秋も寒さを増し、廊下を歩くのでさえもやや辛い時期。
用事を済ませて教室に戻る途中で、廊下を歩く親友の姿を見かけた葵は、
小走りに近寄って呼びとめた。
しかし、応じて歩みを止めた小蒔の顔には、葵でなければ気づかないくらいの困惑が浮かんでいた。
自分に対して向けられているそれは、話しかけて欲しくないという無言の意志表示。
それを察しはしたが、葵は一度は噛んだ唇を強引に開いた。
「小蒔……一緒に帰らない?」
「あ……ゴメン。今日もちょっと用事があるんだ」
「……そう……」
逃げるように身を翻す親友の後姿を、寂しく見送る。
もうここ一ヶ月以上、葵は小蒔と帰っていなかった。
自分は生徒会を引退しても何かと忙しく、
また人気がある小蒔も後輩に頼られているのは解ってはいるのだが、
ここ最近の彼女は、それだけでない、何か違う理由で──理由で、自分を避けていた。
挨拶をしてくる友人達に無意識に手を上げながら、
葵は胸に秘めていたひとつの決心を、今日こそ実行に移すのだと固く誓った。
軽快な足取りで、小蒔が歩いている。
その後ろを、重たい雰囲気を漂わせながらも、小蒔を見失うまいと歩を進める葵の姿があった。
いけないことだ、と解ってはいたが、足を止めることは出来なかった。
真相を確かめなければ、という独善めいた意志が後ろめたさを覆い隠し、
人気の無い方へと向かっている親友をひたすらに追いかけている。
もう学校を出てから一時間以上は過ぎていて、足が疲労を訴えはじめた頃、
前を歩く小蒔がひとつの建物の中へと入って行った。
足取りを追うのに必死で気付かなかったが、小蒔が訪れたのは、葵も知っている場所だった。
うっそうと木の繁る、静謐な空間。
そこに小気味の良い玉砂利を踏む音を響かせながら、赤い鳥居をくぐって行く親友。
「織部……神社?」
鳥居の向こうでたたずむ小蒔から片時も目を離さず、葵は記憶の糸を辿る。
ここには確か、小蒔の弓道の友達である織部雛乃と、
その双子の姉である雪乃が住んでいるはずだった。
小蒔はいつも彼女達に会える練習試合のことを楽しそうに話していたが、
いつのまにか、家に遊びにいくほどの付き合いになっていたのだろうか。
寂しさを覚えながらも、予想していたのとは異なる結果に、葵は胸を撫で下ろしていた。
友達に会うのに何故自分に話してくれないのか、という疑問は残るが、
小蒔ならきっと時が来れば話してくれる。
そう信じることにした葵が、小蒔に気づかれる前に今日は帰ろうと出口へ向かったちょうどその時。
これまで全く人の気配など無かったこの神社に、やって来る人影があった。
とっさに大樹の陰に身を押しこめた葵の傍を、快活そうな少女が小走りに駆けて行く。
その横顔に、葵は見覚えがあった。
髪を後頭部で束ね、どこか雰囲気が小蒔と似ている少女は、姉である雪乃のはずだった。
タイミングの悪い帰宅に葵は自分勝手な苛立ちを覚えつつも、
気付かれずに出ていけるタイミングを計るために雪乃を観察する。
玉砂利の音で雪乃に気づいた小蒔が、笑顔を向けた。
そして、その笑顔のまま雪乃に近づいた小蒔は──
あまりに唐突に突きつけられた光景は、葵から現実を奪い去っていた。
もちろん欧米人が挨拶で交わすということは知っているし、
現に自分自身、マリィという名の身よりの無い少女を引き取ってからはほぼ毎日のように
彼女に可愛らしい挨拶をされている。
しかし二人が交わしているキスは、どうみてもそれらとは異なっていた。
身体に腕を回し、息遣いさえ聞こえてきそうな激しいキスは、まるで──
目の前で起こった事態を理解も出来ず、呼吸も忘れ、眩暈さえ覚えた葵の肩を、何者かが叩く。
立て続けのショックに破裂しそうな心臓にけしかけられるように振り向くと、
長い、豊かな黒髪を有した少女がほのかな笑みを湛えて立っていた。
「何か……ご用ですか?」
「あッ、あの、私は……」
およそ彼女らしくない大声で慌てふためく葵に、境内にいた雪乃と小蒔が気付く。
この場にいるはずの無い親友の姿を見出した小蒔の目は、これ以上無いほど大きく見開かれていた。
「葵……」
それきり言葉を失ってしまった小蒔に、葵も返事はできない。
ただ蒼ざめ、立ち尽くすだけだった。
小蒔の傍らにいる雪乃もばつが悪そうに目を伏せ、誰もがどうすれば良いのか解らないまま、
徒に時間だけが過ぎてゆく。
そんな中、ただ一人冷静に三人を観察していた雛乃が皆を救った。
「立ち話もなんですから、中へどうぞ」
あるいは、それは更なる業苦への道標だったのかもしれない。
しかし、それでも葵は往くしかなかった。
雛乃の部屋に通された葵は、無言のまま勧められた座布団に座った。
雛乃も、残る二人も口を開かず、厭な沈黙が空気を濁す。
しかし、客である葵に茶も出されないのは、雛乃達が、
葵が問わねばならないことを待っているからに他ならなかった。
部屋の入り口に一番近い所に座っている葵は、凝視していた座卓の縁から視線を滑らせる。
捉えた白いスカートの裾は、自分よりも彼女達の方に寄っているように感じられた。
その錯覚が、口を開かせる。
「……どういうことなの」
他に尋ねようはなかった。
これ以上どんな言葉を付け加えても、誰かが傷つくことになってしまう。
誰かが?
