悪の組織のアジトは奇妙な静けさに包まれていた。 いや静けさではない。 絶え間なく水音だけが響いていた。
古びたタイル張りの風呂場。 そこが今や中野アズサ(なかの あずさ)改め『
「あ、アズサちゃん。朝ごはんです」
その静寂を破り五十嵐イスズ(いがらし いすず)が風呂場の扉をそっと開けた。 彼女は相変わらず改蔵のブカブカなTシャツ一枚。 その手にはお盆があり湯気の立つ味噌汁と白米そして皿に山盛りの『きゅうり』が乗っていた。
「……」
河童怪人がゆっくりと目を開けた。 その人間離れした瞳がイスズを捉える。 イスズは怯まない。 彼女の『癒し』のポテンシャルは怪人の異形さなど意に介さなかった。
「マナちゃんが河童さんはきゅうりが好きかもしれないって。たくさん冷やしておきましたよ」 「……食わん」
河童怪人は短く答えると再び湯船に深く沈もうとした。 だがその鼻がくんと動く。 味噌汁の出汁の匂い。 炊き立ての米の匂い。 それは怪人となった今も抗いがたい人間の『記憶』を刺激した。
「……そこの縁側に置いておけ」 「はいっ! よかったらどうぞ!」
イスズがにこやかに笑い脱衣所にお盆を置いた。 河童怪人は湯船の中で腹の虫が小さく鳴るのを感じていた。
その頃居間では『共同儀式』を終えたばかりの二人がだらけていた。 改蔵は畳の上で大の字。 その傍らには小悪魔マナがぐったりと寄りかかっている。 二人の肌は汗と魔力の残滓でしっとりと濡れていた。 完璧な『浄化』と『安定』の直後だった。 (イスズは『巫女』兼『世話人』として、朝の儀式を終えた後、すぐにアジトの家事(怪人の世話含む)に取り掛かっていたのだ)
マナがとろとろに溶けた声で改蔵にすり寄る。 まさにハーレム。 理想のエロエロスローライフが完成していた。 改蔵は満足げに天井を見つめた。 このまま
ビーッ! ビーッ! けたたましいアラート音がだらけた空気を切り裂いた。 マナがイスズの豊かな胸の上で惰眠を貪っていた魔術スマートフォンが激しく振動する。 ホログラムが展開しサイトウの疲れた顔が映し出された。
『あ! マナ君! いたか!』 「ひゃっ!? は、はいっ! サポート担当マナいつでも任務可能です!」 「か、神主様! サイトウさんです!」
イスズとマナが慌てて改蔵の身体から離れる。 改蔵は面倒くさそうに頭を掻いた。
「おうサイトウさん。朝っぱらから何の用だ」 『朝っぱらからって君ね! もう昼だぞ!』
サイトウは何か言いかけたがアジトの
『単刀直入に言う! 首領が新しい
サイトウが新しいマップデータを送信してきた。 そこに示されていたのは市内の巨大な『浄水場』だった。
「浄水場……」
改蔵がニヤリとした。 その時風呂場の方から凄まじい水音と地響きがした。
バリンッ! 「な、なんだ!?」 サイトウがホログラム越しに驚く。
「待っていた」
風呂場の扉を蹴破り
「『水』か。いいだろう」 『ひっ! ま、またとんでもないのが!』
サイトウがアズサの殺気に満ちた姿に引きつった。
「その『じょうすいじょう』とやら。私が『掃除』してやる」 「だ、そうだ。サイトウさん」 『ああもうわかった! 頼むよ! 座標は送ったからな!』
サイトウは胃を押さえながら一方的に通信を切った。
「アズサちゃん。その前に朝ごはん……」 「いらん」
河童怪人はイスズの言葉を遮った。 その目はすでに『獲物』を捉えている。
「マナ。転送しろ」 「は、はいっ! 転送します!」
マナが魔術スマホを操作する。 河童怪人の足元に紫の魔法陣が浮かんだ。 彼女はアジトの誰にも一瞥もくれずただ『速さ』だけを求め光の中へと消えていった。
