※この作品はR-18です。

dark chain   作:SVX

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龍麻x雪乃です。お尻です。でもエロは薄い感じ。


dark chain XI

 織部雛乃は家への帰路を急いでいた。

とはいっても神社の娘であり、見るからに品の良さそうな彼女が

走ったりするはずもなく、あくまでも歩く速さが多少普段よりも速いというだけだ。

それでも彼女を知る者にとっては重大な変化であり、

いったい何が彼女をそうさせているのだろうかと関心を呼ばずにはおかないだろう。

 雛乃が急いでいる理由は大きく二つあった。

 ひとつは帰る間際に教師に雑用を頼まれて予定よりも遅くなったこと。

 もうひとつは、今日は緋勇龍麻が遊びに来る日だったからだ。

 東京を護る戦いの過程で知り合った龍麻は、

女子校に通っている雛乃にとってほとんど初めてである同年代の異性の友人であり、

免疫がないゆえに抱いていた男性への怯えめいたものを取り去ってくれた、

信頼に値する人物だった。

 龍麻は『黄龍の器』という彼が持つ宿命のなせる業わざか、

誰に対しても親しみやすく、それは雛乃の両親や祖父のみならず、

雛乃以上に男性を嫌っていた、双子の姉である雪乃でさえ龍麻に対しては

さほどの反感を抱かなかったようで、

気がつけば週に二、三回は織部神社に訪れるようになっていた。

ある時は祖父の将棋の相手を務め、ある時は雪乃の稽古の相手をし、

一人暮らしをしていると聞けば食事をしていくよう勧められ、

ほとんど家族同然に溶けこんでいる龍麻を、むろん雛乃も好ましく思っていた。

 それは異性に対する好意とは異なっていると、雛乃自身は思っていたが、

早く帰らないと家族の誰かに龍麻を取られてしまう、

という懸念から早く帰りたいという気持ちに偽りはなかった。

 帰宅した雛乃は、玄関をまず確かめる。

そこに家族以外の男物の靴があるのを見てとると、

行儀良く自分の靴を揃えてから、まず着替えに向かった。

 実家が神社である雛乃の普段着は巫女装束であるというのは、

必ずしも当然というわけでもない。

雪乃はジーンズやラフな格好が多いし、制服を着たままでいて

家族に苦言を呈されることもたまにある。

一方で雛乃が必ず着替えるのは、神社の娘という以上に、やはり幼い頃からずっと着ていて、

こちらの方が落ちつくという理由の方が大きかった。

 着替えを終えた雛乃は、龍麻と姉がいるはずの部屋に向かった。

家の中でも最も奥まったところにある、雪乃と雛乃の共用の部屋だ。

 廊下を進んでふすまの前まで来ると、部屋から漏れた光が廊下を照らしていた。

何度言われても全部は閉めない姉の癖に、雛乃は口元をほころばせる。

 早く二人と話をしたくて、部屋に入ろうとしたとき、

奇妙な、音とも声ともつかぬものが中から聞こえてきた。

男の、つまり龍麻のものではない、くぐもった音色。

であれば当然雪乃が発していることになるが、雛乃は十八年姉と一緒に過ごしてきて、

このような声を聞いたことがなかった。

その疑念がふすまにかけかけた手を止めさせ、隙間からそっと様子をうかがわせる。

 姉がうずくまっている。

それだけでも姉がとる姿勢としては不自然であり、

雛乃の不審を招かずにはおかない。

そして姉がうずくまっている場所は、滅多なことでは動じない呼吸を

止めてしまうほどの衝撃を雛乃に与えた。

 雪乃は龍麻の身体の中心に頭を向けていた。

それは子供が親に対してするのなら甘えているのだと思うだろう。

だが成人はしていなくても子供ともいえない姉と龍麻の年齢では、

そういったことに疎い雛乃にさえ、いかがわしさを想起させた。

 目の前で行われている行為に、雛乃は知らず胸元を押さえる。

息苦しさは覚えていても、ひとつの呼吸で二人に感づかれてしまいそうな気がして、

容易に息を吐きだせなかった。

姉よりもいくらか色の濃い唇をいくらか開き、

