季節は巡り、柔らかな陽射しが降り注ぐ季節。
世界を灰色に染め上げた『強制業務停止』の悪夢から数ヶ月が経過していた。
人々は石化から解き放たれ、再び満員電車に揺られ、残業に追われ、しかし以前より少しだけ「休むこと」や「楽しむこと」に貪欲になった日常を謳歌していた。
そんな平和な日本の、とある片隅。
開発から取り残された古い住宅街に建つ、ツギハギだらけの木造古民家。
悪の組織・極東支部のアジトである。
六畳一間。
そこは、季節外れのこたつを中心とした、酒池肉林の魔窟と化していた。
「ますたー、あまい。……ぺろぺろ」
「ああんっ! メイちゃんズルイですぅ! 私の場所ですぅ!」
こたつの中心、主である黒野改蔵は、すでに埋もれていた。
彼の右腕にコアラのようにしがみつき、二の腕を甘噛みしているのはサキュバス怪人メイ。
そして左腕を独占し、改蔵の肩に頬ずりをしているのは小悪魔マナだ。
二人は片時も改蔵から離れようとしない。
トイレに行く時も、風呂に入る時も、そして寝る時も、常にこの「定位置」を死守しているのだ。
「……おい、メイ。歯を立てるな。魔力ならさっきあげただろ」
「たりない。……おかわり。……ちゅ」
「もう! マスターを齧らないでください! ……マスター、私の頭撫でてくださいぃ。尻尾の付け根もぉ」
改蔵は両手の自由を奪われながら、器用に足の指でリモコンを操作していた。
平和だ。
世界を救った
ドタドタドタッ!
ガララララッ!
そこへ、玄関の引き戸が乱暴に開け放たれた。
「マスタ──ーッ! ただいまぁぁぁッ!!」
飛び込んできたのは、トップアイドル・石川カスミこと、魔人ミスティだ。
彼女は煌びやかなステージ衣装のまま、息を切らして玄関に倒れ込んだ。
テレビで見せる完璧な笑顔はどこへやら、その顔は禁断症状に震え、瞳は完全に濁っている。
「はぁ、はぁ……! 収録、長すぎ……! もうダメ、ガス欠……!」
彼女は床を這いずり、改蔵のもとへ殺到する。
そして、マナとメイの間──つまり股間──に顔を埋めようとする。
「早く……! 注入して! 濃いやつ、満タンにお願い!」
「ギャーッ! オバサンが来たですぅ! シッシッ!」
マナが尻尾でミスティを叩く。
「わたしのえさ。……とるな。シャーッ」
メイが威嚇する。
「誰がオバサンよ! 私は国民的アイドルよ! ……あぁん、もう我慢できない! いただきまぁす!」
「待ったー! そこはウナの指定席だもん!」
さらに背後から、ピンク色の弾丸が飛んできた。
ウサギ怪人のウナだ。
彼女は「戦闘員A」としての任務を完全にボイコットし、一日中アジトに入り浸っている。
バニースーツ姿のまま、改蔵の背中にドスンと馬乗りになり、腰を高速でグラインドさせ始めた。
「マスターはウナの椅子なの! 今日こそ子作りするの!」
「重い! 降りろウサギ!」
改蔵が呻くが、ウナの怪力には勝てない。
前後左右、そして上から。
改蔵は完全に美少女怪人たちに包囲され、身動きが取れなくなっていた。
そんな喧騒をよそに、押し入れの襖がスッと開いた。
中は青白いLEDライトで照らされ、無数のモニターが並ぶ要塞と化している。
「……うるさい。配信に乗る」
ネムがヘッドセットをつけたまま顔を出した。
その隣には、ハッカー怪人のクルミも並んで座っている。
二人は前回の戦いで意気投合し、今や最強の「引きこもりゲーマーコンビ」として、アジトの押し入れを占拠していた。
「……あ、リスナーさん。これ、
「……今日の晩御飯、ピザ頼んでいい? 経費で」
彼女たちは完全にここを実家として認識しているようだ。
「おや、随分と賑やかですねぇ」
玄関から、妖艶な香りと共に二人の美女が現れた。
医療怪人レンと、イソギンチャク怪人ユキだ。
彼女たちは今や、再建された悪の組織本部の医務室と慰安室を取り仕切る、「裏の女帝」として君臨している。
「本部の仕事が早く終わったので、来ちゃいました♡」
レンが巨大な注射器を置く。
「院長。今日の検診のお時間ですよ? 前立腺のマッサージ、念入りにしましょうね。……ウナちゃん、どきなさい。そこは私の診察台よ」
