※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


エピローグ
理子、えすえふはちょっと……


 いつもながら乱暴な足音が聞こえてくる。本当は足音を消して歩くことくらい簡単にできるのに。そんなことを思いながら優一郎は苦笑を浮かべて息を吐いた。

 

「おいこら! ぜんっぜん駄目じゃねえか!」

 

 けたたましくドアを開けた水輝が大声で喚く。優一郎は苦笑したまま椅子ごと振り返った。

 

「海の中! 激しく海の中に跳ばされたぞ!?」

 

 水輝は頭から足のつま先までびしょ濡れになっていた。舌打ちをして水輝が靴を脱ぎひっくり返す。すると靴の中からどぼどぼと水が床にこぼれ落ちた。

 

「やっぱり、そうなりましたか」

 

 ため息を吐いてから優一郎は机に向き直った。画面に表示されているのはとあるグラフと地図だ。

 

「座標は間違いありません。それは確かです」

「一体、どうなってやがんだ」

 

 どうやら優一郎を責めても無駄と判ったらしい。ぶつぶつと口の中で言って水輝が床に落とした靴を履く。それから水輝はゆらりと歩き出し、部屋の奥に進んだ。

 

 優一郎のいる白い部屋にはたくさんの端末が並んでいる。ここは優一郎の仕事場なのだ。幾つか並んだ棚には乱雑に書類や資料が突っ込まれている。そして部屋の壁の一面は硝子張りになっている。斜めに傾いた硝子の壁に近付いて水輝が頭をかく。

 

 硝子の壁からは向こうの部屋の様子が伺える。二人のいる部屋からは大きなフロアが見えるようになっていた。そこには青く、美しい大きな丸い珠が浮いている。珠にはところどころに白い雲がかかり、目を凝らすと青い珠の表面には土色をしたものが点々と散っているのが判る。

 

「っかしーなー。もっかい試してみるか?」

「無理だと思いますよ。座標は間違ってないんですから、ずれるのは時間軸のほうです」

 

 硝子の向こうに見える珠と端末画面を見比べてから優一郎は冷静に言った。水輝が難しい顔をしてため息を吐き、シャツのポケットを探る。習慣的に煙草を出してから水輝は低い声で呻いた。どうやら煙草も丸ごと水浸しになったらしい。

 

「ま、仕事じゃねえし、別にいいんだけどな」

 

 そう言ってから水輝が青い珠を硝子越しにまじまじと眺める。いつもの水輝の姿に苦笑をして、優一郎は疲れた目を瞼の上から押さえた。

 

「信じるしか、ありません」

「まあな。形が残ってるだけましか。佑を拉致った世界なんざ、直後に真っ二つに割れたからな」

 

 気軽に笑いながら水輝がそんなことを言う。水輝の言いたいことをきっちりと理解した優一郎は深々とため息を吐いた。

 

「ですけど、あそこはもう既に終わっていました。佑にとっても幸せだったと思います」

「……今はこっちで理子としょっちゅう喧嘩してるけどな」

 

 ははは、と乾いた声で笑って水輝ががっくりと肩を落とす。濡れた煙草をシャツのポケットに強引に押し込んでから、水輝は優一郎の方を向いた。

 

 あれから色んなことがあった。奈月は無事に出産を終え、今は育児に専念している。生まれた子供を見た水輝がうんざりした顔をするという一幕もあったのだが、それは過ぎた話だ。例え奈月が生んだ子供がラスティだったとしても、それはなるべくしてなったとしか思えない。

 

 そして今の優一郎は多くの研究者のひしめく『塔』と呼ばれる場所で仕事に励んでいる。ここでは数多くの世界が管理され、研究者たちは毎日を忙しく過ごしている。

 

「しっかし、お前も出世したよな。とんとん拍子に総管理官だもんな」

「何処へ行っても最後の切り札な水輝さんに言われても説得力ないです」

 

 少し眉を寄せて言ってから優一郎は苦笑した。そうかあ? と間延びした声で答えて水輝が肩を竦めてみせる。

 

 新しく創世された龍宝珠界はゆっくりと成長を始めた。龍宝珠界はかつて優一郎が居たあの世界と対偶の位置にある。龍神たちの持つ龍宝珠で構成された龍宝珠界には今のところ問題は発生していない。

 

「おれは前線にいる方が性に合ってるってだけだろ」

「そうですね。それから、聞いていますか? 次の水輝さんが参加するオペレーションのこと」

「あー? どれだ? たくさんありすぎて覚えきれねえんだよ」

 

 がりがりと頭をかきながら水輝が優一郎の傍に寄る。そこで水輝はおっと、と呟いて指を鳴らした。すると瞬く間に水輝の身体にまとわりついていた水が消える。

 

「水輝さんと、佑を同時投入することにきまったあそこですよ」

 

 口許に嗤いを浮かべて優一郎は端末を操作した。すると硝子の向こうに見えていた青い珠が音もなく消え、今度は別の珠が現れる。巨大な珠には白い雲がまとわりつき、珠の表面には茶色と緑の陸がある。

 

「ああ、あそこか。そろそろかなとは思ってたからな」

 

 首を伸ばして硝子の壁越しに珠を見つめた水輝が薄く笑う。

 

「穏やかで、平和なところに見えたんですけど。水清ければ魚棲まずっていう格言は本当なんですね」

 

 そう言って優一郎はため息を吐いた。すると水輝が軽く笑って優一郎の頭をぽんと叩く。この仕草もあの頃からずっと変わっていない。

 

