※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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91話

 世界は、死んだような静寂に包まれていた。

 かつてネオンが輝き、喧騒に満ちていた都市は、今やモノクロームの墓標と化している。

 ビルも、アスファルトも、そして行き交う人々も、すべてが灰色の石像となり、時を止めている。

 風だけがヒューヒューと吹き抜け、石化したサラリーマンの彫像の間を、虚しく舞う塵埃。

 大悪魔怪人・ヤシロがもたらした『強制業務停止』は、文字通り世界を止めてしまったのだ。

 

 だが。

 この死に絶えた世界において、唯一、極彩色の「生」が脈打つ特異点が存在した。

 とある場所にある、開発から取り残されたような古い住宅街の一角。

 築数十年の木造古民家。

 悪の組織・極東支部のアジトにして、黒野改蔵の実家である。

 

 ヤシロによって破壊された壁の大穴には、ホームセンターで買ったブルーシートが張られ、貧乏くさくバタバタと風に煽られている。

 しかし、その内側からは、世界を覆う「虚無」を跳ね返すほどの、濃厚で暑苦しい「欲望」の熱気が立ち上っていた。

 

「……おーい、誰か醤油取ってくれ。餅につけるやつ」

「はいはい、どうぞぉ。あ、私の分も焼いてくださいねぇ」

 

 六畳間の中心、こたつ。

 そこは、世界の終わりなどどこ吹く風の、堕落した日常が維持されていた。

 黒野改蔵は、こたつで丸くなりながら切り餅をストーブの上で焼いていた。

 その周りには、いつものメンバ──―イスズ、マナ、メイ、クルミがいる。

 彼女たちは、改蔵の強大すぎる性欲(生体エネルギー)と、この家に染み付いた「怠惰」の結界によって、ヤシロの石化呪いから守られていたのだ。

 

「外、静かですねぇ。……本当に世界が終わっちゃったんですかぁ?」

 マナがみかんを剥きながら窓の外を見る。

 ブルーシートの隙間から見える景色は、灰色一色だ。

 

「……通信、全滅。ネットも繋がらない。……完全にオフライン」

 クルミがノートPCを叩きながら呟く。

「でも、電気と水道はまだ生きてますから、生活には困りませんわね」

 イスズがお茶を啜る。

 

「まあな。世界がどうなろうと、ここが俺の城だ。誰にも邪魔はさせん」

 改蔵が焼けた餅を頬張ろうとした、その時だった。

 

 ドガァァァァァァン!!! 

 

 ブルーシートが激しく破られ、何かが部屋の中に飛び込んできた。

 

「く、黒野君──ッ!! 助けてくれぇぇぇッ!!」

 

 転がり込んできたのは、煤と泥にまみれた中間管理職、サイトウだった。

 彼はボロボロのスーツ姿で、背中には風呂敷包みを背負い、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。

 

「うわっ!? 汚ねえな! 土足で上がるなよ!」

 改蔵が餅を取り落とす。

 

「そ、そんなことを言っている場合か! 本部が! 本部が全滅したんだぞ!?」

 サイトウが改蔵の足に縋り付く。

 

「見てくれ、この惨状を! 我が悪の組織の誇る、最強の幹部たちの成れの果てだ!」

 

 サイトウが震える手で、背中の風呂敷を解いた。

 ゴロン、ゴロン……。

 畳の上に転がったのは、数個の「置物」だった。

 

 威嚇するようなポーズで固まった、手のひらサイズの(ヴォルグ)

 金貨を抱えて驚愕の表情を浮かべた、陶器のような豚の貯金箱(ミミガー)

 鍋とお玉を構えたまま凝固した、食玩のような多腕の魔人(ミソスー)

 そして、玉座に座ったまま文鎮のようになった、威厳ある首領・大悪魔。

 

「……なんだこれ。フィギュアか?」

 改蔵が狼の置物をつまみ上げる。

 

「本物だ! ヤシロの『資産凍結』や『強制入院』によって、圧縮・石化されてしまったのだ! あの強大だった四天王たちが、こんなメルカリで売れそうなサイズに……!」

 サイトウが号泣する。

 

「うわぁ、かわいいですぅ。これ、玄関に飾りましょうよぉ」

 マナがミミガー(貯金箱)を突っつく。

「……コレクション性、高い」

 クルミが写真を撮る。

 

「遊ぶな! とにかく、ここしか安全な場所がないんだ! 私を匿ってくれ!」

 サイトウが叫んだ直後。

 

 ズドォォォン! ガシャァァァン! 

