エピソード的に長すぎるので切りました。
軽いウェーブのかかった髪を解きながら理子はにっこりと笑った。頭の両脇で結わえていた髪は、解くと肩にかかるくらいの長さがある。ブラシで丁寧に髪を梳きながら理子は鏡の中に映りこむ多輝を見つめた。
「ね? いいでしょ? 一緒にはいろっ」
無邪気に笑う理子を鏡越しに見た多輝が困惑した面持ちをする。それを見た理子はえー、と膨れ面をして振り返った。
「何でそんな顔するの? この間まで一緒に入ってたのに」
「いや、そりゃ、この間までは」
顔をしかめて多輝が頭をかく。理子は頬を膨らませてちらりと由梨佳を見やった。たんすの前に座って洗濯物を畳んでいる由梨佳は、気になるのかしきりに多輝に目をやっている。
「理子ちゃん。入るなら私と一緒に入らない?」
「うん、ママも一緒ね! だから多輝も一緒!」
にこにこと笑いながら理子は頷いてみせた。すると由梨佳が困ったような顔をして多輝に目配せをする。多輝も視線を感じたのか、やっぱり困った顔をして由梨佳を見る。だが理子は気付かないふりをしてまた鏡に向かった。
理子に与えられた部屋はここ数年ですっかり中の様子が変わった。赤ちゃん用に整えられていた部屋にはベッドが運び込まれ、たんすやソファセット、それにドレッサーなどが次々に入れられた。理子はすくすくと大きくなり、今では身体の年齢だけは十歳を超えている。
理子は前髪についていた髪留めを大事に外した。硝子細工で出来たこの髪留めは多輝が前にプレゼントしてくれたものだ。
「ほ、ほら! 理子は……ええと、あれだ! 一人で身体を洗ったり出来るし!」
「そんなに理子と入るのが嫌なの?」
それまでの明るい様子とは一転し、理子は悲しみに顔を歪めて多輝を鏡越しに見つめた。泣きそうな顔をした理子を鏡の中で見た多輝がうっ、と声を飲む。
「あのね、理子ちゃん。学校、行っているでしょう? 五年生だったわよね?」
「うん。そうよ」
今日も下駄箱に大量の手紙が詰まっていた。そのことを思い出して理子は腹の底でけっ、と言った。どうして子供というのはあんなに残酷な事が出来るのだろうか。理子の下駄箱に詰まっていたのはどれもこれもがラブレターで、しかもその一通一通がつたないながらも手書きなのだ。こちらにその気がないと判っていて、しかも子供らしい微笑ましい文章で、その上、一生懸命さが伝わってくるラブレターなど凶悪以外の何物でもない。
「だったら、いくら身内でも、男の人に裸を見せるような子供じゃないでしょう? それとも、クラスの男の子と一緒にお風呂に入れる?」
「理子、平気だよ?」
何も判りません、という顔をして理子はそう言った。実際、クラスメイトである男子と一緒に風呂に入ったところで、どうせ相手は何も出来やしない。男だとは言ってもまだ彼らは子供に過ぎず、こちらの裸を見たところで色っぽいことを考えてはみても実行には移せないだろう。
「駄目だ、それは! 大事な理子がよその男と一緒に風呂なんて信じられない! まさかこの間の林間学校で」
勝手な妄想を炸裂させ始めたのか、多輝が真っ青になって身体を震わせる。これも問題なのよね、と理子は心の底で呟いた。好かれているという実感はあるのだが、多輝のそれはどうも男女の色恋というより保護者的なのだ。
「理子ちゃん。一度、きちんと話しておかないことがあるの。今から、一時間くらい、時間いいかしら?」
真面目な顔をして由梨佳が言う。その隣に立つ多輝はまだ青い顔をしてぶつぶつと何か言っている。もしかしたら多輝の方がよほど世間一般に言われる父親らしいのかも知れない。そんなことを思いながら理子は唇を尖らせた。
「えーっ。理子、マジカルプリンセスイチゴを見たいんだもん。一時間も話したら放映終わっちゃうよぉっ」
拗ねた顔をして理子はそう訴えた。殺伐としたニュースばかりに彩られたテレビの放送の中で、その番組だけが少し明るい作りになっているのだ。その番組では多輝が活躍した場面を放映してくれる。現場に行けない理子が多輝の活躍する様を見られる滅多にないチャンスなのだ。
「理子、パパのところに行ってくる!」
由梨佳の返事を待たず、理子はスツールから飛び降りて部屋の入り口に向かった。由梨佳は色々と小言を重ねて多輝と一緒に風呂に入れなくするつもりだろう。理子は待っててね、と二人に言い置いてさっさと部屋を出た。
理子が無邪気なフリをしてることに多輝は気付いていませんw