目が覚めると理子がいなくなっていた。
「どこだ!」
多輝はその日の朝、焦りながら理子がいそうな所を探し回っていた。確かに昨日は一緒に風呂に入ったのだ。その時に風呂は今度から一緒に入れないと言ったのがまずかったのだろうか。それとも一緒に寝るのを断ったからだろうか。考えを巡らせて多輝は理子の部屋の中で頭を抱えた。
おかしい。今日は理子は学校のはずなのだ。理子は毎日、時間通りに自分で目を覚ます。そしてその後、由梨佳と一緒に朝食を作り、みんなで食べるのが常なのだ。
なのに理子がどこにもいない。
「もしかして誘拐!?」
ひっくり返った声で叫んで多輝は慌てて理子の部屋を駆け出した。理子がいそうな地下四階は全て探した。多輝はもう一度、キッチンに入って由梨佳に理子は戻ってきていないかと訊ねた。朝食を準備をしていた由梨佳が来ていないと首を振る。
「ああああ、やっぱり誘拐じゃないか!? それとも……まさか……家出!?」
そう言ってから多輝は自分の言葉に真っ青になった。たくあんを切っていた由梨佳が手を洗ってエプロンで拭きながら振り返る。
「多輝くん、慌てないで。地下が封鎖されているわ」
「地下!? 地下に理子はいるのか!?」
由梨佳が言うのを聞いて多輝はぱっと明るい顔をした。それならきっと大丈夫だろう。理子は多分、優一郎のところに遊びに行っているのだ。そうだよな、と笑って多輝は頭をかいた。
「取り乱しちまった」
照れ隠しに笑っていた多輝はだが、変なことに気が付いた。
「封鎖?」
眉を寄せて多輝は由梨佳に問いかけた。理子が優一郎のところに遊びに行くことはよくある。だが何でわざわざ空間を閉じなければならないのだろう。
「多輝くん。優一郎さんから、何か話は聞いてないの?」
「いや、特には聞いてないぞ」
眉を寄せたままで多輝はそう答えた。この時の多輝の頭からは、事前に聞いた優一郎の話がすっぱり抜け落ちていた。もしも理子が覚醒したら抱くしかない。その話を多輝は自分の都合と精神安定のためにころっと忘れていたのだ。
なので、話はそのまま進む。多輝は怪訝な顔をして腕組みをし、首を捻った。
「わっかんねーなあ。何で封鎖? 別に魔とか来てるわけじゃねえし」
試しに周囲の気配を探ってはみたが、それらしい気配はどこにも感じられない。
「通話が入ってるわ。優一郎さんから」
そう言って由梨佳が頬を染めてスカートをたくし上げる。おお、と頷いて多輝は由梨佳の股間に手を伸ばした。軽くクリトリスを捻って引くとリューズのようにクリトリスの部分が伸びる。それを決められた角度に倒すとその場に優一郎の声が聞こえてきた。
『多輝、おはよう』
「おう。おはよう。なあ、理子はそっちに行ってるか?」
多輝は由梨佳の前に跪き、股間に向かって話しかけた。スカートをつかんでまくり上げたままの格好で由梨佳は頬を染めている。
『うん。今、ようやく落ち着いて寝かしつけたところ』
「何だ、そっちにいたのかやっぱり。……って、寝かしつけた?」
ほっとするものを感じると同時に多輝は訝りを覚えた。優一郎は何を言っているのだろう。理子はこれから学校に行かなければならないのだ。それに子供が何でこんな時間まで起きているのだ。多輝はつらつらと考えるままに優一郎に訊ねた。
『昨晩、理子は覚醒した』
「覚醒?」
かつて優一郎から聞いていた話をまるっきり忘れていた多輝は真顔で訊き返した。
「何の話だ?」
何故か由梨佳の股間からは優一郎の返答が聞こえない。代わりに聞こえてきたのは深々としたため息だった。不思議そうな顔で首を傾げる多輝の前に立つ由梨佳の顔はいつの間にか真剣そのものになっている。
「多輝くん……理子さんは龍神なのよ?」
「ああ、そうだよな。それが?」
何のことか意味が判らない。素直に多輝はそう訊ねた。龍神がある年齢になったら覚醒することは判る。だが理子はまだ小学生で、龍神の覚醒年齢にはほど遠い。
『百聞は一見に如かず。今の理子の映像データを送る』
