私たち肉便器は旦那様のおもちゃです 〜メイド娼館で調教レイプしていただきます♡〜 作:ゆっとぴあ
「やはり、私も調査に入りますよ。こうして見ているだけなのは忍びないです」
「いやいや、ここは我々に任せて、ルイス様はゆっくりしていて下さい。昨夜から一度も寝ていないでしょう?」
「それに彼女さんまだ寝ているではないですか。起きてあなたがいなかったら泣かれますよ。女性の涙は怖いですからな」
「まだ彼女ではないんですけどね……」
「はっはっ!なら尚更嫌われてはいけませんな」
周りが騒がしくて目が覚めた。
なにやら笑い声も聞こえてくる。
逞しい太ももが私の頭の下にある。
大きな手が私の頭を優しく撫でている。
目を開けたくないなと思った。
今開けたら、この幸せな現実がするりとほつれて、また幻に化けてしまいそうだったから。
「………アナ、起きてるだろ?」
頭上から、少しだけ呆れたような、それでいてどうしようもなく優しい声が降ってきた。
ビクリ!と肩が震える。
その反応だけで、完全に白状したようなものである。
「…………起きてないでーす……」
「寝ている人間はそんなにはっきり返事をしないよ」
「…………」
負けた。
私はしぶしぶ瞼を持ち上げる。
視界いっぱいに飛び込んできたのは、やっぱりひどく懐かしい顔だった。
少しだけ疲れを滲ませた、それでも整った顔立ち。
深い紫の瞳が、まっすぐに私を見下ろしている。
「おはよう、アナ」
「……おはようございます……」
喉から出て来たのは掠れた声で。
それを聞いたルイスくんは安心したように小さく笑った。
その笑みがあまりにも自然で、あまりにも穏やかで、私はまた一瞬泣きそうになってしまった。
どうやら、私は中央ホールの壁際で、椅子を数個並べたものの上に横になっているらしい。
そして今、私の頭は当然のようにルイスくんの膝の上に乗っていた。
……ちょっと待って。
膝枕!?
「……………ッ!?♡」
熱が、一気に顔へと集まった気がした。
頭のてっぺんから足の先まで、どばっと何かが駆け巡る。
「お、おおお起きます! 私もう起きますから……っ!♡」
慌てて身を起こそうとする。
けれど次の瞬間、頭を撫でていた大きな手がおでこにそっと添えられて、逃がさないようにやんわり押し留められた。
「こら」
「ひゃぅっ♡」
短く落ちてきた声に、変な声が出た。
「まだ体調が優れないんだろ。息も荒いし、頬も赤いよ。もう少し大人しくしてなさい」
「ひゃ、ひゃぃぃ♡」
思わず頷いてしまう。
息も頬も、体調不良によるものでは多分ないのですが……!
頭に添えられた手がまた動く。
さらり、さらりと前髪を梳くように、慈しむように撫でられる。
「いい子だね」
あ、だめだ。
なんかこれ、だめなやつ。
「ぅ……♡ ぅぅ……♡」
情けない声しか出ない。
撫でられるたびに頭の中がふわふわして、さっきまでの不安も混乱も、全部どこかへ流れていってしまいそうだった。
だめだ、だめだ。
こんなところで、こんなふうに甘やかされていたら、絶対にまともに喋れなくなる。
「ル、ルイスくん……その……」
「ん?」
「優しすぎます……」
やっとのことで絞り出した声に、ルイスくんは少しだけ目を細めた。
「三年越しなんだ。これくらいは許してくれ」
さらりと言われて、今度こそ心臓が止まるかと思った。
許すもなにも、そんなことを言われたら、こっちはもうどうしていいかわからない。
視線を逸らそうにも、膝枕の状態ではそれも難しい。
逃げ場がない。
しかも、頭を撫でる手つきは変わらず穏やかで、まるで本当に大切なものを扱うみたいだった。
「…………っ」
また顔が熱くなる。
このままだと、体調不良ではなく羞恥で三度目の気絶をやらかしかねない。
「そ、その……ルイスくん」
「ん?どうしたんだい?」
「そろそろぉ……状況の説明をしていただけると………」
恥ずかしさと安心感とでぐずぐずに溶けた頭をどうにか動かしながら、私は情けない声でそう言った。
このままでは本当にいけない。
気持ちよく頭を撫でられて、ふわふわしたまま再び意識を手放す未来が見える。
けれどルイスくんは、そんな私を見下ろして少しだけ困ったように笑った。
「……そうだな」
声音は穏やかなままだったけれど、そこにほんの少しだけ現実へ戻る色が混じる。
「本当は、もう少しこのままでいてほしいんだけど」
「ぅ……っ♡」
だめだ。
その言い方はだめだ。
さらりとそんなことを言われると、こっちはまた簡単に心臓が跳ね上がってしまう。
「で、でも、説明が先です……っ」
「わかってる」
そう言いながらも、ルイスくんの指先はもう一度だけ私の前髪をやさしく梳いた。
まるで名残惜しむみたいな手つきだった。
「じゃあ、少し長くなるけど聞いてくれるか」
「……はい」
私は膝の上で小さく頷く。
その反応を見届けてから、ルイスくんは静かに語り始めた。
「昨夜、国王陛下が崩御された」
「へっ!?」
急に超重要情報をぶっ込まれたんですけど!?