小蒔の為なら、自分はいくら傷ついても構わない。
そして小蒔以外の人間など、いくら傷ついても知った事ではない。
葵は厚い雲で覆い隠していた己の心がずっと、ただ一人に向けられていたことを、この時初めて知った。
こんな状況でその、禁断の想いを知ってしまったのが、良いのかどうかは判らない。
ただ、いずれにせよ、結果が得られるというのは、わずかながら慰めにはなった。
早まる心臓に息苦しさを覚えさせられ、鮮やかな紅の唇を開く。
押し殺した呼吸は室内を漂い、想いを寄せる少女の耳に届いた。
鼓膜を揺らした微かな振動に、うつむいていた小蒔が弾かれたように顔を上げる。
しかし、ほとんど泣き出さんばかりのその顔には、葵が求めたものは浮かんでいなかった。
「あのね、あの……」
「美里様が先ほどご覧になったもの。あれが、わたくし達の全てです」
小蒔に被せるように言った雛乃の声は、破魔矢の如く葵の心を射抜いた。
「全て……って……」
「わたくし達は、お互いをとても大切に想っています」
きっぱりと言いきった雛乃に、葵の感情は急激に奔騰した。
これまで自分が小蒔に抱いてきたものを否定されたように感じたのだ。
「そんな……私だって、小蒔のこと……!!」
もう片方の当事者である小蒔は、拳を握り締め、どちらとも目を合わせないようにしている。
自分の気持ち──雪乃と雛乃を想う気持ちが、
他人と較べればやはり異質なものだということには気付いていたから、
雛乃に同じ想いを持っていることを告げられ、解き放つまでひた隠しにしていた小蒔にとって、
親友が同質の想いを秘めていたと気づくのは無理な話だった。
そしてそれ故に、葵に応えてやれず、気付いてもやれなかった自分に対する後悔の念は、
小さな身体を押し潰しそうにのしかかっていた。
膝の上に置いた小さな拳を震わせている小蒔に、葵の心は傷む。
小蒔を責めるつもりじゃないの──喉まで出かかった言葉を呑みこんだ葵は、
その原因の一端を担う少女を睨んだ。
そこにあったのは、冷たい目。
自分をこの場にいてはならない者として、断罪する視線。
そのような視線を受けることに慣れていない葵はたちまち白皙の頬を朱に染め、
猛り狂う激情をそのまま叩きつけた。
「あなた達は──卑怯じゃない!」
普段の彼女なら決して発露させることも、使うことも無い言葉を、ためらいなく吐きだす。
しかし、それに化学反応の如く身体をすくませたのは雪乃と小蒔で、
雛乃は軽く目を細めただけだった。
「……それでは、美里様はどうなさりたい、とお考えなのですか?」
どこまでも冷静な雛乃の声が、葵の胸を撃つ。
反射的に開きかけた口が、行き場所を失って虚しく閉じた。
そう、いくら激情を叩きつけたところで、最終的な選択は二つしかないのだった。
退くか、残るか。
葵は形良く膨らんだ唇を強く噛み、しばらく迷った末に、罪の無い唇を解放した。
「どうしたら、いいの」
それは選択に迷っているのではなく、残る事を決めた上で何をすれば良いか、と聞いているのだった。
その答えを半ば予想していたのか、雛乃の返事は的確なものだった。
「本当に、わたくし達がしていることを……美里様もされるおつもりなのですか」
念押しなど、もはや葵を煽り立てるだけだった。
それどころか丁寧な物言いでさえもが、反発を強める材料となって葵の心を引掻いた。
「……ええ」
「それでは、服を脱いで頂けますか」
「……!!」
虫も殺さぬような淑やかな少女の口から放たれた、恐ろしく直截的な言葉。
葵は、その返事が自ら招いたものだということも忘れて絶句していた。
もちろん、突っぱねることは簡単だ。
「ふざけないで」
そう切り捨てて、小蒔の腕を取って一緒に帰ってしまえば良い。
しかし、それでは解決──そう、自分の心に決着をつけることができない。
この場は凌げても、小蒔との想いを遂げることも出来なくなってしまう。
葵は狡猾に打算を巡らせる。
一瞬にも満たない時間で小蒔の心中を覗い、彼女が息を呑んではいるものの、
雛乃の提案に異を唱えようとはしていないことを悟ると、覚悟を決めた。
「……わかったわ」
誰にも口を差し挟ませる隙を与えず、立ちあがった葵はリボンを解いた。
少女三人の視線を浴びながら、制服を脱ぐ。
すらりと整った肢体の葵は、服を脱ぐ時でさえも姿勢正しく、
小蒔達は圧倒されてただ見ていた。