「私も混ぜてちょうだい。……最近、若い男の精気じゃ物足りなくて」
ユキが舌なめずりをして、改蔵の足首に触手を絡ませる。
「おじさーん! 見て見てー!」
さらに、窓から双子の人形、マリー&ルイーズが飛び込んできた。
彼女たちの手には、自分たちを模した可愛らしいぬいぐるみが握られている。
「私たちのグッズ、今月の売り上げナンバーワンよ!」
「バカ売れ。印税ガッポガッポ」
彼女たちは組織のマスコットキャラクターとして大ブレイクし、その可愛らしい見た
「だから褒めて。頭撫でて。あと充電して」
双子が改蔵の膝の
「重いですぅ! 潰れるですぅ!」
「くうきよめ。……じゃま」
「にゃ〜ん。ただいまにゃ〜」
最後に、猫怪人ミヤが縁側から入ってきた。
口には大きな
彼女は自由気ままな野良猫ライフを楽しみつつも、食事と寝床は必ずここに戻ってくるのだ。
ミヤは魚を置くと、人間の姿に戻り、改蔵の足の間に丸くなって喉を鳴らし始めた。
六畳一間。
人口密度、限界突破。
美女、美少女、怪人たちがひしめき合い、その中心にいる改蔵を取り合っている。
熱気と、甘い匂いと、喧騒が渦巻くカオス。
「……おーい。誰か醤油取ってくれ。……あと、誰か俺の酸素を確保してくれ」
改蔵は窒息寸前だった。
だが、その顔は満更でもない。
「はい、どうぞ神主様」
台所から、エプロン姿の五十嵐イスズが現れ、甲斐甲斐しく醤油皿を差し出した。
彼女は、マナやメイのように四六時中改蔵にへばりつくわけではない。
だが、このカオスな空間において、全員の胃袋と、そして改蔵の下半身の健康を管理し、このアジトを「機能」させているのは彼女だ。
「神主様、顔色がよろしいですね。昨夜の『ご奉仕』が効いたみたいで良かったですぅ」
イスズは、天然なのか計算なのか分からない、とろんとした瞳で微笑んだ。
彼女にとって、改蔵の世話をすることと、夜の相手をすることは同義だ。
ご飯を作るように精を搾り取り、洗濯をするように身体を清める。
羞恥心など微塵もない、完璧な「世話人」兼「情婦」である。
「今日は人数が多いですねぇ。……お鍋、一番大きいのにしましょうか。精力がつくように、マムシとニンニクも入れちゃいましょうねぇ」
「……お前、俺を殺す気か?」
「あら、死なせませんよぉ。搾り取れるうちは、生かしておきますから♡」
イスズがクスリと笑う。その笑顔は、聖母ではなく、男を骨抜きにする魔性の女のそれだった。
「だな。……あと、もう一人来るぞ」
改蔵が言った直後。
ガララッ!
「こ、こんにちは……! お野菜、持ってきました……!」
玄関に現れたのは、麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いた健康的な女性だった。
かつての大悪魔怪人、ヤシロである。
彼女は会社をきっぱりと辞め、アジトの近くの耕作放棄地を借りて、農業を始めていた。
陽の光を浴びて少し日焼けした肌は健康的で、目の下のクマも消え、以前の病的な美しさとは違う、生命力に溢れた輝きを放っている。
「おお、来たか元社長。今日の収穫は?」
「はい! トマトとキュウリと、あとナスが立派に育ちました!」
ヤシロは泥のついた野菜が入った籠を差し出し、恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
その視線が、改蔵と合うと、彼女の顔がポッと赤くなる。
あの「儀式」以来、彼女もまた、改蔵の「濃厚な魔力」なしでは生きられない身体になってしまった一人だ。
野菜を届けるというのは口実で、本当の目的は「補給」にあることは、全員が知っていた。
「あら、ヤシロさん。いらっしゃい」
イスズが優しく迎える。
「ちょうどよかったわ。今夜は採れたて野菜のカレーにしましょう」
「は、はい! 手伝います! ……あ、あの、その前に……」
ヤシロがモジモジしながら、改蔵の方を見る。
そこには、マナ、メイ、ミスティ、ウナ、双子、ミヤが密集している。
隙間などない。