羽毛さえそよがせない程度に呼気を押しだす。

穏やかな耳目におよそ似つかわしくない険しい表情で、雛乃は室内を観察する。

 改めて部屋の中を覗き見て、雛乃は違和感の正体に気づいた。

雪乃は確かに甘えるように龍麻の腹の辺りに頭を乗せているが、

その顔は彼を見つめていない。

これが膝枕の要領で龍麻を見上げているのなら、

雛乃はいくつかの感情を経てではあるが状況を受けいれ、

わざと足音を立てるなりしてから二人のいる部屋に入っていくだろう。

 だが、姉のポニーテールは逆しまになることなく、上を向いていた。

それはすなわち彼女が龍麻の、足の間に顔を埋めていることを意味した。

 男性のそこに何があるのかは、いくら雛乃でも知っている。

実際に目にしたことはなく、どんな形をしているのかさえはっきりとは知らなくても、

自分たちにはないものが、そこにはあるはずだった。

 そんな場所に顔を埋めて、何をしているのか。

当然の疑問に、雛乃は答えを持たなかった。

同じ歳の女性なら知識だけは持っているだろうその行為を、雛乃はまったく知らない。

ただ、男女がこれほど近い距離にいるという、それだけで特別な意味合いがあるのだと、

ぼんやりと認識するだけだった。

 それにしても。

姉と龍麻が交際していたという事実だけでも、雛乃を充分に驚かせるに足りる。

だが、そのうえこんな人目につきそうな場所でああいった行為をするというのは、

幼い頃からごく自然に躾しつけけられてきた雛乃にはまったく信じられなかった。

それも、同じ躾を受けてきた姉が、だ。

悪徳――行為自体の善悪はともかく、仮にも神社の中でするのは悪に決まっている――

をもたらした緋勇龍麻という男に、雛乃はこれまで悪い印象を持っていなかったが、

今日を境にその評価は改めなければならないかもしれない。

姉に対する全幅の信頼があっただけに、龍麻に対する悪印象がいや増す雛乃だった。

 しかし、龍麻に対する嫌悪をつのらせながらも、雛乃は部屋の覗き見をやめられない。

それは当事者の一方が半身ともいえる双子の姉ということもあったけれども、

やはり、初めて目にする男女の営みはあまりに鮮烈で、まばたきも忘れて見入っていた。

「んんっ、んふぅ、う、ん……」

 姉のくぐもった声が漂ってくる。

何事にも明快を旨とする姉が、こんな声を発するとは。

それほど大きくはない姉の、喉の奥から聞こえてくるような声を、

雛乃は自分でも気づかぬうちに、耳を澄ませて拾っていた。

 龍麻の手が姉の頭を撫でる。

それは男女の愛情ではなく、猫や犬に対するような慈しみであると、

なぜか雛乃には見えた。

しかし雪乃は嬉しそうに束ねた髪を揺らし、また龍麻の股間に深く顔を埋める。

ちらりとだけ見えた、醜怪な色をした何かを、口に咥えて。

ほどなく雪乃は頭を前後させはじめる。

その動作が何を意味するのか、やはり雛乃には解らなかったが、

姉がときおり動きを止めて龍麻を見上げ、

そして頭を撫でられてまた嬉しそうに動きを再開させるのは、

見ていて辛いものがあった。

それは姉がもっとも嫌う、他者に媚びへつらう姿以外の何者でもなかったからだ。

「上手になったな、雪乃」

 それに対して姉は小さく頭髪を揺らしている。

褒められて悦んでいるのは咥えたものを離そうとしていないところから明らかで、

それもまた、雛乃が見たことのない姉の姿だった。

「……」

 それにしても、姉はいったい何をそんなに嬉しそうに頬張っているのだろう。

勃起した男性器など想像したこともない雛乃だったから、

雪乃が口内を埋め尽くすペニスに倒錯した快感を抱いているなど知るよしもない。

ただ、姉を見ていて無意識に舐めた唇は驚くほど敏感になっていて、

雛乃は思わず自らの両肩をかき抱いた。

 その途端、小さな衣擦れの音と、それに倍するなにがしかの感覚が全身を走りぬけた。

「っ……!」

 ごく小さいとはいえ声を発してしまい、雛乃は慌てて口元を押さえる。

