カッ──────!!!
視界を白一色に染め上げるほどの、神々しく、そしてどこか艶めかしい光の奔流が、天空へと突き抜けていく。
黒野改蔵と大悪魔怪人・ヤシロの「魂の結合」によって生じた爆発的なエネルギーは、デモンズ・オフィスという閉鎖された呪いの空間を物理的にも概念的にも粉砕し、雲を裂いて
パリン……パリン……シャラララ……。
それは、世界を覆っていたガラスのドームが砕け散るような、繊細で美しい音色だった。
ヤシロの身を包んでいた、威圧的で禍々しい漆黒のドレスアーマーが、光の粒子となって剥がれ落ちていく。
天を突くように捻じれていた悪魔の角が砂のように崩れ、背中で重く垂れ下がっていたボロボロの翼が、純白の羽毛へと変わり、風に溶けて消えていく。
呪いの武装が解け、その下から現れたのは、魔王ではない。
どこにでもいる、しかしとびきり美しく、そして少し疲れの残る、スーツ姿の女性だった。
彼女は、まるで長い悪夢から目覚めたばかりの姫君のように、呆然とそこに座り込んでいた。
「あ……私、何を……」
ヤシロは、深紅の
その手はもう、氷のように冷たくはない。
改蔵の体温と、彼から注ぎ込まれた膨大な魔力、そして「生」の歓喜の余韻で、指先まで桜色に火照っている。
蒼白だった頬には健康的な紅が差し、瞳からはハイライトを消し去っていた「虚無」が消え失せ、代わりに困惑と、そして微かな羞恥の色が揺らめいていた。
「……おはよう、社長。いや、元・社長か」
頭上から、間の抜けた声が降ってきた。
黒野改蔵だ。
彼はステテコの紐を無造作に締め直し、腹巻の位置を整えながら、だらしなくあくびをした。
世界を救った英雄の顔ではない。
休日の朝、二度寝から覚めてトイレに行こうとする、ただの中年男の顔だ。
「……黒野……さん……」
ヤシロが潤んだ瞳で彼を見上げる。
その視線が、改蔵の下半身を一瞬だけ掠め、すぐにパッと逸らされた。
先ほどの濃密な「儀式」の記憶が、鮮烈に蘇ったのだ。
身体の奥が、まだ熱い。
彼の一部を受け入れた感覚、内側から満たされた重量感が、まだ生々しく残っている。
それは恥ずかしいことのはずなのに、不思議と不快感はなく、むしろ絶対的な安心感となって彼女の存在を支えていた。
「悪い夢は終わりだ。……見ろよ。夜が明けるぜ」
改蔵がニヤリと笑い、顎で壁の向こうを示した。
壁だった場所が光の粒子となって消滅し、そこには遮るもののない東京の大パノラマが広がっていた。
渦巻いていた鉛色の雲が切れ、その隙間から、神々しいほどの朝日が差し込んでくる。
黄金色の光。
それが、死に絶えていた都市を優しく撫で、色を取り戻していく。
***
ザァァァァァ……。
魔城『デモンズ・オフィス』が、朝霧のように消滅していく。
ねじ曲がり、融合していた高層ビル群が、魔法が解けたように元の形へと戻り、整然とした街並みを形成し直す。
ひび割れたアスファルトが修復され、枯れた街路樹に緑が戻る。
そして、路上で、オフィスで、電車内で、彫像のように固まっていた人々にも、劇的な変化が訪れた。
パリッ。ピキピキッ。
石の表面に無数のヒビが入り、内側から温かな肌色が透けて見える。
「……ん……? 俺、いつの間に寝て……」
「……ふわぁ。なんか、すっごくよく寝た気がする……。身体が軽い……」
「……あれ? 肩こりが消えてる……? 腰痛も……?」
人々が次々と目を覚ます。
彼らの顔には、月曜日の朝特有の絶望感や、過労による疲弊の色はない。
まるで、長い長い休暇を終え、温泉にでも浸かった後のような、リフレッシュした晴れやかな表情だった。
改蔵がばら撒いた「
