※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


いちごをする多輝

 そうしている間にも時間が流れ、季節はやがて初夏を迎えた。魔の数は日に日に増えているが、対応する人間の数も少しずつ増えているようだ。風の噂で人の中にも特殊な力を持っているものが出始めていると聞いた。

 

 ベビーカーを押しながら多輝は隣を歩く由梨佳を見た。今日の多輝の身体は男性のものに変化している。この性の変化もまちまちで、多輝の意志とは関わりなく性別が変わってしまう。だが、不思議と多輝の都合の悪い時に急に変わったりはしない。

 

 こんな風に歩いていると若い夫婦に見えるのだろうか。そんなことを思いながら多輝は由梨佳に言われるままに公園に入った。広々とした公園には賑やかな子供の声が響いている。多輝は芝生の敷き詰められたスペースに移動し、ベビーカーから理子を降ろした。

 

「多輝くん。どうしたの?」

 

 子供用の靴を履き、たどたどしく歩き始めた理子をぼんやりと見ていたからだろうか。由梨佳がそっと声を掛けてくる。多輝は慌てて何でもないと首を振り、由梨佳の運んだバスケットから敷布を取り出した。芝の上に丁寧に広げてから理子を呼ぶ。

 

「おーい、理子。ご飯を先に食べよう」

 

 多輝の声に振り返った理子が頷いて戻ってくる。理子は不思議なことに男性に変じても多輝のことが判るらしい。近頃は言葉も増え、多輝の名も呼べるようになった。

 

 由梨佳が日傘を畳んで敷布の上に座る。多輝は理子を膝に抱え上げて由梨佳の隣に腰を下ろした。バスケットから水筒や弁当を取り出す。

 

「あれ? おてふきはどこだっけ」

「ごめんなさい。忘れたかも」

「そっか。じゃあ、理子。手を洗いに行こう。由梨佳も来いよ」

 

 そう声を掛けて立ち上がり、多輝は水飲み場に向かった。丁度、昼時ということもあるのか多輝たちと同じように水場で手を洗っている人々が多い。順番を待って三人で手を洗い、元の場所に戻る。

 

 弁当箱の蓋を開けて多輝はおにぎりを一つ取り出した。膝に抱えた理子がおにぎりを見て目を輝かせる。近頃の理子は離乳食を卒業し、大人と同じものを口にするようになっているのだ。

 

「ほら、理子。あーんして」

 

 どきどきしながらおにぎりの端を少し取り、理子の口に近づける。するとそこで理子が難しい表情をしてそっぽを向いた。

 

「たき、やっ!」

 

 ぷい、と拗ねて顔を背けた理子を見つめ、多輝はがっくりとうなだれた。外でなら少しはごまかされてくれるかと思ったのだが、やっぱり駄目らしい。多輝は諦めて手にしていたおにぎりと千切ったごはんを由梨佳に差し出した。由梨佳がおにぎりの欠片を理子の口許に寄せる。すると理子は素直に口を開けてご飯を頬張った。

 

「どうして嫌なの?」

 

 理子に食事をさせながら由梨佳がにっこりと笑う。理子は運ばれるままにおにぎりの欠片を食べている。

 

「まま、いいの」

「うわあ、相変わらずだなあ。ちょっと落ち込むぞ、おれ」

 

 苦笑しながら呟いて多輝は弁当箱からおかずを取り上げた。行儀悪く手でつかんだ鶏の唐揚げを口の中に放り込む。今日だけではない。理子はいつも由梨佳の手以外から食事をとろうとしない。赤ん坊の時からずっとそうだ。試しに他の者が理子にミルクをやろうとすると、もの凄い勢いで泣いていた。全身で拒絶する理子を誰もが扱いかね、最終的には由梨佳がミルクを与えていたのだ。

 

「はい。理子ちゃん。遊んでもらうのは平気というか、多輝くん好きなのにね」

 

 かいがいしく理子の口にご飯を運びながら由梨佳が言う。多輝はむう、と唸って弁当箱からおにぎりを取り上げた。

 

「好かれてるのは判るんだけど、食べるのとか風呂とか、けっこう理子って好みがはっきりしてるよな」

「ういんな、たべる」

 

 聞き取りにくい理子の言葉をきちんと聞き取ったのだろう。由梨佳がはいはいと返事をして小さな楊枝に刺さったウインナーを理子の口に運ぶ。理子はそれを頬張り、嬉しそうに身体を前後に揺すった。

 

「それは、理子ちゃんも女の子なんだから」

 

