八雲は玉座の間に広がる光景を目の当たりにして息を呑んだ。天井まで届く巨大な水晶の棺が中央に安置されており、その中には――かつての淫魔統括者にして羅刹の師だったと噂される「永遠の女王」ミラージュの遺体が眠っていた。黄金に輝く髪は水中に揺蕩うかの如く漂い、その顔は安らかに眠っているように見える。
だが胸元には深々とした傷跡があり、明らかに他殺体だった。
「これは……」リリアーナが思わず一歩踏み出し、棺に近づく。他の淫魔たちも警戒しながらその場に集まった。パールヴァティーが眉をひそめて呟く。「まさか……羅刹がこれを狙っていたというのは本当だったのか?」
銀髪のリリアーナが慎重に水晶に触れると、彼女の指先から淡い魔力が流れ込んだ。水晶表面に古代文字が浮かび上がる。それは淫魔統括者しか解読できない禁術に関する文言だった。リリアーナの表情が青ざめる。
「ミラージュ様は……自らを封印していた。この身体の中に魔界全体の『支配核』を隠されていたんだ」
「支配核?」八雲が問うと、パールヴァティーが補足した。「つまり魔界の秩序を保つ心臓部じゃ。これがあれば誰でも魔界の全権を握れる……」
「けれど……」リリアーナは沈痛な面持ちで続ける。「ミラージュ様は同時に『結界核』も仕込んでいらっしゃった。この水晶を開く者が善人ならば封印が解除され支配核を得る。しかし悪意ある者が開けば……」
「悪意ある者が開けば?」
「結界核が爆発する」
八雲の顔が引き攣る。「それじゃあ羅刹は……」
「彼女はそのことを知らずに開けようとしているでしょう。あの女狐……」リリアーナの唇が怒りで震える。「師匠であったミラージュ様を殺しただけでなく、ご遺体まで冒涜するつもりなのよ」
赤髪の双子がそれぞれ炎の刃をかまえ、青銀のアクエリアスは海神の槍を召喚した。「主君……我々はどうすべきでしょうか」ライラとシリルは翼を広げて臨戦態勢に入る。
八雲は拳を握り締めながら迷うように俯いた。(もし羅刹がこの棺を開ければ……最悪の場合魔界全土が灰になる。でも羅刹の野望はここで終わる)
その時パールヴァティーが雷竜を従えながら前に出る。「簡単じゃ。妾たちは羅刹より先にこの棺を開けて結界核を無効化する。そして支配核は魔界の民が選んだ新統括者に託すのじゃ」
「でも羅刹はどうするんですか?」八雲の問いに、リリアーナが冷徹な眼差しで応じる。「あの女狐は私が仕留めます。淫魔統括者の座を狙った罪で……必ず」
「いいや」八雲は首を振った。「俺が羅刹と話をする。あの写真を見せたとき、羅刹の心に僅かな揺らぎがあった。まだチャンスはあるはずだ」
淫魔たちが驚愕する中、八雲は毅然と言い放った。
「棺を開ける作業はお願いする。俺は羅刹を探して説得する。羅刹に魔界の支配を諦めさせる。そうすれば誰も傷つかずに済む」
「しかし主君……!」
「信じてくれ」八雲は一同を見回し、強く言い切った。「これが俺のやり方だ。例え憎まれても……例え裏切られても……俺は誰一人見捨てない。それが無尽の无になった責任だと思う」
パールヴァティーは雷竜に跨りながら豪快に笑った。「ふん!相変わらず甘ちゃんじゃが……面白い!その馬鹿正直さに免じて協力してやるわい!」
「私も同意見です」リリアーナが一歩下がり敬礼する。「ただし……主君に万が一のことがあれば羅刹を八つ裂きにする覚悟はあります」
他の淫魔たちも同調して頷く。
「じゃあ決まりだ。棺の処理は皆に任せる。俺は羅刹を見つけ出して……」八雲が言いかけたその時――