八雲との「普通のセックス」を経て、綾小路パイの中に残ったのは、喜びよりも深い困惑と恐怖だった。八雲の体の熱、異常な精の量、そして彼から時折漂う甘く重い匂い。それらは、彼女の知る「やっくん」の範疇を遥かに超えていた。
(やっくんは、どうしてあんなに熱いの? 病気なのかな……でも、顔色はいいし、学校も休まないのに)
パイの心は、八雲の異変の原因を突き止めたいという強い衝動に駆られていた。それは、彼女の無意識の奥底に眠る性魔パールヴァティーの知識が、彼女を駆り立てているからかもしれない。
翌週の月曜日。
パイは、放課後、いつものように八雲と帰宅せず、一人で学校の図書館へと向かった。
彼女が手に取ったのは、古代の神話や伝承、オカルト的な事象を扱った、分厚い専門書だった。八雲の異変は、科学や医学では説明できない、「何か異質なもの」だと本能的に感じていたのだ。
パイは、人目を避けるように奥の席に座り、ページをめくり始めた。
彼女の指が止まったのは、「夢魔(三只眼)と精の渇望」という項目だった。
その項目には、三只眼が男性の生命力たる精を吸い取り、それを自らの魔力源とすること、そして、「精を過剰に奪われ続けることで、男性の肉体が変質する」という記述があった。
パイの心臓が激しく脈打った。
「男性は、三只眼の飽くなき要求に応えるため、生命力を犠牲にして無限に精を生成し続ける『器』へと変質する」
その言葉を読んだ瞬間、パイの脳裏に、あの夜、八雲が異常な精の奔流を放出し続けた光景が鮮明に蘇った。そして、彼女自身の体の中に、「知っている」という、ぞっとするような感覚が湧き上がった。
(これだ……やっくんの体の熱も、尋常じゃない精の量も、まるでこの『器』みたい……)
パイは、無意識のうちに自分自身の体を抱きしめた。彼女自身の中に、八雲を変質させた「三只眼」が潜んでいることなど、知る由もない。彼女は、八雲が別の三只眼に精を吸い取られ、苦しんでいると誤認した。
彼女は、さらにページを進めた。
「『无(ウー)』の宿命」
その言葉に、パイは戦慄した。この名前は、彼女の意識にないはずなのに、どこか懐かしく、そして恐ろしい響きを持っていた。
しかし、その記述は専門的すぎ、パイの理解の範疇を超えていた。
パイは、本を閉じ、八雲の異変が「自分たちとは無関係の、強力な三只眼」によるものだと確信するに至った。八雲が常に帯びている甘い匂いは、きっとその「三只眼」の匂いに違いない。
(誰かが、やっくんをこんな体にしている……! わたしが、やっくんを助けなきゃ!)
パイの瞳に、八雲を守ろうとする強い決意の光が宿った。それは、幼馴染としての純粋な愛情であると同時に、無意識の奥底に眠るパールヴァティーの「独占欲」が、「獲物」を奪おうとする外部の存在への敵意として昇華された形だった。
翌日。パイは、昼休みに八雲と羅刹が話しているのを見かけた。羅刹は、八雲に対して相変わらず挑戦的な笑みを浮かべている。
パイは、羅刹を見た瞬間、得体の知れない嫌悪感と強烈な嫉妬を感じた。それは、昨日の図書館で得た知識と、彼女が八雲から感じ取った「不純な熱」が結びついた結果だった。
(あの人だ……あの人が、やっくんを……!)
パイは、八雲の異変の原因を、黒崎羅刹だと決めつけた。
彼女は、八雲の无(ウー)としての宿命の真実を知らないまま、羅刹を「八雲を苦しめる三只眼」として敵視し始めた。
そして、そのパイの強い憎悪と敵意が、彼女の体内に眠るパールヴァティーの魔力を、再び刺激し始めるのだった。