***
浄水場は静まり返っていた。 巨大なろ過池がいくつも並び複雑な配管が大地を這う。 人類の『水』を司る心臓部。 その最大のろ過池。 水面がわずかにもこりと盛り上がった。 だがすぐに消えた。 音も波紋も立てずに
(……これだ)
アズサは歓喜に打ち震えた。 アジトの狭い湯船とは違う。 どこまでも続く広大な『水』。 手足の水かきが水を完璧に掴む。 甲羅が水の抵抗をゼロにする。 彼女は力を込めた。 ドゴッ! 水中でしか聞こえない衝撃音。 彼女の身体はまるで魚雷のように発射された。 速い。 速い速い速い! 人間の頃の自分がどれだけ努力しても届かなかった『壁』。 その壁をあっさりと突き破り音速に近い速度で水中を突き進む。
「フハハハハ!」
水中でアズサは笑った。 これこそが私の求めた『力』だ。 彼女は水中からろ過池のコンクリート壁を見上げた。 そしてその水かきで壁を『撫でた』。
ズガガガガ! コンクリートが豆腐のように抉れ巨大な亀裂が入る。 浄水場の水が凄まじい勢いで外部へ漏れ出し始めた。
「な、なんだ!?」 「緊急事態! ろ過池の隔壁が破損!」 「怪人だ! 怪人の仕業だ!」
警報が鳴り響く。 だが遅すぎた。 河童怪人は次のろ過池へとすでに移動していた。 彼女は戦闘ではなくただ『破壊』を楽しんでいた。 この『力』を試したかった。
「そこまでだ! 悪の組織!」
その時空から五色の閃光が降り注いだ。 ジャスティンジャー。 遊園地から急行してきたのだ。
「市民の命の水を! 許さん!」 「フン。陸の上から喚くな」
河童怪人は水面から顔だけを出し彼らを嘲笑った。
「レッド! こいつは水中型だ! ブルー、グリーン! 水中戦を仕掛けるぞ!」 「「ロジャー!」」
ジャスティンブルーとグリーンが小型ボンベを装着し水中へ飛び込んだ。 彼らは水中戦用の装備も持っている。
「愚かな」
河童怪人は水底へと深く潜った。 ブルーとグリーンが水中ライトで後を追う。 だが。
「なっ!?」 「速い! 消えた!」
ライトが照らす濁った水の中。 さっきまでいたはずの緑色の影が忽然と消えていた。 直後。 ブルーの背後から凄まじい衝撃。
「ぐはっ!?」
ブルーの身体が水圧で吹き飛ばされ水面の仲間が待つ陸地へと叩きつけられた。
「ブルー!」 「どこだ! どこから!」
グリーンが慌てて周囲を照らす。 だがいない。 河童怪人はすでにグリーンの真下。 完璧な死角。 彼女は笑った。 そしてその水かきで『アッパー』を放った。
「ゴボッ!」
グリーンの身体が水中で回転し意識を失った。 人間のアスリートが水中最強の怪人に勝てるはずがなかった。
***
「うおおおお! 強えええええ!」
悪の組織のアジト。 改蔵は魔術モニターに映る一方的な『蹂躙』に大興奮していた。 畳に胡坐をかきその背中にはイスズがぎゅっと抱きついている。 Tシャツ一枚の柔らかい感触が背中から伝わる。
「すごいですね神主様! アズサちゃん水の中だと無敵です!」 「ああ! あいつ
改蔵の膝の上にはいつの間にかマナがちょこんと座っていた。
「はい! あの水中機動力! まさに私の見立て通りです!」 「しかし」
改蔵は興奮で高ぶる股間を押さえた。
「これだけ見せつけられるとこっちの『陽』の気も高ぶってきやがる」 「えっ!?」
イスズが即座に反応した。
「大変です神主様! また『暴走』の危険が!」 「い、いけません!」
マナも改蔵の膝の上で向き直った。
「戦闘観戦中の魔力高揚は最も危険な状態です! 私の『安定』とイスズ様の『浄化』が同時に必要です!」
二人は完璧なアイコンタクトを取った。
「「共同儀式ですね(です)!」」 「おう!
