あ、人によってはちょっとグロかも?
おかえりなさいませ、と使用人たちが揃って頭を下げる。うん、と微笑みを浮かべてから立城はただいまと彼らに挨拶を返した。黒いスーツを着た和也が静かに立城の背後に続く。
「小鳥の調子はどうかな?」
「はい。かなり興奮なさっておられましたので、先ほど注射を打たせていただきました。今はお休みになっておられます」
「また無茶をしようとしたの? じゃあ、もうそろそろ出産かな」
くすりと笑って立城は静かに階段を上がった。夕食時の屋敷の中には料理のいい香りが漂っている。立城は機嫌良く階段を昇りきり、真っ先に水輝の眠る部屋に向かった。大きな扉を静かに開く。そこで立城は和也に目で頷いてみせた。すると和也が深々と頭を下げ、部屋を離れていく。
大きなベッドで水輝は穏やかな寝息を立てている。腹がかなり大きく膨らんでいるため、仰向けでは寝にくいのだろう。水輝は横を向いている。立城は静かに歩み寄り、水輝の顔が見えるところに腰掛けた。
こうして眠っている間は水輝はとても落ち着いた表情をしている。なのに目が覚めて考える隙が出来ると暴れはじめるのだ。立城は優しく水輝の髪を撫で、身を屈めた。軽く額に口づけをする。
「ただいま、水輝」
「ん……」
くすぐったそうに顔をしかめた水輝が小さな声を漏らして身じろぎをする。立城は微笑みを浮かべて毛布に包まれた水輝の身体を眺めた。膨らんだ腹にそっと手をあてがう。
「困ったお母さんだね」
立城は苦笑して腹の中に居る二人の子供にそっと話しかけた。だがまだ外に出てきていない二人の子供は返事をしない。力を介して見るとよく判る。水輝の腹の中にいる双子の兄弟は、身体を丸めて目を閉じ、互いの手をしっかりと握り合っている。きっと外に出てきても仲のいい兄弟になるに違いない。
問題は水輝か。そう呟いて立城は水輝の顔を伺った。まさか眠っている間に出産させる訳にもいかないだろう。かと言って、正気で居る間の水輝は周囲の迷惑など顧みずに暴れるだけだ。
まあ、なるようにしかならないかな。そう心の中で呟いて立城は立ち上がろうとした。だが腰を上げかけたところでスーツのジャケットを何かが引っ張る。不思議に思ってそちらを見た立城は思わずくすりと笑った。眠っている水輝が立城のジャケットの裾をいつの間にかしっかりと握りしめているのだ。
「大丈夫。心配しなくてもどこにも行かないから」
水輝の耳許に優しく囁きかけ、立城はベッドに座り直した。あどけない子供のような寝顔を見つめながら髪を撫でる。
夜になって目覚めた水輝が暴れようとする前にベッドに押し倒し、いつものように抱いた後に異変が起こった。ぐったりとベッドに沈んでいた水輝が腹を押さえ、苦しげに呻く。
「重森さん」
服を着ながら立城は部屋に和也を呼んだ。その場にすぐに現れた和也がベッドで苦しげに呻く水輝を見て目を見張る。
「水輝様!?」
苦しみ方が酷いからなのだろう。和也が慌てた声を上げてベッドに駆け寄る。立城はネクタイを締め、落ち着くようにと言った。
「いつでも出せるように車を用意しておいて。もう少し時間がかかると思うから、その間に産婦人科に連絡を。水輝の夜着と下着を何枚か用意して」
てきぱきと指示を出しながら立城はジャケットに袖を通した。
「そうだ。あの子たちの産着も荷物に入れておいて。必要ないとは思うけど、おむつも一応、何枚か入れて」
「はい」
携帯端末に指示された内容を打ち込みながら和也が頷く。立城は微笑みを浮かべて頷き返してから水輝の傍に腰を下ろした。
「僕は付き添いをするから、君は警戒を」
「畏まりました」
