※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


言の葉を司る者

「そうだね。多輝を幸せにする義務があると気負っているのかもしれない」

 

 しばし黙した後、優一郎が小声で言う。理子はふうん、と言ってからクッキーを口に運んだ。斎姫が焼いたこのクッキーは理子も大好物だ。バターがほどよくきいていて、それでいてしつこくない。テーブルから茶を取り上げて口の中を湿してから、理子はまたクッキーを頬張った。

 

「パパって真面目。でも理子はそんなパパが大好きよっ」

 

 にっこりと笑って理子は身体を傾け、優一郎にもたれかかった。画面の中では多輝が杖を振り回して魔法を使っている。今やこの魔法も世間の誰も疑問に感じることはないらしい。彼らにとって、多輝は魔を倒してくれる丁度良い看板になっているのだ。

 

 だが、本当に凶悪な魔と多輝が対峙することは絶対にない。細心の注意を払って優一郎が多輝の仕事を選んでいるからだ。結局の所、優一郎は多輝を危ない目に合わせないように手を回している。それこそ使える手段は何でも使い、とにかく多輝に危険が降りかからないようにしているのだ。

 

 まあ、そういうところもナイスなんだけどー。理子は心の底で呟いてちらりと優一郎を見た。理子の指摘を受けてすっかりしょげてしまったのか、優一郎は肩を落としている。

 

「君を見ていると僕はこの二十年あまりの人生を随分無駄に過ごして来たんじゃないかと心配になるよ」

 

 苦笑を浮かべて優一郎がそっと理子の頭に手を乗せる。どうして? と笑って理子は優一郎にクッキーを勧めた。少し気分が楽になったのか、優一郎が器からクッキーを取り上げて口に運ぶ。

 

「君は、知識だけの存在じゃないからね。物事の本質をえぐる目を持っている」

「難しいことはよく判らないけど」

 

 子供らしいあどけない笑みを浮かべてから理子は優一郎の腕に頭をもたせかけた。テレビを観ながらちっ、と心の底で舌打ちをする。多輝のスカートがめくれ上がり、もう少しのところでショーツが見えそうだったのだ。惜しい、と内心で呟いてから理子は言葉を継いだ。

 

「生き物は、龍神に限らず時と共に進化を続けるものよ? 後から生まれた者が先を行くものを超えているのは当然だもの。尤も、種としてのレベルより劣った者が生まれるケースもなくはないけど」

 

 そこまですらすらと語ってから理子はくすくすと笑った。まるでセッティングでもされていたかのように、絶妙なタイミングで多輝が転んでしまったのだ。だがそこはさすがに戦い慣れしているのだろう。多輝は素早く身を起こして再び魔に向かっていく。

 

「その通りだね。まったくその通りだ」

 

 どこかふっきれたような顔をして優一郎が頷く。理子はクッキーを口に運びながら言葉を継いだ。

 

「パパ。遠回りしたと思ってる?」

 

 画面の中で多輝がいつものポーズをきめる。きっと恐らく、そうやって戦う多輝の傍にはあの使い魔がついているのだろう。だがその使い魔はもう、器もなく、誰にも知られることもなく、ただひっそりと多輝についているだけだ。鍵としての役目を終えたあの使い魔の精神体がいつまで保つか判らない。だがそれでもあの使い魔は多輝を見つめ続けるのだろう。

 

 えろい目で見たら殺す。心の底でそんなことを呟いて理子は手を伸ばして茶を取った。

 

「今、知るべきことだったんだと思うよ」

 

 優一郎がにっこりと笑う。そんな風に優一郎が笑うと理子はとても嬉しくなる。つられて微笑みを浮かべて理子はうん、と頷いた。

 

「理子はパパと会えてとおっても幸せだもん。ママも大好きだし、多輝も大好き。パパも大好きだからねっ」

 

 にこにこと笑って理子はクッキーの器を優一郎の手に押しつけた。不思議そうな顔をする優一郎の腕にぎゅっとしがみつく。

 