王様が?亡くなったの?
ルイスくんは私の反応を待つように一拍だけ置いてから、続きを口にした。
「病と公にはされていたけれど、実際にはずっと容体が不安定だった。ここ数ヶ月は特にね。
ただ、崩御そのものより問題だったのは、その後だ」
さっきまで私の髪を撫でていた手が、今度は額の上で静かに止まる。
落ち着け、と言われているみたいだった。
「第二王子派は、陛下の崩御を一定期間隠蔽しようとした。
王女派や中立派が動く前に、王位継承を既成事実にするつもりだった、と思われる」
……なるほ、ど?
「その時ちょうど、クリスティーヌ王女殿下が王城に居なかったのも後押しになった。
王太子といえど、彼には敵が多い。
正規の手段では、王位継承は時間がかかり、その間に自分が失脚する可能性もある。
発動に議会の承認が必要な王位継承の魔術式。
これの議会を通さない独断での発動、これが彼の目的だった」
第二王子派とは、確か普段からうちのお店を使用している旦那様たちが所属している派閥だ。
「けれど、崩御の情報はすぐに王女派に漏れた。
第二王子にそばには、ここ一年ほど王女派の間者がいたからね」
「かんじゃ」
「要するに、こっそり敵陣営に潜り込んで情報を流す人のことだよ」
「……スパイ?」
「うん。だいたいそんな感じ」
ルイスくんが私の理解度に合わせて言葉を選んでくれているのがわかって、なんだかくすぐったい。
まるで三年前に戻ったみたい。
「その報を受けて、クリスティーヌ王女殿下はクーデターに近い形で先手を打った。
派閥の伝令経路に兵を差し向け第二王子を城内に孤立させ、その身柄の確保に動いた」
「それで朝から兵隊さんがたくさん……」
「ああ、局所的には戦闘も起きた。
全面戦争にならなかったのは本当に幸いだった。
一歩間違えれば、王都が火の海になっていたかもしれない」
背筋が震えた。
あの轟音の正体はそれだったんだ。
「そうならなかったのも、スパイさんが詳細な情報を予め流してくれていたおかげだよ。
第二王子の私兵の配置、警備が手薄な時間帯、近衛兵のどこまでが第二王子に取り込まれているのか。
そういうことが事前にわかっていたから、必要な場所にだけ兵を差し向けられた」
「へぇ……」
思わず感心した声が漏れる。
いや、感心している場合ではないのだけど。
「すごいですね、そのスパイさん。大変な仕事だぁ」
私のその言葉に、ルイスくんはほんの少しだけ目を細めた。
………なんです、その面白がるような顔は。
「そうだね、大変だったよ。………そうですよねアイリスさん」
「へ?」
間の抜けた声が出た。
アイリスさん?なんで今アイリスさん?
私が意味もわからず、ルイスくんの膝の上で目をパチクリさせていると。
私の足の方向から、聞き慣れた声が聞こえた。
「はいルイス様、大変でしたね。王城から情報を流したのはエミリーですが」
私は目をぱちぱちさせたまま、声のした方──自分の足元の方へ、頭を上げて視線を向ける。
膝枕だとちょうど視界から外れる位置だ。
そこにはいつの間にか、アイリスさんがいつも通りの涼しい顔で立っていた。
見慣れたうちのメイド服ではなく、違うデザインのメイド服を着たアイリスさんが。
髪は、少し短くなっただろうか。
「ア、アイリスさん!?なん……え!?