優一郎が言った直後、キッチンのモニタが明るくなる。そこに映し出されたのは一人の少女だった。白いドレスを着た少女を見た瞬間、多輝は慌ただしく立ち上がってモニタに全力で駆け寄った。
「理子!? うわあ、すげえ! 美人じゃねえか!」
それまでの話をすっかり忘れ、多輝は画面にかぶりつきでうんうんと何度も頷いた。やっぱり理子は美人になると思ったんだよ、と満足感いっぱいで呟く。多輝が思わず我を忘れてしまうほど、モニタに映し出された理子は綺麗だった。
『多輝。覚醒した龍神がどういう状態になるか、解ってるよね?』
後ろから優一郎の声が聞こえてくる。多輝は振り返って腕組みをし、天井を仰いだ。確か前に散々、優一郎から聞かされたのだ。自分が覚醒当時、そういう状態だったことには全く気付いていなかったのだが、後から考えるとどうやらそうだったらしい。
「あー、と……。確か、性欲が旺盛になってやりまくるんだっけか」
そう言えば一時期、随分と女を抱いたなあ。そんなことを思い出して多輝は懐かしさに目を細めた。あの頃はまだ若かった、と呟いてから多輝は眉を寄せた。
性欲が旺盛になる。
そう、胸の中で呟いてから多輝は真っ青になった。
『多輝。もし早期にそうなったら、理子を抱くと、言ったよね?』
「……」
優一郎の声に多輝は応えなかった。腕組みをして、優一郎の声が聞こえてくる由梨佳の股間をじっと見つめる。
『覚えてないようだからまさかとは思ったけど、やっぱり、聞き流してたんだね』
優一郎がため息を吐く。多輝はがくんとうなだれて口の中でぶつぶつと呟いた。あの可愛い理子が。おれの可愛い理子が。おれの可愛い……。
ぶつん、と何かが頭の中で切れる。
「お」
多輝は身体を怒りに震わせて呟いた。きちんと多輝の声を聞き取ったのだろう。二人が、お? と訊き返す。
「表に出やがれ! この野郎! 可愛い理子に何てことしやがる!」
だん、と床を強く踏んで多輝は怒声を張った。
『今行く』
そう優一郎が答えた後、通信が一方的に切れる。多輝は肩を怒らせてキッチンを駆け出した。由梨佳が後ろから止めるのも聞かず、多輝は自分の部屋に飛び込んで慌ただしくたんすの中を探った。コートを引っ張り出してそれをはおり、その場から転移する。一気に地上に出たところで多輝の目の前に優一郎が現れた。
「よくも可愛い理子に……」
怒りに目を吊り上げて多輝は指を組み合わせてぼきぼきと鳴らした。
「不戦敗を選んだのは多輝。君だよ」
いつもの白衣ではなく、優一郎は何故か白いタキシードを着ている。多輝は指を鳴らしながら何のことだと訊ねた。
「相談、したよね? 理子が覚醒したらどうするかって」
「覚えてないっ」
きっぱりと言って多輝は振りかぶった。だが多輝の繰り出したこぶしを優一郎が身軽に避ける。
「理子の成長の早さを見て、何も危機感覚えなかったってこと?」
「何がだ! って、避けんな、この野郎!」
二度目のこぶしも軽々と避けられ、多輝は怒鳴った。舌打ちをして体勢を整え、多輝はびしりと優一郎を指差した。
「念のために訊くぞ! やったのか!?」
「もちろん」
「ああああああああ!」
無念の叫びを上げて多輝は頭を抱えた。まさか優一郎は理子にあんなことやこんなこと、あまつさえあんなことまでしたのだろうか。ずらずらと思い浮かべて多輝は地団駄を踏んだ。
「うちの理子に何てことするんだお前は! 恥を知れ!」
素っ頓狂な声で叫んで多輝はがむしゃらに優一郎に殴りかかった。だが優一郎はひょいひょいと多輝のこぶしをかわす。
「だったら、どうすれば良かった? 自慰ベッドに寝かせて四六時中自慰に耽らせておけばよかったとか言うつもりじゃないよね?」
「理子にそんな真似させられるかああ!」
ああ、理子は昨日あんなに無邪気に笑いかけてくれたのに。一緒に風呂に入った時に見た理子の身体は、確かに少し女の気配がしていた。だがそれでも理子はあんなに懐いてくれているのに。
多輝が葛藤してる感じです。
勝手にですけどw