※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


天彌とせつな 2

『だがコンプレックスに理由があるか? 嫉妬の念に明確な理由付けが出来るか? 自分が誰かより劣っているという、激しい劣等感に理由付けをしたところで意味はない』

 

 つらつらと同居人Aが語る。そうしているうちに暗く曇った空からは雨が降り始めた。それまで不安そうに空を見上げていたせつながはっとしたような顔をして、急に走り始める。森の中にせつなの姿が消え、その場には枝についた鬼灯だけが残った。

 

 灯籠のような形をした橙色の鬼灯が雨に濡れる。

 

『おれの力を奪い取った上に、心の安らぎまで見出している奴がどうしても許せなかった。おれは力の大半を失い、そのことを周囲にごまかすことに必死になっていた』

 

 そこで言葉を切り、同居人Aが嗤う。

 

『運良く、紫翠はその当時、居なかった。だから誰もおれが弱くなったことに気が付かなかった。龍神の動乱の時代だ。多少のことはどうとでも握りつぶせた。やばそうな奴には片っ端から配下を向かわせて』

 

 多輝は呆然と雨に濡れる鬼灯を眺めていた。空には稲光が走り、凄まじい轟音が響いている。だが何故か鬼灯から目が離せなかった。

 

『端から骨抜きにしてやったのさ。禁忌を犯してな』

 

 当時、龍神同士の交わりは禁忌とされていた。その当時から龍神には性の別があったのだが、性交渉だけは厳禁とされていたのだ。同居人Aは嗤いながらそのことを語った。

 

 清らかだった滝が土石流と化す。鬼灯が土色の水に押し流され、土や石が大量に混ざった危険な水流が森を抜けて集落に襲いかかる。多輝はどうすることも出来ず、呆然とその光景を見つめた。

 

『おれの配下はそっち方面に関してはすこぶる優秀でな。いつどこで技を磨きやがったんだか、床の相手だけはべらぼうに上手かった。最初は禁忌だどうだとごねていた奴らも、まんまと引っかかってくれてな。それナシでは生きられない身体にされた』

 

 そして精気をありったけ吸い取られた奴らは死んだ。くすくすと笑って同居人Aが言う。多輝は言葉を挟むことも出来ず、黙ってその話を聞いていた。だが、当時、禁忌とされていたなら当然処罰を受けたのではないだろうか。

 

 受けたさ。軽い口調で同居人Aが言う。どうやら同居人Aは多輝の思考を読んでいるようだ。だが多輝はそのことを不快に感じる余裕もなかった。

 

 轟音が響く。空に何度も雷が奔る。

 

『禁忌を犯した奴らは片っ端から断罪されたぞ? 床の相手をしたおれの配下がな』

 

 何が可笑しいのだろうか。同居人Aは話をしながらずっと嗤っている。その理由が多輝には判らなかった。

 

『戦いながら、断罪もしなきゃならなかった火藍には悪いが、そういう決まりだったんだから仕方ないな。これでおれの秘密を知る者が一人ずつ減ったわけだ』

 

 それを聞いた多輝は息を飲んだ。同居人Aは配下の水龍神をやむなく失った訳ではない。わざと断罪されるように仕向けたと言っているのだ。

 

 濁流が集落を襲い、人々が逃げる間もなく次々に飲まれていく。遠くから聞こえてくる悲鳴が濁流の音と雷の音にかき消される。

 

『天彌は激しい戦いの末に悲惨な死に方をした。だがおれはそれでもまだ安心出来なかった』

 

 戦いで数多くの功績を残した天彌には天空の王の称号が贈られることとなった。だが設けられたその席に天彌は姿を現さなかった。その時にはもう、天彌は死んでいたのだ。

 

 その話を聞いた多輝は首を傾げた。今現在、天空の王と言えば翠ことを指すのではないのか。そう思った多輝の脳裏に同居人Aの冷めた声が響く。

 

『当時の翠はまだ幼かったからな。自分の二つ名はどうでも良かったらしい。主龍神が言うならあっさりその座を明け渡したろうよ』

 

 翠は時を行ったり来たりしている。その当時に存在していた翠は佑が産んで間もない頃の翠だったらしい。姿形は青年のなりをしていても、中身は幼児のままだったのだと同居人Aが嗤う。

 

『おれは許せなかった。功績を立てたのは天彌じゃない。おれの力だ。本当はおれが受けるべき賞賛で、奴の功績じゃない!』

 

 それまで嗤っていた同居人Aが斬りつけるような声で叫ぶ。多輝は驚きに唖然となった。何て酷い話だろうと心底感じる。

 

『天彌の可愛がっていた子供も邪魔だった。誓約者なんてのが居やがるから、おれたちの動きが制限されるんだ。奴らさえ居なければ、いや、あの子供さえいなければ不安もなくなるだろうと思った』

 

 天彌に何かあったのだろうと必死で探していたせつなに死を伝えたのは同居人Aだと言う。もしも何も伝えなければせつなは壊れなかっただろうと同居人Aが嗤う。

 

『子供は壊れた。無差別に力が放たれて、その辺をうろついてた龍神が五、六十は死んだかな』

 

 楽しそうに嗤いながら同居人Aが言う。天彌が死んだことにより力を取り戻し、なおかつそのことを予測していた同居人Aはあらかじめ張っていた結界に護られた。

 

『せつなが壊れたことでおれは安心は出来た。これで万が一にも天彌が復活することはない。が、多少、鬱陶しくてな』

 

 ぼやくように呟いてから同居人Aは言葉を継いだ。

 

『だからおれはせつなに人形をくれてやった。天彌とそっくりの形をした、魂のこもらない空っぽの身体をな』

 

 天彌を亡くしたことで気が触れていたせつなはとても喜んだのだという。魂がこもらないと言っても龍神特製の身体だ。天彌の形をした人形は時を経ても朽ちることはなかった。山に引きこもり、小さな小屋で暮らすようになったせつなは年老いてなくなるまで、人形の天彌を愛でていたのだそうだ。

 

 まるで動かず、話もせず、微笑みをたたえたままの人形にせつなはよく話しかけていたという。寝起きを共にし、着替えや風呂などの世話を焼き、せつなはとても幸せそうだったと同居人は嗤った。




間接的なエロシーン……?
いえ、まあ、描写はないので……エロシーンはないと思います。

天彌とせつなは『魂の座』という話に出てくるキャラです。
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