一息に脱いだ下から現れたのは、いかにも優等生らしい、飾り気の無い純白の下着だった。
しかし、それが支える乳房の大きさが、清楚な下着を扇情的なものに見せている。
そして、雪乃が思わず羨望のため息を漏らしてしまったほどの胸は、どこまでも白かった。
もちろん胸だけでない、同じ歳とは思えないほど成熟し、
もはや女と言っても差し支えない肢体全てが、白く染め抜かれている。
それでも同じく白い雛乃と較べると、本当に少しだけ朱が混じっていて、
それがわずかな差異を生み出していた。
「ふふっ、大きな胸ですね」
雛乃の声に揶揄の響きは含まれておらず、ただ事実を述べているだけだ。
しかし、脱ぎ始めてから始めて発せられたその声は、ひとり下着姿を晒している葵の心に、
理性が忘れさせていた羞恥心を目覚めさせることとなった。
三半規管が上手く機能しなくなってしまったのか、部屋の中がぐらぐらと揺れているような錯覚に陥る。
今更ながらに早まってしまったかと後悔の念が脳裏を掠めたが、
もう引き返すことはできなかった。
ただ自分が想いを寄せる少女の顔だけを見て、スカートも脱ぐ。
女性として美しい曲線を描く為の脂肪が充分に乗った身体は、
小蒔や雪乃などとは比較にならず、雛乃と較べてさえ成熟の度合いが進んでいた。
見事な半球を描いている乳房から急速にくびれていく腰。
そこから再び広がりを見せる臀部から太腿にかけては、
色香を醸し出す女肉がみっちりとついていて、下着が小さく見えてしまうほどだ。
そしてその下着からは、黒い蔭りがはっきりと透けて見え、くらくらするような艶美さだった。
小蒔と雪乃はそれぞれの表情で唾を呑み込み、
友人の──そして他人の秘部をじっくりと見る興奮からなかなか離れようとしない。
それよりも少しだけ冷静さを残している雛乃は、
二人の視線から逃れるように片方の足をわずかに折る葵に、容赦無く次の難題をぶつけた。
「下着も、脱いでください」
「! ……それは……」
「ね、雛乃、もういいでしょ。止めてあげてよ」
当然のためらいを見せる葵を、小蒔が庇う。
葵の想いに応えられるかどうかはわからないが、これは少しやり過ぎではないかと思ったのだ。
しかし、皮肉にも小蒔のその声が、半ば朦朧としていた葵の意識を呼び戻してしまった。
「……わかったわ」
「葵!」
雛乃を烈しく睨みつけた葵は、静まりかえる部屋の中でブラを外す。
解放された乳房が、雪乃達の目にもはっきり判るほど重たげに揺れた。
それでも、決して形を崩してはいない、張り詰めた美しい脂肪の塊は、
さながら収穫される時を待つ果実のようであった。
そしてその頂にひっそりとたたずまう薄桃色の乳暈。
手で掴めば、その瞬間に崩れ散ってしまいそうな繊細な膨らみは、
激しい呼吸に合わせて上下動を続けていた。
目の前に女神と見紛う美しい裸体があっては、小蒔と雪乃も観察しない訳にはいかない。
二人の視線に含まれている情欲が、容赦無く葵の柔肌を舐めた。
ブラを畳んで足元に置いた葵は、三人の熱い視線を皮膚に感じ、わずかながら快感を覚えてしまう。
特に、小蒔の口を開いた、自分に魅入っているのがありありと判る表情は、
ほとんど快楽中枢に直結したような快さをもたらしてくれた。
上から親友を見下ろしながら、その視線が徐々に下に向かっているのを確認した葵は、
最も効果的なタイミングを計って最後の下着に手をかけた。
長い黒髪が腕を覆い、その視覚効果に小蒔が下唇を舐めている。
内心でほくそ笑んだ葵は、ちろりと覗いた小さな舌に劣情をもよおしつつ、まず片足からショーツを抜いた。
膝まではゆっくりと、そこからは素早く脱ぐことで、肝心な部分はまだ見せない。
小蒔はもうすっかり親友のストリップに心を奪われている様子だ。
顔を上げ、ちらりと小蒔と目を合わせた葵は、妖しく微笑んでもう片方の足からもショーツを脱ぎ去った。
ブラと同じ場所にショーツを置き、まっすぐ背を伸ばして立つ。
全裸になった同級生の肢体を、改めて小蒔達は眺めた。
その全貌を惜しげも無く曝け出した葵の秘部は、
誰もが認める美少女と同じ身体とはとても思えないほど恥毛が密生していた。
節操無く生えているようにさえ見える茂みは、裾野の広い三角形から始まり、
本来の目的であるひそやかな裂け目から、更にその後ろのもうひとつの孔まで覆っている。
それは男なら間違い無く欲望をそそらずにはいられないであろうもので、