「もしも嗅ぎつけられたら消して構わないから」
「心得ております」
しっかりと執事の顔を保ったまま、和也が言う。立城はそこでくすりと笑った。
「赤龍王の器が見つかったそうだね」
「な……」
急に話を変えたことに驚いたのか、和也が目を見張って立城を凝視する。立城はくすくすと笑って水輝の背を撫でた。相当痛むのか、水輝は全身に汗をかいて歯を食いしばっている。
「なるほど。僕はまんまと騙されていた訳だ」
和也は緊張の面持ちをして黙っている。立城は裸のままで転がっていた水輝にそっと毛布をかけた。手の中にタオルを寄せ、水輝の額ににじんだ汗をそっと拭き取る。
「あまり目立つことはしないで欲しいね。銀行経由で僕のところに連絡が入ったよ。凄い騒ぎになったそうじゃない」
くすくすと笑って立城は言った。だが和也はまったく反応しない。顔を強ばらせてじっと立っているだけだ。
「君の差し金かな?」
「わたくしにそのような力は……」
「また。今さらとぼけないで欲しいね」
くすりと笑ってから立城はさっさと話を変えた。
「水輝の着替えを持ってきてくれるかな?」
「畏まりました」
恭しく礼をした和也がその場から姿を消す。しばしの後、和也が水輝の下着とパジャマを抱えて現れる。
「陣痛が十五分間隔になったら運ぶから。それまで待機していて」
「はい」
「一応、陣痛が始まった時間を記録しておいて」
指示を出してから、立城は苦しそうに呻く水輝に服を着せた。痛みが治まった頃に水輝が叫んで再び暴れようとする。そのたびに立城は水輝の口を塞ぎ、ベッドに押し倒した。
水輝は丸一日ほどを屋敷で過ごした後、車で産婦人科に運ばれた。人よりずっと陣痛が長いのもその特性故かも知れない。立城は予定通りに水輝に付き添った。
分娩室に水輝が運び込まれたところで立城はため息を吐いてベンチに腰掛けた。ネクタイを緩めて子供が生まれるのをじっと待つ。水輝は本人が考えているよりずっと人の身体に近い。こうしてわざわざ産婦人科を使わなければならなかったのもそのためだ。万が一ということがある。力を使って治したり、出産のフォローが出来なかった場合のことを考え、最初から産婦人科に通わせておいたのだ。
随分と長い時間に感じられる。立城は組み合わせた手に額を乗せ、じりじりとその時を待った。こうしている間にも水輝は苦しんでいるのだろう。時折、悲鳴のような声が聞こえてくる。助産婦や看護師の声が飛び、医師の声が響く。廊下に聞こえてくる声を聞くたびに立城はため息を吐いて額を押さえた。
彼らの声が酷く痛い。いつから自分はこんな風に人の声に敏感になってしまったのだろう。とりとめのないことを考えて立城は苦笑した。気が付いた時にはもう、後戻りは出来ないところまで踏み込んでしまっていた。
不意にか細い泣き声が聞こえる。立城ははっと目を見張って慌てて顔を上げた。続いてもう一人、別の声が聞こえる。どうやら無事に生まれたらしい。そのことにほっとして立城は力なく壁に寄りかかった。
だが何故か分娩室にいる誰も、外で待ち構えている立城を呼びに来ない。何故だろう、と考えて立城が首を傾げた時、騒がしい声が聞こえてきた。分娩室で複数の人間が大声でやり取りをしている。
唐突に金属製のドアが開く。
「あっ、旦那さん! 血液型は!?」
「え?」
駆け寄ってきた女性の看護師に訊かれ、立城は驚きに絶句した。
「血液センターに連絡を! 輸血の準備をしろ!」
鋭い男の声が廊下に響く。何人もの看護師が分娩室を駆け出し、その場は一気に騒然となった。
「あの、水輝に何か」
「出血が止まらないんです! 旦那さん、B型じゃありませんか!?」
