アビスが魔界の支配下に組み込まれて数週間。八雲の統治は、かつてないほどの魔力的な安定を見せていた。しかし、その静寂は、より巧妙で知的な悪意によって破られようとしていた。
行政文書に潜む毒
場所は、パールヴァティーの執務室。彼女は、連日、魔界全域の行政文書を処理している。彼女の机の上には、羅刹の私的な情報網を通じて送られてきた、ある不審な報告書が置かれていた。
それは、魔界の辺境にある旧貴族領の一つ、『黒い羊(ブラック・シープ)』を名乗る勢力に関するものだった。
「羅刹秘書。この報告書、異様なほど簡潔ですが、内容は極めて悪質ですわ」パールヴァティーは、険しい表情で紅茶を口にした。
羅刹は、静かに答えた。「はい。この『黒い羊』は、軍事的な力ではなく、社会的な不信を植え付けることで、陛下の統治を内部から崩壊させようとしています」
報告書には、以下のような内容が記されていた。
【黒い羊の活動概要】
標的: 八雲陛下を囲む「七人の女たち(三幹部と四淫魔の双子)」の個人資産と、その統治下にある地域の財源。
手口: 巧妙な「会計操作と情報リーク」。女たちが統治する領地での不正会計の捏造と、その情報の中立的なメディアへの匿名リーク。
目的: 陛下による女たちへの寵愛は、「公私混同による不正蓄財」に基づいているという虚偽の風評を魔界全域に広め、八雲の「支配の正当性」を損なうこと。
絆を断つ刃:嫉妬と不信の煽動
この陰謀の恐ろしい点は、八雲の女たちの結束そのものを狙っていることだった。
「これは…、私たちを『公私混同で私腹を肥やす、情欲に溺れた女たち』に見せかけようとしているのね」パールヴァティーは、怒りに震えた。「陛下の絶対的な支配は、私たちの忠誠と有能さの上に成り立っているのに…」
羅刹は、窓の外に目を向けた。
「陛下は、精の無限吸収という肉体的な罠は乗り越えましたが、この『社会的な不信』という罠は、非常に厄介です。しかも、報告書の分析によると、『黒い羊』は、リリアーナ様の軍事費にまつわる些細なミスを意図的に利用し、パールヴァティー様の行政区の税収の誤謬と結びつけることで、『不信の連鎖』を生み出そうとしています」
羅刹の言葉の裏には、「女同士の嫉妬や不満」が、この情報操作に乗じて内部から噴出することを恐れる念があった。
八雲への報告とアビスの警告
羅刹は直ちにこの情報を八雲に報告した。八雲は、アビスを横に座らせ、静かに報告書を読んだ。
「ふむ。肉体的な快楽で私を屈服させられないと見るや、今度は『公の目』から私を攻撃するとは。なかなか悪趣味な知恵を持っているようだ」八雲は、静かに笑みを浮かべた。
八雲の隣に控えるアビスが、冷徹な声で警告を発した。
「私の主よ。彼らの狙いは、貴方の支配の波動を担う女たちの結束です。貴方の精の強さは証明されましたが、貴方の愛の真実が、今、試されています」
アビスの言葉は、八雲の寵愛がもたらす副作用を正確に指摘していた。八雲は、立ち上がり、羅刹とパールヴァティーを見据えた。
「良いだろう。この『黒い羊』を、私と、お前たちの『愛の絆』で焼き尽くす。羅刹、パールヴァティー。そしてリリアーナと六人の淫魔たち。お前たちは、この陰謀を逆利用し、城全体を使って、『公私混同』の何たるかを、魔界全域に知らしめるのだ」
八雲の瞳には、新たな闘いへの征服欲が燃え上がっていた。