現に小蒔と雪乃は、黒々とした蔭りにすっかり目を奪われてしまっていた。
情欲に駆られた視線が二本、ややコンプレックスを抱いている箇所に刺さるのを、葵は痛いほど感じる。
ちょうど座っている小蒔達の正面に最も見られたくない場所がきていることもあり、
さすがに直立不動を保つこともできず片手で覆った。
それがまた、美術の教科書に載っている彫像のような趣を見る者に与え、
小蒔達の呼吸を荒く、熱いものに変えてしまう。
「お願い、あんまり……見ないで」
「あ、ご、ごめん」
羞じらいを含んだ葵の懇願に答えたものの、小蒔はしばらく顔を動かすことができなかった。
雪乃などは返事もせず、自分達のどれとも違う蔭りの形に魅入られている。
隠している手など貫いてしまうような視線に、とても立っていられなくなった葵は、
その場に腰を下ろすことにした。
座ったことで、自分を凝視していた小蒔と雪乃の二人と目が合う。
雪乃は慌てて目を逸らしたが、小蒔は真っ直ぐ見返してきた。
親友の瞳に浮かぶ複雑な彩りは、そのまま彼女の困惑を表していた。
何か言おうとした両者は、お互いの口が開きかけているのを見て、慌てて自分のそれを閉じる。
そこに生まれたわずかな間隙に、雛乃が割り込んだ。
「小蒔様」
絶妙のタイミングだった。
大きくもないその声に、弾かれたように振り向いた小蒔は、
そこにあった雛乃の表情に求めていたものを見出したのか、そろそろと葵に近づいていったのだ。
「小蒔……」
両手をついて、四つ足で近づいてくる小蒔を、葵は待ちうける。
決して自分からは近寄らず、全てを彼女の意思で選ばせるという、最後の階。
その階を上り詰めた小蒔の頬に、葵は震える手を伸ばした。
しなやかな腕が、巻きつく。
漂う爽やかな髪の香りに、葵は目も眩まんばかりの喜悦に包まれた。
さりげなく腕を回し、小さな身体を引き寄せる。
その腕の力は想いの強さが為させるもので、それを敏感に感じ取った小蒔は、わずかに身体を硬くした。
「葵……ごめんね……ごめんね……」
「いいの……私、小蒔とこうなりたいと……思ってた……」
「葵……」
頬を伝う涙を指で掬ってやった葵は、その指先に意思を伝える。
至近で絡みあった視線が、途切れた。
途切れた? それとも、閉ざした?
どちらでもあったかもしれないし、どちらでもなかったかもしれない。
もう、全ての感覚を小蒔に捧げていた葵には解らなかった。
解っているのは、瞼の向こう側にいる小蒔が、軽く顔を傾げて目を閉じていること、
頬を伝った涙が顎にまだ留まっていること、そして、やや薄い唇がわずかに開いていること。
それはキスのやり方に戸惑う自分を、導いてくれているように思われた。
軽く息を吸った葵は──ひといきに唇を重ねた。
ずっと昔から──きっと、初めて小蒔に出会った時から──無意識に願っていた夢が、ここに叶う。
それが同情に基づくものだったとしても、今は構わなかった。
想いを遂げた葵は、渾身の力で小蒔を抱きしめる。
キスで点された想いは、消えるどころか激しさを増していた。
短い髪をひたすらに撫でまわして囁く。
「小蒔……小蒔の身体、私にも見せて」
「は……恥ずかしいよ」
「織部さん達には平気だったのに?」
それが小蒔に与える効果を計算して、なお言えてしまう自分が嫌だったが、それでも葵は言った。
この愛おしい温もりを離すことなどもう出来ず、その為には手段を選ぶ余裕など無かったのだ。
そして葵の期待通り、抱く必要の無い罪の意識を抉られた小蒔はそのままうなだれる。
「……うん、そうだよね。いいよ……ボクのこと、見て」
顔を上げ、観念したように目を閉じる小蒔に、葵はためらいなく口づけた。
頬に、顎に。
それから、唇に。
一度唇が肌に触れる度に、狂おしい波が葵を浚う。
耳朶が、胸の先が、そして下腹が、心臓と直結したように激しく脈打った。
しかし、想いの深さでは上回っていても、経験の無い葵には、そこまでしか出来なかった。
稚拙なキスを繰り返していた葵に、痺れを切らした小蒔の舌が蠢く。
「んっ! ん……」
驚いたのは一瞬だけで、すぐに爆発的な歓喜が、入ってくる舌とともに口腔を満たした。
一度、二度。
こんなやり方もあるのだ、と教えるように唇を舐めた舌は、しかし、すぐに退いてしまう。
舌を伸ばし、神聖な儀式を余すところ無く享受するつもりだった葵は、
昂ぶりかけていた情欲を完全には瞳から消せないまま小蒔を見た。