「あそこは立城一人で保たせてたようなもんだからな。……へえ。理子が男だ」

 

 硝子越しに世界を覗いた水輝がぼそりと呟く。

 

「彼は生きのこる事ができるかもしれませんね」

「どうだろうな。何事も」

 

 そこまで言ってから水輝が口を噤み、優一郎を横目に見て笑う。優一郎も笑みを浮かべて口を開いた。

 

「やってみないと判らない」

 

 口を合わせて言ってから水輝が笑い出す。優一郎も水輝につられて声を立てて笑った。

 

 ドア越しに賑やかな声が聞こえてくる。言い争いをしながら近付いてくる気配に気付いて優一郎は苦笑をした。ノックもなしでドアをばん、とけたたましく開けたのは佑と理子だった。

 

「水輝さんっ! 今度こそ、世界を救いましょう!」

 

 目を輝かせて佑が声を張り上げる。すると水輝はうんざりした顔をしてそっぽを向いた。佑が関わった作戦で、まともに世界を救えた試しがただの一度もないからだ。その特性を上層部に買われて掃除役として派遣されているのだが、佑本人に自覚はないらしい。

 

「ちょっと! 話を逸らさないで! 理子の方が絶対、おっぱいおっきいもん!」

 

 目を吊り上げて怒鳴った理子は成人女性の姿にまで成長している。

 

「そりゃあ、理子は安産型だから」

 

 横目に理子を見て佑がにっこりと笑う。あ、逆鱗。そう優一郎が心の中で呟いた直後、理子はがん、と床を強く踏んで佑を睨みつけた。

 

「けつがでかいってか! 表に出ろ、ばばあ!」

「ヒップも大きいけどそれよりも」

 

 ふふん、とせせら笑って佑が舐めるように理子を見る。優一郎が額を覆ってため息を吐いた瞬間、理子がヒステリックな叫びを上げた。

 

「腰回りが太いってか!? 上等だ! 表にでやがれ!」

 

 セーターの袖をまくって理子が息巻く。だが佑はいつものことと理子を笑い飛ばす。こういうのも親子仲がいいというのだろうか。この二人は顔を合わすたびにしょっちゅう喧嘩しているような気がする。

 

「そうね。今日もそろそろ、鍛錬の時間ね」

 

 楽しそうに笑って佑が素早く理子の間合いに入り、ちょんと鼻の頭を指先でつつく。すると理子は目を吊り上げて、きー! と叫んだ。未だに理子は佑に勝てないらしい。やれやれとため息を吐いて優一郎はのんびりと制止の声を掛けた。

 

「理子、話があるんだ」

「え? なあに? パパ」

 

 くるりと表情を変えた理子がにこにこと微笑みながら優一郎に近付く。

 

「理子は、やっぱりここで働く気はないのかい? 内勤で充分やっていけるだけの能力はあると思うんだけど」

「え? パパがいっぱい稼いでるのに必要ないと思うけど」

 

 そこまで言ってから理子はうろんな目をして硝子の壁を見た。

 

「それに……理子、えすえふはちょっと……」

「なに言ってんだ。現実だろうが」

 

 呆れた顔をして水輝が硝子の壁を指差してみせる。その向こうには青い珠が浮き、ゆっくりと自転している。理子はしばしそれを見てから大きなため息を吐いた。

 

「駄目よ駄目。やっぱりえすえふはこう、仕方ないよ的に生ぬるい笑みを浮かべて、そういうのもあるよねみたいなこと言いながら、セカイの話をしたりとか」

 

 ぶつぶつと言いながら理子が一人で何度も頷く。考えるような顔をした理子の腕を捕まえた佑が、有無を言わせず理子を引きずっていく。それを見送ってから優一郎は思わず吹き出した。

 

「最初の話に戻りますけど、やっぱり介入は無理だと思います」

 

 ふと、真顔になって優一郎はそう言った。誰に似たんだか、とぼやいていた水輝が真剣な顔になってそうか、と呟く。

 

「向こう側から拒絶されてると見るのが自然かな、これは」

「大丈夫です。僕は多輝を信じています」

 

 優一郎はにっこりと笑って言った。きっと水輝が居なくてもあの世界は大丈夫だろう。

 

「はいはい、ご馳走様。おまえ、それ理子の前で言うなよ。絶対妬くぞ、あいつ」

 

 苦笑をして頭をかきながら水輝が言う。優一郎はくすくすと笑いながら首を傾げてみせた。

 

「嫉くとまた、可愛いんです」

「うあ、色ボケがここにいますよ」

 

 呆れたように言ってから水輝が優一郎の頭をつかんで強く撫でる。優一郎は困ったように笑った。

 

 天井のスピーカーがぷつん、と特有の音を立てる。

 

『作戦部各員へ。ナンバー886に異常発生。第一級戦闘態勢に移行してください』

「っと、やべ。また実験ミスしやがったな」

 

 じゃあな、と慌ただしく言って水輝がその場から消え失せる。優一郎はやれやれとため息を吐いて静かに立ち上がった。端末を操作すると硝子の壁の向こうにまたあの青い珠が現れる。

 

 優一郎が知る頃とは大分、陸の形が変わってしまっている。静かな眼差しで青い地球を見つめ、優一郎は微笑みを浮かべた。




これで『まやかしの終わり』は終わりです。
読んで下さった方ありがとうございました!

あとがき的に登場人物紹介などをちょっと足します。
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