幸いにも部屋の二人には聞こえなかったようで、行為が止むようすはなかった。

束の間生じたためらいを振りはらうように、雛乃は再び室内に意識を向ける。

 ポニーテールをだらりと下げて、雪乃はいよいよ深く男性器を咥えていた。

喉の奥に求めて亀頭を押しこみ、うめき声をあげながら竿を舐める。

熟練の技巧ではなかったが、奉仕しようという気持ちが伝わってくるのと、

何より普段男勝りと仲間には周知されている雪乃が一心に乱れている姿は、

龍麻の快感を呼び起こさずにはおかなかった。

 うなじから後頭部にかけてを撫でながら、龍麻はささやく。

「そろそろ出そうだ……飲めよ」

 言うなり、龍麻の身体が大きく震える。

いったい何が起こったのか初心な雛乃には知る由もなく、

ただ、目の前で起こった卑猥な何かを見守るしかない。

「んッ……! ぐ……」

 龍麻の震えが収まったあとも、しばらく姉は股間から顔を上げなかった。

ただ、結わえた髪が小刻みに揺れているのが雛乃には見える。

それが、何かを飲んでいるから揺れたのだとは理解できた。

 雛乃が息を吐き、吸い、もう一度吐きだしたところで雪乃が身体を起こした。

龍麻を見つめる彼女の、小さく喉が鳴る。

「うまかったか?」

「……馬鹿」

 聞いたことのない声色で喋った姉が、見たことのない仕草で龍麻に抱きつく。

雛乃はその光景から逃れるように立ちあがり、二人の許を離れた。

 少し時間を置いて、わざと音を立てて廊下を歩いた雛乃は、

ふすまの前で息を整えてから声をかけた。

「失礼いたします」

 声をかけ、さらに一呼吸置いてふすまを開ける。

もし、二人がまだ睦みあっていたならどうしようかと懸念していた雛乃だが、

二人は何事もなかったかのように向かいあって座っていた。

「おう、遅かったじゃねえか」

「お邪魔してるよ」

 姉と龍麻、どちらにもあいまいな笑顔を向け、雛乃は部屋に入った。

 二人に変わったところはない。

ひそやかな視線を交わすことも、意味ありげな言葉を交わすこともなく、

姉と友人として雛乃に接した。

それが一層雛乃を苦しめた――少女はすでに、無垢ではなかったから。

「おうそうだ、今度カラオケ行こうぜ」

「この間行ったばっかりだろ」

「いいじゃねぇか、新曲はどんどん追加になるし、

ようやくちょっと違う曲を歌う奴が見つかったんだからよ」

 これまで同級生、つまり女性としかカラオケに行ったことがない雪乃は、

初めて異性の同好の士を得てはしゃいでいる。

「な、雛も行こうぜ。金はこいつが出してくれるって言うし」

「言ってねえだろ」

「んじゃ、当日点数勝負で負けた方のオゴリな」

「巫女が賭け事するなんていいのかよ」

「あん? おみくじだって賭けみてぇなモンだろ」

 二人のやり取りは平和そのもので、雛乃は願わずにいられない。

さっき見たあれは悪い夢で、二人は清い交際をしているのだと。

もしもそうなら雛乃は、一抹の寂しさは感じながらも二人を祝福できるだろう。

でなければ――その後に続く答えを、雛乃は持っていなかった。

「それじゃ、そろそろ帰るよ」

「なんだ、今日はメシ食ってかねえのかよ」

「あんまりいつもごちそうになるのも悪いだろ」

 立ちあがった龍麻に雪乃も続く。

雛乃も姉にならおうとすると、姉に笑って制された。

「そんな大げさに見送ることもねえだろ。そこまでだし、今日はオレだけでいいって」

 姉に逆らうなど考えもしない雛乃は素直にうなずき、

母親に龍麻が帰ることを告げに行った。

 残念がる母親に相づちを打ち、雛乃は部屋に戻ろうとする。

そのとき、雛乃の脳裏に何かが閃いた。

距離のある落雷のように、閃きから数秒遅れて雛乃は愕然とする。

姉の様子を見に行ってみるという考えは、

それほどまでにこれまでの雛乃の思考からかけ離れていた。

 やましいところはない――ほんの数百メートル歩いて姉を出迎えるだけだ。

なのになぜ、こんなに心臓が激しく鳴るのか。

雛乃は迷いながらも、静かに家を出た。

 人気のない鎮守の杜は足音すらも響かせてしまうようで、

