「ママとパパだけじゃなくて! 理子も心配してるの!」
「あ、ええと」
「だっこして」
多輝が返事をする前に理子が怒った顔で言う。多輝は言われるままに理子を抱き上げた。膝を折り、多輝の腕に座る格好で抱き上げられた理子が長靴についた雪を手で払う。多輝は転ばないように注意深く雪の上を歩きながら、恐る恐るで理子の顔色を伺った。好き嫌いなどがはっきりしているとこれまでにも何度か思ったが、こういう時の理子はどう扱っていいか判らない。
理子が怒った顔をしたままで多輝にべったりと身を預ける。たまたま今日は男性の身体になっているために特に思うことはないのだか、これが女性体、しかもヒューマノイドの機体だったらたまらないだろう。理子が胸に顔を擦りつけているのをちらりと伺って多輝はそんなことを考えた。
時折、雪がちらつく中を多輝はしばらく黙って歩いた。理子もよほどふて腐れているのか口をきこうとしない。多輝はそんな理子の様子を時々みながらゆっくりと坂道を下った。
「寄生虫の事なんてどうでもいいと思うの」
坂道を降りきり、信号のある交差点に差し掛かったところで理子がぽつりと言う。何のことか判らず多輝は首を傾げた。信号待ちをしている二人の前を車が行き過ぎ、冷たい風を吹き付ける。
「だから、寄生虫の事なんて忘れていいと思うの」
もう一度、理子が似たようなことを口にする。それを聞いて多輝は漸く理子の言っているのが同居人たちのことなのだと気付いた。理子にははっきりと説明をしたことはないが、きっと誰かの話を聞きかじったのだろう。
「寄生虫って……一応は理子の親な」
「理子の親はママとパパよ!」
しかめ面でたしなめようとした多輝の声を遮って理子が叫ぶ。その勢いに驚いて多輝は目を丸くした。理子はいつの間にか俯き、多輝の胸に額を押しつけていた。表情を見ようと思っても影になって読み取れない。
「多輝までそんなことを言うとは思わなかった。何でみんな、当たり前の顔をして酷いことを言うの?」
さっきの勢いとは対照的に弱々しい声で理子が言う。多輝は心配になって理子に大丈夫かと声をかけた。だが理子はその問い掛けには答えず、か細い声で言葉を継ぐ。
「誰から産まれたとか、誰が子種だとか、そんなに重要? 理子はママとパパと多輝とずっと一緒にいたいの。それじゃいけない?」
「いや、あの、別にそういうつもりで言った訳じゃ……」
今にも泣いてしまいそうな声に焦り、多輝は慌てて言い訳をしようとした。だが考えても考えても上手いせりふが出てこない。困り果てて多輝は呻いた。すると理子が少しだけ笑って顔を上げる。
「だから多輝って好きよ。ママとパパが多輝のことを好きなの、判る」
「好きって……ええと」
さっきまで泣きそうな声で問い掛けていたとは思えない。理子の明るい笑顔に多輝は戸惑った。ほら、早く行かなきゃ。青になった歩行者信号を指差して理子が言う。多輝は慌てて頷き、車道に残った雪で滑らないように気をつけて横断歩道を渡った。
それから理子は唐突に話題を変えた。もうさっきのことはいいのだろうか。多輝はそう思いながら理子の話に相槌を打った。今日はどこで誰に会って、何をして、こう感じた。そういう話をしている時の理子は大抵はとても楽しそうに笑っている。多輝はそんな理子を見るのがとても好きだった。
生まれてすぐからヒューマノイドに囲まれていたせいもあるのか、理子は生身の人間や龍神とヒューマノイドを区別するようなことはない。ごく自然に彼らと接し、日々を過ごしている。だがそんな理子も歴とした龍神の一人だ。
いつか理子は魔と戦うのだろうか。それとも今と同じ、関係のないところで生きていけるのだろうか。理子の話を聞きながら多輝はぼんやりと考えた。理想は魔と上手く共存することなのかも知れないが、生憎と魔の食料が地上に生きるものの垂れ流す精気であるため、それは出来そうにない。彼らはかつてのハンターと同様、常に飢えと闘っている。そのために餌を見つけると尽き果てるまで食い散らかすという傾向があるのだ。
飢えを解消するためにものを食べる。それは至極自然で当たり前の行為のはずだ。彼らは自分たちの生きていた世界の餌が尽きたことで、異世界であるこの地上に食料を求めて訪れたという。その話を多輝は以前に学から聞いた。
彼らを止めることが正義だとは思わない。でも、もう少しだけ待って欲しかったのよ。
学は多輝に話を聞かせてくれた時、そう言って悲しそうに笑っていた。多輝はその話の後で、学の力について優一郎から説明された。学は龍神の中でも特に淫魔の王と呼ばれる。学が本来率いるべきモノは、いま多輝たちが日々戦っている魔なのだという。だが学は本来なら統率に使うべき力を用い、彼らが出来るだけこの世界に入ってこないようにしていたのだそうだ。
それならば学に話を通せば魔の動きは抑えられないか。多輝はそう考え、だがすぐにその考えを捨てた。学にしてみれば考え抜いた挙げ句の苦肉の策だったに違いない。これ以上を求めるのも、望むのも学には酷すぎるような気がした。
いつの間にか理子は話をするのを止めていた。だが多輝はそれにも気付かず、考えに耽っていた。歩いているうちに住宅地を抜け、賑やかな街並みが遠くに見えてくる。多輝は黙々と歩きながら無意識に視線を下げた。
酷く寂しそうな顔をした理子と目があう。多輝は慌ててごめん、と詫びた。だが今度は理子は何も言わず、黙って頷くと多輝の胸にことんと頭を預けた。
理子の説明を多輝視点でしているのですが。
他の視点だとまた別、みたいな感じですね。