三話構成ですが確か最初からこう行こうとは思ってなかったはずです。
カーテンの向こうから、忌むべき光が射込んでくる。
まだこの季節だから耐えられるものの、夏などの黄色い光線は、本気で嫌悪の対象と成りうる。
かと言って人の世で生きていく為には避けて通れない光でもあり、
造物主に不平を言いながら目を覚ますのがこれまでのマリアの日課だった。
今は違う。
不平を言うことに変わりはないが、言う対象が変わったのだ。
「起きてくださいよ、マリア先生」
朝だというのに少し疲れ気味の声と共に、肩が揺さぶられる。
それは優しく、夜の使者たるマリアを眠りの国から呼び戻すには優しすぎる起こし方だった。
「ん……もう少しだけ」
「そう言ってもう三回目じゃないですか! 教師が遅刻したらマズいでしょ」
声の調子が少し荒くなる。
学校での颯爽たる自分との落差に幻滅しているのかも知れなかったが、
そんなことはマリアの知ったことではなかった。
布団をかぶりなおし、徹底抗戦の構えをとる。
「マ・リ・ア・先・生!」
更に一段階大きくなった声は、明らかに怒りを抑制していた。
もうそろそろ頃合いかも知れない。
マリアは気配を探りつつ、大きなベッドの上を転がって声から遠ざかった。
「いい加減にしてくださいよ。無理やり起こしますよ!」
痺れを切らした──当然だろう、最初に声をかけてからもう一五分以上過ぎている──
声の主が布団を剥そうとベッドに乗ってきた。
「朝ご飯だってもう出来て──ッ!」
近づいてきた声の距離を正確に測り、タイミング良く腕を伸ばす。
虚を突かれた声の主は、為す術なく捕らえられてしまった。
その首筋から鎖骨に連なる辺りの皮膚に、思いきり唇を吸い付かせる。
鮮やかな痕が残ったのを確かめてから、今度は唇同士を触れ合わせた。
諦めたように身動きしない声の主に、喉の奥で笑いを噛み殺して挨拶をする。
「Good morning……龍麻」
龍麻は拗ねているのか、返事をしない。
今度は小さく笑いながら、マリアはようやく身体を起こした。
「挨拶は?」
「……Good morning,Maria」
小声ながらもきちんと答えた龍麻に、良くできました、というように軽く抱擁する。
これが、ここ1ヶ月のマリアの朝だった。
「早くしてくださいよ。もうあんまり時間がありませんよ」
服装を整えたマリアがテーブルに座ると、すぐに熱い湯気と芳香を立ち上らせた紅茶が供された。
他の食べ物が少し冷めてしまっているのは自分のせいであるから、それについては何も言わず、
紅茶に蜂蜜を落とし、スプーンでかき混ぜながら新聞に目を通す。
行儀が悪いと同居人は顔をしかめるが、
教師が時事を知らないのも都合が良くないので仕方がなかった。
それも龍麻に言わせれば、一五分早起きすれば良いだけとのことだが。
「はぁ……全く、学校なんて行きたくないわね」
「先生がそんなこと言ってどうするんです」
朝から愚痴をこぼすマリアに、龍麻は辛抱強く付き合う。
「だって、自由登校になってから貴方もあんまり来ないし」
「先生が変な所にキスマーク残すから行けないんですよ!」
語気を荒げる龍麻を、マリアは何食わぬ顔で聞き流して紅茶を飲む。
見れば龍麻の襟元には、先ほどの印がまだ鮮やかに残っていた。
この分ではしばらくは消えないだろう。
満足気に微笑んだマリアに、棘のある声が飛んできた。
「なんですかその顔」
「別に。いいじゃない、男の子だったらキスマークの一つや二つつけてた方が格好良いわよ」
「……一つや二つじゃないじゃないですか」
「そうだったかしら?」
「そうですよ! 今日は体育もあるし、とても行けませんよ。
この間だってアン子に気付かれて誤魔化すの大変だったんですから」
口を尖らせる龍麻の態度が、微妙に変わる。
「……どうしたんです? 調子悪いんですか?」
龍麻が訊ねたのは、ほとんど手つかずになっているマリアの皿を見てのことだった。
それには答えず新聞を畳んだマリアは、紅茶を飲み干すと立ちあがって龍麻に近寄る。
「……そっちがいいわ」
「! そんな朝から、止め……っ、んぅ……」
意図を悟って逃れようとする龍麻の後ろ髪をかき分け、首筋に噛みついた。
程なく膨大な氣が身体に流れこんでくる。
今のマリアは、特に血を必要としている訳ではない。
しかし、普通の食物と較べれば格段にエネルギー摂取の効率が良いのも確かで、
特に龍麻の持つ龍氣と共に吸う血は、一度吸えばニ、三日は眠らなくても良いほどの栄養となる。
加えて、快楽と苦痛の狭間で悶える龍麻を見るのがマリアは好きだった。
「も、もう……いい……で……痛……っ」
