部屋を出てから理子はこっそりとドアの傍で聞き耳を立てた。幸い、二人が口論するような状況には陥らなかったらしい。そのことにほっとして理子は軽い足取りで優一郎の部屋がある地下四階に向かった。最近ではかなり気を許してくれているのか、優一郎は私室のある地下四階に理子を通してくれるようになっている。理子は専用のエレベーターに乗り込み、背伸びをしてボタンを押した。固体照合を終えた後、エレベーターが降下する。電子音を立てて開いたエレベーターから理子は駆け出した。
あれから三年だ。短いようで随分と長かった気がする。相変わらず寄生虫は図々しいし、生みの親である佑には頭が上がらない。時折会う二人のことを思い出して理子は唇を尖らせた。あの二人が生きていることを知っている者がどれだけいるだろうか。
細い廊下を進んで一番奥の部屋に辿り着く。理子はえへん、と咳払いをしてからドアをノックした。返事を待ってからドアを開ける。
「パパ!」
満面に笑みを浮かべて理子は優一郎の部屋に飛び込んだ。何か作業をしていたらしい優一郎が振り返る。それを見計らって理子は優一郎の胸に飛び込んだ。
「今日は早かったね。まだ作業は始めてないんだ。TVを見ようと思っていたんだけど」
「理子、パパと一緒にお風呂に入りたいなっ」
優しく理子の頭を撫でていた優一郎がぴたりと手を止める。理子はそのことに気付かないふりをして優一郎の胸にことんと頭を預けた。今ではもう、手を伸ばして背伸びをすれば優一郎の胸に頭が届くほどに背が伸びた。そのことを実感しながら理子は目を閉じた。
「この前、話したよね? 男と女のこと。ヒューマノイドを知るためには必要だったから」
優しい声で言いながら優一郎がそっと理子を引き剥がす。うん、と頷いて理子は上目遣いに優一郎を伺った。
「でも、仲良くお風呂に入りたいだけなんだもん」
優一郎の言わんとすることを薄々理解しつつ、理子は小声で言った。今でも理子は由梨佳のことは大好きで、優一郎のことも好きで、そして多輝のことも好きだ。四人でいつまでも仲良くいられればいい、というのも理子の本音だ。
まあ、もちろん。いい男に抱かれたいっていうのも本音だけどね。理子は心の奥底でそう呟いた。優一郎がその場に膝を落として理子と視線の高さを合わせる。
「男女七歳にして席を同じくせず」
「……そんなにいけないこと? 理子、わがまま言ってる?」
細い声で呟いて理子は顔を歪めた。こうして優一郎にしゃがんで貰わなければ視線の高さすら合わない。もっと早く。もっと早く大きくなりたいのに。切ない思いに駆られた理子の目に涙が浮かぶ。
でないとペニスがあそこに入らないじゃないのよ! 理子は心の底で叫んだ。
「とても嬉しいよ。正直、残念だと思うけど。君が素敵な女の子から、素敵な女性になるためには必要なステップなんだ」
にっこりと優一郎が微笑みを浮かべる。理子は鼻を啜ってこくんと頷いた。優一郎にしつこく絡むと嫌われてしまう。だから理子は引き際はわきまえるようにしているのだ。
「じゃあ、一緒にテレビを見てもいい? 多輝の番組を見るんでしょう?」
涙の浮かんだ目で優一郎を見つめ、理子は小声で頼んだ。すると優一郎がうーん、と天井をしばし仰いでから理子とまた目を合わせる。
「一緒に見よう」
少し恥ずかしそうな顔をして優一郎が頷く。理子はぱっと明るい顔をして優一郎に抱きついた。
「パパ、大好き!」
それは掛け値なしの理子の本音だった。でも出来れば早く大きくなって優一郎に抱かれるようになりたい。それも、ヒューマノイドとしてではなく、生身の女としてだ。
寄生虫と理子が呼ぶ水輝に優一郎が惹かれていたのは、多分、水輝には多輝にないものがあったからだろう。決定的に多輝に欠けているのは……傍若無人、優柔不断、唯我独尊と言ったある種のカリスマ性なのだ。勿論、多輝には多輝らしい魅力が十二分に備わってはいる。だがそれでは優一郎の心の穴を完全に満たすことは出来ないのだ。
ヒューマノイドのことを勉強したい。そう、理子が言い出した時に優一郎はやけに驚いた顔をしていた。だが優一郎は少しずつ理子にヒューマノイドのことを話し始めた。そしてほんの少しずつ、自分の聖域に理子を入れ始めたのだ。
二人はソファに並んで一緒にテレビを見始めた。どうせ今頃、多輝は由梨佳を抱くのに夢中になっている。ストレスを感じた由梨佳はきっと、欲情して堪らなくなっているに違いない。そんなことを思いながら理子は真面目にテレビを観た。その隣では優一郎が食い入るようにテレビ画面を見つめている。
「ねえ、パパ。理子も大きくなったら多輝みたいに戦おうかな」
先に渡されていたクッキーを頬張りながら理子はぽつりと言った。それまでテレビに熱中していた優一郎が驚いた顔をして理子を見る。
「その道を歩むのもいいかもしれない。危険なことはさせたくないというのが本音だけど、だからと言って今、この世の中に本当に安全な場所があるわけじゃないからね」
「理子が戦ったら、パパはそんな風に理子のことを見てくれる?」
画面をじっと見つめながら理子は続けた。真面目な顔をして話をしていた優一郎が目を見張ってまじまじと理子を見る。
「正直言って、多輝のやってる戦いは悲惨な現実の上澄みのほんの一部分に過ぎない。もちろん敵は強敵だ。でも、君を戦力として使うなら……」
そこまで言って優一郎は渋い顔をして口を噤んだ。まるで自分が嫌になった、という顔をする優一郎を横目に見てから、理子は口に放り込んだクッキーをかみ砕いて飲み込んだ。
「パパ、戦ってる多輝を、とても嬉しそうに観てるんだもん」
わざとゆっくりとした口調で理子は言葉を紡いだ。それまで顔をしかめていた優一郎が息を飲んで理子を見つめ、ゆらりと顔を動かしてテレビ画面を見る。
「多輝にはいつも笑っていてほしいから。エゴだよね」
「そういう意味じゃないの」
悲しそうに笑った優一郎を見ずに理子は言葉を継いだ。
「まるで自分が演出した劇でも観てるような……とても、楽しそうで、とても嬉しそう」
確かに優一郎は多輝の幸せを考えているし、いつも笑っていて欲しいというのも本音なのだろう。だがテレビだけを観ても特に何も思わないのだが、テレビを観ている優一郎とセットにして番組を観た時、理子はいつもその感覚にとらわれる。本当は優一郎は幸せな多輝を人に見せたくて仕方ないのではないだろうか。勿論、宝箱にいれてしまいこんでおければそれが一番なのかも知れない。が、どうも優一郎のテレビの観方を見ると、それとは違っているような気がしてならないのだ。
ちょいちょいエロ的な単語は出てくるのですが、実際のエロシーンはありません。
理子は無邪気なふりをしてからかってるというか……好き放題やっているので。