路地裏での出来事から数時間後、八雲は混乱するパイをなんとか宥め、自宅のベッドで休ませていた。
「ごめんね、やっくん。急に体が熱くなって……気づいたら外にいて……」
パイは不安そうに八雲のパジャマの袖を握りしめている。幼馴染としての純粋な目には、八雲を襲い、男達を精魂尽き果てさせた性魔の記憶は微塵もない。
「大丈夫だ、パイ。ちょっと熱中症みたいになっただけだよ。もう朝だし、ゆっくり休めば治る」
八雲は努めて冷静に振る舞う。昨夜の激しい儀式で彼は疲労困憊していたが、自分の体に起こった異変のせいで、不思議と体に力は満ちていた。まるで、燃費の悪い高性能エンジンを搭載されたかのように、無限にエネルギーが湧き出てくる感覚。これが『无(ウー)』の力。
そして、彼は知っている。昨夜の処女喪失がきっかけとなり、パイの身体に封じ込められていた性魔パールヴァティーが完全に覚醒したこと。パールヴァティーの異常な性欲が満たされるとパイに戻り、記憶を失うこと。そして、自分が、その魔性の欲望を一人で満たし続けられる无となったこと。
(これから、どうなるんだ……)
八雲の日常は一変した。彼は、パイという幼馴染の顔と、パールヴァティーという性魔の顔、二つの人格と向き合うことになったのだ。
その後の一週間、八雲とパイは普段通りの生活を送った。
パイはすっかり元気になり、学校でも屈託のない笑顔を見せていた。八雲もまた、周囲には悟られないよう、平静を装った。しかし、彼の肉体は確実に変化していた。以前よりも遥かに体力がつき、疲労を感じにくくなっている。それは、すべてパールヴァティーの魔力によって再構築された『无(ウー)』のシステムのおかげだ。
しかし、その平穏は、長くは続かなかった。
金曜日の放課後。八雲とパイはいつものように、河原で他愛のない話をして帰路についていた。
「ねぇ、やっくん。この間の新作ゲーム、やっぱり面白そうだよね! 今週末、またやりにいってもいい?」
「ああ、もちろん。待ってるよ」
パイは夕焼けを背に、屈託のない笑顔を向ける。その笑顔に、八雲は安堵を覚えた。
しかし、その次の瞬間だった。
パイの笑顔が、ピタリと固まった。
「……っ」
パイは急に顔を覆い、苦しげにうずくまる。
「パイ! どうした!?」
八雲が駆け寄ると、パイは顔を真っ赤にして荒い息を吐いていた。その熱は、単なる発熱ではない。あの夜、パールヴァティーが覚醒する前の、抑えきれない欲望の熱だ。
「だめ……また、熱い……体が、熱い……!」
パイの瞳に、再びあの不純な、黄金の光が灯り始める。
「やっくん……私……このままじゃ、だめ……」
それは、綾小路パイの必死の懇願であり、性魔パールヴァティーが、再びその飢餓に目覚めようとしている警告だった。
「いいわ、綾小路パイ。おとなしく眠りなさい」
一瞬にして、パイの意識は闇に沈んだ。立ち上がったのは、黄金の瞳を持つパールヴァティーだ。
「ああ、なんてこと。一週間で、もう体が耐えられない。やはり人間の精では、すぐに枯渇してしまうのね」
パールヴァティーは、八雲をねっとりと見つめた。その瞳には、支配と欲望の色が濃い。
「さあ、私の无(ウー)。早く私を満たしなさい。お前が私を満たし続けない限り、私は街の男たちを襲ってしまうわよ?」
彼女の口元が、獲物を前にした獣のように歪む。その体からは、すでに濃密な魔力が立ち上っていた。
「わかった、パールヴァティー。俺が満たす」
八雲は決意を込めて言った。自分が『无(ウー)』となったのは、パイを救い、街の混乱を防ぐためだ。
彼は人目を避けるように、パールヴァティーを近くの人気の少ない廃倉庫へと連れて行った。
廃倉庫の薄暗闇の中で、二人は対峙した。
「ふふ、さすが私の宝珠。話が早くて助かるわ」
パールヴァティーは、八雲の服を容赦なく引き裂いた。
「さあ、お前の無限の精を、すべて私に捧げなさい。尽きることのない、甘美な糧を」
八雲は、この理不尽な宿命を受け入れるしかなかった。彼は、愛しい幼馴染の体を借りた性魔の飽くなき欲望を満たす、唯一の存在なのだから。
再び、八雲の『无(ウー)』としての生活が始まった。