※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 三部 夜の女王   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


おまえもがんばれ。

『引きはもう使ってるし。あとは押すしか残ってない』

『都合良く理子は気絶してる、と。どうした。やけに優一郎の肩を持つじゃないか』

 

 佑の肩から手を離し、水輝はごろんとその場に横たわった。身体の位置をずらして佑の膝に頭を乗せる。

 

『肩を持ってるわけじゃないわ。わたしにはわかる。それだけよ』

『なるほど』

 

 佑が優しく水輝の髪を撫でる。心地の良い感触に目を細め、水輝はのんびりと水鏡を眺めた。呻いた優一郎が瞼を擦って目を開ける。しばし観戦といくか、と水輝は薄い笑みを浮かべた。

 

『でも、百パーセントではないわ。皆、誤解してるけど、わたしと優一郎は完全に同一な存在ではないもの』

『全く同じ存在はこの世にはあり得ない。どんなに似て見えても本質は異なる。コピーはしてみたところで自然劣化する』

 

 欠伸をしつつ水輝は言葉を継いだ。状況に動揺しているのか、優一郎は理子を見つめて固まってしまっている。

 

『劣化だけなら良かったんだけど。最近、気付いたことがあるの』

『何だよ。言ってみろ』

『優一郎の好みっていったらいいのかしら? 潜在意識下に求める女の子に対する理想とかそう言うもの? わたしのパーソナリティはそれによって決まったってこと』

 

 そこでいったん、言葉を切って佑が息を継ぐ。

 

『奈月さんの場合も同様よ、莢花さんの理想が反映されてる』

『何だ。じゃあおれの好みと優一郎の好みは似てるってことか?』

 

 くすくすと笑って水輝は腕をゆらりと上げた。佑の唇を指先でそっと撫でる。

 

『ほんっとに物好きが多いんだからっ』

 

 そう言って佑が水輝の指先に軽い音を立てて口づける。水輝は笑いを殺して腕を下ろした。どうやら佑の機嫌は直ったらしい。拗ねたように唇は尖らせているが、顔に怒りはない。

 

『魂はコピー出来ないからな』

 

 水輝は水鏡に目を戻して呟いた。どんなにコピーしようとしても、出来るのは入れ物だけだ。魂がその座に合わなかった場合は色んな支障が出る。佑の場合は典型的なケースだっただろう。生まれた魂が器に合わず、佑は何度も死ぬ羽目に陥った。結局、こうして器をなくして魂の状態になって、初めて本来通りの役目に就けることになったのだ。

 

『おじさまの策略の一環でもあるけどね。おかげで、あれらは魔にされてしまった』

『淫魔はどのみち増えてたさ。種は進化を続けているし、奴らがはびこることもまた必然だったんだろ』

 

 漸く我に返ったのか、水鏡の中で優一郎が起きあがる。忙しなく理子を見つめては頭を抱える優一郎を眺め、水輝は口許に嗤いを浮かべた。

 

『問題は、浄化を司るはずの存在が、淫魔を含めた魔の一種になってしまった事にあるわ。純粋な浄化者は、もうほとんど残っていない』

『だから面白いんじゃないか。荒れるぞ、この世界は』

 

 喉の奥で嗤いながら水輝はそう答えた。それまで真剣な面持ちで水鏡を見つめていた佑が眉を寄せて水輝を見下ろす。

 

『そうね。あんな不格好な存在の女王になるよりも、水輝さんの共犯者でいるほうが、わたしもよっぽど良かったし』

 

 くすくすと笑って佑が水輝の髪を撫でる。水輝はそうだな、と笑いを返してふと佑に訊ねた。

 

『そう言えば、あの時におれが唱えた呪文を覚えているか?』

『ええ。わたしは公女で。女王は奈月さん』

『あの呪文には続きがあるんだ』

 

 くすりと笑って水輝は深く低い声で数を数えはじめた。

 

 ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり

 

