなこと、せっかく来ていただいたのに」
あれ、と斎姫が呟く。その頬には何故か涙が伝っていた。順は苦笑して唇から煙草を剥がし、手の中で握りつぶした。何で自分が泣いているのか判っていないのだろう。涙を拭う斎姫は戸惑った顔をしている。
「いいのいいの。キミはなーんにも気にしなくて。恨み言いってる時の斎姫ちゃんって、綺麗で好き」
くすりと笑って順は両腕を伸ばし、斎姫の身体を包み込むように抱いた。涙を拭っていた斎姫がやがてしゃくり上げ、俯いてしまう。順は両腕に斎姫の身体を抱きしめてよしよしと頭を撫でた。
だってこのままじゃつまんないじゃない。そう心の底で呟き、順は斎姫の髪に唇を落とした。腕の中で斎姫は可哀想なくらい震えている。
「茜さん。ありがとう……ございます」
消え入りそうな声で言って斎姫が身体の力を抜く。目を閉じた斎姫の顎に指をかけ、順は触れるだけの口づけをした。
「何でありがとうなの? オレはきもちよーくなりたいから、斎姫ちゃんを抱きに来たえっちな男なのに」
くすくすと笑って順は斎姫の額や頬に口づけを散らした。
「わたし……、わたしは……」
真っ赤な顔をして斎姫が途切れ途切れに言う。ノープロブレム、と笑って順はもう一度斎姫の唇を塞いだ。今度は少し長く唇を触れさせてから顔を上げる。
「最初は感じなくてもおっけー。オレのこと好きになれなんてぜーたく言わないからさ」
「はい」
にっこりと斎姫が笑う。順は微笑みを返し、静かに斎姫をベッドに押し倒した。
このエピソードで九章は終了です。
もうちょっとだけ続きます。