「あれ? 時計が……水曜の朝?」
「えっ、二日間も記憶がないぞ!? 無断欠勤か!?」
「ま、いっか! なんか元気だし! 今日は頑張れる気がする! いや、むしろ休んじゃおうかな!」
街に、生活音が戻ってくる。
車の走行音、電車の発車ベル、人々の話し声、笑い声。
世界に、色が戻ったのだ。
それは、ただの日常の再開ではなく、少しだけ「欲望」に忠実になった、新しい世界の始まりだった。
***
大手町の高層ビル屋上。
消滅した魔城の跡地に、ボロボロになった呉越同舟連合軍が着地した。
風が吹き抜け、戦いの熱気を冷ましていく。
「……終わったのか」
ジャスティンレッド(赤城)が、変身の解けた生身の姿で、昇る朝日を見つめながら呟いた。
全身傷だらけだが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかだ。
彼の横には、同じくボロボロになった仲間たちと、そしてかつての敵である怪人たちが並んでいる。
「フン。当然だ。余が本気を出せばこんなものよ。……まあ、少しは疲れたがな」
ヴォルグが強がるが、その尻尾は安堵でだらりと下がっている。
「私のステージ、最高だったでしょ? 世界中が私の歌声に酔いしれたはずよ」
ミスティが髪をかき上げるが、その手は微かに震えている。魔力切れ寸前だ。
「……まあ、今回は引き分けってことにしておいてやるわ」
キリハが剣を納め、ふいっと顔を背けた。
その口元が、わずかに緩んでいるのを、誰も指摘しなかった。
彼らの間には、言葉にはしないが、死線を共に潜り抜けた者同士の奇妙な連帯感が生まれていた。
だが。
そんな感動的な空気をぶち壊すように、改蔵を中心とした「アジト組」の空間だけは、勝利の余韻とは全く別の、甘ったるく、粘着質なピンク色に染まり始めていた。
「ふぅ……。終わりましたねぇ……。疲れちゃいましたぁ……」
小悪魔マナが、ふらりふらりと千鳥足で改蔵に歩み寄る。
彼女の小悪魔衣装はボロボロで、魔力を使い果たして肌が白くなっている。
だが、その瞳はトロンと蕩け、熱っぽい、そして飢えた視線を改蔵に向けていた。
「改蔵様ぁ……。私、頑張りましたよね? 輿の上でも、戦場でも……いっぱい魔法、使っちゃいました……」
マナが改蔵の胸にコテンと頭を預ける。
甘えるような上目遣い。
彼女の吐息が、改蔵の首筋にかかる。
「魔力、空っぽなんですぅ。……フラフラしますぅ。……緊急の、安定化措置が、必要ですよね?」
「……安定化、な」
改蔵が苦笑する。
言葉の意味など聞くまでもない。
彼女の手は、すでに改蔵の腹巻の下、ステテコのゴムへと伸び、その内側にある熱源を探り当てていた。
「ここでかよ。ヒーローたちが見てるぞ。教育に悪いだろ」
「関係ありませんよぉ。見せつけてやりましょうよぉ。私たちの『愛』の形を。……それに、もう我慢できないんです」
マナが背伸びをし、改蔵の唇を奪う。
チュッ、と濡れた音が響く。
その一瞬で、改蔵のスイッチが入る。
戦いの興奮と、ヤシロとの儀式の余韻。それがまだ彼の中で燻っており、新たな燃料を求めていたのだ。
「……マスター。……わたしも。ずるい」
サキュバス怪人メイが、改蔵の足元に抱きついた。
彼女もまた、先ほどの「捕食」で満たされたはずだが、デザートは別腹と言わんばかりに、悪魔の尻尾をピンと立てて誘っている。
「マスターの、もっとほしい。……おかわり。……あさごはん」
メイが改蔵の太ももに頬ずりし、腰をヘコヘコと擦り付けてくる。
その無邪気で、しかしあまりにも淫らな動きは、発情した小動物の求愛行動そのものだ。
