「パパは渚お姉さんも大好きだったよね? でも、渚お姉さんのことも諦めちゃった。なんで?」
優一郎は胸に痛い記憶を思い起こして眉を寄せた。今でも時折、あの時の渚の叫びが蘇って胸が痛む。死んだ方がましだという渚の悲鳴は本物だった。だからこそあの言葉は優一郎の胸を深く抉ったのだ。
「好きってだけでは駄目なんだ。水輝さんも僕も相手に同じことを求めていたんだ。渚さんの場合は、玩具にはしたかったけど、それは本当の好きとは違うよね?」
「好きって言っていないもん」
そう言って理子が唇を尖らせる。
「じゃあ、パパの言うほんとの好きってなあに? 多輝が大好きなこと? それだけがパパの本当なの?」
そう質問して理子がその場にしゃがみ込む。いつもとは逆に理子が優一郎に視線の高さを合わせたのだ。
「真実も、事実もひとつじゃない」
「理子は意地悪だから、思いついたことを言うね」
真っ直ぐに優一郎の目を見つめて理子が頷く。
「多輝は、多輝だけは、誰にも横取りされなくて済みそうだった。パパ以外の誰も、多輝を手に入れようとはしなかった。だからパパは、安心して多輝を手に入れた」
そう言いながら理子が真剣な顔をして優一郎の目を覗き込む。
「そうだね。でも理子、君は多輝が欲しくないの?」
「だからいま、パパは焦ってる。どうしていいか判らなくなってる。パパは優しいから理子を怒れないし、でも多輝にくっつくなって言えない。でも、本当はちょっと安心してる」
すらすらと答えてから理子は悲しそうな笑みを浮かべた。
「だって多輝は理子を子供としてしか見ていないから。だから多輝を取られてしまうことはないって思ってる。違う?」
理子はぺたんとその場に座ってため息を吐いた。
「多輝は君をずっと子供として見るだろうね。例え抱くことがあったとしても」
「そう、かも知れない」
少し考えるような顔をしてから理子が苦笑混じりに答える。その表情は酷く大人びていて、見ている優一郎もどきりとするほど綺麗だった。だが理子は多分、その自覚がないのだろう。またいつものあどけない子供らしい笑みを浮かべる。
「なのに多輝はずるいっ。理子と一緒にお風呂に入ってくれないんだもん」
頬を膨らませて理子がそっぽを向く。
「多輝はね、イチゴだから」
優一郎は理子のくるくると変わる表情に思わず苦笑を浮かべた。すると理子がえー、と不服の声を上げる。
「理子、つまんないっ。今だって多輝はママと一緒に寝るからって、理子のこと追い出して!」
膨れ面をしたまま理子がつらつらと不満を唱える。どうやら理子はいつもの調子で多輝の布団に潜り込もうとしていたらしい。
「由梨佳さんは限界だったからね。理子。二人が交わるところを見たいのかい?」
優一郎は何となく吹っ切れてからかい混じりに言った。すると理子が難しい顔をして首を傾げる。
「んー……。あんまりみたくない。ママも多輝も大好きだけど、そういうのはちょっと」
困ったような顔をして理子が頭をかく。そんな仕草をしているとやっぱり理子は子供で、だから色んなことを教えた方がいい気がする。優一郎は静かに腰を上げ、同時に理子の手を取って引き起こした。枕を抱えた理子が優一郎に無邪気に抱きつく。
「理子には、性行為の知識も、ヒューマノイドの特性についての知識もあるよね?」
「ここのコンピュータで調べられることは大体。……あ、パパ、変なこと考えてるでしょ」
しかめ面をして理子が呻くように言う。優一郎はくすりと笑って理子を軽々と抱き上げた。両腕に抱かれた理子がはしゃいだ声を上げて優一郎の胸に顔を擦りつける。
「僕がどういう事をしているか、知ってはいるってことだよね?」
優一郎はにっこりと微笑んだ。すると理子が不思議そうな顔をしてみせる。
「えっと、ヒューマノイドを作ったり、メンテナンスをしたり? そういうこと?」
優一郎の腕に腰掛けた理子がぶらぶらと足を揺らす。
「知識として存在することと、実際に体験してみることは違う」
苦笑を浮かべて優一郎は首を振ってみせた。理子が唇に指を当てて首を傾げる。
「それって理子にヒューマノイドを作ったりメンテナンスをしたりしろっていうこと?」
相変わらず無邪気に理子が訊ねる。
「ヒューマノイドについて勉強するなら必要だね。でも、理子にはやりたいことがあるんでしょう?」
「理子、愛のないセックスは嫌だなあ」
難しい顔をして理子がぼそりと呟く。それを聞いた優一郎は何度か瞬きをして理子の顔を覗き込んだ。
「究極の耳年増状態なわけか」
呻くように言って優一郎は頭を抱えた。だって、と唇を尖らせて理子が優一郎の胸に頭を預ける。
「パパは理子が大好きだけど、多輝とおんなじように子供だって思ってるでしょ?」
「理子、龍神の覚醒についての知識はあるよね?」
「ごまかしても駄目。理子のこと、子供だと思うでしょ?」
優一郎を見上げて理子がまた同じ質問をする。
「覚醒前だから、龍神という種として、幼生体であることは間違いないね」
「子供にえっちなことをするのは、児童虐待っていうんだよ?」
笑いながら言って理子がえい、とかけ声をかけて優一郎の腕から身軽に飛び降りる。
理子は無意識に優一郎を追い詰めてるのですが。
本人は気付いていません。