切羽詰まった顔で訊ねた看護師に立城は慌てて首を振った。そこで立城ははっと我に返り、急いで分娩室に飛び込んだ。
「退いて!」
水輝の足許で蒼白な顔をしていた看護師を押し退け、立城は水輝の股間を覗き込んだ。唖然とした顔をしていた医師が関係ない者は出ろと怒声を張る。だが立城はそれを無視して水輝の腹に手をあてがった。
子供は既に生まれている。水輝の腹は空っぽだ。なのに膣からはおびただしい量の血が流れている。分娩台にもたれて足を開いた水輝の顔色は異様なほど青い。
「退きなさい!」
怒りの声を上げて男の医師が立城の肩をつかむ。立城は鋭い目で医師を睨みつけた。
「すみませんが、ちょっと席を外していただけますか」
そう言って立城はその場にいた者を強引に転移させた。ぱちん、と指を鳴らすと開きっぱなしになっていた分娩室のドアがけたたましい音を立てて閉じる。
「なるほど。最初からここで殺すつもりだったのか」
出血のためか水輝の意識はない。立城は血まみれの水輝の陰部に手をあてがった。手全体で膣口を押さえると流れていた血が飛沫になって散る。
「勝手に死ぬなんて許さないよ。帰っておいで。僕の」
そこまで言ってから立城は水輝の唇にそっと唇を寄せた。唇を介して治療の力を送りながら、立城はそっと目を閉じた。
沙耶。
立城は唇を合わせたまま、そう呼びかけた。飛び散っていた血の勢いが次第に緩やかになる。立城は手に当たる血の流れの感触をしっかり読みながら、水輝の唇を舌でそっと割り開いた。それまでぐったりとしていた水輝の舌がぴくりと動く。
「た、つき?」
唇を離したところで水輝が弱々しい声で呼ぶ。立城はほっと息を吐いて水輝の胸に頭を乗せた。
「ばかだね、君は。本当に」
「……は?」
置かれている状況が今ひとつ判らないのか、水輝が怪訝そうな声を上げる。立城はよいしょ、と身を起こして水輝の股間を覗き込んだ。どうやら出血は何とか止まったらしい。
「おいこら。その、ばかってのはどういう意味だ」
「言ったままの意味だよ。あーあ。スーツが台無しだ」
血だらけになった自分の格好を見下ろして立城はくすくすと笑った。慌ただしい足音を立てて医師や看護師が分娩室に戻ってくる。立城は怒った医師に分娩室を追い出され、水輝はそんな立城においこら待てと喚く。
「どうぞ」
分娩室から出てきた立城を待ち構えていたのは和也だった。差し出されたタオルをありがたく受け取り、血に塗れた手を拭く。そこで和也はタイミングよく煙草を差し出した。立城は苦笑をして煙草を一本箱から抜き、唇に挟んだ。
廊下を慌ただしく看護師たちが行き来する。和也に火を貰って息を吸い込んだところで立城は思わず吹き出した。笑い出した立城を和也は執事の顔をしてじっと見つめている。
「ここは禁煙ですよ!」
「あ、はい。ごめんなさい」
走りざまに看護師に怒鳴られ、立城は大人しく頭を下げた。そのまま和也と並んで喫煙所に移動する。
「完敗、かな。これは」
椅子を血で汚すのは忍びない。立城は灰皿の傍に立ったままでぽつりと呟いた。何がでしょう、と和也が律儀に訊ねる。そんな和也を笑って見つめ、立城は軽く肩を竦めてみせた。
「とりあえずはお見事、と言っておくよ」
「はあ……左様ですか」
「さて。子供の顔を見に行こうかな」
灰皿に煙草をねじ込み、立城はゆらりとその場から歩き出した。後を行く和也がちらりと振り返る。灰皿の傍に光っていた小さな青い珠がかき消える。立城は口許に微笑みを浮かべたまま、子供の居る部屋に向かった。
この話のりゅーじんに血液型とかないんです、そもそもw
そんなもんあったら色んな意味で混ぜられない……。