羅刹との一件が収束し、八雲の日常は綾小路パイ(パールヴァティー)との間で「穏やかな模索」を続けていた。羅刹から教わった精の抑制魔術のおかげで、八雲はパイと「普通の愛」を営むことが可能になり、パイの疑念も和らいでいた。
しかし、一週間ごとのパールヴァティーの覚醒は依然として続き、八雲は「愛する幼馴染」と「支配者たる三只眼」の間で、綱渡りのような生活を送っていた。八雲の无尽の宿命は、終わることはない。
高校を卒業した八雲とパイは、同じ大学に進学した。パイは文学部、八雲は経済学部に進んだ。新しい環境での生活は、八雲の『无(ウー)』としての宿命に、新たな波乱を呼び込むこととなる。
壱の出会い:図書館の魔女
入学して数週間が経ったある日、八雲は大学の図書館で奇妙な少女と出会った。彼女は、八雲と同じ経済学部の新入生、「緋山 茜(ひやま あかね)」と名乗った。
茜は、艶やかな黒髪を長く伸ばし、深紅の瞳が印象的な、神秘的な雰囲気を持つ少女だった。彼女は、いつも分厚い専門書を読みふけっており、どこか浮世離れした印象を与えた。
八雲が偶然、隣の席に座ると、茜は顔を上げ、彼の目をじっと見つめた。
「あなた……とても美味しそうな匂いがするわね」
茜は、何の躊躇いもなくそう告げた。その言葉に、八雲の体は、『无(ウー)』としての本能が警鐘を鳴らした。この匂いの感じ方は、三只眼特有の表現だった。
「な、何の匂いのことだ?」
八雲は平静を装おうとするが、心臓は激しく脈打っていた。彼の体からは、无(ウー)としての無限の精の熱が、抑えきれずに放出され始めていた。
茜は、妖艶に微笑んだ。
「ふふ。勘違いしないで。私は、ただあなたの体質に気づいただけよ。私の名前は、緋山茜。あなた、『无(ウー)』でしょう?」
茜の言葉に、八雲は全身から冷や汗が噴き出した。彼女は、八雲の最大の秘密を、初対面で言い当てたのだ。
「一体、お前は……」
「私は、『ラミア』よ。あなたの支配者三只眼とは異なる種の魔族。でも、私たちも、『无(ウー)』の精を生命源とするという点では同じ」
茜は、八雲の目の前で、扇情的な笑みを浮かべた。彼女の瞳は、八雲の无尽の精を貪るかのように、熱烈な光を放っていた。
「私の『无(ウー)』は、はるか昔に宿敵に封印されてしまった。だから、私はずっと飢え続けている。あなたのような素晴らしい『无(ウー)』が、この学園にいるなんて……運命だわ」
茜は、八雲の手を取り、その手の甲に、蛇のように絡みつく長い舌を這わせた。八雲の体は、新たな三只眼……いや、ラミアの誘惑に、『无(ウー)』としての本能が激しく反応した。
「さあ、私の无(ウー)。あなたの無限の精で、私の長年の飢えを満たしてちょうだい」
弐の予兆:パイの感応
その日の夕方。八雲は、茜との出会いをパイに隠したまま、一緒に夕食をとっていた。
「やっくん、今日、なんか疲れてるね。それに、また変な匂いがする……」
パイは、八雲の顔を心配そうに覗き込んだ。羅刹の魔力とは異なる、新たな魔族の気配を、パイの体が無意識に感じ取っていたのだ。
(まただ……また、やっくんを狙う化け物が……!)
パイの瞳の奥で、黄金の光が微かに揺らめいた。彼女の中のパールヴァティーが、新たな侵略者の存在に気づき始めていたのだ。
八雲の无尽の宿命は、新たなラミアの登場によって、「三只眼対ラミア」という、さらに複雑な三角関係の泥沼へと引きずり込まれようとしていた。