※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


お別れの時

 春が過ぎ、夏が来て、秋になる。

 

 他の誰もいなくなった屋敷の敷地のあちこちには雑草が茂り、あれだけ手入れされて整っていた庭は見る影もなくなっていた。伸びてきた蔦が屋敷の窓や壁を這いのぼりつつある。そんな屋敷の中で桜は奈月の亡骸と二人きりで過ごしていた。

 

 桜は二人きりになってからも奈月の手を握り、過去の懐かしい話を紡いでいた。やがてその話は少しずつ膨らみ、桜の願望がこもるようになった。もしもあの時にああしていれば。最初はそんな風に筋書きに願望をこめるだけだったのに、次第に桜の口からは昔話ではなく妄想のみが語られるようになった。

 

 やがて季節は巡り、冬となる。あの事件から一年以上が過ぎたある日、桜はいつものように奈月の前に跪いてとりとめのない話をしていた。窓の外には雪がちらつき、荒れ果てた庭にも静かに雪が降り積もる。暖炉の火はとうに消えていて、屋敷の中は冷え切っていた。だが桜には気温や季節の移り変わりにすら気が付かず、冷えた部屋で奈月と向き合っていた。

 

 優しい笑みを浮かべて語る桜を奈月が見つめる。だが実際には奈月の身体は気配を消した時からなにも変わっていない。だが今の桜の目には奈月の目が自分を見つめているように見えた。

 

 変わらず奈月の手を握る桜の手は痩せ細っていた。食事もせず、かと言って自然の中から力を蓄える訳でもない。龍神は不死身ではない。摂取するものや方法は異なるが、糧はやはり必要だ。なのに桜は生気をどこから吸収することもなく、ひたすらに奈月に語りかけていた。その結果、桜の身体は徐々に痩せていった。

 

 愛おしさをこめて奈月の手をさすりながら桜は滔々と語り続ける。だがこの頃の桜は奈月の手の冷たさが気にならなくなっていた。何しろ桜の手も奈月と変わらないほどに冷え切っているのだ。

 

 静かに時が流れていく。桜はふと話を途切れさせた。そういえば奈月にはまだ見せたことがなかった気がする。桜は奈月に微笑みを向けた。

 

「少々、お待ち下さいね」

 

 きっと奈月は喜んでくれるに違いない。そう思いながら桜は急いで立ち上がった。ぎこちなくよろけながら立ち上がり、よろよろと窓辺に近づく。

 

 降り積もった雪を退けて巨木が何本も立ち上がる。軋みを上げて次々に敷地の中に生えたのは桜の木だった。幾本もの桜の木が敷地内を埋め尽くし、やがて木々は一斉に花を咲かせた。

 

 白い雪の上に淡い色をした桜の花びらが舞う。桜は微笑みを浮かべて振り返った。だが一気に力を消耗した桜はすぐにその場にへたり込んでしまった。肩で息を吐きながら桜はのろのろと顔を上げ、奈月の様子をうかがった。屋敷を木々が覆い尽くしてしまったために窓からはほんの少しの光しか入らなくなってしまった。そんな暗がりの中で桜はぱっと顔を輝かせた。

 

 すごいです。桜さん。綺麗です。

 

 奈月の声が聞こえる。桜は懸命に床を這い、奈月の傍に寄った。だが奈月の身体はやはり少しも動いてはおらず、桜の耳に声は聞こえていても唇も微動もしていなかった。

 

「姫様!」

 

 感激の涙を浮かべて桜は奈月の手をとった。桜は奈月の声が聞こえるようになったことを喜び、泣きじゃくった。

 

 それは桜の耳にだけ聞こえる、他の誰にも判らない、奈月の声の幻聴だった。

 

------------

 

 桜は毎日をとても楽しく過ごしていた。雪がなくなり、本当の春が来て、庭にそびえ立つ木々が再び花をつける。常に桜吹雪の舞うその屋敷はいつからか人に不気味だからと避けられるようになった。

 

 人々から避けられ、同じ種である筈の龍神からも顧みられることもない。だが桜にはそんなことはどうでも良かった。いや、この時すでに桜の心は壊れていたのだ。あれほど恨み、罵った彼らのことですら桜は忘れ果てていた。

 

 目の前の奈月だけが愛おしく、奈月さえいれば他には何も要らない。いつの間にか桜の身体は骨が浮き出るほどに痩せこけ、身動きも殆ど出来なくなっていた。だがそれでも桜は不服はなかった。奈月の前に座っていられるだけでいい。それだけが桜の幸せだった。

 

 無作為に放出し続ける桜の力がやがて細く、弱くなる。屋敷を取り囲み、咲き誇っていた桜の花が枯れ、木の幹が渇き切ってあちこちに亀裂が走る。空に向かって元気よく伸びていた枝がしおれ、やがて吉良瀬の屋敷を取り囲む木々は不気味に折れ曲がっていった。しなだれた桜の木々は二度と花をつけることはなく、荒れ果てた屋敷の様は人々に恐れられた。

 

「姫様……わたくしはとても幸せです」

 

 季節が巡り、再び冬が来る頃には艶やかだった桜の髪は色あせ、白く変わっていた。そんな桜に奈月が返事する。

 

 わたしも幸せです。桜さんと一緒にいられるから。

 

 幻聴に微笑みを浮かべ、桜は残った力を何とか振り絞って奈月の手を取った。膝に寄りかかる桜を奈月が硝子玉のような目で見る。だがその視線は本当はあの日から一切、動いてはいない。それでも桜の目には奈月が自分を見つめてくれたように見えた。

 

 色んな事があった。巡り会ってからのことを思い起こしながら桜はそっと奈月の膝に頭をのせた。

 

 楽しかった。そう呟いて桜は静かに息を吐いた。

 

「姫様、申し訳ありません。わたくし、眠くなってしまいました」

 

 おやすみなさい。桜さん。よい夢を。

 

 微笑みの気配のする奈月の声に笑みを返し、桜は静かに目を閉じた。

 

 窓の外に微かに見える夜空には細い月がかかっている。奈月の膝で目を閉じた桜の身体から力が抜ける。身を象っていた力が砂となって弾ける。

 

 その部屋には奈月の抜け殻と桜色の砂だけが残った。月明かりを反射する桜色をした砂がやがて空気に溶けて消える。それと共に吉良瀬の屋敷は轟音を立てて地に沈んだ。

 




ギリギリ……1,000字は越えましたが……。
次のは無理そうなので繋ぎました。

……待ってw
大晦日がこれって!w 我ながら酷い!
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