八雲の異変の原因を黒崎羅刹だと断定した綾小路パイの心は、幼馴染への愛情と、無意識の奥底で目覚め始めた性魔の独占欲に突き動かされていた。
翌日の放課後。パイは八雲に「先に帰っていて」と伝え、昇降口で羅刹が一人になるのを待った。
羅刹が靴を履き替えようとした瞬間、パイは彼女の背後から声をかけた。その声には、普段の屈託のなさはなく、強い緊張感が張り詰めていた。
「黒崎さん。あなたに、話があるの」
羅刹は、優雅に振り返った。その涼やかな瞳は、パイの強い視線を前に、 面白みの色を湛えている。
「あら、綾小路さん。どうしたのかしら? 藤井くんと一緒じゃないのね」
「とぼけないで! あなたが、やっくんをこんな体にしたんでしょう!」
パイは、羅刹の前に進み出た。羅刹は、パイのその言葉に、勝利を確信したような笑みを浮かべた。
「ふふ。何のことを言っているのかしら? 私はただの転校生よ。まさか、私が三只眼だとでも言うつもり?」
羅刹の返答は、パイが図書館で得た知識を正確に予測していた。
「……っ!」
パイは、羅刹の確信犯的な態度に怯んだが、必死に言葉を絞り出した。
「あなたが、やっくんから精(いのち)を奪っているんでしょう! やっくんの体は、もうおかしい! あの熱も、あの匂いも、全部あなたのせいだわ! もう、やっくんに近づかないで!」
パイの言葉は、愛する幼馴染を守りたいという純粋な決意に満ちていた。しかし、その知識は、図書館で得た「素人の知識」に過ぎない。
羅刹は、顔を近づけ、パイの耳元に囁いた。
「あら。あなたがそんなに詳しいなんて、驚きだわ、綾小路パイ」
そして、羅刹は、一瞬だけ、パイの瞳の奥を覗き込んだ。
「性魔(三只眼)の知識なんて、どこで仕入れたのかしら? まさか、あなたの体の奥底に眠っている『誰か』に、教えてもらったわけじゃないでしょうね?」
羅刹の言葉は、パイの核心を突いた。パイの全身が、戦慄で凍りつく。
「な、何を……」
「あなたが必死に隠している『もう一人のあなた』。そう、パールヴァティーのことよ」
羅刹は、パイの最大の秘密を、あえて人間のパイに突きつけた。
「藤井くんがこんな体になったのは、私のせいだけではないわ。彼を『无(ウー)』という無限の精の器に変質させたのは、あなた自身でしょう? あの夜、路地裏で彼を貪り、『宿命の契り』を交わしたのは、あなたの中の性魔よ」
羅刹の言葉は、真実であり、パイにとっては理解不能な悪夢だった。八雲の異変の原因が、自分自身にあるという事実。
「嘘よ……! わたしは、そんなこと……!」
パイは首を振り、耳を塞ごうとする。羅刹は、その混乱をさらに深めさせた。
「あなたは知るべきよ。あなたが無意識でいる間にも、あなたの性魔(パールヴァティー)は、この无(ウー)を貪り続けている。彼があなたに精を供給するのは、あなたが覚醒し、街で暴れ回るのを防ぐため。私が彼の精を奪うのは、無限の性の器である彼の暴走を止めるための、止むを得ない『治療』なのよ」
羅刹は、優雅にパイの髪に触れた。
「今のあなたが、彼を救う唯一の方法は、私に彼の精を分け与えさせること。そうすれば、あなたの無様な嫉妬で彼が無駄に傷つくこともない。さあ、邪魔をしないで。私は、今夜も彼を解放してあげる必要があるのよ」
羅刹は、パイの純粋な「八雲を救いたい」という気持ちを逆手に取り、パイを「邪魔な存在」として定義した。
パイは、自分の体の中に自分とは別の存在がいるという恐怖と、八雲を苦しめているのが自分だという絶望的な事実に、全身の力が抜けていくのを感じた。
「う……あ……」
パイは、その場で膝から崩れ落ちた。羅刹は、勝利の笑みを浮かべ、崩れ落ちたパイの横を通り過ぎた。
「残念だったわね、綾小路さん。素人が魔性の世界に立ち向かうなんて、無謀よ。私は、今夜もあなたの无(ウー)を、優しく満たしてあげるわ」
羅刹は、パイに最大の屈辱を与え、その場を後にした。
地面に這いつくばるパイの瞳の奥で、激しい怒りと自己嫌悪が混ざり合い、黄金の光が、嵐の予感のように、激しく瞬いた。パイの心と体のコントロールは、再びパールヴァティーへと傾き始めていた。