 青い空間に低い水輝の声が響く。天空の空間が水輝の声に応え、低く啼く。水輝は腕を伸ばし、視界の果てまで続く青空に手を差し伸べた。

 

 天の雷、空の雲。地の赤き流れ

 我が内に眠る、深く昏き灯火よ

 白き城は壊れ 黒き門は砕け

 世を憂う紅は沈み 時を紡ぐ混沌は眠り

 金色の扉閉じ 白銀の翼は裂け

 天空の王 時を渡りて

 地上の王 再び顕現す

 白に対すは黒。金に対すは銀。翠に対すは紫。赤に対すは青。

 天は地に触れ 地は天に混ざり 風が生まれ 雪が舞い 雷が疾り

 時の代は闇に入り 暁の乙女 宵の娘が去り

 浄化の力 地を埋めつくさん

 夜の女王よ 汝の主に従い 世を闇に覆い尽くせ

 光の公女よ 汝の主に従い 地に光をもたらさん

 空に描く 虹色の光

 色香に惑う 全てを愛す 心優しき王よ

 我が命に従い 空を行く羽根となれ

 世を行く闇に生きる者よ 人の心を貪る悲しき性よ

 祖は汝 汝は祖 世は我 我は世

 紫の錠は綻び 青の鍵は消える

 

 そこまで唱えてから水輝は口許に嗤いを浮かべた。あの最後の結びの呪文は恐らく誰にも聞こえていない。

 

『全き世の末、うつろうまやかしよ

 己が道を行け』

 

 この世は夢まぼろし、まやかしに過ぎない。そう呟いて水輝は腕を下ろした。何事かと傍まで飛んできていた桜と奈月が互いに顔を見合わせる。

 

『逆も真なり、ね』

『ああ。まやかしだが、そこに生きている奴らにとってはそれが現実だ。おまけに色んなものが化けて出てきやがっているし』

 

 やれやれと苦笑して水輝は肩を竦めた。何でもないぞ、と笑いかけると奈月と桜がまた菓子作りを再開しに空間の隅に向かう。

 

『水輝さん、あの』

『ん? どうした?』

 

 歩いていた奈月が振り返って困ったような顔で話しかけてくる。水輝はそっと佑の膝から頭を起こし、座り直した。

 

『ありがとうございました』

 

 そう言って奈月が頭を下げる。は? と声を返して水輝は頭をかいた。

 

『礼を言われることをした覚えはないが?』

『わたしの過ちを、正したのは水輝さんだったんですね。本当に、ありがとうございました』

『いや? おれはただ単に奈月を嫁にしたかっただけだが?』

 

 水輝は奈月を見つめて真顔で告げた。手にしゃもじを持っていた奈月が頬を染めてもじもじとエプロンの裾を玩ぶ。

 

『はーい。それじゃあ、お邪魔虫は退散しましょう。ほら、桜さん。行くわよ』

 

 そんなことを言いながら佑が立ち上がり、奈月の傍ではらはらした顔をしていた桜を引きずっていく。姫様ー! と叫ぶ桜を引きずり、佑が空間の隅に向かう。どうやら奈月の代わりに菓子作りの続きをしてくれるらしい。

 

『ああもう、どこもかしこもラブラブで、もうほんとにやんなっちゃう』

 

 聞こえよがしに言う佑はだが微笑みを浮かべている。水輝は苦笑をして奈月に手招きした。耳まで真っ赤になった奈月がおずおずと水輝に近付く。

 

『水輝さん、その、よろしくおねがいいたします!』

『いいからここに座れ。今は観戦中なんだ』

 

 水輝は奈月の腕を引いて自分の隣に座らせた。小さな悲鳴を上げた奈月の身体が見えないクッションで弾む。水輝はそんな奈月の肩を腕に抱いて水鏡に目を向けた。

 

 ま、お前も頑張れ。

 

 愛想のない応援を水輝は心の中で優一郎に送った。




水輝がさっくり優一郎にエールを送ってます。
さっくりとですが。
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