小蒔は一瞬、目だけで微笑んだが、すぐに彼女らしくない、生気の少ない表情になる。
「ボクは、雪乃達のコトが好き。でも、信じてもらえないかも知れないけど、葵のことも好きなんだ」
それは、予期していたよりもましな結果であったから、葵は笑顔を作った。
まだ小蒔に迷いがあるのなら、いずれ自分の方に引き寄せる機会もあるだろう。
そう考えれば、これは決して悪い結果ではなかった。
「ええ……嬉しいわ、小蒔」
「良かった……ごめんね、葵」
「ううん、いいの……ね、もっと……キス……して……」
「うん……いいよ」
近づいてきた小蒔の顔が、まさに触れる直前で急停止した。
まだ何か言うことがあるのかといぶかしむ葵に、まだ涙で濡れている双眸が三日月を形作った。
「葵さ、さっきのキスが初めてだったんだよね」
「……ええ」
「それなのにさ、もうエッチなキスして」
「だって……」
「いいよ。エッチな葵には、ボクがいろんなこと教えてあげる。例えばね、目閉じて」
葵が言われるままに目を閉じると、湿り気を帯びた手が耳を塞ぐ。
その温かさに陶然としていると、小蒔の舌が唇をくすぐってきた。
「な、に、これ……あ……ん……ぅ……」
舌が交わるくちゅくちゅという音が、幾重にも反響して聴覚を揺らす。
「ね、凄いでしょ。音が篭って、頭の中がエッチなことだらけになっちゃうでしょ」
確かに小蒔の言うとおりだった。
ひどく大きく、そしていやらしくなった音は、舌の動きまで想像させる。
舌を、歯を、上顎を、頬の内側を、小蒔が触れる度に、異なる音階が葵の官能をかき鳴らした。
「はふぅ、あはぁ……っ、はぁ、はっ、ふ」
そしてそれ以上に、小蒔に五感を委ねているという悦びが、葵から優等生という仮面を剥がしていく。
もっと、身体の隅々まで、そして心まで捧げたい。
その、まだ口には出せない欲望が、葵の四肢から力を奪い、理性のかけらも無い表情を作らせていた。
魚のように一杯に口を開けてねだる葵を、小蒔は遠慮無く支配する。
親友の想いに応えるように、そしてその親友が、そうされたいと願っているのを見ぬいたかのように。
艶めかしい色をした唇を爪の甲でなぞり、唾液を拭き取る。
その指を口の中に押しこんでやると、餌を与えられた葵はたちまち食いつき、丹念にしゃぶり始めた。
懸命に、爪の間にまで舌を這わせる葵の表情の、なんといういやらしさだろう。
赤ん坊が一心不乱に母親の乳首を吸うよりも、もっと一途に指を咥える葵に、
小蒔は胸が熱くなる思いだ。
舌の表面のざらつきを、確かめる。
「んぅっ……ふ」
少し苦しそうな呻きが漏れたが、構わず舌の奥をかき回す。
奥まで入った指は、そのまま横に動き、奥歯をなぞった。
葵は口をきつくすぼめているから、折り曲げた指の節が上顎に当たる。
でこぼこしているその部分を節で撫で、指先には頬の粘膜をさすらせた。
へこんでいた頬が、片側だけ盛り上がる。
「凄い……エッチな顔してるよ、葵……」
顎と歯茎の間にまで指を入れ、ほとんど歯磨きをするように、
口の中のあらゆる場所を探りながら、小蒔は揶揄と感嘆とをないまぜにして言った。
それに対してうっすらと開いた葵の目には、淫情の輝きしかない。
だから小蒔は、もっと葵にエッチなことをしてやろう、と思った。
根元まで唾液に濡れた指を引き抜き、もう片方の人差し指もねぶらせ、再び耳を塞ぐ。
さっきと違ったのは、掌で塞ぐのではなく、濡らした指だけで耳孔を塞いだのだった。
「や、ぁぁ……こ、ま……き……」
指先を孔の中で動かされると、大きな音が響く。
口腔と同じく、体内に小蒔が侵入してくるという感覚に、葵は存分に酔いしれた。
自然と上擦ってしまう声は、自分のものとはとても思えなかったが、
小蒔の唇が触れ、声が喉で留まると、いやでも認めざるを得ない。
「んんっ……ぅ、ふ、ぅう……ん」
あまり声を出さないようにと思っても、優しく、
そしてねっとりと絡みついて掻き回す小蒔の舌は、麻薬じみた快楽を与えてきて、
それを許してはくれなかった。
小蒔の身体に添えていた手が、力を失って垂れ下がる。
腕だけでない、既に葵の身体は全ての意思を失っていて、
小蒔が顔を離すと、その場にくずおれてしまった。
「葵……?」
呼びかけに反応はしたものの、言葉を紡ぎ出すことが出来ない。
舌が溶けて無くなってしまったように感じられ、また、何を考えることも出来なかった。
