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順、龍宝珠界を行く 1
「聞いて驚け! 機関車だ!」
握りこぶしを固めて天井を仰いで声を張ったラスティを横目に眺め、順は小枝から切り出した箸を器用に操ってパスタを口に運んだ。
「ほーん。きかんしゃ。へー」
感情のこもらない声で言ってから順は横から出された木の器をありがたく受け取った。むっつりとした顔をしてはいるが、これで常磐は特に怒っている訳ではないらしい。その説明は先に受けていたのだが、どうも信じられない。そんなことを思いつつ、順はスープに浸されたパスタを淡々と口に運んだ。間で木の器に盛られた生野菜のサラダをつつく。
水輝が天界で魔法を放った後、順は和也に異世界に放り込まれた。ここは龍宝珠界という、龍神の所有していた龍宝珠が住む世界だ。龍神の死した後、龍宝珠は例外なくこの世界に送られる。一部の例外を除いて、龍宝珠たちには自分が龍宝珠であるという記憶がない。彼らはこの世界で人の姿を取り、輪廻転生を繰り返すのだ。
順が落ちたのはこの龍宝珠界の中にある、トゥルメニアという国だった。巨大な森を有するという特徴を持つトゥルメニアを守護しているのはトゥイーヌという女性だ。この世界には幾つかの国があるが、その国の殆どが守護神なる者の守護を受けている。トゥイーヌもその守護神の一人だ。
美人さんだったよなあ。当時のことを思い出し、順は口許に淡い笑みを浮かべた。机を挟み、順の正面にいるラスティはまだ何事かを力説している。
運悪く、着替えの瞬間に居合わせた気の毒な少女は、順を変態呼ばわりした挙げ句に森林の警護隊を呼んだ。おかげでしばらく警護隊なるものに追われる羽目になったのだが、そんな順を助けたのが先のトゥイーヌだったのだ。順はトゥイーヌの親切に甘えることにし、ついでにご無沙汰だったと言うことでちゃっかりとベッドも共にした。国民や国王にさえも機嫌を損ねないようにと気を使われているトゥイーヌは、ベッドの上ではやけに可愛かった。そのことを思い出し、順はにやにやと笑った。
「おい、聞いてるか?」
「あ? ごめんごめん。何だっけ? きかんしゃだっけ? すごいねえ」
記憶を呼び起こして感慨に耽っていた順はラスティの問いに適当に答えた。するとラスティが難しそうな顔をして重々しく頷く。
「ああ、これまで交通機関は水上を利用するしかなかったんだからな」
そう説明してラスティが元通りに腰掛ける。順はちらりとラスティの前に並べられている食器を見やった。さっきから常磐がやけに怖い顔をしているのは、ラスティがせっかく出された料理に一切手をつけていないからではないだろうか。
数日を共に過ごしたトゥイーヌは、やがて順に一通の紹介状を書いた。それを持って隣国に行けと言うのだ。正直なところ、順はトゥイーヌの部屋で過ごすのも悪くないと思っていたので、その申し出に首を傾げた。するとトゥイーヌは顔を赤くして説明した。どうやら守護神と呼ばれる者たちは一様に男女の関係……つまり、セックスをしないのだという。だから長い間、私室に順を囲っていれば周囲の者に気付かれる。それがトゥイーヌの言い分だった。
別に普通に出て行ってもいいんだけど。順が気軽に言うとトゥイーヌは途端に渋い顔をした。どうやら順は国賓としてトゥイーヌの住む神殿に招かれていることになっているのだという。なるほど道理で神殿内をうろうろしても誰にも咎められないわけだ。ちなみに順はこの時、その容姿からファイダ国からの招待客ということにされていたらしい。
ここでだらだらしてたかったのにー。そんなことを思いつつも順は仕方なくトゥイーヌに別れを告げ、隣国であるワイザー国に向かった。警護隊に世話になることもなく大きな森を抜け、断崖の上に立った順はしばし目の前の光景を見つめ、深々と息を吐いた。
ワイザー国ってどっちよ? そこには全くそっくり同じ橋が二つ架けられ、その先にはトゥイーヌが説明してくれた島が一つずつ並んでいたのだ。しかも島の形もそっくり同じで、これではどちらがどちらなのか判らない。
仕方なく順は当てずっぽうで右の橋を渡ることにした。細く長い橋は歩いて渡るだけで一日の時間がかかった。どうやらこの橋を使って行き来している者は殆ど居ないらしい。もしかして先の島に住む人々は島外には出ないという習性でもあるのだろうか。
そんなことを考えた折、順は島と島の間に別の橋が架かっていることに気付いた。どうやらこの二つの島の住人は島同士を渡す橋は頻繁に利用しているらしい。島が近づくにつれ、間の橋の上を行き来する人の姿が見えてくる。
順の勘は当たっていた。トゥルメニア国から見て、右にあるのがワイザー国、左がブラナーマ国だったのだ。トゥイーヌが直々にしたためた紹介状を所持していた順は、ワイザー国の国境警備にあたる者に丁重に挨拶をされ、守護神の居る神殿に案内された。
ワイザー国の守護神はワイルと呼ばれる少女だった。隣のブラナーマ国とはとても親密な関係にあるらしい。そしてワイルはきっぱりと言ったのだ。
あなた、トゥイーヌに厄介払いされたのね。ここは最果ての国よ。
どうやらそういうことらしい。順はワイルの言葉に気軽に頷いた。要するにトゥイーヌは何度か寝てはみたものの、結局は順の扱いに困って適当な理由をつけて追い払うことにしたということだ。そのことは最初から判っていたので、順は特には驚かなかった。