※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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93話

 雪が降り積もる灰色の朝。

 世界は死んだように静まり返っていたが、東京の片隅、ブルーシートで壁の穴を塞いだだけの築数十年の木造アジトは、かつてない人口密度と、むせ返るような熱気に包まれていた。

 

 六畳一間。

 そこに、悪の組織の怪人、幹部(フィギュア状態)、そして正義のヒーローたちが寿司詰めになっているのだ。

 酸素濃度は薄く、二酸化炭素とフェロモンと生活臭が充満している。

 足の踏み場もない畳の上で、昨日の敵同士が膝を突き合わせ、深刻な顔でちゃぶ台を囲んでいた。

 

「……解析完了。ヤシロの城、『デモンズ・オフィス』の構造データを投影する」

 

 押し入れのサーバー(万年床のすぐ横)から、ハッカー怪人クルミと、ゲーマー少女ネムが同時に声を上げた。

 二人は性格も能力も似通っており、一晩で奇妙なシンパシーを感じてタッグを組んでいた。

 ちゃぶ台の中央に、ホログラム映像が浮かび上がる。

 

 そこに映し出されたのは、都心の高層ビル群が飴細工のようにねじれ、融合して生まれた巨大な魔城の全貌だった。

 下層部は満員電車のように押し潰されたビルが土台となり、中層部は迷宮のように入り組んだオフィスフロアが螺旋を描き、そして雲を突き抜ける最上階には、支配者の象徴である巨大な社長室が鎮座している。

 

「……うわぁ。見るからにブラックな建築様式ですねぇ。窓がないですよぉ」

 小悪魔マナが、ヒーローたちから差し入れられた乾パンをかじりながら感想を漏らす。

 

「……真正面から行くと即死。エントランスには『過労死』概念が強力な結界として張られてる。……触れた瞬間に精神が摩耗して、勤労意欲だけの石像になる」

 ネムが淡々と絶望的なデータを読み上げる。

 その言葉に、部屋に集まったヒーローたちからどよめきが起きた。

 

「そんな……。近づくことすらできないのか」

 ジャスティンレッド(赤城)が拳を握りしめる。

「物理攻撃が通じない相手に、どうやって挑めばいいんだ……」

 ブルー(青野)が眼鏡の位置を直しながら呻く。

 

 絶望的な空気が流れる中、一人の男が欠伸をした。

 

「ふん。正面突破が無理なら、搦め手を使えばいいだけだろ」

 

 黒野改蔵が、こたつの上座(一番暖かい場所)で腕を組んで言った。

 彼の前には、サイトウが背負ってきた風呂敷が広げられ、「四天王のフィギュア」が並べられている。

 

「それよりレン。いつまでこいつらを寝かせておく気だ? 戦力外通告するぞ」

 

「あら、気が短いですね院長(マスター)。今ちょうど、『特製蘇生薬』の調合が終わったところですよ」

 

 医療怪人レンが、怪しく光るピンク色の液体が入った巨大な注射器を持って現れた。

 白衣を翻し、慈愛に満ちた(しかし狂気を孕んだ)笑顔で、フィギュアたちを見下ろした。

 

「私の魔力と、院長の『濃厚な体液』をミックスしたスペシャルブレンドです。これを注入すれば、石化圧縮された細胞を活性化させ、一時的にですが元の姿に戻れるはずです」

 

「……俺の体液?」

 改蔵が眉をひそめる。

 

「ええ。昨夜たっぷりと『採取』させていただきましたから♡ 精製するのに苦労しましたよ?」

 レンが舌なめずりをする。

 その意味深な言葉に、イスズとメイが「ああっ! ずるい!」と声を上げるが、今はそれどころではない。

 

「さあ、目覚めの時間ですよ。お寝坊さんたち」

 

 レンは迷いなく、手のひらサイズのヴォルグ(狼の置物)の尻に、太い針を突き刺した。

 

 ブスリ! 

 

 ポムッ!!! 

 

 白煙が上がり、部屋の空気が振動する。

 煙の中から現れたのは、筋骨隆々の人狼、ヴォルグだった。

 ただし、狭い六畳間で巨大化したため、悲劇が起きた。

 

「グオオオオオッ! 貴様ァッ! ヤシロォォォッ!!」

 

 ヴォルグはいきなり咆哮し、立ち上がろうとして天井に頭を強打した。

 

 ドガン! バキッ! 

 

「痛っ!? ……む? 天井が低い? ここはどこだ? 余はフィギュアにされたはずでは……」

 

 ヴォルグが頭を押さえてうずくまる。

 続いて、ミミガー(豚の貯金箱)とミソスー(食玩)にも注射される。

 

 ポンッ! ポンッ! 

