埃っぽい土蔵の中は昨夜の『儀式』の生々しい残滓が満ちていた。 魔力と体液の濃密な匂い。 黒野改蔵(くろの かいぞう)は床に転がっていたスウェットを履きながら自らの『最高傑作』あるいは『最悪の失敗作』を眺めた。 床には昨日までの姪浜メイ(めいのはま メイ)を構成していた安物のウエイトレスの制服がまるで抜け殻のように散らばっている。 その中心に『新しい』メイがいた。 彼女は昨夜の激しい魔力注入の余韻でぐったりと倒れている。 だがその姿はもはや昨日までの怯えた少女ではなかった。
肌は陶器のように白く輝いている。 髪は濡れたように漆黒。 背中からは蝙蝠のような小さな悪魔の翼が。 そして尻からは誘うようにしなるハートの形をした尾が伸びている。 彼女は『サキュバス怪人』へと完璧に変貌していた。
「……ん」
メイの身体が小さく震えた。 ゆっくりとまぶたが開かれる。 昨日までの怯えきった潤んだ瞳ではない。 熱に浮かされたようにとろりと溶けた瞳が蔵の中をさまよった。 埃。ガラクタ。マナの魔術モニター。 そして一点で焦点を結んだ。 改蔵だ。
「……マスター」
蜜のように甘くねっとりとした声が漏れた。 その声色だけで部屋の温度が二三度上がった気がした。
「ひゃっ!?」
改蔵は思わず後ずさった。 声そのものに抗いがたい魔力がこもっている。 メイは状況を理解した。 ゆっくりと四つん這いになって起き上がった。 自らの裸体を恥じる様子は微塵もない。 むしろその完璧な曲線。 小さな乳房とアンバランスなほど豊かな尻。 その全てを見せつけるかのように。 彼女はそのままハイハイで改蔵へと近づいてきた。 床の埃など一切気にしない。 まるで飼い主を見つけた子猫のように。 いや子猫よりもっとしなやかで捕食者的だった。
「マスター」
メイは改蔵の足元にたどり着くとその逞しい太ももに自らの頬をすり寄せた。 柔らかな肌とハートの尾が改蔵の足に絡みつく。 その感触は官能的すぎた。
「……マスター。もっとください」
「は?」
改蔵は困惑した。 昨夜あれだけ『注入』した。 文字通りカラカラになるまで。 絶倫の改蔵ですら限界まで搾り取られたはずだった。
「『魔力』が足りません。マスターの濃くて熱いのがもっと欲しいです」
彼女はそう言うと改蔵のスウェットのゴム紐に手をかけようとした。 改蔵は慌ててその手を掴む。 こいつは『兵器』じゃない。 ただの『中毒者(ジャンキー)』だ。
「か、改蔵様!」
その時蔵の重い扉がギイと開いた。 五十嵐イスズ(いがらし いすず)がTシャツ一枚の姿でお盆を持って立っていた。 お盆の上にはほかほかの湯気を立てるおにぎりと味噌汁が乗っている。 彼女は『世話人』として昨夜の儀式で疲弊したであろう改蔵と『新しい仲間』のために朝食を持ってきたのだ。
「朝ごは……ひゃあっ!?」
イスズは目の前の光景に真っ赤になって固まった。 改蔵の足に全裸の女(メイ)が絡みついている。 その姿はあまりにも破廉恥で官能的だった。
「あ、あの! メイちゃん! は、破廉恥ですよ! 朝から!」
「うるさい」
メイはイスズを一瞥もせず冷たく言い放った。 昨日までの怯えた少女の面影は欠片もない。 彼女の目は改蔵にだけ向けられている。 その瞳は『欲望』と『奉仕』の色しかなかった。 イスズの存在は『邪魔』でしかなかった。
「イスズ様! 大丈夫ですか!」
小悪魔マナがイスズの後ろから飛び込んできた。 彼女の手には観測用の魔術モニターが握られている。 首席才媛(だった)彼女は『結果』が気になって仕方なかったのだ。
「儀式の結果は! ポテンシャルの解析を……あ」
マナもまた目の前の光景に言葉を失った。 メイはマナやイスズなど眼中にない。 彼女は改蔵に掴まれた手を不満そうにしながらも今度は改蔵の足に頬ずりし腰を小さくヘコヘコとすり寄せていた。 まるで発情期の獣だ。
「マスター。おねがい、します。早く、続きを」
「こ、こら! メイ! やめろ! 人前だぞ!」
改蔵が慌ててその身体を引き剥がそうとする。 だがサキュバスと化したメイはしなやかに改蔵の身体に登ってきた。 小さな身体は改蔵の腰に巻き付き離れようとしない。
「マスター。大好き。マスターの魔力だけが私のごはんですから」
「あ、あ、あああっ!」
マナがモニターの解析結果を見て絶叫した。 その声は歓喜ではなく絶望だった。
「どうしたマナ!」
「だ、ダメです改蔵様! この怪人! 戦闘ポテンシャルが、ほぼ『ゼロ』です!」
「はあ!?」
改蔵の動きが止まった。
「ぜ、全ステータスが! 『奉仕』『誘惑』『魔力受容』に振り分けられています! しかもその対象が『マスター(改蔵様)限定』に! 攻撃力も防御力もFマイナス! 測定不能です!」