雛乃は参道ではなく木々の間を、慎重に歩を進めた。

普通に出迎えればよいのではないか、あるいは戻ってくるのを待てばよいのでは。

迷いながらも、雛乃の足は止まらない。

 姉を出迎えるのに、気配を殺す必要などない。

だがそれこそが雛乃が自身の行動に心臓を激しく動悸させた理由であり、

姉を――姉の行動を初めて疑った妹の、正道を外れた行為だった。

 神社の入り口近くまで来た雛乃は、足を止める。

耳を澄ませてみたが、二人の話し声は聞こえてこなかった。

神社の外まで見送りに出たのかもしれない。

外を探し回るまでは覚悟がなく、一時の昂ぶりも醒め、雛乃は家へと戻ろうとする。

 そのとき、雪乃の声が聞こえた。

姉らしからぬ小さな、押し殺したような声。

どこから聞こえてくるかははっきりしない――神社の敷地内からという以外は。

 雛乃は身をかがめ、声の方向を探った。

辛抱強く、その実三十秒は経っていない時間が過ぎ、再び姉の声が聞こえてくる。

身をかがめたまま、声の方に雛乃は移動した。

 深まっていく夜の闇の中、声はごくわずかずつではあるが頻繁に聞こえるようになっていた。

つい最近聞いたような記憶を必死に否定しつつ、さらに近づいていく。

 それは突然、雛乃の前に現れた。

 木の前で抱きあっている雪乃と龍麻。

一目で恋人同士だとわかる、激しい抱擁だった。

考えたくなかったとはいえ、ある程度想像もしていたので、

雛乃は胸に手を当てただけでどうにか声を発してしまうのは抑えられた。

だが、やはり半身ともいえる姉と、初めての男性の友人が恋仲に、

それも自分に黙ってなっていた事実は、雛乃を大きく動揺させた。

このまま見なかったことにして戻り、後日姉たちの口から正式に語られるまで、

知らぬふりをする方がよい。

そう囁く声も頭の内部ではあったが、近しい者たちの逢瀬は

未だ恋を知らぬ少女にとって刺激的にすぎたのと、

それ以上に神域でふしだらな行為におよぶ二人に義憤を覚え、

雛乃は今しばらく観察を続けることにした。

 自分たちがしていることがどれほど冒涜か、姉が知らないはずがない。

家の中も境内といえなくもないが、やはり人の住む場所と神域とでは重みが違うのだ。

いくら恋は盲目という言葉があれど、その程度のたしなみは最低限備えているはずで、

ここで行為に及ぶのは、まず反対したに違いない。

だとすれば龍麻が強引に説き伏せた可能性が高く、

雛乃は、彼に対する評価を減じなければならなかった。

 けれども、止めようという心理にも、雛乃は至らない。

もし雛乃に目撃されたと知ったら、姉はどのような反応を示すか。

こんな行為をする方が悪い、とわかってはいても、

両親以上に血の繋がりを感じる姉に対して、強硬に出ることはできなかった。

 織部神社は東京二十三区内にあってうっそうと茂る森を有する神社で、

昼間でも参道を外れれば暗がりとなり、龍麻と雪乃が今行っているような逢瀬にも、

雛乃が行っているような覗き見にも格好の場所がそこかしこにある。

雛乃が陣取った場所は龍麻の右後方で、雪乃の身体は隠れて見えないが、

この位置なら二人に気取られる心配はなさそうだった。

「寒くないか?」

「うん、平気」

 穏やかな、というより甘えるような声色。

今までどんな相手にも聞かせたことのない姉の声。

恋人という存在は人をこんなにも変えてしまうのかと雛乃は驚く。

自分もいつか、あんなふうに変わる日がくるのか――

埒もない考えを頭の隅に追いやろうとした雛乃の眼前で、二人はさらに近づいた。

雪乃のかかとが、浮きあがる。

 身を低くしていたのでその瞬間は見えなかったが、

いくらこうしたことに疎い雛乃でも、それが何を意味するのかはわかった。

「ん――なぁ、もう一回、してもいいか?」

「いいよ、何回でも」

 一旦地に着いたかかとが再び上がる。

今度は雛乃も顔を上げていて、二人がくちづけるところをはっきり見た。

「ん……んっ、ん、ん……」

