昨晩から降り続けた雪が周囲の景色を真っ白に染めていた。長いコートを着てマフラーをしっかりと首に巻いた多輝は、同じように防寒具に身を固めた理子を連れて施設の外に出た。
理子はここ数ヶ月で異常なほどに成長した。今ではもう、小学校に行っていても可笑しくないくらいの容姿をしている。言葉はかなり増え、下手をすると多輝より難しい言葉を操ってみたりする。だが子供らしさはしっかりと残っていて、理子の好物は今でもやっぱり由梨佳の手作りのハンバーグだ。
「白い……」
地下施設から出て外の景色を見た理子が感心したように呟く。多輝はそうだな、と笑って周囲を見回した。今は授業中ということもあって辺りは静かだ。音楽の授業をしているのか遠くから時折、ピアノの音が流れてくる。
多輝は理子を連れて外に出てきていた。理子は物珍しそうに雪を手に取り、その冷たさに震えてから雪を降り積もった雪の上に落とす。
「どこに行くの? ママに買い物を頼まれたんだっけ?」
理子は多輝の手をしっかりと握ってそう言った。ああ、と頷いて多輝は雪の上を歩き始めた。校舎と校舎の間にある中庭にはあまり生徒も入ってこないせいだろう。雪の上には誰の足跡もない。白く積もった雪の上に多輝と理子の二人分の足跡が刻まれていく。
「透さん、少し降らせすぎだと思うの」
少し不満そうに唇を尖らせて理子が言う。多輝は苦笑して曇った空を見上げた。まだ雪は降り続いている。
「そっか? でも冬だしなあ。別に雪くらい珍しくないだろ」
そんな話をしつつ、多輝は校門に向かった。歩いていくのかと驚いた顔をする理子に頷いてみせる。理子は少し眉を寄せて多輝を見上げ、呆れたようなため息を吐いた。
「多輝って時々、よく判らない。電車や車を使った方が効率がいいのに」
「たまには歩きたいんだよ。理子だってずうっと地下にいても退屈だろ?」
「別に退屈なんて感じたことはないけど?」
ごねる理子をいいからと急かして多輝は学校を出た。なだらかな坂をゆっくりと歩いて降りる。
「清陵のショッピングモールならママから頼まれたものが簡単に揃うわね」
白い息を吐きながら理子が頷く。多輝はコートのポケットに入れたメモを改めて確認してみた。由梨佳から頼まれたものは野菜から雑貨まで多種に渡っている。
「ああ。……何だよ、その顔」
何気なく見下ろしたところに理子の不満そうな顔を見つけて多輝は訊ねた。理子は身体は成長してもやっぱり多輝を好いてくれているようで、地下にいる時だけでなく、こうして外に出かける時にもべったりとくっついていることが多い。今日も多輝の手をしっかりと握ったまま、理子は赤く小さな唇を尖らせた。
「ママのことは大好きだけど、こういう気の使い方はどうかと思うの」
「何だよ。理子はおれと出かけるのが不満なのか?」
「そうじゃなくて」
拗ねた顔のままで言って理子が首を横に振る。どうやら意味がきちんと伝わるように頭の中で言葉を組み立てているらしい。生まれてまだ二年弱。ここ最近の急成長に伴って理子の言葉はどんどん増えてはいるが、思考が話し言葉に直結しないこともよくあるらしい。そのために喋るまでに少し時間がかかったりもする。多輝はそのことを知っていたので理子が話してくれるのを待った。
「ママが気を使っていたのは多輝に、なの。理子じゃなくて」
考えるような顔をしたままで理子が言う。それを聞いた多輝は首を傾げた。
「おれか?」
だが由梨佳はそんな素振りはしていなかった気がする。多輝は出る間際に話した由梨佳のことを思い出した。ちょっと出かけてくる。そう告げた多輝についでにお買い物をお願い、と言った時の由梨佳はいつものように優しい微笑みを浮かべていた。
だが多輝は正直、出かける口実が出来て助かったのだ。こうやって外を理子と一緒に歩くのも何だか久しぶりな気がする。
「そう。ずっと元気がないからってママが心配してたもん」
赤い長靴を履いた足で理子が積もった雪の表面を蹴る。車道に面しているこの歩道は生徒たちは殆ど使うことがない。多輝は二人分の足跡の残る雪を振り返ってから理子に目を戻した。
「パパも心配してるよ。昨日の夜に出たデザート、多輝はいつもみたいに嬉しそうに食べてたけど、あれ、パパが特別に注文して取り寄せたんだって」
「え? 昨日の苺?」
「木の箱に入っていて、一つずつきちんと並んでたもん。ママが大事に箱から出して洗ってたよ」
この季節とは言っても、近頃では季節外れの食品は多く出回っている。冬に苺もそれほど珍しくないだろうと笑おうとしていた多輝は、先に理子に説明されて口を噤んだ。
「そんなに心配かけてたのか」
しばし考えこんでから多輝は小声で呟いた。すると理子が深々とため息を吐く。これだから、という理子の言葉に多輝はどう答えていいか判らず、何となくごめんと謝った。
「そこで謝るのってずるいと思うの」
まだ不満一杯の顔をして理子が多輝の手を強く握る。握りしめたといってもまだ理子の手は小さい。多輝は何となくそんな理子の手をしっかりと握り返した。すると理子が伏せていた顔を上げて多輝を睨む。
「せっかくのデートなのに、多輝が元気がないとつまらないでしょっ」
「は? デート?」
理子が何を言ったのかすぐに理解出来ず、多輝は思わずそう言い返した。理子がもうっ、と怒ったような声を上げて多輝の手を今度は両手でつかむ。ぶら下がられる格好になった多輝は慌てた声を上げて腕で理子を支えた。
多輝の視点で続いているので、理子の本音とかは全く判らないという!w