椅子を掴んで何かに耐えていた龍麻の手がだらりと垂れ下がる。
背もたれに体重を預け、人形と化した男の身体に手を這わせながら牙を立てた。
美味なる血と豊潤な氣を、龍麻の生活に影響を与えない程度に吸う。
己の穿った二つの小さな孔に、たっぷりと唾液を擦り込んでからマリアは顔を離した。
「はぁっ……もう……ちゃんと、食べて……ください……よ……」
恍惚と恨みのない混ざった表情で、龍麻が吐息を漏らす。
その表情に闇の眷属としての本能が鎌首をもたげるのを自制しながら、
マリアは龍麻の身体に這わせたままの手を動かした。
「朝から……元気なのね」
「しッ、仕方ないでしょう。男の……生理なんだから」
実はそうではなかった。
性欲が増してしまうのは、ヴァンパイアに血を吸われる副作用なのだ。
もちろん龍麻には教えていない。
教えてしまったら、今後絶対に血を吸わせてはくれないだろうからだ。
反応してしまったことを恥じている龍麻に心の中だけで謝ったマリアは、
固くなった膨らみを指の付け根で撫でる。
パジャマを押し上げている肉茎は本人の意志と無関係に大きさを増し、雌を求めてひくついていた。
「ちょ……先生、本当に、遅刻……しちゃい……ますって……」
この時マリアは既にもう片方の手もパジャマの上着に滑りこませ、
上下動が激しくなりつつある胸板をまさぐっている。
もし龍麻がここで求めてきたら、遅刻も省みずに欲望を充足させていたかもしれない。
しかし残念なことに、龍麻の言う通りだった。
こんな事ならもっと早く起きておけば良かった。
する気もない事を考えながら、マリアは慌しく学校へ行く準備を整えねばならなかった。
心地良い温もりの身体としばしの別れを交わし、
龍麻が呆れるほどの早さで化粧を整え、忘れ物が無いか確かめる。
扉から一歩を踏み出したマリアは、振り返って玄関まで見送りにきた龍麻に片目を閉じてみせた。
「いい? ワタシが帰って来るまで、一人でなんてしたら駄目よ」
「しませんよ!」
「フフッ、約束よ。それじゃ」
『約束』を龍麻が守ることは疑いない。
それを守らせる相手がいることに無上の喜びを感じながら、マリアは扉を閉めた。
授業を終え、雑事を片付けたマリアは可能な限りの早さで家に帰った。
もともと彼女はその美貌と共に身持ちの固さでも有名だったが、
それが龍麻が家に来てからは極めつきになっていた。
全く、家に戻れば彼女の希望を全て満たす男がいるというのに、
どうして寄り道などできようものか。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、律動的に歩く彼女の長身を幾本もの視線が追いかけたが、
マリアはそれに気づく事さえなく龍麻の居る処へと戻ってきた。
「お帰りなさい」
電話する時間さえ惜しんで帰ってきたのに、扉を開けるとそこに龍麻はいた。
笑顔で出迎える龍麻に、学校での──これまでとの自分とは違う自分が顔を出す。
「ふぅ……ッ、ただいま。ね、お風呂は沸かしておいてくれた?」
「沸いてますよ」
肩を借りてヒールを脱ぎながら尋ねると、事も無げな答えが返ってきた。
どこかすましているような態度を崩してやりたくて、マリアは髪をかき上げる。
広がる女性の香りに戸惑ったような顔をする龍麻に、とっておきの笑みを見せた。
「ありがとう。フフッ、一緒に入る?」
「! い、いえ、まだご飯の支度が……」
「ね、入りましょう?」
後ろから甘く抱きしめ、耳朶に軽く口付けてやる。
それだけでこの純情な少年は身を固くし、術にかかったように従順になってしまうのだ。
マリアはねじが止まってしまったおもちゃのように、
まばたきさえ忘れている龍麻の腕を取って浴室に向かった。
先に入った龍麻の口から、かすかなため息が漏れる。
それは扉を閉める音に紛れてしまっていたが、マリアは聞き逃さなかった。
「どうしたの?」
「……いえ、なんでもないです」
見せつけるように服を脱ぐマリアに目もくれず、
いそいそと衣服を脱ぎ捨てた龍麻はさっさと浴室に入ってしまった。
曇りガラスに映る男の裸体を見ながら、マリアは声を立てずに笑う。
龍麻のため息の理由が深刻なものではなく、
マリアに逆らえず、欲望にも抗えない自分の不甲斐なさを嘆いたものだと解ったからだった。
マリアのマンションの浴室は、その間取りに比してかなりの大きさを誇っていた。
これはマリアがこの街に来た時に粘り強く家探しをした成果であるが、
こうして同居人が増えると思わぬ愉しみを与えてくれることとなっていた。
自分の家であるから、もちろんマリアはタオルで前を隠すことなどせずに浴室に入る。
