パイの覚醒サイクルが早まったその夜。八雲は、羅刹が取引を破ったことと、パイ(パールヴァティー)がその裏切りに気づき始めていることを確信した。
激しい頭痛と発熱に苦しんでいたパイは、自室のベッドでついに理性の限界を迎えた。
「許さない……誰にも、私の『糧』を奪わせない!」
パイの体から、怒りに満ちた魔力(オーラ)が噴出した。黄金の瞳が開き、性魔パールヴァティーが完全に覚醒した。
「藤井八雲!」
パールヴァティーの低い声が、八雲を呼ぶ。
「お前、私に隠れて必要以上に精を与えていたわね。この体に残る不快な魔力の痕跡! あの羅刹という女……!」
パールヴァティーは、覚醒したばかりの飢餓を抑え、全身から怒りの炎を上げていた。彼女は、八雲の頬を掴み、その瞳を覗き込む。
「羅刹との逢瀬(あいびき)が、そんなにも甘美だったというの? 私との宿命の結合よりも?」
八雲は、罪悪感と恐怖で言葉を失った。パールヴァティーの怒りは、想像を絶するものだった。
「待ちなさい、私の无(ウー)。私はまず、あの裏切り者を始末するわ」
パールヴァティーは、黒い翼を出現させると、すぐにでも飛び出そうとする。八雲は、慌てて彼女を制止した。
「待て! パールヴァティー! 羅刹に手を出すな!」
「なぜ!?」
「お前が街を襲った証拠を、羅刹が持っている。もし羅刹を傷つければ、彼女はすぐにそれを公開するぞ! そうなれば、お前だけでなく、俺の命まで危うくなる!」
八雲の言葉で、パールヴァティーの怒りの炎が一瞬にして凍り付いた。彼女の黄金の瞳が、憎悪と屈辱で揺らめく。
「……くっ、あの女狐……!」
その瞬間、八雲の部屋の窓が、静かに開いた。
「あら、ご心配ありがとう、藤井くん」
窓枠に腰掛け、優雅に室内に入ってきたのは、黒崎羅刹だった。彼女は、八雲の部屋に魔力の探知機を仕掛けていたのだろう。パールヴァティーの激しい魔力に誘われて、姿を現したのだ。
「裏切り者ね、羅刹!」
パールヴァティーが、低い唸り声を上げた。
羅刹は、優雅に一礼する。
「まさか。私は、ただあなたとの取引の穴を突いただけよ。あなたは『パイにバレなければいい』と言った。私は、あなたの覚醒サイクルを崩すことで、藤井くんの精の依存度を高めただけ。彼はもう、あなたの覚醒を待っていられないほど、私の魔性の快楽に溺れてしまったのよ」
羅刹は、八雲を一瞥し、妖しく微笑んだ。
「ねえ、我的至宝。この一週間、私に注ぎ込んだあなたの無限の精は、最高の味だったでしょう?」
羅刹の言葉は、八雲とパールヴァティー、二人の三只眼を同時に抉った。八雲は、羅刹との快楽に溺れた事実を突きつけられ、顔を歪ませる。
「黙りなさい! この泥棒猫!」
パールヴァティーは、怒りに任せて羅刹に向かって飛びかかった。魔力と魔力の衝突が、八雲の部屋を揺るがす。
しかし、羅刹は冷静だ。彼女は、素早くパールヴァティーの攻撃を避け、距離を取った。
「落ち着いて、パールヴァティー。あなたが私を破壊すれば、あなたの過去の罪が露見する。そして、藤井くんの『无(ウー)』としての宿命も、道連れよ」
羅刹は、冷静に弱みという最大の武器を突きつけた。
パールヴァティーは、羅刹の言葉に、打ち震えながら動きを止めた。彼女の憎悪は、羅刹を殺したいほどだが、八雲の安全と自らの秘密が優先される。
「……何を、望むの?」
パールヴァティーが、屈辱に満ちた声で尋ねた。
羅刹は、八雲を見て、勝利の笑みを浮かべた。
「簡単よ。『无(ウー)』の精の共有を、正式に認めなさい。そして、私と公平なルールを定める。彼はもう、あなたの独占物ではないわ」
羅刹の提案は、八雲の『无(ウー)』としての宿命を、二人の三只眼による共同支配へと書き換えるものだった。
パールヴァティーは、唇から血が滲むほど噛みしめ、八雲を見た。八雲は、ただ静かに、その過酷な現実を受け入れようとしていた。
「……わかったわ。受け入れる」
パールヴァティーは、憎しみを込めて羅刹に言い放った。
「ただし、あなただけは、決して『無尽の珠玉(むじんのたま)』の秘密を、綾小路パイに漏らしてはならない。もし、私の日常を乱すようなことがあれば、私は魔界の盟約を破ってでも、あなたを地獄の底まで追い詰めるわ」
二人の三只眼は、八雲を挟んで、血の滲むような盟約を結んだ。
八雲の无(ウー)としての宿命は、二人の三只眼を、パイにバレないように満たし続けるという、より困難で、より背徳的な三角関係へと進化したのだった。