 二度目のキスは一度目より長く、雪乃は離れない。

聞こえてくるくぐもった声が何なのかはわからなかったけれども、

雛乃はまばたきも忘れて魅入った。

 雪乃の腰に回されていた龍麻の腕が、下へと下りていく。

それに対して雪乃は身じろぎしているようだが、嫌がっているわけではなさそうだった。

 彼の腕の中で、姉は何を想っているのだろう。

半身に等しい存在だと思っていた姉の考えが判らないのは、

寂寥を呼び起こさずにいられないが、いくら仲の良い双子であったとしても、

肉体はふたつである以上、いつかは別々の相手を選ばなくてはならない日が必ず訪れる。

そのいつか、が訪れたのだと、受けいれるしかなさそうだった。

ならば、姉の選んだ相手を祝福してあげるのが、妹として、また家族としての務めだろう。

 にもかかわらず、雛乃は無条件に二人を認める気になれない。

それは雛乃も龍麻に好感情を抱いていたということもあるが、

それよりもやはり先刻目撃した爛れた行いが

小さな矢じりとなって雛乃の心に食いこんでいたからだ。

 神社に隣接する織部の家は、築年数も古く、設備も整っているとは言い難い。

それでも雛乃にとっては生まれ育った家であり、大切な住処だ。

そこであのような行為をされるのは、いくら姉といえども気分が良くなかった。

もちろん、雛乃もそういったことに関して全く知らないわけではないから、

仮に姉と龍麻が結婚して、龍麻が織部の家に入れば同じことが

起こりうるというくらいは承知している。

けれどもそれは結婚という儀式が先だって行われているのだから許されるはずで、

欲望を貪りあうような行為は厳に慎むべきだ。

 だが、二人は雛乃の貞操観念、あるいは願望になど一顧だにしていなかった。

 スカートのあたりを触っていた龍麻の手が、するりと内側へ潜りこむ。

その途端に雪乃の身体が大きく揺れた。

「な、なあ、本当に……する……のか……?」

「雪乃だって、そのつもりで出てきたんだろ?」

「でも……」

 二人の会話は小声だったので雛乃の位置までは届かない。

つのる緊張と不安は、程なく解消された――巨大な驚愕によって。

 雪乃が、下着を脱ぐ。

龍麻に隠れるようにはしていたが、スカートの中に手を入れて上体をかがめ、

片足を上げる仕種は見間違いようもない。

なぜこんなところで、という疑問を抱いたのは、雛乃が未だ純潔を保つばかりか、

知識さえあまりない証左にはなったかもしれない。

だからといって用を足す以外に下着を脱ぐ必要などあるはずもなく、

穏やかに見守れるはずもない光景だった。

 下着を脱いだ姉が、龍麻を見上げる。

それに対して龍麻は何か言ったようだが、雛乃には聞こえず、

理解できたのは、彼らが再びくちづけをかわしたのと、

龍麻が今度は両手を姉のスカートに忍ばせたという事実だった。

「あっ……あ、うん……」

 雪乃が龍麻にしがみついたため、彼女の声も聞こえなくなる。

けれども龍麻の背中に回された腕は、嫌がっているようには雛乃には見えなかった。

龍麻はいったい、何をしているのか。

いかがわしい、という漠然とした答えはあっても、具体的にどうしているのかまでは見えない。

もどかしいと雛乃は思い、そう思う自分を恥ずかしいとは思っていなかった。

 時を忘れて観察を続ける雛乃の前で、二人が再び動く。

今度も動いたのは姉で、抱擁を解かれた雪乃は、横にあった木に向かって両手をついた。

伸ばした足を肩幅に開き、支えるというよりしがみつく姉の格好は、

小学校の体育の時間でやったような馬跳びの格好を思いださせたが、

むろんそんなことをするはずがない。

何を、と雛乃が訝しむより早く龍麻は、雪乃のスカートを捲りあげた。

「……!!」

 薄闇に浮きあがる姉の尻に、雛乃は絶句する。

雪乃と雛乃は仲の良い姉妹であり、時には風呂も一緒に入ったりするから、

お互いの裸は見慣れている。

けれども数メートルの距離を隔てて見る姉の裸身は、

一部分でしかないのに雛乃を動揺させずにおかなかった。

