気を失った水輝の身体を拭き清め、毛布を掛けてから立城は静かに部屋を後にした。さっきまでの激しい性交が嘘のように水輝は穏やかな顔をして眠りについている。
部屋の外に控えていた和也が次のスケジュールを読み上げようとする。立城は廊下を歩きながら片手を軽く上げてそれを制した。
「立城様?」
「ごめんね。今日からしばらく、外に出る仕事は入れないでくれるかな。どうしても必要な時には身代わりを立てて」
「畏まりました」
ごく短い間を置いてから和也が恭しく礼をする。うん、と笑顔で頷いてから立城は執務室に向かった。後をついてきた和也がメイドに茶の用意を言いつける。執務室に入ってから、立城は着ていたスーツのジャケットを脱いで和也に手渡した。和也がそのジャケットをハンガーにかけ、クロゼットにしまい込む。
「先ほど、如月のご婦人よりご連絡がございました。一両日中に是非、立城様にお会いしたいとのことでしたが」
「あの人も鼻が利くね。もう嗅ぎつけたのかな」
くすくすと笑いながら立城は大きな机の前に腰掛けた。考えるような顔をして和也が首を傾げる。端末を立ち上げ、メールのチェックをしながら立城は言葉を継いだ。
「生憎とお知らせするようなトラブルは起こっておりません、とお伝えしてくれるかな」
「はい」
「それでも粘られるようなら、直接行って黙らせてくれる?」
立城はさらりとそう告げた。数秒ほどの間を置いて和也が畏まりましたと頭を下げる。うん、と微笑みを返してから立城はノックの音に返事をした。メイドが運んできたティセットを受け取り、和也が手際よく茶の準備をし始める。
風の属性を持つ龍神はトラブルを好む。誰よりも早く波乱を嗅ぎつけ、事態を更に混乱させるのが好きなのだ。時代が移り変わり、風龍神の座に就くものが変わってもその特性は変わっていないらしい。思いを巡らせて立城は苦笑した。
かち割りの詰まったグラスに茶が注がれる。和也に差し出された細いグラスを立城は礼を言って受け取った。
「水輝様はご懐妊されたのですか」
ティセットを片付けながら和也がぽつりと言う。立城はにっこりと笑ってうん、と頷いた。
「おめでとうございます、と言わせて頂いても宜しいのですか?」
「それ以外に言うべきことがあるとは思えないけれどね」
大量に届いていたメールに目を通しつつ、立城は淡々と答えた。左様ですかと答えた和也が黙り込む。立城はちらりとそちらを見てから肩を竦めてみせた。
「何か問題があるかな?」
「いえ」
「前々から思ってはいたけれど、水輝って」
手の中のグラスに目を落とし、マドラーでかき混ぜながら立城は微笑みを浮かべた。そこで切ってしまった言葉の先が気になったのだろう。和也が怪訝そうな顔をする。たっぷりと間を置いてから立城は続けた。
「ばかだよね」
「あ、ええと」
珍しく素に戻りかけた和也が渋い顔をして頭をかく。立城はそんな和也をしばし眺めてからくすりと笑った。
「黒妖牙と連絡はとれるかな?」
「はい。多少のお時間を頂くことにはなりますが」
すぐに執事の顔に戻って和也が頷く。机の隅に置かれたコースターにグラスを乗せてから、立城は手早く必要なメールの返信をし始めた。
「近いうちに行くと伝えて。お土産を持って行くのを忘れないでね。あの人はそういうことに煩いから」
「承知致しております」
「白琅渉には出産のお祝いを贈って。紅梅辺りに行かせるといいよ」
淡々と作業を続けながら立城は次々に和也に言いつけた。その度に和也は行儀良く返事をする。
木龍神の座は空席となった。何人かの龍神が救おうとしたようだが、彼らの努力は全て徒労に終わった。水が涸れれば木は生きられない。桜は理に従って潰えたに過ぎないのだ。
それに伴い、桜の下についていた木龍たちの主は変わった。仮ではあるが、今現在の彼らの主は立城なのだ。
「僕が屋敷を空けるときは、代わりに彼女を護ってね」
「心得ております」
和也が静かな声音で答えて恭しく礼をする。うん、と頷いて立城は微笑みを浮かべた。
和也に指示を出し、簡単な仕事を片付けてから立城は水輝の眠る部屋に戻った。すっかり日が暮れた部屋は夕暮れの光で朱に染まっている。静かに部屋の奥に進んだ立城は床に丸くなって眠っている水輝を見て苦笑した。水輝は一人きりの時は落ち着いてベッドで眠れないらしく、しょっちゅうこうして床で丸くなっている。毛布にくるまって眠る水輝を立城はそっと抱き上げようとした。
不意に水輝が勢いよく身を起こし、飛び退く。立城は警戒心を露わにする水輝に笑みかけた。
「大丈夫。僕だよ」
「あ……」
緊張に身を強ばらせていた水輝がほっとしたように息を吐く。水輝ははだけていた毛布を引き寄せ、裸のままの身体を隠した。深々とため息を吐いて水輝が頭をかく。
「急に近寄るなよ。びっくりすんだろ」
「そんなに驚いた?」
床に座り込んだままの水輝に合わせて立城はその場に腰を下ろした。ちらりと立城を見た水輝が嫌そうに顔を歪める。
「何か用かよ」
「君の具合を見に来たんだよ」
さあ、と立城は水輝に手を差し伸べた。いつもなら文句を言いつつも大人しくつかまるのに、何故か水輝がその手を乱暴に払いのける。立城は不思議に思って自分の手をまじまじと見つめた。
「もう放っておけよ。さわんじゃねえ」
「へえ……」
感心をこめて呟いて立城は立ち上がった。嫌悪に顔を歪め、後じさりする水輝にさっさと近付く。嫌がる水輝の腕をつかみ、立城は無理やりに引き起こした。毛布が滑り落ちて水輝の身体が露わになる。
ひと息ついてるという感じです。
このエピソードにはエロはないです。