いつのまに!?なんでここに!?」
アイリスさんは私の取り乱しなんて見慣れていると言わんばかりの顔で、静かに瞬きを一つした。
「最初からいましたよ。アナさんが気絶してルイス様の手で運ばれた時から」
「いました!?」
「いました」
「じゃあなんでそんなに気配を殺して!?」
「お二人の邪魔をしてはいけないかと思いまして。感動の再会、というやつですし」
そこは、もうこの際どうでもよかった。
私のだらしない姿を見られていたという点については、今は考えないことにする。考えたら死ぬ。
「それで……どうしてアイリスさんがここにいるんですか?」
私がそう問いかけると、アイリスさんは一度だけルイスくんの方へ視線を送り、小さく頷いた。
「私が売られた先が、ハイゼルン家だったからです。
そして今回の一件にも、微力ながら協力させていただきました」
「……へ?」
またしても、間の抜けた声が出た。
知らなかったそんなの。どうして誰も教えてくれなかったんですか。
今日だけで何度同じ顔をしているのだろう。
もう大概のことでは驚くまいと思っていたのに、私の驚きの閾値はどうやら一向に育つ気がないらしい。
こうも驚きが連続すると、話がいつまで経っても前に進まないのだが。
「まさか。微力だなんて」
そう言って苦笑したのは、ルイス・ハイゼルンくん、当のハイゼルン家の跡取りその人だった。
「アイリスさんとエミリーさんがいなければ、王女派は何も知らないまま、第二王子が王になって終わっていたでしょう」
「そういうこと!」
元気よく割り込んできたのは、つい先ほどまで兵士たちと一緒に支配人の部屋を漁っていたエミリー姉さんだ。
得意げに胸を張りながらこちらへ歩いてくると、当然のようにアイリスさんの頬へ軽く口づけて。
「私たち、ほんと頑張ったんだから!
ね、アイリス♡」
「ええ、まあ、それなりには」
アイリスさんは少しだけ迷惑そうな顔をしながらも、拒まなかった。
そしてそのまま、情報量の暴力で完全に処理落ちしかけている私へ、二人はこの一年半のことを語ってくれた。
曰く──
エミリー姉さんを買ったのは、第二王子ジョルジュ殿下。
アイリスさんを買ったのは、ルイスくんの父、ゲオルグ・ハイゼルン侯爵。
エミリー姉さんは、第二王子に性奴隷として囲われる中で、王城の内部事情や第二王子派の動きを耳にする機会を得た。
そこで姉さんは考えたのだ。
どうにかしてこの情報を外へ流して、なんかこうどうにかなって、なんか上手くいかなぁ、と。
幸い、アイリスさんが売られた先がハイゼルン家であることは知っていた。
そして、店に来ていた旦那様たちの会話の記憶から、ハイゼルン家の嫡男が、かつて私と駆け落ちしたあのルイスくんであることにも気づいていたらしい。
「もしかしたら、って思ったのよ。正直、半分は賭けだったわ」
エミリー姉さんは、そう言って肩をすくめた。
けれど、彼ならあるいはこの状況の打破に力を貸してくれるかもしれない。
そう考えたのだという。
ただし、問題があった。
エミリー姉さんは王城から自由に出入りできる立場ではない。
手紙を書こうにも、そんな余裕も自由もない。
ましてや、それを安全に外へ送る手段などあるはずもなかった。
「そこで、この指輪を使ったのです!」
そう言ってエミリー姉さんが掲げた指には、赤い宝石の嵌め込まれた指輪が光っていた。
そして、よく見ればアイリスさんの指にも、まったく同じ指輪が嵌っている。
「クリスティーヌ様にお貸ししていたものですが、今朝お返しして下さいました。
もう必要ないから、と」
二つの指輪は呼応し合う魔道具らしく、片方の石を魔力で点灯させれば、もう片方も同じように光るのだという。
それは、二人が別れる時にエミリー姉さんからアイリスさんへ渡されたものだった。
姉さんはこれを使って、アイリスさんに暗号を送った。
必ず気づいてくれるって信じて。
「最初はただの安否確認かと思いました。
けれどすぐに、何かを伝えようとしていることに気がついた」
そこでアイリスさんは、同じ家にいるルイスくんと一緒にその暗号の解読を始めた。
