「笑うトコじゃねえのに……。おれは真面目に恥ずかしかったんだ!」
声を荒らげてから多輝はそっぽを向いた。
「多輝は真面目だよね」
「どういう意味だよ、それ。あっ! またブラックで飲んで! せめてミルクは入れろっていつも言ってるだろっ」
何も入れないコーヒーを飲もうとしていた優一郎に文句を言い、多輝はミルクポットを突き出した。困ったような顔をして優一郎が首を傾げる。
「多輝って世話女房タイプだよね」
笑い混じりに告げた優一郎を睨みつけ、多輝はコーヒーカップをぶんどった。返事を待たずに優一郎のカップにミルクを注ぎ込む。
「世話とかなんとかじゃなくて、何か身体に悪そうだろ!?」
ぶつぶつと言いながら多輝は優一郎のカップの中身をスプーンで混ぜた。おら、とぶっきらぼうにカップを突き出すと優一郎が苦笑しながら受け取る。
「ありがとう」
「うっ……。こっ、今度からちゃんと自分で入れろよ」
優一郎は微笑みを浮かべている。多輝は何となく居心地の悪いものを感じて横を向いた。自分のカップをテーブルからさらって口をつける。
『まあ、どう転んでも苺は苺だしな』
唐突に声が聞こえる。多輝は慌ててカップを口から離し、その拍子にコーヒーを少し零してしまった。焦る多輝に代わって優一郎が服に零れたコーヒーを拭いてくれる。
『ところでだな。魔が出現した場所を記した地図とかないか?』
「は? 魔の出たとこの地図?」
同居人Aが言う意味が理解出来ず、多輝は言われたままを問い返した。すると優一郎がコーヒーを拭いていた手を止める。
「どうしたの、多輝?」
「いや……何か、Aが……魔が出たとこの地図がないかとか言ってて」
だが同居人Aの言うようなものはある筈がない。魔が出た場所のデータを誰がまめに入力するというのだ。その意味を込めて多輝はあるはずねえよなあ、と笑った。
「Aさんが……。ちょっと待っててね。多輝」
「あるのかよ!?」
ソファから離れ、部屋の奥に向かう優一郎に多輝は思わず声を張り上げた。驚きに目を丸くした多輝を振り返って優一郎が意味ありげに笑う。多輝は慌ててコーヒーを飲み干し、急いで優一郎の後を追った。
優一郎が慣れた手つきで端末を操作する。多輝は優一郎の背後からモニタ画面を見た。ウィンドウが次々に切り替わり、やがて世界地図が現れる。
『ああ。とりあえずはこの国だけでいい』
多輝は脳裏に響いた同居人Aの言葉をそのまま優一郎に伝えた。優一郎が頷いてキーボードを操作する。すると映し出されていた世界地図の中の一部が大写しにされた。
地図には色とりどりのマークがついていた。
『そういえば苺はこれまで誰かと鉢合わせしたことはないか?』
唐突に同居人Aが言う。地図にじっと見入っていた多輝はその質問に首を傾げた。
「魔の退治の時か?」
『そうだ』
「要とは何故かちょくちょく顔は合わせるけどなあ……他は……特には」
多輝は画面を見つつ、何気なく同居人Aと会話した。そこで優一郎が多輝を振り返る。
「魔の強さに応じて派遣する人材を調整してるから」
「あ、そうなのか?」
だが多輝は何故か引っかかるものを感じた。同居人Aが言ったことを心の中で繰り返してみる。誰かと鉢合わせになる。だがもしもそんなことがあったなら、同居人Aなら覚えているのではないだろうか。何しろ同居人たちは常に多輝の意識の中にいるのだ。
『阿呆。おれだってたまには眠くなるし、Bだってそうだ。常にお前と同じものを見てる訳じゃない』
多輝の思考を読んだのか、即座に同居人Aが言う。それを聞いた多輝は難しい顔になった。
以前、一度だけ現場で妙な女を見たことがある。さあこれから魔と戦うぞ、というところでふらりと若い女が結界に進入してきたのだ。
