少しずつ動く練習をして、何とかベッドから降りられるようになった頃、季節は巡って一年以上の月日が流れていた。同居人たちと折り合いをつけることを覚え、多輝は再び魔を倒すようになった。サポートの由梨佳は有能だし、まだ不慣れではあったが何とか魔法の力を操ることも出来た。
問題は多輝の意識の中に割り込んでいる二人分の意識だ。だか不思議なことに多輝の頭の中でやたらと煩く話をする二人のことを、多輝以外の誰も判らないらしい。試しに優一郎に頼んで思惟を読んでみては貰ったのだが、やっぱり何も感じないという答えが返ってきた。要するにこの同居人たちは多輝が通訳をしない限り、外の誰ともコンタクトをとることが出来ないのだ。
「たーだいまー……っと」
多輝は清陵高校の地下にある自分の部屋に転移して戻り、真っ先に着替えを始めた。近頃は変身しても服が替わったりしない。どうやら以前、様々な服が封印解除と同時に現れていたのは蒼が原因らしい。蒼はまめに多輝の衣装を用意して次元の隙間に放り込んでいたのだという。その話も多輝は寝ている間に聞かされた。
名乗り出てやらないのかよ。多輝は同居人Aに何度かそう訊ねた。確かにあの時に炸裂した魔法は大きすぎた。激震に見舞われたのは天界だけではなく、冥界と言われる地底の奥底の界もかなりのダメージを受けたらしい。あの時の多輝は水輝がこれで死んでしまうのだと思った。だから絶対に阻止するのだと思っていた。
同居人Aは多輝が言うたびに笑って言うのだ。今は駄目だ。じゃあ、いつならいいというのだろう。だがそう考える心の底で多輝は悲しい気持ちになるのだ。もう、二人は元の形には戻れない。だから本当は名乗り出ることも出来ないし、二度と彼らと会うこともかなわない。多輝の目を通して周囲のものは見えてはいるらしいが、相手には二人の存在は感じることすら出来ないのだ。
「何だかなあ」
『おっ。今日は珍しく優一郎が帰ってるじゃないか。良かったな、苺』
多輝の考えを余所にやけに気軽に同居人Aが言う。するとそのすぐ後で同居人Bが深々とため息を吐いた。
『ああ、わたくしの多輝様が他の男とまぐわるなど』
「まぐわる言うな!」
真っ赤になって多輝は他に誰もいない部屋で喚いた。だが目がついつい壁に掛けられたボードに行ってしまう。なるほど、確かに優一郎は在室中だ。地下施設の案内図には主要な人物を示すランプが点灯する仕組みになっているのだ。優一郎の部屋のところにあるランプはしっかり点灯している。
急にそわそわとし始めた多輝を同居人たちが笑う。多輝は煩いと喚いてから急いで身だしなみを整え始めた。事後処理を任せっぱなしになっている由梨佳のことが少し気になるが、きっと大丈夫だろう。由梨佳と交わるためにもまずは優一郎に許可を貰わなければならない。そんな理由を心の中でこじつけて多輝はいそいそと鏡の前に立った。ブラシで丁寧に髪を梳き、変なところがないか全身を鏡に映す。よし、とこぶしを握って気合いを入れてから多輝は自分の部屋を出た。
この施設の構造は大きく変わった。以前は隣の施設と仕切られていた壁はもうない。東と西に分かれていた施設は廊下で繋がっているのだ。だが、優一郎の私室や多輝の部屋がある階層はその更に下にあり、通常は他の者が入ることが出来ない仕組みになっている。地下五階に入れるのは今のところは優一郎と多輝、それに斎姫と由梨佳だけだ。
まあ、同居人をカウントしなきゃだけど。そんなことを考えつつ多輝は緊張の面持ちで優一郎の部屋の前に立った。まず何て言おう。やっぱりここは久しぶりとかかな。そんなことをつらつらと考えているうちに多輝は無意識に表情を緩めた。だが多輝はすぐに我に返って頭を強く振った。
普通にしてればいいんだ、普通に。そう自分に言い聞かせて多輝は優一郎の部屋のドアをノックした。中から控え目な返事が聞こえてくる。いつもよりずっと小さな声だ。だが緊張しきっていた多輝はそのことに気付かず、勢いよくドアを開けた。
「よっ、よう! 優一郎、帰って……あ?」
元気よくひっくり返った声で挨拶をした直後、多輝は訝りに眉を寄せた。優一郎は広々とした部屋の奥にある机につき、口許を押さえて俯いていた。それを見た多輝は慌てて優一郎に駆け寄った。
「だっ、大丈夫か!? 吐くか!?」
心配顔で問い掛けた多輝に頷き、優一郎が深々と息を吐く。口許から手を離し、机にもたせかけていた身を起こした優一郎は苦笑を浮かべていた。
エピタイは多輝の本音ですw