 姉の尻に手を当てた龍麻が、身体を寄せる。

いくら睦事に疎い雛乃でも、もう判らないはずがなかった。

 二人は神聖な神社内で性行為に及ぼうとしている。

それは考えうる限りの最悪な現実だった。

しかし、止めなければならない――そう思いながらも、雛乃は動けなかった。

「あうン……ッ……、は、入って……ッ、んああぁッ……!」

 突然大きくなった雪乃の喘ぎは肝を冷やすほどで、雛乃はとっさに茂みに隠れた。

心臓が壊れそうなほどに激しく打ち、胸を押さえる。

声はほどなく小さくなり、雛乃の位置からでも聞き取りにくくなったが、

雛乃の頭の中では、初めて聞いた姉の嬌声が幾重にも反響していた。

さらに聴覚を補完するように、動く龍麻の腰が網膜に焼きつく。

「だ……だって、こんな、大き……うんッ、うんッ、いい……よ、気持ち……!」

 十八年間親しんできた姉の声は、こんなものではなかった。

もっと矢のような指向性を持ち、困難に当たっても曲がらず、

最後には貫くような勁さを持っていたはずだ。

なのに今姉が発している声は粘り、どこへ行くともしれないいかがわしさに満ちていた。

「んぁぁぁ……! は、う、ンぅ……! すご……ば、馬鹿ッ、変なこと、言う、なぁ……」

「お、お前が……オレの……こんなに……こんなに感じるようにしたくせに……!」

「あぁんっ、はっ、ふぅぅっ……! う、うん、だって、お尻、気持ち良くて……!」

 姉の声ばかりが聞こえるのは、龍麻が冷静さを保っているからだろうか。

あんなにも腰を卑猥に振っているのに、興奮しているのは姉だけなのだろうか。

疑問は尽きない――が、それよりも圧倒的な情動に支配されて、

雛乃はまともに考えることもできなくなっていた。

「んクッ、あ……うぅ……んッ、うあァッ……!」

 雪乃が頭を跳ねあげ、髪が揺れる。

それがあまり激しい動きだったので、その拍子に雛乃も身じろぎしてしまった。

「……!?」

 擦れた太腿の内側に違和感を覚える。

何か、濡れているような感覚。

突然身に生じた異変を、雛乃は確かめようと巫女装束の脇から手を入れた。

「……っ……!」

 確かに湿っている、でも、どうして。

何が起こっているのか判らない雛乃は、水源がどこか探ろうと手を滑らせる。

 太腿から、下着へ。

下着がおびただしく濡れていた。

小水を漏らしてしまったのか、と焦る雛乃に、それは訪れた。

「ぁ……っ……?」

 訪れる、なにがしかの衝撃。

痺れに近いかもしれないそれは、雛乃にとって初めての快感だった。

他人の性行為を見て興奮する、というメカニズムさえ知らないまま、

穢れなき少女は肉の悦びに目覚めてしまったのだ。

 指先がもたらす未知の気持ちよさに怯えた雛乃は急いで手を抜き、

そうすれば忘れられるとばかりに膝をきつく合わせる。

そして原因がそこにあると気づかぬまま、再び姉たちに視線をもどした。

 龍麻たちの行為は終わろうとしていた。

愛を交わすというにはあまりに短い、肉欲だけの逢瀬は、

それゆえに容赦なく快感を求め、貪りあうだけだった。

「あァ……ダ、ダメ……だ、オレ……っ……!」

「イキそうなのか?」

「う、うん……んァッ、イ、ク……イク……ッ……!」

「俺も……イキそうだ……っ、出すぞ、雪乃……ッ!」

 雪乃の尻孔で抽送を繰り返していた龍麻は、自身の昂ぶりを感じると、

我慢せずに一気に精を放出した。

「あ、ぅンッ、んッ、あ、あァッ――!!」

 直腸に樹液を注がれた雪乃は、その熱さに身震いする。

「うッ……あ、で、出て、るッ……」

 そして全ての精液を受けると惚けたようにつぶやき、

ぴんと張りつめさせたしなやかな足を、ぐったりと弛緩させ、龍麻に支えられた。

 そのまましばらく抱きあっていた二人は、やがて衣服を整え、外へと歩いていく。

彼らの気配がなくなると同時に、雛乃は早足で家に向かった。

足の付け根を浸食する気持ち悪さに耐えながら歩き、着くなりトイレに入る。

袴を脱ぎ、触れた下着は予想以上に濡れていた。