誰かにバレてはまずいと思い、こっそりと。
「かつてのフィンレス王国の王家で使われていた暗号だと気づけば、そこからは早かった」
二人は無事に解読に成功。
伝わっているよ、との旨を送り返し、送られて来た情報を纏める。
ルイスくんが予め作っていた王女派とのツテを使って、その情報をクリスティーヌ王女へと伝えた。
「僕だってこの三年間、黙って父上の言いなりをしていた訳じゃない」
ルイスくんは静かにそう言った。
ハイゼルン家は、第二王子派の中枢に連なる名門だ。
そんな家の嫡男が王女派と近しいなどという噂が立てば、それだけで致命傷になりかねない。
だから彼は、誰にも悟られぬよう、少しずつ、本当に少しずつ、王女派へ通じる細い糸を手繰り寄せていったのだという。
いきなり信頼を得られるはずもない。
小さな情報を渡し、それが真実であると示し、また次を渡す──その繰り返しの末に、二年かけてようやく「耳を傾ける価値のある相手」として認められるようになったらしい。
そして、ちょうどその頃に、アイリスさんから指輪の話を聞かされたそうだ。
そこでルイスくんは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「一ヶ月前、婚約の話が来た時は正直かなり焦った」
どくり、と心臓が跳ねた。
「相手とは良い友人ではあったけど、お互い恋愛対象ではなかった。
こっちも色々あったけど……そのうち詳しく話すよ」
その言い方は、今ここで触れるにはまだ複雑な事情があるのだと感じさせた。
ルイスくんがそう言うのなら、今私はそれ以上踏み込まないでおこうと思った。
彼が迎えに来てくれたことに変わりはないから。
「……なぜ、王女派に近づいたんですか?」
私は聞いた。
ルイスくんはすぐに答えた。少しの迷いもなく。
「君を、助けたかったからだ」
あぁ、この人は。本当に。
本当に、本当に。どうしてそんなにも。
「この娼館は第二王子派の集会所としての役割もあった。
支配人はやり手だよ。
第二王子に擦り寄り、違法な奴隷売買の隠れ蓑となり、多大な利益を上げ続けていた。
その売り上げの一部を第二王子に献上して、貴族同等の待遇を受けていたとの噂もある」
毎日顔を合わせていた、あの忌々しい成金野郎の顔が頭に浮かぶ。
「だから、第二王子が権力を持ち続ける限り、この店はなくならない。
なくならない以上、君が自由になる機会も来ない」
そこで一度、ルイスくんは言葉を切った。
喉の奥で何かを押し殺すように、小さく息を吐く。
「どう考えても僕が外部から手出しはできそうにない。
十年以上かけて僕が家督を継ぎ、資産を自由に動かせるようになれば、アナを買い取ることも考えたけど、それでは到底間に合わない。
そんな悠長なことをしている間に、君が別の客に買われることだってあり得た。
第二王子派の重要な情報のすぐ側いる君たちは、いずれ口封じに処分される可能性だってある」
処分。その言葉に背筋が震える。
ルイスくんは言葉を続けた。
「君を縛っている鎖が、第二王子とこの店の繋がりによって成り立っているなら、その土台ごと崩すしかないと思った。
だから僕は、第二王子を──次の王になるはずだった男を、失脚させることにした」
そんなとんでもないことを、この人は当然のことのように言ってのけた。
「そのために、第二王子派の敵対勢力である王女派に近づいた。
近づいて、協力して、早く第二王子を倒してもらうために。
第二王子派の重鎮の息子という立場は、都合のいいスパイとして最適だった。
……これが理由だよ、納得してくれたかい?」
「……はい」
一度ここで整理しよう。
バカな私には、そろそろ情報量の多さで頭が沸騰しそうだ。
まずルイスくんは、私を助けるために、王女派へこっそり近づいた。
いきなり信用されるはずもないから、小さな情報を渡しては、少しずつ信用を積み上げていった。
その頃、エミリー姉さんは、第二王子に飼われながら、王城の中の情報を集めていた。