「少しだけ……『休憩』させていただけませんか? ……その、どこでもいいので……」
「どこでもいい? 甘いわね元社長! ここは戦場よ!」
ミスティが牽制する。
「早いもん勝ちだもん! お尻ペンペンしちゃうぞ!」
ウナが威嚇する。
「まあまあ。詰めれば入れますよ。……ほら」
改蔵が、マナとメイを少しだけ押しのけて(二人は不満げに「むぅ」と声を上げたが)、自分の太もものわずかな隙間をポンポンと叩いた。
「! ……はいっ!」
ヤシロがパァァッと顔を輝かせ、スカートを押さえて改蔵の膝に滑り込む。
そして、幸せそうに彼の胸に頭を預けた。
その瞬間、彼女からも甘いため息が漏れる。
カオスが極まる六畳間。
その時、部屋の隅に置かれた通信機から、悲痛な叫び声が響いた。
『ちょ、ちょっと待ってくれたまえ黒野君!』
ホログラムで投影されたのは、やつれきった中間管理職、サイトウだった。
彼は電卓を片手に、頭を抱えている。
『今月の食費! 光熱費! そして雑費! 全部予算オーバーだ! 君のところ、人が増えすぎなんだよ! マナちゃんとメイちゃんのお菓子代だけで赤字だぞ!』
サイトウが叫ぶ。
確かに、これだけの
『頼むから稼いでくれ! 世界征服しなくてもいいから、せめて家計を征服してくれ!』
「うるせえな。金ならミミガーが出すだろ」
改蔵が耳をほじりながら答える。
「マスターのみみ、おいしい」
メイが耳を甘噛みする。
『ミミガー君は今、株の暴落でショックを受けて冬眠中だ! 君が働くしかないんだよ!』
「ちっ。……労働かよ。一番嫌いな言葉だ」
改蔵は悪態をついたが、その表情は決して不機嫌ではなかった。
右にマナ、左にメイ。膝にヤシロ、背中にウナ。足元にミヤ、周りにミスティ、レン、ユキ、双子。そして台所にはイスズ。
彼女たちの体温。笑い声。そして、むせ返るような欲望の匂い。
それは、彼が守り抜いた「世界」そのものだった。
「……ま、仕方ねえか」
改蔵は、ヤシロの肩を抱き、マナの頭を撫で、メイの口に指を突っ込みながら、ニヤリと笑った。
「退屈よりは、マシだからな!」
彼は立ち上がり(女たちがボロボロとこぼれ落ち、嬌声を上げる)、天井に向かって拳を突き上げた。
「野郎ども! 飯食って、風呂入って、盛大にヤるぞ! それが俺たちの『業務』だ!」
「「「はーいッ!!! ♡」」」
美女たちの黄色い歓声が、古民家を揺るがす。
サイトウが「あぁ……私の胃が……」と崩れ落ちる。
「悪の組織、万歳!」
「改蔵様、万歳!」
「セックス万歳!」
窓の外、夕暮れの空に、彼らの馬鹿げた、しかし力強い勝鬨が響き渡る。
***
その様子を、遠くの電柱の上から眺めている影があった。
ジャスティンジャーの5人と、覆面ライダー、そしてヒカリとキリハだ。
「……相変わらずだな、あいつらは」
レッドが苦笑する。
「世界を救った英雄が、あんなだらしない男だなんて、世間には絶対言えないわね」
キリハが呆れつつも、どこか羨ましそうに呟く。
その手には、マリー&ルイーズのグッズ(ぬいぐるみ)が握られている。
「でも、楽しそうですね。……私たちも、たまにはあっちに混ざってみますか?」
ヒカリが冗談めかして言うと、全員が顔を見合わせ、そして吹き出した。
「バカ言え。俺たちは正義の味方だぞ」
ライダーがバイクのエンジンをかける。
「悪が栄える限り、俺たちの戦いは終わらない。……だがまあ、今日のところは、見逃してやるか」
彼らは夕日に向かって走り去っていく。
その背中は、以前よりも少しだけ軽やかに見えた。
正義と悪。
秩序と欲望。
それらが奇妙に共存する世界で、黒野改蔵の堕落した、しかし愛に満ちた日々は、これからも永遠に続いていく。
悪の組織は、永遠に
【完】
完結までお付き合いありがとうございました。
色々な怪人を出すのは楽しかったのですが、広げて続けた風呂敷を閉じるのに苦労しました。。
何とかそれらしく終われたかな?と思います。
そして何度も感想をくれた方々。本当に励みになりました。皆様が完結まで支えてくれた作品です。ありがとうございました。