改蔵はイスズを背中に張り付かせたままマナの小さな身体を抱き寄せた。 イスズが改蔵の首に腕を回し背中全体で『浄化』を開始する。 改蔵がマナのレオタードを引き下げ自らの『陽』の気を突き立てた。
「ひゃあああんっ!」 「わあ! 始まりました!」
アジトでは戦闘観戦とセックス(共同儀式)が同時に始まった。
***
「くそっ! ブルーもグリーンもやられた!」
陸地でジャスティンレッドが歯噛みする。 水中から河童怪人が嘲笑うように顔を出した。
「終わりかヒーロー。もう誰も私を止められない」 「ぬかせ!」
レッドは周囲を見渡した。 浄水場の巨大な配管。 そしてダム湖から水を引くための巨大な『取水ゲート』。
「……あれだ」
レッドは仲間たちに目配せした。
「イエロー、ホワイト! あのゲートをストームキャノンで狙え!」 「えっ! レッド! あれを壊したらこの辺り一帯が!」 「構わん! 怪人を倒すのが先だ!」
非情な決断。 だがそれがヒーローの『正義』だった。
「チャージ開始!」
陸地でジャスティンジャーが合体必殺武器を構え始めた。
「フン。何をしても無駄だ」
河童怪人は再び水中へ潜ろうとした。 その時だった。
「アジト」 「あ! 改蔵様! 敵が必殺武器を!」 「おお! 来たか!」
改蔵はマナの身体を激しく突き上げながらモニターを睨んだ。
「あ、あんっ! アズサさん! 逃げて! あっ!」 「わあ! 神主様! すごい『陽』の気です! 私も『浄化』がんばります!」
イスズが背中でさらに強く抱きついた。 その豊かな胸が改蔵の背中を圧迫する。
「オラオラ! 戦闘も儀式もクライマックスだ!」 「「あ(い)あああああんっ!」」
モニターの中。 ストームキャノンが放たれた。 だが狙いは河童怪人ではなかった。 『取水ゲート』だ。
ドガアアアアアアアン! ゲートが大破しダム湖からの凄まじい水流が停止した。
「なっ!?」
水中にいた河童怪人が異変に気付く。 浄水場の水が凄まじい勢いで排水溝へと引いていく。
「水が……! 私の水が!」
あっという間にろ過池の水位が下がり河童怪人の緑色の身体が底に露わになった。 甲羅が乾いたコンクリートに打ち付けられる。
「くそっ!
レッドが非情な号令を飛ばす。
「させるか!」
河童怪人は陸上でも驚異的な跳躍力で逃れようとした。 だが。 頭頂部の『皿』の水が急速に乾いていく。
「あ……力が……」 「チャージ完了! ファイヤアアアア!」
虹色のビームが陸上で動きを鈍らせた河童怪人を直撃した。
「ぎゃああああああああっ!」
水棲怪人の断末魔が響き渡った。 大爆発。
「あぁ! 負けちゃったー!」 「イグウウウウウウウッ!」
アジトでマナの絶叫と改蔵の射精が完璧にシンクロした。
***
「……はふぅ」
畳の上は魔力と体液でぐっしょり濡れていた。 改蔵イスズマナの三人が絡み合いながら荒い息を吐いている。
モニターの中では戦闘が終わり裸で倒れている中野アズサが『被害者』としてヒーローに回収されていくところだった。 その表情は不思議なことにタイムが停滞していた頃とは違いどこか『やりきった』ような満足げな笑みを浮かべていたように見えた。
「……フン。あいつは満足しただろ」 改蔵が呟いた。 イスズが改蔵の汗を拭きながらにっこりと笑う。 「神主様お疲れ様です。お風呂沸いてますよ。アズサちゃんが使ってたお湯ですけど」 「お。そりゃいい。背中流してくれ」 「はいっ!」 「あ! ずるいですイスズ様! マナも改蔵様の『安定』の続きを!」
悪の組織の黒幕の日常は今日も平和に(エロく)過ぎていく。