 さらに窓ガラスが割れ、玄関の戸が吹き飛んだ。

 

「マスタ──ーッ!! 会いたかったよぉぉぉッ!!」

 

 ピンク色の弾丸のような影が飛び込んできた。

 ウサ耳リボンにバニースーツ、網タイツの美少女。

 ウサギ怪人のウナだ。

 

「うわっ!?」

 改蔵が反応する間もなく、ウナがタックル気味に抱きつき、そのまま押し倒した。

 

「怖かったよぉ! 外の世界、みーんな石になっちゃって! 寂しかったの! 怖かったの! だからエッチして! 今すぐ慰めてぇぇッ!」

 ウナは涙目で改蔵の顔を舐め回し、腰を高速でグラインドさせる。

 相変わらずの万年発情期だ。

 

「おい、離れろ! 餅が喉に詰まるだろ!」

 改蔵が引き剥がそうとするが、ウナの怪力は凄まじい。

 

「ちょっと! 抜け駆けはズルいわよ!」

 

 続いて入ってきたのは、ボロボロの衣装を纏ったアイドル、ミスティ(石川カスミ)だ。

 彼女は肩で息をしながら、切羽詰まった表情で改蔵に詰め寄る。

 

「私のファンが全員石になっちゃったのよ! 誰も私を見てくれない! 誰も私にエールを送ってくれない! ……魔力が、切れそうなの」

 ミスティがガクりと膝をつき、上目遣いで改蔵を見上げる。その瞳は渇望で濁っていた。

「早く……充電して。私を満たしてよ、マスター」

 

「お腹すいたー!」「おじさーん!」

 

 さらに、金髪と銀髪の双子、ルイーズ&マリーが台所へ侵入し、冷蔵庫を漁り始めた。

「ああっ! それは私のとっておきのプリンですわよ!?」

 イスズが悲鳴を上げて追いかける。

「うるさいわね。私たちは避難してきてあげたのよ」

「おじさん、ネジ巻いて。動けない」

 双子は人形のような無表情ながら、改蔵への独占欲を露わにして両脇を固めようとする。

 

「……Wi-Fi……。ここ、Wi-Fi生きてる?」

 

 ヨレヨレのジャージ姿で、目の下にクマを作った少女、ネムが入ってきた。

 彼女は挨拶もそこそこに、クルミのいる押し入れへと直行する。

「……侵入者。私の聖域(サーバー室)に入らないで」

「……回線貸して。配信できないと死ぬ」

 引きこもり同士の、静かで陰湿な領土争いが勃発する。

 

「あらあら、患者さんがいっぱいですね♡ トリアージが必要かしら?」

 

 白衣にナース服の美女、レンが巨大な注射器を引きずって現れた。

「サイトウさん、顔色が悪いですよ? 胃洗浄しましょうか? それとも開腹手術?」

「ヒィッ! 近寄るな! 私は健康だ!」

 サイトウが逃げ惑う。

 

「ふふ。随分と賑やかね。……混ぜてもらえるかしら?」

 

 最後に、妖艶な黒髪の美女、ユキが濡れたような瞳で部屋に入ってきた。

 彼女が歩くだけで、部屋の中に濃厚な雌の匂いと、淫靡な空気が充満する。

 

 六畳一間。

 定員、明らかにオーバー。

 人口密度は満員電車並み。

 酸素濃度、低下中。

 

「……狭い。狭すぎる」

 

 改蔵は、ウナに首を絞められ、ミスティに迫られ、双子に腕を引っ張られながら呻いた。

 