先に入った龍麻は、シャンプーを手に取って頭を洗うところだった。
背後に立ち、乱暴に頭を掻き回そうとする龍麻の腕を掴む。
「洗ってあげるわよ」
「いッ、いいですよ、頭くらい自分で洗えます」
「ダメよ。言う事を聞きなさい」
龍麻の頭の上で、四本の手の滑稽な力較べが始まる。
短い争いの末に負けたのは、もちろん頭の持ち主だった。
「……」
勝利したマリアは、勝者の余裕を示すようにやんわりと敗者の髪を洗う。
理容店と同じか、あるいはそれ以上の気持ち良さに、龍麻は黙りこくったままだ。
それは頭を濯いでも続き、悪戯っ気を出したマリアは、
ボディソープを自らの身体に垂らすと、乳房を広い背中に押しつけた。
「……」
今更驚くのもわざとらしいのか、龍麻は何も言わない。
しかしそれでは意味が無く、マリアは反応を引き出そうと身体を動かし始めた。
「く……っ」
柔らかく、そしてぬるりとした質感に、龍麻の口から思わず喘ぎが漏れる。
陥落が近いことを感じ取ったマリアは、更にソープを手に取ると、
少年の身体中を手で洗いだした。
自らの火照った肢体を押しつけたまま、逞しい筋肉の隅々まで指を這わせる。
特に身体の先端、指の間などは念入りに、両手でくるみこんで。
龍麻の指は武道で鍛えた人間らしく硬く、そして爪は短い。
その爪先に石鹸を擦りこみ、掌を揉みあげ、マリアは自分の手よりも余程丁寧に洗っていた。
マリアの手の中で泡に翻弄される己の指を見つめる龍麻の瞳は焦点が定まっていない。
それを横目で確かめ、頃合いだと思ったマリアは、
それまで我慢していた手を龍麻の下腹部に踊らせた。
龍麻は膝を合わせていたものの、
ほぼ垂直に衝き上げている怒張は隠しようもなくマリアの手の内に収まる。
指と同じように手につけた泡でくるんでやると、快楽に負けたのか、膝が開いた。
「朝からずっと我慢していたんですものね」
からかっていると思われないよう声の調子に注意を払いながら、
片手では掴みきれないそれをしごきあげる。
滑りの良いマリアの手はリズミカルに動き、確実に龍麻の性感を高めていく。
下腹全体に広がっていく恍惚感は、いつしか龍麻の背中をマリアに預けさせていた。
「うっ……」
大きく快感を口にした拍子にマリアと目を合わせた龍麻は、そのまま舌を交わらせる。
無理な体勢で舌だけを伸ばして絡めるのは、ひどく劣情を催させる行為だった。
ざらざらした表面を探り合うように擦りつけ、唾液と一緒に捏ねる。
マリアの舌はその美貌からは想像も出来ない程力強く動き、
龍麻が劣勢に回るとその舌を唇で捕らえてしまった。
「はッ、ふっ、んっ……ん」
口の中で龍麻の舌が苦しげに呻くのも構わず、一方的にねぶりあげてから解放したマリアは、
一転して動きを柔らかなものに変え、ねろねろと舌を絡め取る。
温かな粘液にコーティングされた舌は理性を飛ばすに充分な淫らさを持っていて、
足の間でせわしなく動き続けるしなやかな指はそれを加速させる。
特に、腹につくほどに反りかえらされた屹立の裏側を撫でられると、
それだけで身体が反応してしまうのだ。
更にそれだけに留まらず、マリアのもう片方の手はその下にある袋をも優しく揉み上げ、
男の感じる部分の全てを愛撫してくる。
「うぁッ、ぁ……マリ、ア、せんせ……」
「フフッ……可愛いわ、龍麻……んぅっ、うむっ」
深い愛情とそれと同じくらいの淫欲に支配され、
犬のように息を荒げてキスに没頭する二人だったが、終わりは不意に訪れてしまった。
「っ……!」
泡とマリアの手に包まれていた熱い塊が、いきなり爆ぜる。
あまりに急激過ぎて我慢もできなかった白濁が勢い良く放たれ、浴室の壁を汚した。
龍麻の受けた快感が乳房から伝わり、マリアも軽く身体を震わせる。
自らの波にはまだ少し遠かったものの、
男が自分の手の内で果てたと言う満足感はそれに近いものをマリアに与えていた。
射精の快感に震える龍麻をいたわるように抱き締める。
「はぁっ、はぁっ……」
二度、大きく己を脈動させた後も龍麻はしばらく動かず、
マリアも力を失っていく猛りを未練がましく握っていたが、
急に龍麻が立ちあがり、乱暴に浴槽に入った。
半ば飛びこむように入った為に、大量の湯があふれ出す。
「龍麻……?」
何が彼の機嫌を損ねたのか判らないマリアが尋ねても、返事は無い。
壁の方を向いていて表情は見えないが、憮然としているのは間違いなかった。
うかつに話しかけても泥沼に嵌まってしまうだけだと知っているマリアは、
自分の身体を洗いながら考えにふける。
恐らくあっけなく射精してしまったのが悔しいのだろうが、
それをいとおしいと考えてしまうマリアには、到底男の心理は理解できなかった。
