クリーニング済みのビニールに入った服の束をソファに投げる。水輝は疲れた顔で服を脱ぎ始めた。
同僚には言葉通りに女から貢がれたものを分けた。車にバッグに時計に指輪、ネックレス、ブレスレット。女たちは飽きもせず色んなものを持ってくる。高価な品々を前に同僚たちが賑やかに騒いでいたことを思い出し、水輝は深々とため息を吐いた。
シャワーを浴びて冷蔵庫からさらった茶を飲む。そこで水輝は夕飯を食べていないことに気付いた。いつもならアフターをねだる女たちも今日は珍しくまとわりついてこなかったからだ。
まあいいか。そう呟いて水輝はフローリングの床に直に寝ころんだ。ベッドもあることはあるのだが、どうしても落ち着いて眠れないのだ。放っていた毛布を乱暴に引き寄せてそれにくるまる。
水輝の暮らしている部屋は一人で住むには大きすぎる部屋だった。寂しいじゃない、とお節介にも勝手に色んな家具を入れたのはこの部屋を水輝に与えた女だった。その女も今では店の常連になり、毎日のように水輝の元に通ってくる。
女たちは色んな手管を用いて水輝に迫る。だが水輝はそんな女たちに特に興味を抱かなかった。せがまれれば抱くし、金を払えばアフターにも付きあう。中には店のトイレで抱いてくれという過激な客もいたが、その時にも水輝はきっちりリクエストに応えた。用を足そうとしていた同僚がドアを開けて驚いた顔をしていたが、水輝が目で詫びると何事もなかったかのようにドアを閉めて去っていった。
客である女たちは少しでも長く水輝の時間を買うために大金をはたく。そして水輝はそんな女たちの積んだ金に応じて相手をする。勿論、避妊はきっちりとするし、厄介ごとになる前にやばい女とは手を切っている。
北原のリクエストにも応じている。北原はどうやら水輝の忠告に従って薬に頼るのは止めたらしい。そして水輝の言った通り、欲求が溜まって我慢出来なくなると弱々しく声をかけてくる。その度に水輝は時間の許す限り北原の相手をした。北原があまりに申し訳なさそうな顔をするので、面倒だった水輝は自分を金で買わせることにした。それで北原も少しは気が楽になったらしい。今では前よりは積極的に水輝に声をかけるようになった。
春が過ぎ、夏が来て、そして秋になる。季節が巡り、水輝が店に勤め始めて一年が過ぎた。相変わらず紫藤は気が向くと水輝を呼びつけ、相手をするように言う。水輝はそんな紫藤を特に嫌がるでもなく相手していた。店の売り上げは上々、客質も悪くない。店員の質もどんどん良くなっている。
でもどうでも良かった。水輝にとって彼らとの関わりも、毎日の生活も、何もかもがどうでもよく感じられた。北原がいつもありがとうという意味もよく判らないし、紫藤が可愛がってくれている理由も判らない。同僚たちは何故か揃って水輝を尊敬しているようだが、その理由も水輝には判らなかった。客の女たちの反応は更に水輝には謎で、何故彼女たちが飽きもせず店に通ってくるのか判らない。一度、真面目に客の一人に訊ねたことがあるのだが、その時には何故か泣かれてしまった。
目覚ましのベルが鳴る。水輝は毛布の中から手を伸ばして乱暴に目覚ましを止めた。むくりと起きあがると隣で誰かが間延びした声で水輝を呼ぶ。どうやら今日は客と一緒に眠ったらしい。そのことに気付いて水輝は女を起こさないように静かにベッドを降りた。
今日は早番だ。水輝はシャワーを浴びて手早く身支度を整えた。途中で女に声をかけて起こしてから、簡単な食事の準備をする。一人でいる時には食べないのだが、誰かが泊まった時には用意することにしているのだ。
寝ぼけ眼をしている女に食事をとらせ、水輝は一緒に部屋を出た。同伴だねと笑う女を連れて水輝は店に向かった。この辺りでは移動には車を使う者が多いのだが、水輝はあえてバスや電車などの公共の交通機関を利用するのを常としていた。バスと電車を乗り継いで店にたどり着いたところで女と手を振って別れる。
「おはようございます」
挨拶をしながら水輝は控え室に入った。水輝と同じく早番の同僚たちがまばらに挨拶を返す。夕方なのにおはようもないよな、と同僚の一人が笑い、水輝は何となくそうだなと答えてロッカーに向かった。
身だしなみをチェックして店に入って最初の客にいらっしゃいませと全員で頭を下げる。そうして店の一日は始まる。開店早々に指名が入り、いつものように水輝は店の奥で客の相手をし始めた。
店のサイズは一年の間に随分と大きくなった。今では間にあった壁をぶち抜いて、ビルの三階の一フロア全部が店になっている。くたびれていたビルの外観は塗り替えられ、壊れかけていたネオンも直った。口づてに客が集まり、時には友達だと言って女の客が男を連れてくることもある。だが水輝を始め、店員たちは嫌な顔一つせず、そんな男の客の相手もした。
店の内装はシックにまとめられている。派手な装飾は一切なく、だがそれが客には好感を与えているようだ。気弱なところのある北原だが、デザインセンスは悪くないのだ。
少し暗めの照明が灯る店内の入り口から一番遠いところにはVIP専用の個室がある。水輝は大抵、そこで客の相手をしていた。時間が来て名残惜しそうに去っていく客を見送ってから、水輝はVIPルームを出て店の隅にある休憩用のスペースに向かった。
「おつかれっす」
「お疲れ。今日はやけに客が多いな」
首を締め付けているネクタイを少し緩めて水輝はぼやいた。すると先に休憩して煙草を吸っていた同僚が苦笑する。
「水輝さんは大忙しっすね。またすぐ客が来ますよ」
「ああ。だから隙を見て一服」
水輝はため息を吐いて煙草を咥えた。傍にいた同僚がタイミング良く火を出してくれる。ありがたく煙草に火を点けてから水輝は深々と息を吐いた。
「花見シーズンじゃないのか、世間様は」
「ああー……今年は何か桜が早く散ったらしくて。その分、客が増えてるんじゃないかな」
水輝と同じように短い時間で少しでも休もうとしていたのだろう。同僚が煙草を吸いながらそう呟く。水輝はそうか、と頷いて疲れた肩を手で揉みほぐした。
「雨でも降れば客が減るんだろうがな」
「それ禁句」
うああ、と呻いて同僚が弱々しく頭を振る。水輝は眉を寄せて傍の壁に寄りかかった。休憩スペースは灰皿が一つ置かれただけの狭い場所だ。入れ替わりに休んでいく店員のために、スペースの隅には飲料の自動販売機も置かれてはいるのだが、時間に追われている時は誰も使うことがない。それに店に出れば酒だのなんだのと嫌でも飲む羽目になるのだ。
流れるようにエロシーンも省略されています(汗)