 かつて静寂と怠惰に満ちていた彼のサンクチュアリは、今や「悪の組織・難民キャンプ」と化していた。

 女たちの香水の匂い、お菓子の匂い、サイトウの加齢臭、そして熱気が混ざり合い、カオスな空間を作り出している。

 

「ええい、静かにしろ! 俺の家だぞ!」

 改蔵がちゃぶ台を叩く(が、その上には既に四天王のフィギュアが置かれていて叩けない)。

 

「マスター、だって外は寒いんだもん!」

「ここしか居場所がないのよ!」

「お腹すいたー!」

「エッチしよー!」

 

 怪人たちの要求が四方八方から飛んでくる。

 彼女たちは皆、ヤシロの「虚無」から逃れ、本能的に「欲望の塊」である改蔵の元へ集まってきたのだ。

 改蔵は、彼女たちにとっての唯一の熱源(ライフライン)だった。

 

 プシュン。

 

 その時、部屋の電気が消えた。

 こたつの赤い光も、ふっと消える。

 

「あ」

「消えた」

「停電?」

 

「……電力供給、ダウン。……発電所の職員も石化した模様」

 クルミがスマホのライトを点けて報告する。

「……水道も、ガスも、順次停止する見込み。インフラ全滅」

 

 沈黙が流れた。

 電気がない。

 暖房がない。

 ゲームができない。

 お湯が沸かせない。

 シャワーも浴びられない。

 

「……おい。ふざけんなよ」

 

 暗闇の中で、改蔵の声が響いた。

 それは、これまで聞いたことがないほどドスの利いた、本気の怒りの声だった。

 

「ヤシロの奴……。俺の実家を壊し、俺の平和を乱し、挙句の果てに……」

 

 改蔵が立ち上がる。

 その身体から、怒りの魔力が紫色の炎となって立ち上り、闇を照らした。

 その光に照らされた彼の顔は、世界征服を企む悪の首領そのものだった。

 

「俺のライフライン(文明的な生活)まで奪いやがったなァァァッ!!」

 

 彼は怒髪天を衝く勢いで叫んだ。

 正義のためでも、世界のためでもない。

 ただ、「こたつでぬくぬくできない」「テレビが見れない」「風呂に入れない」という、己の欲望を阻害されたことへの純粋な怒り。

 

「許さん! 絶対に許さんぞ、あの社畜女!」

 

 改蔵は拳を振り上げた。

 その迫力に、騒いでいた怪人たちも静まり返る。

 

「お前ら! 飯が食いたいか! 風呂に入りたいか! スマホを使いたいか!」

 

「「「使いたい──!!」」」

 全員が叫ぶ。

 

「なら、やることは一つだ! ヤシロをぶっ飛ばして、電気と日常を取り戻すぞ!」

 

「おぉ──っ!!」

 ウナが拳を突き上げる。

「マスターとエッチできるなら何でもする!」

「私のステージを取り戻すわ!」

「ネット回線のために!」

「プリンのために!」

「おじさんのためなら!」

 

 目的はバラバラ。

 動機は不純。

 だが、その瞬間、六畳間に集った「欲望」のエネルギーは、石化した世界を溶かすほどの熱量を持って一つになった。

 

「サイトウ! お前もだ! 年金取り戻したいんだろ!」

 

「は、はいっ! 働きます! 事務でも雑用でも何でもします!」

 サイトウが直立不動で敬礼する。

 

「よし。……まずはこの狭さを何とかするぞ。マナ、ユキ! 近所のコンビニ(石化中)から食料とカイロを強奪してこい!」

「了解ですぅ!」

「あら、略奪? 得意分野ね」

 

「イスズ、レン! 炊き出しの準備だ! カセットコンロはある!」

「はいはい、任せてくださいな」

「栄養剤も混ぜておきますね♡」

 

「クルミ、ネム! ヤシロの居場所と弱点を解析しろ!」

「……了解」

「……やってやる。私のランクマを邪魔した罪は重い」

 

 改蔵の号令一下、悪の組織の残党たちが動き出した。

 世界で最後の砦。

 それは、欲望とカオスが渦巻く、日本の古い六畳一間だった。

 ここから、世界を取り戻すための、最低で最高の反撃が始まる。

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