パールヴァティーの三度目の覚醒と沈静から、数日が経過した。八雲の『无(ウー)』としての体は、相変わらず無限の精力を生成し続け、彼はそれを悟られないように隠すのに苦心していた。
学校での日常が続く中、八雲は教室で奇妙な視線を感じていた。
クラスの隅、窓際の席に座る転校生、黒崎羅刹(くろさき らせつ)。
彼女は、つい先日、突然このクラスに現れた。長い漆黒の髪に、鋭く涼やかな目元。パイとは対照的な、大人びた妖艶さと、人を寄せ付けない冷たい美しさを持っていた。
八雲が目を向けると、羅刹は微かに口元を緩め、まるで獲物を見つけたかのように、八雲に挑戦的な微笑みを向けた。
(なんだ、あいつ……)
その視線には、パイやパールヴァティーから向けられるものとは違う、「理解」と「査定」の色が混ざっていた。
ある日の放課後。八雲が下駄箱で靴を履き替えていると、羅刹が音もなく隣に立っていた。
「藤井八雲くん。少し、お話がしたいのだけれど」
羅刹の声は、パイの甲高い声とは違い、低く、滑らかで、耳元で囁かれると背筋がゾクリと粟立つような響きがあった。
「悪いが、急いでいる」
八雲は、羅刹から発せられるどこか異質な気配に警戒心を強めた。
羅刹は八雲の腕に触れると、その涼やかな瞳を細めた。
「あら、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。私はあなたの『精』の秘密を知っているわよ」
八雲は息を呑んだ。全身の血液が冷えるような感覚。
「な、何を言っている」
「ごまかさなくても結構。あなた、『无(ウー)』でしょう? 尽きることのない、素晴らしい精の源。そんな特別な存在、隠せるわけがないわ」
羅刹の言葉は、確信に満ちていた。八雲は、彼女がただの人間ではないことを直感した。
「あなたは……誰だ?」
羅刹は、顔を近づけ、さらに声を潜めた。
「私の名は、黒崎羅刹。表向きは人間よ。でも、真の姿は羅刹。パールヴァティーと同じ男の精を糧とする、夢魔(サンジヤン)の一族。そして、パールヴァティーとは違って、私は人間と魔性の姿を自由に入れ替えることができるし、人間の姿でもすべてを覚えているわ」
羅刹は微笑んだ。それは、八雲の葛藤をすべて見透かした、悪魔的な笑みだった。
「聞かせてもらったわよ。あなたの幼馴染のパールヴァティーが、あなたの精を求めて一週間周期で覚醒する話。そして、あなたが無限の精力を持て余している話も」
八雲の頭の中で、電流が走った。羅刹は、彼の心の声を聞いているかのように、すべてを知っている。
「あなたの体は、もう限界でしょう? 尽きない熱を抱えて、愛しい幼馴染の顔をした魔性の覚醒を待つ日々。さぞ、苦しいでしょうね」
羅刹は八雲の股間に目を向けた。その視線は、彼の内側に渦巻く精力の奔流を正確に捉えている。
「私なら、あなたを解放してあげられるわ。パールヴァティーのように、待つ必要もない。私が望めば、今すぐにでもあなたを満たすことができる」
羅刹は挑発的に、八雲の耳元で囁いた。
「どう? 一週間の苦痛と、一瞬の解放。選ぶのはあなたよ、无(ウー)」
羅刹の誘惑は、八雲の理性と、『无(ウー)』としての本能を激しく揺さぶった。彼は、このまま羅刹に身を委ねれば、日常を乱すことなく、この無限の精力の苦痛から解放されることを知っている。
しかし、その瞬間、二人の前に、明るい声が割り込んできた。
「やっくん! おまたせ! 一緒に帰ろ!」
そこに立っていたのは、いつもの快活な綾小路パイだった。彼女は、八雲と羅刹が親密に話しているのを見て、不思議そうな顔をしている。
羅刹は、表情を一切変えず、パイに向かって優雅に会釈した。
「あら、綾小路さん。藤井くんと少しお話していたの。彼はとても興味深い人だわ」
羅刹の言葉の裏に込められた真意を、パイが理解するはずもない。しかし、八雲は感じた。羅刹の瞳が、パイの体内に眠るパールヴァティーに対し、宣戦布告をしていることを。
「じゃあ、藤井くん。またすぐに会えるわ。あなたの熱が、私を呼ぶでしょうから」
羅刹はそう言い残し、優雅に去っていった。
パイは不思議そうに羅刹の背中を見送った後、八雲に笑顔を向けた。
「あの人、綺麗な人だけど、なんか冷たい感じだね。さ、やっくん、帰ろう!」
八雲は、パイの純粋な笑顔と、羅刹の邪悪な誘惑の間に挟まれ、二人のサンジヤンと無限の精力を巡る、新たな三角関係の渦中に立たされたのだった。