何事が生じたのか理解できず、下着を下ろして確かめてみる。

指でじかに触るのはいくらかの恐怖を伴ったが、意を決して触ってみると、

たしかにその部分が多く湿っていた。

「……っ」

 月のものとも違う分泌物に、雛乃は慄く。

透明で、少し粘り気のある液体は、いったいどこから生じているのか。

惑い、怖れながら、女の溝に沿って指を這わせた。

 不快さはある。

 だが、同時にそれ以外の何かも。

 それがさっき、雪乃達をのぞき見していたときに感じた、甘い律動だと思い至った雛乃は、

結局数度指を往復させただけで触るのをやめてしまった。

世界が足下から崩れていくような恐怖が、雛乃を捕らえようとしていた。

 それから寝るまでの間のことを、雛乃は良く覚えていない。

姉は普段と同じだったような気がする――あんな行為をしたにも関わらず。

だが、昨日まで半身とまで思っていた姉が、雛乃にはまるで違うものに見えて、

夕食の時にどんな受け答えをしたのかわからず、ついには家族や姉に心配されてしまった。

皆には少し具合が悪いとだけ答え、なるべく顔を合わせないようにして、早めに床についた。

 布団を半ばかぶり、雛乃は中で丸まっている。

 夕方の光景が目に焼きついてはなれなかった。

緋勇龍麻と織部雪乃との、男女の交わり。

屋外、それも神社の境内という聖域での穢れた行為。

にもかかわらず姉が見せた、だらしのない表情と声。

目を閉じてもそれらの光景は絶えず再生された。

そのため眠ることもできず、いつしか雛乃は記憶に支配されていく。

 あのとき感じ、トイレでも同様に感じた快美感。

穏やかな性格であり、激しく感情が起伏するような経験もこれまでなかった雛乃にとって、

あの、全身が痺れるような感覚はあまりに鮮烈だった。

夕方の記憶と相まって、時間が経過しても忘れるどころかよりはっきりとした輪郭を帯びていく。

 姉が触られていた場所。

 龍麻が触っていた場所。

一秒ごとに高まる欲求に、雛乃は懸命に抗った。

触ってはいけない。

せめて、あの液体が何なのか、調べるまでは。

けれども、否定は疑惑を生み、欲望を育む。

今も濡れてしまっているかもしれない。

このまま眠ったら、朝には布団まで濡らしてしまっているかもしれない。

何かの病気だったなら。

ひとつ否定するたびにわき上がる新たな疑念に、雛乃は涙さえにじませる。

姉に相談したい。

こんな時、姉ならきっと答えを知っているか、でなくとも雛乃を安心させてくれる。

でも、今回はその姉が原因かもしれないのだ。

 葛藤し、困惑した雛乃は、とうとう股間に手を伸ばした。

ほんの少し触ってみるだけだ。

どうにもなっていないことを確かめるだけ。

そう自分に言い聞かせ、それでも直接触るのはやはり怖く、下着の上から秘裂をなぞってみた。

 湿り気はない、けれど。

安堵と同時に感じた、あの甘い律動。

縮こめていたせいか、足の先にまでしっかり伝わった、心地良い痺れ。

それは生まれてからこれまで、自慰すらしたことのない雛乃にとって、

初めての肉の悦びだった。

穢らわしい、と自分を叱咤しつつも、もう一度触れようとする指を止められない。

あと少しだけ、もう一度だけ、と離れる指に語りかけ、再び足の間へと導く。

次第に指は意志を離れ、女の部分から離れなくなっていた。

 そうして何度か割れ目をなぞっているうち、指の腹が熱くなってくる。

指が熱くなっているのではない、と気づいたとき、雛乃の口がひとりでに開いた。

「……っ、ふ……」

 布団の中にこもった呼気は、夕方耳にした姉のそれと驚くほど似ていて、雛乃は愕然とした。

姉のあの声は、あくまでも龍麻が発させていたと思っていた箱入りの少女にとって、

一人で出してしまった声は、自分が姉、ひいては他人と違うのではないかと怯えるに

充分なものだった。

 慌てて指を抜いた雛乃は、いっそう身体を丸める。

恐怖に疲れて眠ってしまうまで、掴んだ布団を決して離そうとはしなかった。

 