 くすりと由梨佳が笑う。多輝は弁当を食べながらそんなものなのかと由梨佳に訊ねた。由梨佳が多輝の問い掛けに頷く。ふうん、と曖昧に呟いて多輝は何気なく周囲を見回した。

 

 暑い陽射しを避けて芝生の上の木陰に陣取り昼食をとっている家族連れは多い。長閑な光景を見つめて多輝は思わず笑みを浮かべた。いつ魔に襲われるか判らない、不安定な世の中だというのに公園には子供の元気な声が響き、ごく当たり前に家族連れが食事をする光景が見られる。そのことが多輝は何となく嬉しかった。

 

 食事を済ませ、さあ遊ぼうと多輝は理子を連れて遊具のある方へ向かった。由梨佳が後片付けをしながら二人に手を振る。多輝は由梨佳に大きく手を振り返し、理子と一緒に公園の中央部に向かった。

 

 滑り台、ブランコ、砂場に鉄棒、ジャングルジム。かつて多輝が幼い頃に見た遊具と同じ種類の遊具があちこちに設えられている。多輝は真っ先に滑り台に向かい、理子と一緒に何度も滑って遊んだ。砂場では砂の城を作った。小さなアスレチックも理子としっかりと手を繋いでチャレンジした。

 

 さあ、もう一度滑り台に行こう。そう促した多輝のズボンを理子がつかむ。

 

「たき」

 

 多輝は不思議に思って理子を見つめた。さっきまで楽しそうに遊んでいたのに、何故か今の理子は少し不満そうな顔をしている。

 

「どうした? もしかして疲れたか?」

 

 そう言いながら多輝は理子を抱き上げようと手を伸ばした。すると理子がやっ、と声を上げて首を横に振る。

 

「理子?」

「たき、いちご、して」

 

 それを聞いた多輝はぎくりと肩を竦め、慌てて周囲を見た。だが周辺にいる誰も理子の言うことは聞いていなかったらしい。多輝は焦りつつその場にしゃがみ、目線の高さを理子に合わせてから苦い顔で首を横に振った。

 

「いや、ちょっと、今は……」

「いちご! して!」

 

 怒った顔をして理子が地団駄を踏む。多輝はうろたえて何とか理子をなだめようとした。だが理子は相当に不満に思っているのか、かんしゃくを起こして甲高い声を上げる。

 

「わっ、判った! 判ったから!」

 

 理子にはやたらと甘い多輝は観念してそう答えた。すると理子がぴたりと喚くのをやめる。

 

 この頃、理子と一緒に遊ぶ時に多輝が必ずさせられる、とあることがあるのだ。多輝は近くの椅子に理子を座らせ、えへんと咳払いをした。右手でこぶしを作って前に突き出し、やけくそで言う。

 

「星の力を秘めし鍵よ!」

 

 多輝は女性の時、魔法を使うために唱える呪文を口にした。だが、手には何も握っていないし、呪文を口にしたところで変身はしない。ようするにこれはごっこ遊びなのだ。

 

 理子が嬉しそうに笑って手を叩く。周囲で遊んでいた子供が唖然とした顔で多輝を見る。それに付いていた親たちが苦笑のようなものを浮かべて多輝を見る。複数の視線を感じつつも多輝はやけくそで呪文を続けた。

 

 次々に人が集まってくる。近頃は苺と言えば多少は名が知れている……というか、ファンクラブなどというモノがあるために噂が噂を呼び、苺の名を知っている者がかなりいるのだ。

 

「みんなの夢と希望と明るい明日を護るため、マジカルプリンセスいちご! ただいま参上!」

 

 口上を終えると同時にその場でくるんと回転し、ポーズをとる。そこで何故か周囲から拍手がわいた。多輝は真っ赤になって慌ただしく理子を抱き上げ、その場から逃げ出した。

 

「多輝くん。さすがよね」

「いっ、いいから! 帰るぞ、ほら!」

 

 にこやかに多輝と理子を迎えた由梨佳を急かし、慌ただしく帰り支度をして脱兎のごとく公園を出る。

 

 そのことを話すと優一郎は口許に手を当てて肩を震わせた。どうやら笑っているらしい。近頃は優一郎も大分、余裕が出来てきているのか地下施設にいる事が多い。多輝は昼間のことを報告ついでに優一郎の部屋を訪れていた。

 

 理子は遊び疲れたのか今日は早々に眠ってしまった。多輝は仏頂面でコーヒーカップの中をスプーンでかき混ぜた。ソファでテーブルを挟んで向かい合わせに座る優一郎はまだ笑っている。




いちごは……名前のはず……なのですがw
子供はこんな感じで言いますよねー、という。
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