姉さんは指輪の魔道具でハイゼルン家にいるアイリスさんに暗号を送り、アイリスさんとルイスくんがそれを解読した。
そうして、第二王子派の内側の情報がエミリー姉さんを通じて王女派へ流れるようになった。
そして昨夜、国王陛下が亡くなり、第二王子派はそれを隠して王位を奪おうとした。
けれど王女派は先に動いて、王城で第二王子を孤立させ、その身柄を押さえにかかった。
その混乱の中でエミリー姉さんは救出され、三人は合流して、兵士たちとこの店まで来た。
目的は、私たちを保護することと、この店にある第二王子派の不利な証拠を押さえて、今後の政治を王女派に有利に運ぶこと。
「と、いう感じで合ってますか?」
恐る恐るそう尋ねると、ルイスくんは少しだけ目を細めた。
それから、よくできましたと言わんばかりに、私の髪をそっと撫でる。
「偉いね、アナ。上手に整理できてるよ」
「………っ、ひゃい♡」
うへへ♡褒められた♡
なんてルイスくんの膝の上で蕩けていると、私たちに固い軍靴の足音が近づいてきた。
「失礼します」
低く、よく通る男の声がした。
私はびくっと肩を揺らした。
私の頭を撫でていたルイスくんの手がぴたりと止まる。
「ルイス臨時大臣補佐官殿、ご報告があります」
慌てて頭を上げるとそこには、まさしく歴戦といった感じの初老の軍人さんがいた。
背は高く、体格もがっしりしている。
濃紺の軍装に身を包み、肩章には階級章。
短く刈り揃えた灰色混じりの髪に、鋭い目つき。
彼はルイスくんの膝の上で寛ぐ私を一瞥して、またすぐにルイスくんに視線を戻した。
「ガレス少佐、報告をお願いします」
ルイスくんが返事をした。
声音は落ち着いていたが、わずかに柔らかさを引っ込めている。
さっきまでのルイスくんではなく、何かを指揮する側の顔だった。
ガレス少佐は短く敬礼し、無駄のない口調で告げた。
「まず店内の捜索結果について。
支配人室、帳場、書庫、地下倉庫の順に確認を進めた結果、第二王子派の貴族および官僚との不正取引を示す帳簿類、書簡、受領印付きの金銭記録を複数確保いたしました」
低く響く声が、広いホールの空気を引き締める。
「内容は、違法奴隷売買の斡旋記録、未登録の人員移送に関する契約書、議会工作に用いた資金の流れを示す覚書、ならびに第二王子派の一部有力者による違憲行為。
王権継承に関する手続きの先行準備、および近衛兵への越権命令の草案です。
全ての状態の保護処理及び、現状の本拠地であるペンブロク子爵邸への輸送を進めております」
「……すご」
ぽろっと漏れた私の呟きに、ガレス少佐がほんの一瞬だけこちらを見る。
でも何も言わず、すぐに報告へ戻った。
「加えて、店内に拘束されていた女性たち四十三名については、全員の保護を完了いたしました。
外傷の有無、歩行可能かどうか、年少者の人数、簡易な聞き取りを進めております。
重篤な負傷者は現時点で確認されておりませんが、慢性的な衰弱、栄養失調、違法薬物使用の疑いがある者は十数名おります」
ルイスくんの表情がわずかに険しくなる。
けれど少佐は淡々と続けた。
「ただし、精神的な動揺は大きい。
兵の姿を見て怯えている者、保護という言葉を信用できずにいる者、年長者にしがみついて離れない者もおります」
……やっぱり私、ここで呑気に膝枕されてる場合じゃないんじゃ。
「支配人および治療師については、いまだ所在不明です。
支配人室には生活の痕跡がほぼ残っておらず、昨夜のうちに重要物資を持ち出した可能性が高いと判断されます。
また治療師につきましても、自宅はもぬけの殻でした。近隣聞き込みによれば、夜明け前に馬車で発ったとの証言があります」
「やはり逃げたか。
指名手配は」
ルイスくんが低く言う。
少佐は頷いた。
「追跡班には顔と特徴を伝達済みですが、現時点では未発見です」
そこで一度、ガレス少佐は言葉を切った。
それから今度は、店の奥の方を一瞥する。
「現状、この場所に彼女らを長く留め置くのは危険です。
第二王子派の残党が証拠隠滅に来る可能性もありますし、支配人側に通じる人間が再侵入する恐れもある。
よって、女性たちは可及的速やかに移送すべきかと」