涎が滴るのも気づかず、ただ口を開けているだけの葵の顎に、か細い指が滑る。
唇の端で泡立っている唾液を掬った小蒔は、そのまま葵の身体にのしかかった。
「ん……っ」
背中に腕を添え、ゆっくりと床に寝かせる。
されるがままに横になった葵は、赤ん坊がするように手を伸ばしてきた。
小蒔はそれをあやしながら、しかし手は握らず、
不服そうに動く手を躱して制服を脱ぐために立ちあがった。
先ほどから声もなく自分達の痴態を見ている雪乃たちに一瞥をくれて、スカーフを解く。
視線が──特に雪乃の視線が気になったが、今は考えないでおこう、と思った。
きちんと畳まれて置かれている葵の衣服の隣に、自分の服を置く。
同じ色の、同じ制服。
いつからこの服を着て、いつから一緒にいたんだろう。
ずっと親友だと思ってたけれど、そうじゃなかった。
雪乃への好き。葵への好き。
雪乃への気持ちの方が先に気づいたけれど、葵への分だって、
親友だと思ってた分がそのまま好きに替わったから、同じくらいのはずだった。
葵と違って、どうしても上手く畳めなかったけど、二つ並んだボク達の制服。
これから、ボクは──
葵がじっとこちらを見ているのに気付いた小蒔は、彼女に背を向け、下着を脱ぐ。
葵と同じく生まれたままの姿になって、その温もりを確かめようと身体を重ねた。
「こま……き……」
「痛い……よ」
「だって……だって」
その細い腕のどこからこんな力が出てくるのかと思うほど、葵は強く抱きしめてくる。
抗議をしても中々腕の力を緩めようとしないので、小蒔は別の方向から止めさせようと試みた。
すぐ横にあるくっきりと浮き出ている顎の線に沿って舌を這わせる。
「あ……ん」
葵がくすぐったさを覚えるよう、口の中で溜めた唾をなすりつけつつ耳へと向かう。
真っ赤に熟れている耳は熱く、そこだけ別の生き物のように脈打っていた。
熱を冷ますように、長く、細い息を吹きかける。
「や、ぁ……」
くすぐったそうに顔を動かしたが、なお腕は緩めない葵に、
感動しつつも、少し意地悪をする気になった小蒔は、舌を伸ばして孔の中へと踊りこませた。
「ひっ……ぁ、や、んぁあっ」
反対側の耳を押さえつけて、たっぷりと舐めまわす。
産毛が舌に触れて、思わず笑みがこぼれた。
葵ならこういうところまできちんと手入れしているか、
または全く生えていなくても不思議ではないと半ば本気で思っていたのだ。
短い体毛を、摘んでみようと唇をすぼめる。
「……は、ぁ……っ」
少しだけ吸ってやると、とうとう葵の腕の力が尽きた。
まだ耳から口は離さずに、自由になった手を胸の隆起にあてがう。
「んっ……!」
ふかふかした手触りは、小蒔に冬に食べる中華まんを思い起こさせた。
(そういえば、あんまんだったら真ん中にピンクのぽっちがあるよね)
親友の胸を食べ物に例えてしまった小蒔は、しかしすぐに思い直す。
(でもそれよりもずっと柔らかくて、大きいや)
片手ではとうてい掴みきれない大きな膨らみは、自分や雪乃のものでは味わえない感触を持っていた。
小蒔がこれまで触ったことのある中では一番大きい雛乃でも、葵には及ばない。
掴めば沈み、離せば弾くような質感を、小蒔は夢中で揉みしだいた。
「や、だ、小蒔……」
「男の子がきょにゅーとか好きなの、なんだかわかる気がしてきたよ」
「そ、んな……ぁんっ」
喘ぎの合間にようやく喋っている、といった感じの葵に舌を出してみせ、
膨らみの中心で触れられる時を待っている蕾に触れる。
触れた時から少し硬かったそこは、刺激を受けてあっという間に大きくなり始め、その存在を誇示した。
指をくすぐる可憐な頂をゆっくりと転がすと、もどかしい動きに葵が人差し指を噛む。
上品さを感じさせるその仕種を見ていると、小蒔は、ひどく興奮してしまうのだ。
葵の腿に触れている自身から零れる熱い淫蜜を、足を絡め、葵の柔肌を伝わせる。
気付いた葵が微かに目を見開いたのが、小蒔の淫情をとめどなく加速させるのだった。
掌で乳房を捏ねまわし、足の裏で葵を感じる。
「ん……っあ、ぁ……」
高まっていく熱は、どちらのものか。
そんな問いなど、とうに意味をなさなくなっていた。
胸の先で、そこだけが別物のように硬くしこっている部分を指で引っ掻くたび、
上質の肢体が艶めかしくくねる。
そこに身体を蔦のように巻き付け、小蒔は親友を間近から見渡した。
心地よさそうに閉じられた眼に、全体が赤く色づいている顔。