女はつかみ所のない笑みを浮かべていた。侵入者に慌て、連れ出すようにという多輝の指示に従って由梨佳が女を安全な場所に連れて行った。結局、その女とはそれっきり会っていないからすっかり忘れていたのだ。
多輝は思い出したその時の話を優一郎にしてみた。優一郎が端末を操作し、地図の一部を拡大する。そうそう、と多輝は頷きながら地図の中にある赤い印を指差した。
「そう、確かここだ。あの時はけっこう強い魔で、撃退は出来たけど倒せなかったんだよな」
当時のことを思い返しながら多輝はしかめ面をした。
「若い女性……。どんな容姿でどんな服装をしてたの?」
「ええと、確か髪が長くて、肌の色はまあまあ白くて、背は女の時のおれよりちょっと低くて」
優一郎に問われるままに多輝は懸命にその女の事を思い出そうとした。だが特に印象に残る顔立ちやスタイルではなかったのだろう。記憶を掘り起こそうとしても女の顔の特徴などがどうしても思い出せない。
「あ、そうだ。何か、浴衣みたいの? 着てたぞ」
和服で白いの。多輝はぽんと手を叩いてそう告げた。
「なるほど。了解」
そう言って優一郎が机に向き直る。多輝はその意味が判らず、首を傾げた。
『ふうん。出現場所は思ったより散らばってるんだな』
それまで黙っていた同居人Aが言う。それを聞いて多輝はそういえばと呟いた。魔は神出鬼没だ。だが人の精気を好む性質から、人の全くいない場所には出現しにくいという特徴がある。なのに地図を見ると魔の出現場所はやけに散らばっているのだ。
「多輝、何か気付いたことでも?」
「あ、おれじゃなくてAが」
そう前置きをして多輝は同居人Aが言ったことを伝えた。確かに地図の上の印は散らばっている。だが多輝はこれまでにあまり人気のない場所で魔を相手にしたことがない。魔と対峙するのは大抵、繁華街や住宅街と言った人の多くいる場所だ。多輝はこれまで自分が戦ってきた魔のことを思い出しながらその話をした。
「魔の性質に関してはかなり研究が進んできている。あれらはもともと浄化因子とでも呼ぶべき存在だったんだ」
「ごめん。おれでも判るように言ってくれるか」
話をし始めた優一郎を多輝は気まずい顔で制した。すると困ったように笑って優一郎が肩越しにちらりと振り向き、また机に向き直る。
「Aさんなら、わかりますよね?」
優一郎がにっこりと笑って言う。
『それは買いかぶり過ぎだって言ってやれ』
同居人Aが苦笑のようなイメージを送りつけてくる。多輝は肩を竦めて同居人Aが言ったままを優一郎に伝えた。
「単純明快に言うと、もともとの浄化因子であった龍神が浄化因子として機能しなくなったから代わりに出てきた存在」
「わ、わからねえ……」
ゆっくりとした口調で説明をしてくれただけに、判らないことを正直に言うのには勇気がいった。だが多輝は素直にそう言って優一郎にごめんと頭を下げた。困ったように笑って優一郎が振り返る。
「うん。僕も言ってて途中で気付いたから」
「へっ?」
間の抜けた声を上げて多輝は下げていた頭を戻した。
『まあ、語ることで真実が見えることも往々にしてあると。で、悪いんだがその地図の表示を時間別に出来るか?』
驚きの顔をしていた多輝を余所に同居人Aがすらすらと注文する。多輝はそこで優一郎と間近で見つめ合っていたことに気が付いた。慌ただしく後ろに下がり、多輝は同居人Aの注文を優一郎に伝えた。
「アニメーションさせます」
そう言って優一郎が元通りに机に向かう。そこで多輝はほっと息を吐いて再び画面に寄った。それまで単に地図に様々な色で印が付けられていただけだったのに、その印が消えた後、今度は一つずつ地図上に現れ始めた。
『ほーん……。これ、リアルタイムのデータも送られてきてるんだよな?』
頭の中に響いた声に特に疑問を覚えることもなく、多輝は言われたままを優一郎に伝えた。
挟むと書くとアレな感じですけどね!w