天の龍神、地の龍神。あの頃、世界には多くの龍神が存在していた。世界は龍神にとってとても美しく、また人は龍神の護るべき存在だった。人々は守護を担う龍神に感謝を捧げ、龍神はそんな人々を愛していた。
だが龍神は不死身ではない。時が来れば死することもある。そしてまた、新しく生まれる龍神もあった。水輝はそんな中で面白半分に雷龍神を作ったのだ。
自分の力を少し分けてやればいいのだ。その程度の気軽さで作ったはずの雷龍神はだが、水輝の力の多くを奪い取って生まれた。水輝はそのことに驚いたが、生まれてしまったものを今さら殺す訳にもいかない。何しろ龍神同士の殺戮は討伐命令が出ていない以上、禁忌とされていたからだ。
雷龍神は気性は激しかったが、心根はとても優しかった。青龍王であった水輝を長と慕ってくれてもいた。誰もが、という訳ではなかったが、それでも雷龍神の理解者は多かった。その影で水輝は雷龍神に嫉妬の念を抱いたのだ。
そんなある日、雷龍神がとある子供に出会う。それが今の優一郎の前世の姿、せつなという少年だった。彼らは年も種族も違っていたが愛しあっていた。
だから彼らの関係を壊してやろうと思った。水輝はそう告げて嗤った。
「タイミング良く黒妖牙が天に戦いを仕掛けた。おれはその混乱に乗じて雷龍神に吹き込んだ。今、誓約者が見つかったらやばいぞってな」
焦った雷龍神は戦いながらもせつなを護ろうとした。だがそれが裏目に出る。奇妙な結界に囲まれたせつなの村を黒妖牙の軍勢が襲ったのだ。怒り狂った雷龍神はその力の殆どを使い、黒妖牙の軍勢を退けることに成功した。だが雷龍神は誓約者討伐の命令を帯びていた天の軍勢をも同時に倒してしまったのだ。
力尽き、弱り果てた雷龍神を残っていた天の軍勢である龍神たちが襲った。雷龍神は微かに残っていた力を彼らに啜られ、無惨に滅びてしまったのだ。そしてせつなもまた、雷龍神が滅したことで心が壊れてしまった。無作為に放たれた誓約者の力が雷龍神を殺した龍神たちを死に追いやった。
後には一人嗤う水輝だけが残った。最後まで長と慕っていた雷龍神から何食わぬ顔で遺言を受け取り、せつなの最後の願いを聞き、そして水輝はこれで全てが片付いたと嗤っていたのだ。
雷龍神が持つべき力は全て水輝に与えられることになった。そして水輝は強い力を得てそれまで以上に戦いに没頭することになる。
「昔の話だ。今さら詫びたところでどうにもならないし、謝って済む問題でもない。だからおれは今度は間違えないようにしようと思った」
だが雷龍神の力は大きすぎる。一つの器に入れておくには余りにも強すぎるのだ。そのために水輝にはこれまでに何度も弊害が現れている。
「お前が多輝を作った時、これはチャンスだと思った。奴の器は大きかったし、同時に何人も生まれるのが判っていたからな」
「だからこその標のシステムだったんだね」
「そうだ」
一度に器に閉じこめるには危険だった。だが、それなら分割してやればいいのだ。そして水輝は多輝が持っていた分までを含め、雷龍神の力を封じることにした。器は時と共に成長するのだ。少しずつ力を戻し、最終的に雷龍神として立てるようになればいい。そう思っていた。
だがそこで水輝は迷ったのだ。多輝の傍にはせつなの生まれ変わりである優一郎が居た。誓約者がついているなら力は必要ないのではないか。そう考えてしまったのだ。
「力は便利だ。だが、だからこそ危険なものだ。強ければ強いほど使う時の加減は難しいし、代償も払わなければならない」
「そうだね。リスクのない行動はあり得ないから」
静かに頷いて立城が話の続きを促す。水輝は頷き返して言葉を継いだ。
その頃にはもう、力のない自分が想像出来なくなっていた。龍神としての力、魔法の力、それらがなかったら自分はどうなってしまうのだろう。その恐怖が水輝の決断を狂わせた。
時は進み、立城が一度、地上を去る。その事態に陥ってもまだ水輝は迷っていた。だからごまかしの意味もこめて多輝にあのカードを与えた。とりあえずは魔法を使っていれば、本来の力が欠けていることに気付かないだろう。そんな甘い打算があったのだ。
気が付いた時にはもう、引き返せなくなっていた。力に囚われ、力に惑い、そしてまるで麻薬のように力に溺れていたのだ。そう呟いて水輝は苦笑した。
「力がない自分なんて考えられなかった。龍神の力がなく、魔法も撃てないおれにどんな意味がある? そんなことばかり考えていた」
だがもう限界だ。それを思い知ったのは紫翠の一件でだ。そう続けて水輝はちらりと立城を伺った。立城は静かな表情で水輝の話に耳を傾けている。
紫翠龍とは本来、唯一無二の名だ。例えば水輝の属す、水龍神という種族は多くの龍神を擁している。木龍神、火龍神なども同様だ。長となる龍神には特別な名が冠されるが、本来の種とその名は異なる。
だが紫翠龍だけは違う。あれは種族を示す名であり、また同時に唯一の存在を示す名なのだ。だが紫翠龍は一度、潰えた筈だった。亡霊のように紫翠がこの世に影響を及ぼすようになった時、水輝は焦ったのだ。
一応、事件が起こるたびに誰かの手によって解決は出来た。だが紫翠の事件はやがて回数が増え、そして最終的には大きな事件を生んだ。それは水輝の抱える、本来なら雷龍神が持つべき力の弊害の表れなのだ。
その時にはもう、多輝に簡単に力を移す事は出来なくなっていた。器は成長する。だがそれと同時に多輝自身も成長するのだ。子供の頃なら難なく受け入れられたことでも、成長すると受け入れられなくなることもある。この力を移す作業はまさにそれだった。
生半可な方法では駄目だ。世界がひっくり返るくらいの力が要る。
「おれはだから礎を使うことに決めた」
「……嘘だね」
静かな声で、だが毅然とした姿勢で立城が言う。
「それもごまかしているよ。水輝は人形二人が邪魔になったんだ」
「そうだ」
全てが丁度よかった。この方法なら。
「逃げられる。そう思った」
「何故、逃げたかったの? 彼女たちなら正直に言えば素直に離れていたと思うよ?」
だって水輝を好いていたから。そう立城が言葉を足す。水輝は乾いた声で笑って力なく首を振った。
「わからねえ」
「正直だね」
苦笑を浮かべて立城が首を傾げる。そうか、と呟いて水輝はため息を吐いた。
術は発動した。力は多輝に移った。そして水輝は力をなくした。結局、過ぎてみれば随分と遠回りをして本来の形に戻ったのではないかという気がする。だが支払われた代償は余りにも大きすぎた。
水輝側の一方的な事情!w
いつもの通りなのですが!w
多輝、とばっちり。