黒く広がる沃野を通り、自らの重みでほんの少しだけ形を崩している丘で視線を止める。
ずっと取り残されていたそこは、寂しげにただ震えていた。
同性であっても、いや、同性だからこそ、その美しさに思わずため息をつく。
「……っ」
乳房全体に施された熱い吐息のコーティングに、葵が敏感に反応する。
その掠れた喘ぎに導かれるように、小蒔は乳房に口づけた。
「あっ……ん……」
さっきよりも少しだけはっきりとした声。
そして葵の手は、何かを求めるように背中をさすってくる。
だから、小蒔は情愛を込めて乳首を吸い、転がしてやった。
「はっ……ぁ、ん、んっ」
初めて受ける愛撫がもたらす快感の大きさに、戸惑ったように乳房が跳ねる。
小蒔は上目で葵の反応を見ながら、舌の真ん中を使って小さな果実をねぶりあげた。
「んくぅ……っ、こま……き……」
名を呼ばれた小蒔の背中を、ぞくりとしたものが下腹に向かって疾りぬける。
知り合ってから数え切れないくらい呼ばれた自分の名前が、
こんなにいやらしい発音で呼ばれる日が来るとは思ってもいなかった。
まだ鼓膜を震わせている親友の声に、どうしようもなく昂ぶってしまった小蒔は、
新たな蜜を葵の腿に塗りたくりながら、乳房に乗せていた手を下方へと滑らせた。
肋骨に沿って左胸から身体の中央へと進んだ掌は、臍で一度止まる。
体育の着替えの時に見たことのあるそこは、縦長で可愛らしかった。
記憶と指先の感覚とを重ね合わせながら周縁をなぞる。
「……ん……」
小指だけで隠せてしまいそうに小さな穴は、大きく沈み込み、そして元に戻る。
息を、してる──
その当たり前のことが、なぜかひどく新鮮だった。
腹全体を、母親が中の子を愛しむようにさする。
女性の──人の本能に近いその行為は、
それだけでも幸福と満足に浸れるものだったが、そこで留まる訳にはいかなかった。
幾度も円を描いていた掌が、最も下側に来た時、そこから飛び出す。
現れたなだらかな下り坂は、うっそうと茂る縮れ毛に覆われていた。
指にまとわりつく体毛は、そこが葵の身体とは思えないほど異質な感触を伝えてくる。
申し訳程度に生えているだけの雪乃、それよりはマシな自分、そして、
三人の中では一番普通に生えている雛乃。
双子なのに生え方が違うと知った時も驚いたが、葵の恥毛の具合は、その驚きをも上回っていた。
肌がどこかも判らないくらい濃い茂みは、そのまま身体の真下にまで続いている。
それどころか、もしかしたらその先の孔にまで届いているかも知れなかった。
その終着点を探ろうとする指の動きを、葵が足を寄り合わせて防ごうとする。
「いや……止めて、小蒔……」
悲痛な葵の懇願は、そこが彼女のコンプレックスであると雄弁に告げていた。
小蒔が顔を上げると、赤らんだ目元には涙が浮かんでいる。
その瞳に見つめられて、小蒔は指を止めた。
そしてその代わりに、より残酷な言葉を投げつける。
「葵……いっぱい濡れてるね……」
「いや……っ、そんな……こと……恥ずかしい……」
聞き間違えたりしないよう、一音ずつはっきりと言った小蒔に、葵の目が大きく見開かれた。
その直後、両手が羞恥に耐えきれなくなった顔を隠す。
その、葵でなければ似合わない仕種は、もはや小蒔の心に注がれる油でしかなかった。
成績優秀、スポーツだって得意で、百人に、いや、千人に聞いたって可愛いって言う女の子。
ボクの自慢の親友の葵が、こんなにエッチになってる──
指先を濡らす粘り気のある滴。
それを生み出すひそやかな溝は、軽く指を押し沈めただけでその扉を開いた。
「葵……指……入れても……いい? 入れるね」
返事を待つまでもなかった。
指先が扉のその奥、未だ穢れの無い神聖な通路へと進むと、そこは自ら侵入物を迎え入れたのだ。
「あッ……あ、こ、ま……っ」
ぬるりと入ってしまった指を、小蒔は慌てて三分の一ほどで止める。
恐らくこうしたことが初めての葵に、いきなり全部入れてしまっては大変だと思ったからだ。
しかし、葵の細い肉の通路は、初めてとは思えないほど小蒔の指に絡みつき、悦びを露にしていた。
驚く小蒔を見透かしているかのように、雛乃が尋ねる。
「美里様の……どのような感じですか?」
「あの……あのね、あんまりきつくはないんだけど、
ゆび……に……吸い……つっ、いて……凄い……よ……」
恥ずべき所の具合を詳細に説明する小蒔に、葵はいよいよ両手深く顔を埋めてしまう。
