黒崎羅刹の登場は、八雲の平穏だったはずの日常に、新たな緊張感と背徳的な熱を持ち込んだ。
羅刹は、綾小路パイのように一週間ごとに覚醒を待つ必要がない。人間の姿のままで、サンジヤンとしての記憶と能力の一部を保持しているため、学校生活という最も身近な場所から、八雲の心の隙間を狙って侵入してきた。
翌日、昼休み。
八雲が一人で弁当を食べていると、羅刹がトレーを手に、何の迷いもなく彼の席の前に立っていた。
「藤井くん、隣、いいかしら?」
八雲が返事をする間もなく、羅刹は席に着いた。彼女の髪から漂う、ほのかに甘い香りが、八雲の『无(ウー)』としての肉体を刺激する。
「私、この学校に転校してきたばかりで、まだ友達がいなくて。藤井くんは、なんだか話しやすそうだから」
羅刹は、上辺だけは人懐っこい笑顔を見せる。しかし、その瞳の奥には、八雲の精力を狙う狩人の鋭さが隠されていた。
「私と話すより、他のクラスメイトと話した方がいいだろう」
八雲はそっけなく返す。彼は、羅刹が何を企んでいるか理解していた。
羅刹は、そんな八雲の態度に動じることなく、優雅に微笑んだ。
「そうかしら? でも、私と藤井くんの間には、誰にも言えない共通の秘密があるでしょう?」
彼女はそう言いながら、机の下で、八雲の膝に自分の膝を密着させた。その瞬間、八雲の体内に渦巻く無限の精力が、一気に上向きの熱を帯びる。
(くっ……!)
羅刹は、八雲の体の変化を見逃さない。
「ああ、やっぱり。あなたの体、熱いわね。パールヴァティーに満たされた後だというのに、もうこんなに熱を持っているなんて」
羅刹は、八雲の耳元に囁き、声に魔性の艶を込めた。それは、八雲の理性ではなく、『无(ウー)』としての本能に語りかける音だ。
「ねえ、藤井くん。私、知っているのよ。あなたがどれだけ満たされない日々を送っているか。あの幼馴染は、あなたを无に変えたことすら知らないでしょう? あなただけが、無限の精という枷に苦しんでいる」
羅刹の指先が、机の下で八雲の太ももをそっと撫でる。その刺激は、八雲の理性を一気に揺さぶった。彼は、羅刹の言う通り、無限の精力を抱えて葛藤する日々を、誰にも理解してもらえない孤独に苛まれていた。
「私なら、あなたの苦しみを理解できる。三只眼としての知識があるから、あなたの无(ウー)の体質を、一番気持ちよく、そして効率的に満たしてあげられるのに」
羅刹の言葉は、まるで毒のように甘く、八雲の心に染み込んでいく。
「学校じゃ、無理だ……」
八雲は絞り出すように言った。彼の声は、すでに掠れていた。
羅刹は、八雲の返事に満足げに目を細めた。
「ふふ。わかっているわ。だからこそ、私は人間のフリをしているのよ」
彼女は、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、一枚の紙片を八雲の弁当箱の下に滑り込ませた。
「これは、私の家の住所。今夜、誰もいない時間に来てちょうだい。パールヴァティーには、絶対に秘密よ。私とあなただけの、秘密の逢瀬(あいびき)。あなたの尽きない精を、一滴残らず私に捧げてみない?」
羅刹は、昼休み終了のチャイムが鳴ると同時に立ち上がり、優雅な足取りで席を立った。
八雲の目の前には、羅刹の連絡先と、彼の無限の精力を狙うもう一人の三只眼との、背徳的な約束が残された。彼の『无(ウー)』の宿命は、ついに三角関係という名の迷宮へと足を踏み入れたのだった。