とは言うもののこのまま放ってもおけず、
変な所に妙なプライドがある男と言う生物をなだめなければならない。
しかし特効薬などある訳もなく、結局正攻法で突破するしか無いマリアは、
泡を流し終えるとそっと龍麻を窺い、まだ壁を向いているのを確かめ、おもむろに立ちあがった。
気配に気づき、入れ替わりに出ようとする龍麻を押し留め、再び浴槽に浸からせる。
「もう出ます……のぼせちゃいますから」
「もう少しだけなら、平気でしょう?」
まだ少し声を尖らせている龍麻を強引に座らせ、自らも龍麻の上に腰を下ろしたマリアは、
少年の濡れた髪を触り、額に口づけた。
「龍麻……まだ怒ってる?」
そのまま目蓋や頬、とにかく顔中にキスを浴びせながら、甘く囁く。
もし本当に怒っていたとしても、
年上の女性にこんな仕種をされて怒り続けていられるほど、龍麻は我慢強く無かった。
和解のしるしに腕を背中に回し、密着を求めてくる。
先に言葉に拠らず態度で示すのが、駆け引きを知らない初々しさを感じさせて、マリアは好きだった。
「……怒ってないです」
「良かった。……好きよ、龍麻」
音を立てて唇にキスしてやると、龍麻の方から求めてくる。
マリアは、息がつまるような濃密なキスでそれに応えた。
「はっ、ん、んうッ、ああ……っ」
目まぐるしく位置を変えながら続くキスに、鼻息も続かなくなる。
呼吸を整える時でさえお互いの目をしっかりと見つめ合ったまま、
浅く呼気を吸いこんで無理やり再開させる。
交ざった唾液が二人の顎を伝って湯船へと落ち、
湯気と身体から立ち上る熱気で意識が朦朧としだしても、なお止めようとしなかった。
先ほどの昂ぶりの残滓と合わせ、すっかりその気になったマリアは、
湯の中に漂う龍麻を握り、そのまま自らの膣に導きいれる。
大量の湯と共に入ってくる硬い塊は、いつもの挿入感とは違う、奇妙なもどかしさがあった。
「ね……龍麻」
「ほッ、本当にのぼせそうなんです」
「いいわよ……のぼせたら抱き上げてベッドまで連れて行ってあげるから」
その一言が効いた訳ではないだろうが、龍麻は最後まで良く耐えた。
動くのはほとんどマリアに任せたものの、尻を掴み、しっかりと支えて下から貫く。
激しくは動けないのがかえって興奮を高め、
やがて二人は今度はお互いの満足する絶頂を迎えたのだった。
長風呂ですっかり空腹を覚えた二人は、すぐに食事を始めた。
交代で──正確には、龍麻が二日にマリアが一日の割合で──作る食事は、
今日は龍麻の番だったのだが、風呂場での詫びも兼ねて、マリアが作ることになった。
と言っても、それほど凝ったものを作った訳ではない。
それでも、龍麻はマリアの作ったものなら残さず食べたし、この日も例外ではなかった。
成長期の少年と同じ量の食事など採る必要も無い
──どころか、朝に血を吸っているから食事自体の必要も無いマリアは、
龍麻がテーブルに並べられた食事を片っ端から片づけていくのを、
テーブルの上では幸福そのものの表情で見つめていた。
料理を作るだけでこれほど幸福になれると知ったのは全く予想外のことで、
その一点だけでもマリアはし切れない感謝の念をこの年下の少年に抱いていた。
その思いは幾度同じ経験を重ねても少しも色褪せることはなかったが、
じっと見つめていても気付く気配すらない龍麻に、
それとは全く別の想いもマリアの裡で蠢き始めた。
テーブルの下の素足を伸ばし、龍麻のすねにちょっかいを出す。
指を触れさせた瞬間だけ、龍麻はわずかに動きを止めたものの、
気づかないふりを決めこむことにしたらしかった。
マリアも木の板一枚隔てた向こうで他愛ない駆け引きを行なっていることなどおくびにも出さず、
学校であったことなどを話しかける。
「そうそう、今日は蓬莱寺クンが来たのよ」
「京一が? あいつ大学行かないのに?」
「ええ、勉強はまるでする気がないみたいだけれど、出席日数が足りないのよ」
「そっか……あいつしょっちゅうサボってたからな。ってことは明日も来るのかな」
「ええ、多分、これから卒業式まで毎日来ないといけないでしょうね。
ワタシの授業だけならなんとかしてあげられるけれど、他の先生の分はどうしようもないから」
「それじゃ、明日は俺も行こう」
龍麻がわざわざ口にしたのは、言外に今日はもうしないという宣言を込めているのだった。
それに対して、マリアは静かな微笑を湛えながら両足で返事をした。
「……!」
龍麻の左足だけに狙いを絞り、両足の指で愛撫を始める。
ふくらはぎを裏から支えるようにして、骨を親指と人差し指の間で挟み往復させ、
