「なっ、何なんだよ、一体! いつもだったらこういう時はちゃんと引っ込んでるくせに!」
『がなるな。お前には判らないだろうが、あんまり大声で喋られると煩くてかなわん』
うんざりした、というイメージが声と同時に送られてくる。多輝は拗ねて唇を尖らせ、同居人Aを促した。
『悪いがまた探ってくれないか。そろそろだと思うんだ』
どうやら同居人Aはまた優一郎に力を使わせようとしているらしい。そのことに気付いた多輝は難しい顔をした。以前、何度か同居人Aに頼まれたから内容は聞かなくても判る。同居人Aは立城の動向を気付かれないようにこっそりと……つまり、立城の周辺で発された言葉を力で読めと言っているのだ。
「多輝、追加コメントがあるんだけど、聞く?」
考え込んだ多輝の耳に優一郎の声が届く。多輝は深く考えず頷きながら優一郎を見やった。何故か優一郎はにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。同居人Aからの注文について話そうとしていた多輝は、訝りつつも口を噤んだ。
「えっと、あの、多輝さんのほうがわたしよりバスト大きいです」
わざわざ丁寧に口調まで真似て優一郎が言う。それを聞いた瞬間、多輝の顔がぴしりと凍り付いた。判る。そう、言われた通り、確かにサイズだけなら同居人Cより多輝の方が大きかった。だが彼女は気付いていない。世の中にはアンダーバストというものが存在しているのだ。胴回りが多輝よりずっと細かった同居人Cの胸は、測ったときのサイズよりずっと大きく見えたのだ。
「わたしより大きいのに何文句言ってるのよ!」
今度は少し強い口調で優一郎が言う。多輝はひきつる頬を手でしっかりと押さえた。なるほど、同居人Dの言うことは一理ある。同居人Dの場合はサイズは確かに多輝より小さかったかも知れない。が、何故か同居人Dは服を着るとバストだけが豊かに見えるという、多輝にしてみれば羨ましすぎる特性を持っていたのだ。
ぐっ、と喉の奥で呻いて多輝は拳を握り固めた。
『阿呆。何であいつらの胸とお前のちんけな胸を比べなきゃならないんだ。あー、くそ、抱きたいなあ』
ぶつぶつと文句を言いながら同居人Aがため息を吐く。煩い、と文句を言ってから多輝は改めて同居人Aがさっき言った注文を優一郎に伝えた。
「さらに追加。おじさま、ね?」
途中から唐突に優一郎の声音が変わる。多輝はああ、と頷いて同居人Aにも確かめた。
『ああ、そうだ。そろそろ接触した頃だと思うんだが……』
独り言のように同居人Aが呟く。多輝はごほん、と咳払いをして同居人Aの言った内容を伝えた。すると優一郎が真剣な面持ちになって中空を見つめる。
「防御が薄くなってる? いったい何が……!」
『あー、油断大敵ってな。いいから読めよ。そろそろ会ってる頃だと思うんだ』
優一郎の動揺した様を余所に同居人Aがのんびりと言う。多輝は不安を覚えつつも意識の内側で響いた言葉を優一郎に伝えた。
「本当に、生きていたんだ……」
驚きの表情で優一郎が呟く。それを聞いた多輝は目を丸くした。意識の奥で同居人Aが不敵に笑う。
『そう簡単に死んでたまるか。まあ、今のおれじゃ説得力がないだろうがな』
多輝は困惑しつつも同居人Aに言われたままを優一郎に伝えた。まるで伝言ゲームのようだ。が、何しろこの同居人たちは仮初めの器に宿ることすら出来ない有様なのだ。意志を伝えようと思うと、どうしても手間がかかるが仕方ない。
立城は常に周囲に完璧な防御壁を張り巡らせている。仕事で外に出る時はもちろん、屋敷の中に居る時もそうらしい。だが、言葉を発するとなると話は別だ。言霊を管理する優一郎にしか出来ない技だが、この方法なら立城に気付かれることはない。……と、同居人Aがいつか言っていた。そのことを思い出して多輝はなるほど、と呟いた。
「なるほど……」
多輝と同じように優一郎がぼそりと呟く。多輝はそわそわしながら優一郎が話してくれるのを待った。時折、優一郎の眉が寄り、難しそうな顔になる。その度に多輝は不安に駆られた。
何故、同居人たちが揃って立城に気配を悟られないようにしているのか判らない。もしも彼らが意識の中にいるのだと言えば、立城のことだ。どうにかして元の形を戻そうとするのではないだろうか。しかも今の立城は地上の王とまで謳われるほどの実力者なのだ。あながち無理な注文でもないような気がする。
「多輝」
呼ばれて顔を上げたところで唇を奪われる。多輝は驚きに目を見張って息を飲んだ。いつの間にか優一郎が多輝を抱きしめ、唇を塞いでいるのだ。心地の良さを感じた多輝は自然と瞼を閉じ、身体の力を抜いた。
誰かの声が聞こえてくる。だが多輝は優一郎の腕の中でうっとりと顔を緩め、口づけの心地よさに酔いしれていた。そんな多輝の頭の中を声が素通りしていく。
『なるほど、了解』
唐突に聞き慣れた声がする。そこで多輝は慌てて目を開いた。反射的に優一郎のに身をすり寄せていたことに気付き、慌てて背筋をちゃんと伸ばす。同居人たちがそんな多輝の様に苦笑をする。
『お前が待ちくたびれてることは判ってるって。お疲れさん。もう邪魔しねえよ』
『あああ、多輝様、どうかお気を確かに』
それぞれに言って唐突に同居人たちが黙る。気恥ずかしさをどこにぶつけていいか判らず、多輝は目を白黒させた。何しろまだ優一郎と多輝の唇はしっかりと合わさっているのだ。
「多輝、おまたせ」
そう言って微笑みを浮かべ、優一郎が多輝を両腕に抱え上げる。抱き上げられた多輝は真っ赤な顔をして唇を尖らせた。別に待ってねえ、と可愛げのないことをわざと口にしてみる。だが優一郎はそんな多輝を咎めることもなく、静かにベッドに歩み寄った。
胸のサイズを気にしているところは最早、女性としか言いようが……。