 

「ブヒィッ! 私の金は!? 資産は無事かブヒ!? 株価はどうなったブヒ!?」

 ミミガーが慌ててスマホ(圏外)を確認する。

「あら? お鍋が……大きくなってますわ? 夢じゃありませんのね?」

 ミソスーが六本の腕を動かして状況を確認する。

 

 三人の幹部が復活した。

 しかし、彼らが目にしたのは、玉座の間ではなく、生活感あふれる六畳間と、そこにひしめく「宿敵」たちの姿だった。

 

「ジャ、ジャスティンジャー!? なぜ貴様らがここにいる!」

 ヴォルグが瞬時に反応し、爪を構える。

「まさか、組織が乗っ取られたのか!?」

 赤城たちも反射的に身構え、狭い部屋で一触即発の空気が流れる。

 

「やめとけ、ワンちゃん。今は喧嘩してる場合じゃねえ。ハウスだ」

 

 改蔵がドスの利いた声で制した。

 ヴォルグがギロリと改蔵を睨む。

 

「黒野……! 貴様、何様のつもりだ! 我々は悪の組織の誇り高き四天王だぞ! 下級支部長ごときが、余に命令するな!」

 

「その『悪の組織』が倒産したんだろうが。……今のテメェらは、俺に拾われたただの無職だ。住所不定無職の野良犬だ。文句があるならフィギュアに戻ってメルカリに出品するぞ。『中古品・傷あり』でな」

 

 改蔵が冷たく言い放つ。

 ヴォルグが言葉に詰まる。

 悔しいが、正論だ。彼らはヤシロに敗北し、全てを失ったのだ。

 ミミガーが泣き崩れる。

「無職……! 私のキャリアが……! 退職金も出ないなんてブヒ……!」

 

「……フン。分かった。今回だけは貴様の指揮に従ってやる。だが、勘違いするなよ。これはヤシロへの復讐のためだ。あの女に、労働の対価(痛み)を支払わせてやる!」

 

「交渉成立だな。……よし、全員聞け!」

 

 改蔵が立ち上がり、ちゃぶ台の上に立った(場所がないため)。

 部屋にひしめく怪人、ヒーロー、幹部たちを見渡す。

 史上最大にして最低の、呉越同舟連合軍。

 目的は一つ。

「日常」を取り戻すこと。

 

「作戦名は『プレミアム・フライデー』だ」

 

「……は?」

 キリハが呆れた声を出す。

「今日は水曜日よ? しかも朝の9時だわ」

 

「関係ねえ。ヤシロのふざけた『無限残業地獄』を終わらせて、世界中の人間に『早上がり』をさせてやるんだ。……定時より早く帰って、ビール飲んで、風呂入って、セックスして寝る。それが俺たちのゴールだ」

 

 改蔵はニヤリと笑い、ホワイトボード(どこから出したのか)にチーム編成を書き殴った。

 字が汚くて読みにくいが、気迫だけは伝わってくる。

 

「ヤシロの城は階層構造だ。各階層を適材適所で攻略し、最上階を目指す。編成は以下の通りだ! 文句は受け付けん!」

 

 ***

 

【チーム編成発表】

 

 1.空軍(陽動班)

 メンバー:覆面ライダー、ジャスティングリーン

 役割:上空からの派手な攻撃で敵の注意を引きつけ、本隊への攻撃を逸らす。

 

「空軍? 私のバイクは空を飛ばないぞ」

 ライダーが真顔で手を挙げる。

「安心しろ。物理法則を無視したジャンプ力と、お前の『根拠のない自信』があれば、それはもう飛行だ」

 改蔵が適当に答える。

「なるほど! 理解した! 私の熱い魂が重力を凌駕するということだな!」

「……不安しかない。俺、生きて帰れるかな」

 グリーンが頭を抱える。

 

 2.第一班(突破班)

 メンバー:ヴォルグ、ジャスティンレッド、ジャスティンブルー、ウナ(兎怪人)

 役割:正面ゲート(の裏口)を物理的にこじ開け、最短ルートを切り開く特攻隊。

 

「俺が先陣か。……フン、悪くない。一番槍は余に相応しい」

 ヴォルグが爪を鳴らし、獰猛に笑う。

「背中は預けるぞ、狼男。……裏切ったら斬る」

 赤城(レッド)が睨みつける。

「フン、足手まといになったら喰うぞ、赤タイツ」

「ぴょんぴょん! 一番乗りはウナだよー! 邪魔するやつは蹴っ飛ばすー!」

 ウナが二人の間を飛び跳ね、殺伐とした空気をかき回す。

 

 3.第二班(攪乱班)

 メンバー:ミミガー、マリー&ルイーズ(双子人形)、聖乙女ヒカリ、ネム

 役割:中層階のセキュリティと警備兵を、金と洗脳とハッキングで無力化する。

 

「金なら任せるブヒ! 敵を買収してやるブヒ! 世の中、金で動かない鍵はないブヒ!」

 ミミガーが鼻息を荒くする。

「私たちは歌うだけ。……邪魔しないでね、豚さん。あとでおじさんに褒めてもらうんだから」

 双子が冷ややかに言う。

「……祈ります。どうか、この作戦にかかる経費が、正しく計上されますように」

 ヒカリが現実的な祈りを捧げる。

「……セキュリティ突破は任せて。……クリック一つで地獄を見せてやる」

 ネムが不気味に笑う。

 