ごつごつとした感触を愉しみながら、膝の下まで上っていき、そこからまた下る。
浴室のように滑らかには動かせなかったが、
うつむいているところを見ると龍麻はきちんと感じているようで、
調子に乗ったマリアは足の裏も使って遊び始めた。
少し湿り気を帯びた指が、微細な刺激を与えてくる。
どうしてこんな動きができるのかと不思議に思ってしまうほど多彩な動きで脛を撫で回され、
龍麻は足下から石化するような感覚を味わっていた。
それはもちろん、東京を護る闘いの中で受けたことのある石化とはまるで違う、
その身を進んで捧げたいとすら思わせる淫蕩なものだった。
龍麻の我慢がいつまで続くのか、じっくりと観察しながら足を組んだマリアは、
膝を支点にして足を伸ばす。
太腿を伝って、龍麻の身体の中心へ。
しかし、いくらマリアの足が長いといってもそこまでは届かず、
マリアは一度足を下ろし、椅子をこちらに引き寄せようとした。
もうテーブルから下の部分はほとんどマリアに奪われてしまい、
更に上の部分へと侵食は始まっていたが、椅子が引き摺られる大きな音が龍麻を我に返らせた。
「っ、ご、ごちそうさまでしたッ!」
すんでのところでまたマリアの毒牙にかかってしまうところから逃れることができた龍麻は、
股間の疼きを隠して急いで立ちあがる。
もう少しでめくるめく官能の一時が手に入ったところを逃してしまったマリアだったが、
それを慌てもせず余裕の表情で眺めていた。
食器を洗い終えた龍麻が、逃げるように寝室に入っていく。
食器を洗うのも分担で──こちらは龍麻が三日にマリアが一日の割合だった──
行なっていたが、今日の龍麻は随分と乱暴に洗っていた。
賑やかに音を立てていた皿の一枚を手に取ったマリアは、そこに自分の顔を映しだし、
それでも彼が全く手を抜かずに仕事を終えていることに半ば賞賛し、半ば呆れる。
龍麻の一人暮らしは去年の四月からだったと言うが、このまだ一八歳の少年は、
遥かに長い時間一人で生きてきた自分よりもずっと家事の手際が良かった。
それは彼が還ってきた後、半ば強制的に自分の家に住まわせた時から
マリアにコンプレックスを与えることとなって、
マリアは初めの数日こそ良い所を見せようと努力をしたものの、すぐに諦め、
彼に半分以上の家事を委ねることにしたのだ。
負担が減るのと一緒に肩の力もいささか抜けてしまい、
朝のようなやり取りが日常のそこかしこでされるようになった、
という副作用が生じたものの、今の生活は待ち続けただけのことは充分にある、
とても幸福なものだった。
これが続くのならば、人の世に埋もれても構わないと信じられるほどに。
わずかな時間、過去に──過去、と言っても一月前とそれ以前とでは意味あいが全く異なる──
思いを馳せていたマリアは、
皿の向こうの自分が、過去にはあり得なかった笑みを浮かべていることに気づくと、
食器を戻して彼の待つ寝室に向かった。
マリアが東京で家を選ぶ時、浴室とこれだけは妥協しなかったベッドは、
日本ではなかなか見られない大きなものだった。
ヨーロッパから取り寄せた逸品は、
どちらも平均を大きく上回る身長のマリアと龍麻が並んで寝てもまだ余裕がある。
おかげで寝室は本当にベッドを置くだけになってしまっているが、
初めてマリアの家に入った時大量のワインに呆れた顔をした龍麻も、
このベッドはすぐに気にいったらしく何も言わなかった。
その龍麻は、熱心に明日の用意など整えている。
自由登校なのだから授業を受ける必要はなく、極端な話、
受験用の参考書を持っていってずっとそちらの勉強をしていても構わないのだ。
しかし、変な所で融通の利かない龍麻はそれを好まず、
一度は持ち帰った辞書さえ持っていこうとしているようで、
まだしばらくかかりそうだと思ったマリアは、
白い、豪奢なナイトガウンを脱ぎ捨てて先にベッドの中に潜りこんだ。
音で龍麻も気付いてはいるはずだが、何も反応を示さない。
それが意図しないものなのか、それとも焦らしているのか、
マリアは判断がつかないまま辛抱強く待ち続けた。
待つことには慣れていたはずの心が、鼓動よりも早くさざめく。
それは、今となっては忌まわしいだけの血の衝動にも似た渇望。
目の前で呑気に背中を掻きながらこちらを向こうともしない牡に放つ瞳には、
砕けた氷山のような乱反射が浮かんでいた。
しかし、見た者を狂おしい熱情に駆り立てずにはいられない魔性の眼光も、
見られなければどうしようもない。
なお気づく気配もない龍麻に、自分から声をかけようかマリアが迷っていると、
ようやく彼はベッドに入ってきた。
満月の夜よりもそれを待ちわびていたマリアは、
