「……そうですね。有名なところだと屋久島のような、林業に根付いた宗教に興味があります」
「ほぅ、林業と宗教……なかなかいいところを選んだね!貞治君の提出するレポートを期待しておくよ。くれぐれも、AIに書かせて興醒めな内容なんて……わかるね?」
「あははは……もちろんです」
ちょっとまずいことになった。
簡単に単位をくれることで人気のある准教授の浅田から、講義終わりにどんなレポートを出すつもりなのかを軽く聞かれたので答えたのだが、どうやらその内容が琴線に触れたようで、いつもは眠そうな目を爛々と輝かせる好奇心旺盛の変人に下の名前を呼ばれて『楽をするなよ』と釘を刺されてしまった。
「うん、そうだ。もし君がフィールドワークに意欲があるなら、ぴったりな人物を紹介してあげよう」
「それは、ちょっと……」
「遠慮はしなくていいよ。私の友人を紹介するだけだから」
「……はい」
狼狽えていると、どんどん話が大きくなっていくのを感じる。強く否定出来ないところが俺の悪いところで、誰かに期待されるとやってやろう!という気になるのが俺の良いところだと思っている。
とどのつまり、乗せられてしまったワケなのだが、不思議と後悔はなかった。
「──貞子村」
「えっ」
◆
ガコン、と大きく車体が揺れて、ハッと顔を上げた俺は窓のトンネルの闇に映る自分の寝ぼけた顔をぼんやりと見つめていると、トンネルの出口から木々が茂った山道に風景が変わり、寝過ごしていないか不安になって取り出したスマホのGPSで現在地を確認する。
「あ、降ります」
しばらく揺られて視界が開けてから、ボタンを押してバス停で降りると、古い型のセダン車がハザードを出して路肩に停まっていて、運転席が開いた。
「室井くんだね?初めまして」
「はい、初めまして阿川さん。祭事の実行委員でお忙しいところを突然お邪魔してすみません。何卒よろしくお願いします」
「ははは、いいんだよ。浅田君とは年に数回焼き鳥屋で酒を飲む仲でね、彼の頼みなら快く引き受けるよ。……それじゃあ早速で悪いけど、助手席に乗ってくれないか?」
「はい、失礼します」
助手席を開けて、毛の深いシートを見て体が硬直し、靴を脱ぐ。
それを見て無言で頷きにこやかな阿川さんに萎縮する。この人は、もしかしたら元ヤンキーかもしれない、と不安が頭を過る。
「君、なかなか見所があるね。どうだろう、御柱祭に参加してみるかい?私の一存では決められないけど、話を通してみるだけの価値はあると思うよ」
「そんな、余所者が祭りに飛び入りで参加をしては、無礼になりませんか?レポートを書くだけですので、取材と見学をさせてもらうだけでも十分有り難いです」
「この辺りの林業を仕切っている中村組からは、今年に来たばかりの元自衛隊の若者も参加することだし、こと御柱祭では余所者だとかはあまり重要じゃないんだよ。むしろ、祭りに参加して酒の席になれば、取材も円滑に進むと思うけど……出過ぎた真似だったかな?」
「そんなっ、とんでもないです!ぜひ参加したいとお伝え願えますか」
「うんうん、そうこないと。──そうなると、進路を変更するね」
空いたスペースで方向転換をして、来た道を戻り、右折する。
俺としては省エネ主義で祭りに参加することには消極的だったのだが、今この人の機嫌を損ねたらまずい、と直感が働いて、おそらくは正しい選択だったと思う。
「それなりに歴史のある尾上柳村だけど、近年は貞子村だなんて呼ぶ人もいるんだ。……どうしてだと思う?」
「それは……何も知らずに来るのは失礼だと思いましたので、尾上柳村について、少し調べさせてもらいました。日本が患っている国民病として少子高齢化社会がありますが、尾上柳村は2030年から8年刻みで出生数が……はっきり言って異常です。それも」
「そこまででいいよ。そうか、浅田くんはあまり多くを教えていないみたいだね?……なら、答えを急いて先入観を与えるのは教育的にあまりよくないか。フラットな目線でこの村がどう見えるのか、ゆっくりと結論を出してほしいね。──到着したよ。じつは貞子村と呼び始めたのは僕なんだ。彼女達は、この村の宝だよ」
不審者に思われないように阿川さんの後ろをついて歩くと、下駄箱に脱いだ靴を入れてスリッパに履き替える。