 4.第三班(エンタメ班)

 メンバー:ミスティ、天野ユキ、ミソスー、聖剣姫キリハ

 役割:上層階の精神攻撃エリア(ストレスフロア)を、ド派手な「ショー」で上書きし、制圧する。

 

「私のステージね! 最高に輝いてみせるわ! 観客全員、私のファンにしてあげる!」

 ミスティがポーズを決める。

「あら、私も負けてないわよ。……大人の魅力で、骨抜きにしてあげる」

 ユキが妖艶に笑い、触手をうねらせる。

「お腹が空いたら戦えませんからね。戦場の炊き出しはお任せを。フルコースを振る舞いますわ」

 ミソスーがお玉を構える。

「……待て。なぜ私が『エンタメ』なんだ。私は剣士だぞ。歌も踊りもできん」

 キリハだけが納得いかない顔をしている。

「安心しろ。お前は『殺陣(たて)』担当だ。派手に斬りまくって、客を沸かせろ」

 改蔵が適当にフォローする。

「……斬ればいいのか。それなら……まあ、いい」

 

 5.本隊(王様護衛班)

 メンバー:黒野改蔵、五十嵐イスズ、小悪魔マナ、サキュバス怪人メイ、猫怪人ミヤ、医療怪人レン

 役割:改蔵を無傷で最上階へ届ける。

 

「つまり、ハーレム要員ですね」

 マナが嬉しそうに言う。

「当たり前だ。俺は指一本動かさねえぞ。ヤシロの前に着くまではな」

 改蔵が堂々とクズ発言をする。

「はいはい。私たちがしっかりお守りしますよぉ。お弁当も持ちましたし」

 イスズが微笑む。

「マスター。まもる?エッチする?」

 メイが尻尾を振る。

「怪我をしたらすぐ言ってくださいね。その場で手術しますから♡」

 レンがメスを構える。

 

 ***

 

 作戦会議が終わり、アジトの前に全員が集結した。

 雪が舞う中、異形の軍団が整列する。

 かつて殺し合った敵同士が、今は肩を並べている。

 その光景は、奇妙だが、どこか熱い高揚感に満ちていた。

 世界は灰色だが、ここだけは極彩色だ。

 

「いいか、野郎ども! 目的は世界平和じゃねえ!」

 

 改蔵がブルーシートの前で、ビールケースの上に立って叫んだ。

 寒風が彼のステテコを揺らす。

 

「美味い飯! 暖かい風呂! 柔らかい布団! そして気持ちいいセックス! ……それを取り戻すためだけの戦いだ!」

 

 それは、ヒーローが口にするにはあまりに俗物的な演説だった。

 だが、今の彼らの心には、どんな正義の言葉よりも深く刺さった。

 なぜなら、彼らもまた、飢えていたからだ。

 日常という名の、かけがえのない快楽に。

 

「「「おぉ──っ!!」」」

 

 怪人たちが拳を突き上げる。

 ヒーローたちは苦笑いだが、その目には確かな闘志が宿っていた。

 どんなに不純な動機でも、生きるためのエネルギーは嘘をつかない。

 

「サイトウ! 留守番頼んだぞ! 帰ってきたら宴会だ! 寿司とピザ頼んどけ!」

 

「は、はいっ! 経費の計算をして待ってます! 必ず生きて帰ってきてください! 私の再就職先がなくなってしまいますから!」

 サイトウが涙ながらにハンカチを振る。

 

「行くぞッ! 『プレミアム・フライデー』、開始だァァァッ!!」

 

 改蔵の号令と共に、連合軍が動き出した。

 

 ブォン! ブォン! 

 ライダーがバイクのエンジンを吹かす。

 

「空軍、発進! ……こっちだな! 悪の匂いがする!」

「待てライダー! そっちは逆だ! 群馬に行っちまう! デモンズ・オフィスはあっちだ!」

 グリーンが慌ててライダーの肩を掴み、無理やりハンドルを方向修正させる。

 

 ドシドシドシッ! 

 ヴォルグを先頭に、地上部隊が雪を蹴って走り出す。

 ウナが跳ね、ミミガーが転がるように走り、ミスティが飛ぶ。

 

 そして、本隊の中央。

 美女たちに囲まれた輿(どこから持ってきたのか、神輿のようなもの)に乗って、改蔵がふんぞり返って進軍する。

 その姿は、まさに悪のカリスマ。あるいはただの王様気取りのヒモ。

 

「待ってろよ、ヤシロ。……お前のその『虚無』、俺の『欲望』で埋め尽くしてやる」

 

 彼の瞳が、遠くにそびえる黒い魔城『デモンズ・オフィス』を捉え、ギラリと光った。

 世界を取り戻すための、最初で最後の総力戦。

 いざ、開戦。

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