シーツが落ち着く暇さえ与えず龍麻を求める。
「ちょ、マリア先生、今日はもういいでしょう……俺は明日学校に行きたいんですって」
「大丈夫よ……目立つところに痕は残さないから」
真摯な叫びを豊かな胸で押し潰して、少年に覆い被さる。
跳ねかえそうとした龍麻は、
マリアの乱れた髪と立ちこめる石鹸の匂いに何もできなくなってしまった。
それはあまりに急激な硬直だったので、マリアも動きを止めて訝しむ。
「どうしたの? そんなに嫌なのかしら?」
「い、いえ……そうじゃないんですけど」
答えた龍麻の目は、行き場を求めてあちこちさまよっていた。
「はっきり答えなさい」
こんな所で教師根性が顔を出し、マリアは詰問するように瞳を覗き込む。
珍しいことに、それでもなお龍麻は口を割らなかったが、答えは意外なところから返って来た。
太腿を、熱い何かが叩いたのだ。
「……あら」
理由が解ったマリアは、二度ほどまばたきをすると、そっぽを向く龍麻の上で含み笑いを漏らした。
「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ」
「違うんです。……その、ちょっと節操が無いかな、って」
「アナタは若いんだからそれくらい当たり前だし、それに……ワタシもその方が好きよ」
更に喉の奥で笑い、龍麻の、やや長目の前髪に自分のそれを触れさせる。
「ん……」
睦み合う、唇。
雛が卵から出るようにおずおずと伸びてくる龍麻の舌を、マリアは優しく外へと導いた。
静かに、それが当然のように絡み合わさる舌に、感覚を集中させる。
唾液が伝い、膜を張る。
お互いの口はすぐに卑猥な輝きに包まれていったが、もう龍麻も気にすることは無かった。
それどころか、股下で昂ぶりを一身に受け止めている生殖器をマリアに押し付け、
牡らしいストレートな欲望をアピールしてくる。
マリアが触れただけで爆ぜそうな太い柱を巧みに転がして刺激してやると、
龍麻は両手を尻に回して強く揉みしだいた。
乱暴な、尻の谷間をこじ開けられるような強い愛撫も、マリアは不快ではない。
時々加減を忘れた龍麻が指を食いこませる時でさえ、
サキュバスと成り果てた時の彼女には快楽としか感じなかった。
「ふ……ん、ぐ……むむぅッ、っは、はぁっ」
みっともない鼻息を漏らしながら、我を忘れて桃色の肉と白く泡立った粘液を貪り合う。
次第にお互いに抑えが効かなくなり、ベッドの上を転げて情欲を叩きつけた。
平衡感覚も一時的に失くしてしまうくらい激しくもつれあっていた二人は、
いつのまにか元の位置に戻ってきている。
「はぁっ、はぁっ……」
全力疾走をした後のように肩で息をしていた二人だったが、先に動いたのはやはりマリアの方だった。
乱れた髪をかきあげ、龍麻のも同じようにしてやると、首筋に勢い良く顔を押しつける。
朝と同じ場所に唇を貼りつかせたマリアは、
自分の台詞を思い出して強く吸うのは控えることにした。
その代わりに箇所を増やし、龍麻の身体を薄いキスで満たしていく。
脂肪の薄い、筋肉質の身体を丹念に辿り、下腹へ。
やがて微かな臭いと共に現れた屹立にも、同じようにキスの雨を降らせた。
熱気を放つそれは、更に一回り大きくなって刺激を求めてくる。
毎日絞り尽くす勢いで身体を重ねているのに、
まるで衰える気配も無いのは、若さなのか、龍氣のせいなのか。
マリアは屹立にうっとりとした眼差しを向けながら、ゆっくりと舌を滑らせた。
「くっ……」
先手を取られた龍麻は、敏感な場所をマリアの好きにされるのを、ただ受け入れるしかない。
ただ寝転がって奉仕されるだけというのはそれだけで恥ずかしいのに、
マリアは性器の隅々まで舐めまわし、自分が満足するまで止めようとしないのだ。
「ふッ……ふむッ、んあぁ……っ」
根元に舌を巻きつけ、ゆっくりと這わせる。
顔ごと動かして雁首まで来ると、一転して舌先をすぼめ、つつくように亀頭を弄ぶ。
弱点を知り尽くしたマリアの口技に、龍麻は腰が浮き上がるのを抑えることが出来ない。
特に、ほん一瞬だけ鈴口を突つかれると、
そのままマリアの口の中に突き込みたいという衝動が脳を焼き尽くすほどに蝕むのだ。
次にマリアが何処を責めるか想像し、腰がひくつく。
早くもどこまで耐えられるか心もとない龍麻を、更なる快楽が襲った。
頃合いと見たマリアが、先端を口に含んだのだ。
閉じ込められた亀頭を、熱い空気が灼く。
その快感に震える暇もなく、ぬるりとした質感が伝わってきた。
「う、ぁぁ……ッ、マリ、ア……先……生……」
唾に塗れた舌が、気が狂いそうにゆっくりと侵食してくる。