人生でもう二度と来ることはないと思っていた体育館に入ると、白と紺の体操着を来た子供達とそれを監督する大人達がブルーシートの上で藁を編んで、巨大なオブジェにそれを結んでいるところだった。
「これは今度の御柱祭も、楽しみですね」
「ええ、今度のもよく出来ていますよ。……阿川さん、そちらの彼は?」
「准教授をやってる浅田さんの紹介で、フィールドワークで祭りを取材に来たのを私が世話をしているところなんです。せっかくなので、彼にも御柱祭に参加してもらいたいと思うのですが」
「おおっ!それはいいですね。中村組の若いのは、どうも私は好かんので。あなた方の推薦する若者なら、ぜひ参加してほしいものですな」
小太りした白髪の男性と阿川さんが会話をする中、俺は目眩がするような光景に言葉を失っていた。
生徒の一人一人には、おそらく父親だろう面影があるのだが、美しく、似通った少女達の妖しさを表現する言葉があるとするならば──それは『貞子』が適当だろう。
「人間主義者から差別される高機能有機アンドロイド2世が安心して通える私立学校があるとしたら、それは日本でしかありえないだろうね。……尾上柳村の人々は、私と娘を受け入れてくれた。だから、今度の御柱祭も必ず成功させて、その恩返しをするんだ」
祭りの実行委員として進捗の確認を終えて、車内に戻った俺は阿川さんのセンシティブなカミングアウトに対してどんな言葉を選ぶべきかを困惑して、無言が続いてしまう。
「その……幸せの形と魂のあり方は、自分如き若輩者に否定は出来ないです。むしろ、デザインされた遺伝子で美人な娘さんがいる阿川さんが少し、羨ましい?です。あなたのような人達が、静かに暮らせる日本であってほしいと、願います。……なんかその、失言とか変なことを言ってたらすみません」
「そんなことないよ。素直な感想でそう言ってくれて、とても安心した。私も形から成る幸せがあると、父親として覚悟が決まったよ」
「?そうなんですか」
「ああ。今から手配してある宿に向かうから、今日はそこでゆっくり寛いでいくといい。翌朝の7時頃にまた、君を回収に来るから」
「はい、何から何までありがとうございます」
◆
阿川さんにはゆっくり寛いで、とは言われたが、まだ14時だ。最初は民泊だと聞いていたが、手配されていた宿は尾上柳村で唯一の銭湯で、地元民に愛されているらしい。ノートパソコンを開いてレポートを作成してみるがいまいち作業は進ます、さっそく浴衣に着替えた俺は、夕食前にお風呂をいただくことにした。
ここで一つ思い出すべきことは、尾上柳村は早期に高機能有機アンドロイド2世を受け入れたことで少子高齢化問題をクリアした村であるという点だ。
俺はたしかに、男湯に入った。しかし、湯船に肩まで浸かって寛いでいた俺の目の前には今、体育館でおそらく一度会っている全裸の少女とその父親の姿があった。
それが続々と増えていき、あろうことか父親達は自分の娘を残して湯にも浸からず先に上がってしまうなんて、さすがにおかしい。
「お兄さんのこと聞いたよ、御柱祭に参加するんだってね。頑張って!」
「……ああ、ありがとう」
俺はロリコンじゃないので、なんとか助かった。
「お父さん、チビ達はこっちにいるー?……あ、どうも」
ローカルな銭湯だからって、こんな大きな子まで男湯に通したら駄目だろっ!と脳内でツッコミつつ、卑しくも大人になりかけの美少女の全裸姿を目に焼きつけていた。
「あ、せいじょだーいこー」
「じゃーね!お兄さん」
「……なんだったんだ」
嵐のように過ぎ去って、水風呂で勃起を鎮めてから浴衣に着替えていると、外からは父親とその娘達の話し声が聞こえてきた。
「あのね、せいじょだったよ」
「正常、ね。あの人、御柱様に選ばれても大丈夫そうだったよ」
「そうかそうか、なら俺達も認めてやらんとだな!よーし、帰るぞ」
……なんだあの会話は、気持ち悪い。
銭湯で、無邪気な子供達を使って大人達に俺の何かを測られていたのは間違いない。
そんなモヤモヤを向かい合ったノートパソコンへ文章にして書き殴っていると、夕食の時刻となって、ぼんやりとテレビを眺めてから眠りにつくのだった。
タイトルの『幼頭のアゲハ』は、夏休みにあげようと思っていて没にしたホラー小説です。