「理子。その、呼び名のことなんだけど。僕が言の葉を司っていることは知っているよね?」

「うん。知ってる」

 

 わざと気付かないふりをして理子は笑みを浮かべたまま頷いた。番組は進み、今度は賑やかなデパートの屋上が映し出される。そこで多輝はアルバイトと称し、とあるショーを引き受けたのだ。次々に魔法を使ってみせる多輝に子供たちが笑顔で拍手する。マジカルプリンセスイチゴの名は、今やこの国に留まらず海外でも爆発的な人気があるのだ。

 

「これまでは、力を使って散らしてきた。僕としては、看過できない問題なんだ。君の父親は水輝さんだ。僕じゃない」

 

 あくまでも真面目な顔をして優一郎が言う。理子は唇を尖らせて優一郎の腕を放した。正直なところ、理子にとって親というのは名ばかりのものでしかなかった。寄生虫はどこまで行ってもやっぱり寄生虫だし、佑を先生と呼んでいるのも特に親と意識したことがないからだ。

 

 だが由梨佳をママと、そして優一郎をパパと理子が呼んでいたのには訳がある。多輝と関係した時にややこしいことになるのを避けたかったからだ。そして。

 

 ああん、ぱぱぁ、きてぇ。などと言いながら優一郎に抱かれて喘ぐ自分の姿を想像した時、理子は確信した。

 

 燃える!

 

 その理由だけで理子はずっと優一郎をパパと呼び続けているのだ。

 

「駄目?」

 

 理子は悲しげな表情を作って優一郎を上目遣いに見た。

 

「あくまで、義理の父親としてなら、問題はないかな?」

 

 由梨佳さんについてはそう規定してるし。困ったような顔をしつつも優一郎が小声で言う。理子はぱっと明るい顔になって優一郎の腕にまたしがみついた。

 

「ありがとうパパ! 大好き!」

 

 もしも優一郎が渋るようなら、じゃあ由梨佳はどうなのだと引き合いに出そうとしていた理子は心の底で舌を出した。結局、優一郎はただ単に理子にパパと呼ばれたくないだけなのだ。

 

「ただし、条件がある。水輝さんの事は、今後、お父さんと呼ぶこと。守れる?」

「えー。寄生虫は寄生虫だもん」

 

 頬を膨らませて理子はぼやいた。どうもあの水輝のことは好きになれない。多分、本質的な部分が自分とよく似ているからだろう。そのことを自覚してはいたが、理子は今さら水輝のことを父と呼ぶ気にはなれなかった。

 

 優一郎は水輝が死んでいないことを知る数少ない者のうちの一人だ。そして優一郎は水輝に特別な感情を抱いている。そのことが理子には面白くない。何で優一郎はあんな寄生虫に拘っているのだろう。それよりはいま生きている自分たちと楽しく過ごした方がいいに決まっている。理子はすっかりむくれて拗ねた顔をして優一郎の腕をぎゅっと抱きしめた。

 

「理子。ガードを解くから。一言だけ、水輝さんのことをそう呼んでみて。一言以上、決して言ってはいけないよ」

「寄生虫」

 

 理子は嫌な予感を覚えつつも素直に言った。その直後、目に見えない重圧が理子の身体にのし掛かる。悲鳴を上げて理子は頭を抱えた。割れるように頭が痛む。

 

「大丈夫。理子」

 

 そう言って優一郎が理子の額に軽く口づける。その途端に理子の身体を襲っていた重圧感と痛みがすっきりと消えた。理子は泣きじゃくりながら優一郎の胸に飛び込んだ。胸に顔を擦りつけながら心の底で舌を出す。

 

 あの寄生虫。今度会ったら殴る。そう誓いながら理子は思う存分に優一郎の胸で泣いた。




いつまでも寄生虫呼ばわりしてる理子もたいがいですよねーw
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