ふやけてしまうのではというほど丁寧にねぶられ、吸いたてられて、
たまらず龍麻はマリアの髪を掴んだ。
「……」
合図を受けて口を離したマリアは、すっかり恍惚に流されている龍麻の顔にキスを与え、
位置を変えさせると膝を立て、惜しげもなく足を開いた
「フフッ……いいわよ」
自らの指で押し広げて濡れ、きらめいている襞を見せつけると、
待ちきれないと言った感じで龍麻が己を沈めてくる。
「あッ……く、うぅ……ッ」
少しずつ、抉るように入ってくる龍麻の屹立に、深い悦びがマリアの口を衝く。
しかしすぐにより深い悦楽を求めて身体がざわめき、マリアは腕を掴んで龍麻に抽送をねだった。
それに龍麻はすぐに応え、マリアの体内を犯すべく腰を打ちつけはじめる。
「はッ、あうぅっ」
それまでの余裕も失い、眉根を寄せて嗚咽を漏らすマリアに、本能がたちまち沸騰した。
腰がぶつかる度、乳房が重たげに揺れている。
あまりの質量に、さすがに重力に負けて少し潰れているそれを、力任せに掴んだ。
「あッ……! それ……ッ、いい……の……ッ」
それを咎めもしないマリアの手が乳房に重なり、龍麻の手ごと自ら激しく揉みしだく。
白い肢体に鮮やかに刻まれている紅の突起が掌で転がされ、果実のように硬く膨らんだ。
すっかり尖り、誘うように震えているそれに、龍麻はためらいなく歯を立てた。
「んッ! ぁ……あッ、龍麻……」
含んだ突起を焦らそうともせずきつく吸い、咥える。
片手では余りある大きさの乳房を下から掬いあげてくびり出してから一度大きく咥えなおし、
口の奥で転がしてやった。
「はァッ……」
先ほどのお返しとばかりに執拗にしゃぶっていると、突然、マリアの声が力無い物に変わり、
全身から情欲の匂いを香りたたせ、開いている両足を龍麻の腰に押しつけて続きを促してきた。
眩暈がするような豊潤な香りに包まれ、龍麻は再び抽送を始める。
今度は少しペースを落とし、代わりにマリアの媚肉の全てを味わうように、
微妙に角度を変えながら屹立をねじ込んだ。
するとマリアはそれに合わせて腰を浮かせ、自らが最も感じる部分を屹立が抉るよう、
龍麻を導くのだ。
しかも意識してか否か、時折急激に屹立を締めつけ、精を放たせようと手助けを行なう。
もはやどちらが攻めているのかはっきりとしないまま、二人は交わりを続けていた。
しかし、マリアのエクスタシーへの扉が開きかけたところで龍麻は動きを止める。
それは意地悪ではなく、このまま続けて良いか訊ねているのだ。
マリアが手を掴み、わずかに身じろぎすると、呼吸を合わせて体位を変えるのを手伝う。
艶かしいふくよかさを持つ足を抱え、肩に担ぎ上げる。
入っていたものが抜けたために出来た穴がまだ塞がらないうちに、再び屹立を深々と挿入した。
「あっ、うぅ……っ」
苦痛の呻きにも似た声で、マリアは龍麻を受け入れる。
それはもちろん苦痛などではなく、
一杯に開いた足の間に再び愛しい物が入ってきた悦びの嗚咽だった。
狭まった淫洞の中を、剥き出しの肉塊が抉っていく。
不安定な格好で下半身に力が入れられない所に、龍麻が体重を乗せて焼杭を撃ち込んできて、
マリアは一瞬意識が途切れるほどの快感に囚われた。
「く、うぁァッ……!」
シーツを思いきり掴み、口から垂れる涎を抑えようともせず快楽に身を委ねる。
淫欲に溺れている姿を見られている、という羞恥も、
もう理性を回復させる手段にはならず、更なる恍惚の海へとマリアを押し出すだけだった。
身体を少しひねっているのが、無理やりにされているようで高まる興奮の中、
左手をさ迷わせ、何かを探す。
中々見つからず、必死にもがいていると、いきなり求めていたものに指先を搦めとられた。
「龍麻……ッ」
きつく握られて、マリアも握り返す。
合わせた掌が、繋がっている下腹にも劣らないくらいの愉悦を流しこんできた。
マリアが龍麻を見ると、目が合った龍麻は恥ずかしそうに笑い、
彼の目の前にある白い肉に歯を立てた。
小さな痛みは快感と同じ痺れをマリアにもたらしたが、
龍麻は遠慮して歯型が残るような強さでは噛まなかったので、
それは募るだけで解放されることがなかった。
我慢出来なくなってはしたない物足りなさを口に出す前に、再び身体の向きが変えられる。
抱えられていた足を下ろした龍麻が、腰を抱きかかえるようにして背後から挿入したのだ。
これまでのどれよりも深い挿入感に、
マリアは背骨を失ってしまったかのように背中をしならせ、仰け反った。
「ああッ……くっ、こ、れ……凄い……んあうぅっ!」
淫猥に腰を振り立てて求めるマリアの体内に、灼熱の杭が撃ちこまれる。
