「こら! 開けろ! なに考えてる、てめえら!」
「大丈夫っす! 飲み物とつまみは俺らが運びますから!」
「そういうことじゃねえ! こら! 開けろってんだろうが!」
水輝は怒りをこめてドアを何度も叩いた。そんな水輝の後ろで立城がくすりと笑う。水輝は鋭い目をして立城を振り返った。
「……何しに来た」
低い呻くような声で水輝は訊ねた。早速、ソファに腰掛けた立城がにっこりと笑ってみせる。
「随分と探したよ。まさか働いているとはね」
「お前に関係ないだろうが」
「ホストということは、お金を出せば君の時間を買える訳だよね?」
「誰がお前なんかに」
「客商売でしょう? もっと愛想は良くした方がいいよ」
「生憎、客じゃない奴に振りまく愛想はない」
次々に掛けられる声に水輝は怒りをこめて言い返した。立城がそっとため息を吐く。
「もうどうでもいい? さっきからそんな思惟が流れてきているんだけど」
「ああ。どうでもいいね。だからお前もとっとと帰れ」
苛立ちに任せて吐き捨ててから水輝はぎらりとドアを睨んだ。気配の通り、鍵が外れる音がして、同僚の数名が二人分の飲み物とつまみを運んでくる。わざわざ複数で来ているということは、水輝が逃げ出さないようにだろう。水輝は同僚たちを鋭い目で睨みつけた。だが彼らはそんな水輝の視線に怯むことなく、愛想良く立城に笑みを向けて飲み物とつまみをテーブルにセットした後に早々に去ってしまう。
金属の硬い音がして再び鍵がかけられる。水輝は腕組みをして壁に寄りかかり、立城を睨みつけた。立城は出された酒を手酌でグラスに注ぎ入れ、氷を入れている。本当ならそれらは全てホストの仕事だ。だが水輝は頑として動かなかった。そんな水輝を特に気にもしなかったのだろう。立城がつまみを口に放り込んで酒の入ったグラスを取る。
「帰れと言われてもね。ここはもう僕の部屋だから」
さらりと言って立城がグラスを口に付ける。水輝は舌打ちをしてそっぽを向いた。
「じゃあおれが出て行く。誰か呼んで鍵を開けさせろ」
どうせ自分が呼んでも同僚たちの誰も鍵は開けようとしないだろう。大金を積んだ立城は彼らにとって、そして店にとっての上客になってしまったのだ。それはここに一年以上勤めている水輝にはよく判った。
「転移すれば?」
「出来るならやってる」
当たり前の顔で言った立城に水輝は苦い顔をして即答した。すると立城がグラスを静かにテーブルに戻し、まじまじと水輝を見る。水輝はその視線を感じつつもそっぽを向いたままじっとしていた。
龍神としての力の全てはなくなった。今ではもう惰性で生きているにすぎない。本当はあの時に死ねれば良かったのだ。それだけが水輝の誤算だった。
天空の城を落とし、強大な魔法を優一郎の力を利用して発動させた。天界は凄まじい勢いで崩壊し、豪雨が続いた。荒れ狂う海に落ちた水輝は何故か生きていた。本来、天空の城のあったあの空間には岸は存在していなかった。だが死んだ龍神の亡骸が波に打ち寄せられ、皮肉にも岸を作ってしまった。そこに水輝は打ち上げられたのだ。
天界が自浄作用により自動的に修復を始める。それに伴って異物である水輝は天界から排除された。力をなくした水輝は抵抗することも出来ないまま、それに従って天界を出た。
辿り着いた先は見知らぬ街だった。なんの気紛れか、天界は水輝を地上に戻してしまったのだ。
歩き続けた。少しでも彼らから離れた方がいいと思った。どうでもいいと思っていたからこそ、関係のない場所に行こうと思った。歩いて歩いて、歩き疲れた頃に紫藤に声を掛けられたのだ。
身体には龍神の特性が幾つか残っていた。水輝は腹が減ってもとりあえず死ぬことはなかったし、例え何かを食べても排泄することもなかった。身体は年を取らないことも判っていた。だが自分の意志で姿を自在に変えることは出来なかった。髪の色は隠しようがなく、仕方がないので染めることにした。このご時世だ。多少、変わった色の頭をしていたところで珍しくはないかも知れない。だが必要以上に目立つのはどうしても避けたかった。
目にも色は残った。だがこちらは隠すほどではなかった。青みがかった水輝の目を見て、外国の血が混ざっているのかと勘違いする者もあったが、面倒なので否定も肯定もしなかった。
性交渉で力を得ることは出来なくなった。誘われて女とも寝たが、何度試しても力は得られなかった。だから水輝は女が妊娠することを恐れ、きっちりと避妊するようになった。万が一の事態を避けるためだ。
「あれから彼女たちがどうなったのか、気にならない?」
「別に」
水輝は素っ気なく告げて立城を横目に見た。立城がそう、と呟いてグラスを傾ける。
「多輝は? 優一郎くんは? 誰も気にならない?」
「別に」
どうでもいい。そう付け足して水輝はため息を吐いた。立城が同じようにため息を吐いて苦笑を浮かべる。
「あれから一年以上か。随分と経った気がするけど、たったの一年なんだね」
「だからそんな話はどうでもいいって言ってんだろ? いいからおれの前から消えろ」
うんざりしながら水輝は吐き捨てた。全て自分にはもう関わりのない話だ。彼らがあれからどんな道を歩んでいようが、これからどう生きようが知ったことではない。水輝は立城を睨みつけてそう続けた。
「水輝」
静かな声音で立城が呼ぶ。水輝は返事の変わりに鋭い視線を立城に向けた。
「君は自分で言うほどに全てがどうでもいい訳じゃないね。もしもどうでもいいと思うなら、そんなにむきになって逃げないでしょう?」
ぴくりと眉を上げて水輝は唇を引き結んだ。
「どうでもいいならどうして逃げたりするの? 何故、差し伸べられた手を取ったの? どうでもいいと本気で思っているなら、人の身体を気遣ったりするかな?」
「いちいちうるせえよ。それがお前になにか……関係あんのかよ」
憎々しさをこめて舌打ちをしてから水輝は低い声で言った。立城は恐らく記憶を読んだのだろう。それは水輝にもよく判った。だから嫌だったのだ。
こいつ、金持ってるからなー……w
やりたい放題です。