ホールの空気が、すうっと冷えた気がした。
移送。
それはつまり、ここを出るということだ。
ずっと檻だった場所を離れられるという意味では喜ぶべきなのだろうに、あまりに急で、あまりに現実味がなくて、胸の奥がざわついた。
ルイスくんは短く息を吐くと、静かに口を開いた。
「第一受け入れ先として、聖ラウラ修道院西館を指定します。王女殿下の命により、同施設は既に仮設保護区画として転用準備に入っているはずです。
しかしながら、収容余力には限度があります。全対象を一括で送り込めば、速やかに逼迫することは避けられない。
従って、年少者ならびに衰弱者を最優先で西館へ収容し、数名の年長者にも世話役として同行をお願いして下さい。
残余については旧ベルナール伯爵邸へ振り分け、分散移送をお願いします」
ガレス少佐は短く思案し、そして頷く。
「妥当ですね」
少佐の目が、一瞬だけ優しく細められた。
その顔はまるで、出来の良い孫を褒める祖父のようで。
けれど次の瞬間には、もう寸分の緩みもない軍人のものへと戻っていた。
「治療師は信用できる人選で」
「選定中ですが、王女殿下付きの医官筋から二名、修道会経由で一名が来る予定です」
「わかりました」
ルイスくんは小さく頷く。
その横顔はもう完全に、さっきまで私を膝枕していた人の顔ではなくなっていた。
いや、同じ人のはずなのに、見たことのない輪郭をしている。
ガレス少佐は報告を続ける。
「問題は、本人たちへの説明です。
保護といっても、これまで騙されてきた者たちですから、急な移送命令に素直に従うかは不透明です。
特に年少者は、知った顔から引き離されることに強い拒否を示しております」
「……そう、ですよね」
思わず呟く。
少佐の鋭い目がこちらに向いた。
「失礼ですが、あなた方の中で発言力のある方に協力いただくのが望ましいと考えます。
従って、アナ殿にはご協力を願いたい」
アナって誰だ。私か。私だ。
私はゆっくり息を吸って、それからこくりと頷いた。
「もちろんです。やります」
私だって、やるべきことをやらないと。
「小さい子たち、すっごく怖がってると思うんで……私とクララたちで順番に説明します。
急に全員バラバラにしないって、兵隊さんたちは敵じゃないって、ちゃんと伝えないと」
「感謝します」
少佐は優しげに微笑み、丁寧に頭を下げると、ルイスくんに視線を戻した。
「それでは、私は女性たちの移送用馬車の手配を進めてまいります。
一時間以内に到着させますので、ルイス臨時大臣補佐官殿には引き続き現場指揮をお願いします」
「了解しました。ガレス少佐、報告ありがとうございます」
ガレス少佐は短く敬礼した。
そのまま踵を返し、軍靴の音を残してホールから去っていく。
「………頼りになる人ですね」
私がぽつりとそう言うと、ルイスくんは同意するように私の髪を撫でた。
「ああ、あの方がいてくれると本当に助かる。今までも何度も助けていただいた。
さて、そろそろ動こうか。立てるかい?」
そうだ、いつまでも膝枕してもらっている場合じゃない。
ていうかさっき少佐にこの姿勢のまま返事しちゃった。
「は、はい……!」
ルイスくんの膝から頭を離すと、その優しい温もりも同時に離れて、なんとも不安な気分になってしまう。
この短時間で中毒だ。どうしてくれる。
そんな気持ちが顔に現れ出ていたのか、ルイスくんは私の顔を見て微笑むと、
「ほら、行こう」
そう言って、私の手を取った。
大きくて、温かな手だ。
「ひゃっ!?♡」
情けない声が出た。
さっきまで膝枕であれだけ心臓をかき回されていたのに、今度は手まで繋がれるなんて聞いていない。
い、いや、今は照れてる暇はない。
後ろで私たちを見てニヤニヤしてるエミリー姉さんも無視だ無視。
切り替えろアナ、みんなを安心させるんだアナ。
私はルイスくんと並んで手を繋ぎ、中央ホールから個室棟の方へと歩き出した。
想定してた伏線は大体回収できたと思います。
説明パートが長いのはわかっていますが、やり残し無く綺麗に終わらせるには端折れない……!