彼女の手が、改蔵の太ももをまさぐり、ズボンの上からでも分かる硬直を確認して、嬉しそうに目を細める。
「あらあら、皆さん仲良しですねぇ。でも、神主様のケアは私の役目ですよ?」
背後から、温かく、そして圧倒的な柔らかさが包み込んだ。
五十嵐イスズだ。
彼女はTシャツ
「神主様、お疲れ様でした。……たくさん出しましたものね。身体が空っぽになって、冷えていませんか? 私が温めて、また満タンにして差し上げますよ」
イスズの手が、マナとは反対側からステテコの中に侵入する。
前後、そして足元からの同時攻撃。
熟練の手つきと、慈愛に満ちた(しかし容赦のない)指使い。
改蔵の剛直は、休息することなく再び屹立し、ズボンの中でテントを張り、脈打ち始めた。
「お、おい……! 待て待て! 順番を守れ! ここは屋上だぞ!」
改蔵が嬉しい悲鳴を上げる。
「順番なんて関係ありません! 早い者勝ちですぅ! いっただきまーす!」
マナが改蔵の首に吸い付き、キスマークを刻む。
「マスター、たべる。……あむッ」
メイが股間に顔を埋め、布越しに噛み付く。
「ふふ。私の神主様。……世界を救ったご褒美、たっぷりと搾り取りますね」
イスズが耳元で甘く囁き、背中から彼を押し倒そうとする。
朝日の下、爽やかなビルの屋上で繰り広げられる、あからさまな
その光景に、その場にいた全員が凍りついた。
「な……な……!」
赤城が顔を真っ赤にして目を逸らす。
「破廉恥な! ここは公共の場だぞ!」
「……でも、あの人たちにとっては、ここが寝室みたいなものなのね……」
キリハが頭を抱える。
そして、ヤシロは。
彼女は顔を真っ赤にして口元を押さえ、指の隙間からその光景を凝視していた。
彼女の中の
(……あの中に入れば……また、あの熱さを……?)
「……さ、行こうか。ここは子供の来るところじゃない」
覆面ライダーが、気まずそうにバイク(奇跡的に無事だった)に跨った。
彼は最後まで状況を勘違いしていたが、これ以上ここにいてはいけないこと、自分はお邪魔虫であることだけは、野生の勘で察したようだ。
「……ああ。そうだな。見なかったことにしよう」
赤城も同意し、仲間たちを促す。
「悪の組織……。とんでもない連中だったな」
「でも、彼らのおかげで世界は救われた。……認めたくはないが、あの欲望の強さだけは本物だ」
ブォン!
ライダーが走り去り、ジャスティンジャーたちも跳躍して去っていく。
屋上には、悪の怪人たちと、欲望に忠実な一人の男、そして彼を愛し、貪る女たちだけが残された。
「ああんッ! マスター! そこぉ! 朝から激しいですぅ! ビクビクしてますぅ!」
「んむッ! おおきい! まだ大きくなる! わたしの口、いっぱい!」
「神主様、愛しています……! もっと、奥まで……! 私の
嬌声が朝の空に溶けていく。
衣擦れの音、水音、そして荒い息遣い。
それは、平和の象徴であり、彼らの「日常」の完全なる復活を告げるファンファーレだった。
「……ったく。騒がしい日常が戻ってきやがったな」
改蔵は、女たちに揉みくちゃにされ、押し倒されながら、眩しい空を見上げた。
青く澄み渡る空。
そこには、もう絶望の色はない。
あるのは、どこまでも続く「欲望」という名の、底なしの希望だけだ。
「ま、退屈よりはマシか! ……行くぞお前ら! 第二ラウンドだ! 全員まとめて相手してやる!」
「「「はーいッ♡」」」
世界に色が戻った朝。
悪の組織・極東支部は、今日も性欲全開で、最高にくだらなく、最高に幸せな活動を開始したのだった。
そして、その輪の外で、ヤシロがおずおずと、しかし確実に、改蔵の方へと一歩を踏み出していた。