 翌日、雛乃は龍麻の家に赴いていた。

学校が終わると姉に見つからないように急いで下校し、帰宅せずに直接新宿区へ向かったのだ。

授業中ずっと悩み続け、行くことを決めたのは最後の授業が終わってからだから、

龍麻がいるかどうか確認もしていない。

雛乃自身も、新宿に着いてからも行くべきかどうか、数歩ごとに迷うありさまで、

今時珍しい腰に届く黒髪の少女が不思議な足取りで歩く姿は、

通行人の視線を集めずにおかなかった。

雛乃はそれらの視線に気づきもせず、葛藤と逡巡を両足に引きずらせているうちに、

いつのまにか龍麻の家に着いていた。

 一度だけ呼び鈴を押して、居なければすぐに帰ろう――

しかし、弱気をあざ笑うように龍麻は帰ってきていて、すぐに玄関に現れた。

「あれ、雛乃じゃないか。どうした?」

 龍麻の声も表情も、仲間を率いて戦うにふさわしい静かな自信と快活に満ちていて、

自分が来た理由との落差に雛乃は内心で怯む。

だが、ここまで来たら帰れないと、勇気を出して顔を上げた。

「お、お話があります……お時間を、いただけないでしょうか」

「……ああ、それじゃ、中に」

 怪訝そうな顔をしながらも、龍麻は家へと招く。

雛乃は異界への門をくぐるような面持ちで、後に続いた。

「どうしたんだ?」

 突然の訪問に何かを察したのか、龍麻は飲み物を用意すると前置きなしで訊いてきた。

雛乃も飲み物に手をつけず、姿勢をただすと一気に核心を突いた。

「昨日のことなのですが」

「……ああ」

 それだけで諒解したらしく、龍麻は苦笑いを浮かべた。

動転しない龍麻に、雛乃は怒りがこみあげてくる。

「姉様をたぶらかさないでください」

「一応、合意の上なんだけどな」

「姉様は、そのようなふしだらな女性ではありません」

 語勢を強めた雛乃だったが、龍麻は愉快そうに雛乃を見るだけで

一切謝罪をしようとはしなかった。

幾重もの怒りに衝き動かされ、雛乃はむしろ声を低めた。

「姉様は緋勇様に……騙されているのです」

 他人を貶めるようなことを雛乃が言うのは、これが初めてだった。

恥ずかしいとは思わなかった。

龍麻はそれだけのことをしたのだから。

 罵倒にようやく多少は感じ入ったのか、龍麻が表情を改める。

だが、それは楽観に過ぎなかったと、すぐに雛乃は思い知らされた。

「雪乃が騙されたかどうか、試してみるか?」

「どういう……ことですか?」

「俺が雪乃にしていることを、雛乃にもする。

それで雛乃の気持ちが変わったら、雪乃は騙されてないってことさ」

「……それは……!!」

 緋勇龍麻という男が雛乃には鬼に見えた。

これまでおよそ俗世間の穢れというものに触れたことのない雛乃にとって、

龍麻の提案はあまりにも下劣に聞こえた。

「別に嫌なら無理にとは言わない。ただ、騙したとまで言うなら、

それが本当かどうか確かめる義務はあるんじゃないか」

「それは……」

 そんな義務などありはしない。

そう突っぱねて、ひたすら姉と龍麻の交流を断ち切ることに

尽力するべきなのかもしれない。

けれども、頑なに断れないだけの心の隙が雛乃には生じていた。

 ひとつには、姉の様変わり。

 ひとつには、昨夜の不思議な感覚。

 興味、とまでもいかないささいな関心ではあっても、

天の岩戸は確かに指がかかるだけ動いてしまっていた。

「で、でもわたくしは、神社の娘として純潔は守らなければなりません」

「雪乃だって純潔は守ってるさ」

「……?」

 男女の行為というのはそういうものだと思っていたから、

姉が純潔を保っているというのは意外だった。

ただ、その手の話を小耳にも挟んだことがない雛乃は、

それがどういう意味なのかは疑問に思わなかった。

「それじゃ……そうだな、二週間。その間平日は学校が終わってからと、

休日は朝から俺の家に来て過ごす。それで雛乃が最後までこういう行為を受けいれられなかったら、俺は雪乃から手を引く。それでどうかな」

「は……はい、承知しました」

 もっと良い条件や、他にやりようはあったのかもしれない。

けれども雛乃は龍麻の提案を受けいれた。

姉を一刻も早く解放したかったから。

姉は間違った道を進もうとしており、それに気づき、

正しい道へと導くことができるのは自分を置いて他にはいないのだから。

淫らな悦びになど絶対に屈さない。

そして愛は肉欲に勝るのだと、この不誠実な男に教えてやるのだ。

 白皙の頬を決意に染めて頷いた雛乃に、龍麻は小さく手を打った。

「よし。今日来たことは、雪乃には?」

「いえ……話しておりません」

「それじゃ、話さない方がいい?」

「……はい、できれば」

 龍麻は腕を組み、左手を顎に当てて少し考えこんだ。

その仕種はさまになっていて、彼が誠実であれば姉様を託すに何の不満もなかったのに、

と雛乃は内心で思う。

だがとにかく、矢はつがえられた。

雛乃が修めている弓道は、命中や勝利を最終の目標とするわけではないが、

今回はなんとしても勝たなければならないのだ。

 緊張を湛える雛乃の、背筋が自ずと伸びる。

「ま、二週間くらいならごまかせるだろ。……ああ、先に言っておくけど」

「なんでしょうか」

「俺は無理強いはしたくない。だから本当に嫌になったらそう言ってくれればすぐ止める。

でも、そうなった時点で勝負は俺の勝ち、雪乃とはこれからも会う。二度目の勝負もない」

「……はい、承知いたしました」

 覚悟はしていたといえ、先手を打たれた形となって、雛乃はわずかに動揺した。

「ですが、本当にその……じゅ、純潔は守って」

「それは大丈夫」

 龍麻は断言したが、直後に一瞬だけ意味ありげな形に唇が歪んだのを、雛乃は見てしまった。

自分はもしかしたら、好んで虎穴に入ってしまったのではないか――

だが、もう引き返すことはできない。

鬼が出ようと蛇が出ようと、進むしかないのだ

――たとえ、灯りすら持っていなかったとしても。

 

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