耳を塞ぎたくなるほど粘質にまみれた音が響き、ぬかるんだ沼地を怒張が攪拌する。
マリアは顔を枕に押しつけ、
せり上がってくる絶頂を少しでも後に伸ばそうと全身を撓めていた。
支えていなければすぐに崩れそうになるマリアの臀部を抑え、
龍麻も脈動する己を必死で抑えつける。
しかし、意志とは裏腹に動きを強めていく腰は、もう限界とばかりに痙攣をしていた。
「マリア……せん……せ……俺……も、う……」
「いいわッ……わたしも……ッ、は、ぁ、だめ……はぁぁ……あッ!!」
深奥まで貫かれた、と言う感覚に、一気に押し流される。
身体の中心から起こった快楽の塊が背中を滑り落ち、
首筋で一瞬溜まった後に頭の中へとなだれこんできた。
熱い樹液が膣を満たし、収まりきらなかった分が太腿を伝い出す。
龍麻が射精を終えた後もマリアのエクスタシーは続き、
龍麻は一滴残らず搾りとろうとするように蠢動する媚肉のただなかにじっと浸かっていた。
ようやくそれが終わった後、役目を終えた屹立をマリアの膣から引き抜く。
いつもなら行なう終わった後のキスもせずに突っ伏してしまったのが、
マリアの受けた、自分の与えた快楽の深さを示していた。
男としての本能を満足させた龍麻は、薄い笑みを浮かべながらマリアの横に倒れこむ。
しばらく放心していたマリアは、横から健やかな寝息が聞こえてくると一度は目を閉じたが、
思い出したように目を開けると、気だるげに身を起こして首筋に強く赤い痕をつけた。
それが髪に隠れはするもののくっきりと見えることを確かめると、今度こそ本当に目を閉じた。
昨日と同じやり取りの後でマリアが起きると、
昨日の疲れも感じさせない態度で龍麻は朝の準備をしていた。
自分はまだシャワーも浴びていないというのに、上着以外の制服までもう着ている。
大きな欠伸をしながらそれでもシャワーを浴びて着替えたマリアが浴室から出ると、
いつもなら必ず待っている龍麻が、もう朝食も終え、玄関に立っていた。
「それじゃ、先に行きますね。パンは焼いてありますから」
「あら、一緒に行けばいいじゃない」
「……行ってきます」
勢い良く出て行った龍麻を、マリアはまだ眠たげな目で見送る。
朝のキスを忘れた、と気が付いたのは、一口めのパンをかじってからだった。
「おう、久しぶりじゃねぇか龍麻。親友をほったらかしにして何やってたんだよ」
「悪ぃ悪ぃ。ちっと受験の追いこみをな」
「ケッ、ま、落ちたら落ちたで一緒に中国行ってやっからよ」
嫌なことを嫌な表情で言う京一に、
数日ぶりの懐かしさと、後幾日かでこのやり取りもできなくなってしまう寂しさとを
同時に覚えた龍麻は何ともいえない笑顔で応えた。
それに京一が何かを言おうとした時、誰かが龍麻の背中に飛びついてくる。
ほとんど飛び越そうとするほどの勢いで飛びついてきた相手を、もちろん龍麻は知っていた。
「ひーちゃん、ひっさしぶり!
随分学校に来ないからさ、拾い食いしてお腹でも壊したのかと思ってたよ」
「あのな……小蒔じゃないんだから」
「失礼だなッ。ボクのはそんなヤワなお腹じゃないぞッ」
明らかに怒るポイントを間違えている小蒔に、龍麻は失笑を堪えきれなかった。
しかし、こんな展開の時はいつもなら必ず突っ込んでくる小蒔が、何故かおとなしい。
「……どうした?」
「……何これ?」
「なんだ、どうした?」
「ここ、なんか赤くなって……」
龍麻の首筋に何かを見つけた小蒔に、京一も後ろへと回りこむ。
小蒔が指差した先には、くっきりとマリアが残した痕があった。
「げッ、こりゃキスマークじゃねェかッ!! 龍麻てめェッ!!」
「!! ち、違うッ、それは……」
「うっわ、ひーちゃんがそんな人だったなんて……」
「全くだぜ。こんな時期にまで学校来なくちゃいけなくて苦しんでいる親友を差し置いて、
口にするのもウラヤマシイ日々を送っていたなんてよ」
京一と小蒔が大声で騒ぎ立てた為に、今やクラス中の人間が龍麻の所に集まってきていた。
その輪の中心に追い込まれた龍麻は、キスマークを庇うのが精一杯だ。
「こうなったら龍麻、洗いざらい話してもらうぜ。一体その唇は誰のモンだッ!!」
「こ、これは……そうだ、俺忘れ物してたよ。ちょっと取って来る!」
「! 待ちやがれッ!」
「みんな、ひーちゃんを逃がすなーッ!」
脱兎の如く逃げ出した龍麻を、全員が追いかけていく。
そのしばらく後にマリアが入ってきた時、教室はもぬけの殻になっていた。
「Good morning,everyone.……アラ? どうしたのかしら?」
謎の集団消失が自分の引き起こした事件だとも気づかず、マリアは困惑しながらも待ち続ける。
しかし、誰も帰っては来なかった。