そんな葵を見た小蒔は、反応を試すように細い指を、時間をかけて抜き差しした。
「あッ、こ、小蒔……いや……いやぁッ……」
「葵……気持ち……いいの? ボクの指で……きもち……いい……の?」
「ええ……っ、いい、ッ、いいわ……小蒔……小蒔……ッ」
言葉とは裏腹に腰を浮かせ、更なる淫悦を求める葵は、小蒔の問いかけに、
数拍の荒い呼吸のあと、堰を切ったように答えた。
「そうなんだ……ボクも……葵のなか……凄く……気持ちいい……よ……」
「お願い小蒔、もっと……強く……お願い……」
「いいよ……ボクも……エッチな葵……もっと見たいから」
待ち望んでいた答えに、抑えていた心が弾ける。
深く指を埋めこんだ小蒔は、きつく締めてくる隘路をかき回し、葵の快感の源泉を探った。
「ひ……ッ、ぁ、ぁ……ッ、こ、小蒔……だめ、だめよッ、そんな……ッ」
「こんなところが気持ちいいんだね葵。いつもひとりで……こんなトコ触ってるの?」
「え、ええッ……そ、の……もう少し……あぁっ、そ、う……そこ……ッ」
伸びやかな足を突っ張らせ、腰を浮かせて快楽に浸る葵。
そして、その上に覆い被さって葵を追い詰めていく小蒔。
少女達が淫らに身体を重ねるのを、雪乃はただひたすらに見ていた。
その身体に、雛乃が後ろから抱きつく。
「っ、雛……」
「見てください、姉様。美里様が、小蒔様の指をあんなにいやらしく呑みこんで……」
囁きながら、下着の上から今姉が凝視している所を擦る。
姉の淫らな好奇心を妨げないよう、そしてそれを煽るように、繊細に。
葵の媚態をずっと見ていたことで興奮していたのだろう、
雪乃の淫裂はすぐに愛撫に反応し蜜を吐き出しはじめた。
「あッ、雛……ッ」
「姉様のお相手は、わたくしがさせて頂きます……ずっと」
最後の声は、吸いつかれた首筋に染みこんではっきりと聞き取れなかった。
縛るように巻きついた妹の手が、身体のあちこちをまさぐり始める。
その細やかな愛撫に心身を任せ、雪乃は目の前で繰り広げられている淫宴を瞳に焼き付けていた。
小蒔と葵は、もう雛乃と雪乃が自分達を見ていることなど意識していなかった。
ただ自分達の温もりだけを確かなものとして身体を重ねる。
しかしそれも、終わりに近づいていた。
「小蒔……小蒔ッ、好き……好きなの……ッ」
「葵……ボク、も……葵のコト……好きだよ……」
小蒔がそう答えた直後、指を包み込んでいる柔襞が急激に締まった。
「こ、ま……き……っっ!!」
心そのものを言葉にしたような嗚咽と共に、葵は身を痙攣させる。
特に腰から下などは壊れた人形でさえかくやというほどひくつき、
小蒔に与えられた絶頂を味わっている。
そのあさましく、そして美しい姿に満足して、小蒔もゆるやかな波を迎えたのだった。
すっかり暗くなった東京の街を、葵と小蒔は歩いていた。
あれから逃げるように雛乃達の許を辞去し、新宿までは戻ってきたものの、
家にまっすぐ帰る気も起こらなかったのだ。
駅に着いてからずっと、二人は一言も交わさず、葵は小蒔の半歩後ろを影のようについていっている。
足の向くままに歩いていた小蒔は、いつのまにか自分達の家の近くに来てしまっていたことに気付いた。
そのまま黙って別れるのも不自然で、とりあえず立ち止まる。
しかしなんと言葉をかけたら良いかは判らず、時折車のヘッドライトが照らし出す葵の顔を、
ただぼんやりと見ていた。
こういう時、葵なら何か言ってくれる──
らしくもなく他人任せにしようとした小蒔は、そこまで考えて、
自分がどれほど酷い仕打ちをしているか、改めて気づいた。
「ごめんね」
しかし、それを口にすることはできなかった。
勇気が無かったからではない。
その前に、柔らかな感触に言葉を奪われてしまったからだ。
眩しい光が重なる影を映す。
幾人かが自分達に気付いたようだったが、もう構わなかった。
「小蒔が私を見てくれるのなら、私は何処にだって行けるわ」
葵がそう囁いたかどうか、本当は判らない。
耳元で囁いた葵の声は、周りの音にかき消されてしまっていたからだ。
それでも、小蒔は知っていた。
葵が言った事を。
自分が聞いた事を。
「うん……それじゃ、また明日ね、葵」
「ええ、さよなら、小蒔」
いつもと変わらない挨拶。
今までと異なる関係。
真っ直ぐみつめあった二人は、同時にわずかな笑みを浮かべ、帰路についた。