「……」
「この子……! 戦えません! 組織の戦力になりません! ただ改蔵様とセックスすることしか考えてません!」
マナは首席才媛のプライドを打ち砕かれその場にへたり込んだ。 カメレオンもドリルもカッパもウシもみんな強かった。 それなのに。 この『傑作(だと思ったのに)』は。
「『不良債権(ふりょうさいけん)』です!」
マナの絶望的な叫びが蔵に響いた。 改蔵は自分にしがみついて腰をすり寄せてくるこの『失敗作』を見下ろした。 確かにこいつは戦力にならない。 サイトウに納品しても「なんだこのエロい生き物」と突き返されるだけだ。
「……まあ、いいか」
「えっ!?」
マナが顔を上げた。
「サイトウに『納品不可』って言っとけ。『失敗作』でいい。こいつはここで飼う」
「か、飼うって……! アジトの食費が! イスズ様の負担が!」
「うるせえ。俺の『魔力(メシ)』だけで生きてんだろこいつは」
改蔵がそういうとメイは「はいっ!」と嬉しそうに返事をした。 そして改蔵の首筋に甘えるようにキスをした。
「あ、あの!」
イスズがようやく我に返りお盆を差し出した。 彼女は状況を半分も理解していなかったが目の前の少女が『裸』であることは良くないと判断した。
「神主様! このままじゃ風紀が! とにかくメイちゃん! これを!」
イスズは自分の着ているTシャツを脱ごうとした。
「ひゃっ! イスズ様!? ご自分も裸になっちゃダメです!」
「あ、でも私が脱いだら。えっと。そうだ! 神主様の!」
イスズは蔵の隅に落ちていた改蔵の予備のスウェット(昨日脱ぎ捨てたやつ)を拾い上げメイの身体に無理やり巻き付けた。
「寒いから! とにかくこれを!」
「いりません。マスターの肌のほうが温かいです」
「もー!」
イスズは泣きそうになりながらも強引にメイに服を着せる。 その姿はまるで言うことを聞かない『ペット』に服を着せる飼い主だった。
「こいつ……」
改蔵はため息をついた。 組織の戦力にはならない。 だが。 (ダメな子ほど可愛い) (それにこいつは俺にだけ絶対服従だ) 改蔵は自分にだけ絶対服従のこの小さなサキュバスが妙に愛おしく思えていた。
「しょうがねえ。イスズ。こいつにも飯食わせとけ。あと『お使い』くらいはできるだろ」
「え? お使いですか?」
「ああ。そこのタバコ取ってくれ。メイ」
「はいっ! マスター!」
メイはイスズのTシャツ(無理やり着せられた)姿で素早くタバコを改蔵に差し出した。 その動きは驚くほど機敏だった。
「……フン。オナホ兼マスコット枠。あとパシリだな」
「オナホ……?」
イスズが不思議そうに小首を傾げた。 こうして組織の戦力外通告を受けた『不良債権』はアジトの『マスコット』として住み着くことになった。
***
その夜。 万年床が敷かれた六畳間。 改蔵の理想郷(ハーレム)は新たな局面を迎えていた。 湿った空気。 月明かりが障子戸をぼんやりと照らす。
「さてと。じゃあ、今夜も『世界平和』の時間だな」
改蔵が布団に寝転がると両脇から二つの影が滑り込んできた。
「はいっ! 神主様! 今夜もたっぷり『浄化』しますね!」
Tシャツ一枚のイスズが改蔵の右腕に抱きつきその豊かな胸を押し当てた。 彼女の温もりが改蔵の『陽』の気を和らげる。
「改蔵様! 私の『安定』もお願いします! 今日はなんだか魔力がいつもより高ぶって!」
レオタード姿のマナが左腕に絡みつき完璧な『儀式』の体勢(ポジション)を取った。 完璧な布陣。 至福のひととき。 改蔵がその『共同儀式』を開始しようとした瞬間だった。
スパン! 寝室の襖が勢いよく開け放たれた。
「……」
そこにTシャツ一枚(イスズに着せられた)姿のメイが立っていた。 そのとろりとした瞳は布団の中の改蔵だけをじっと見つめている。
「あ、メイちゃん! だめですよ! 今から神主様は『世界平和』のための大事な『儀式』で……!」
イスズが慌てて制止しようとする。 だがメイはイスズの言葉など完全に無視した。 彼女はゆっくりと布団に這い上がるとマナの小さな身体を乗り越えた。
「ひゃっ!? な、何するんですか! 邪魔です!」
メイは改蔵の胸の上にちょこんと正座した。 そして改蔵を見下ろし心底不満そうな顔で唇を尖らせた。
「……マスターだけ、ずるいです」
「は?」
改蔵は意味がわからなかった。
「このひとたち(イスズとマナ)だけ、マスターの『魔力』をもらって。ずるいです。わたしも、ほしいです」
「いや、お前は昼間も『安定』させたろ。蔵で散々やったじゃねえか」
「足りません」
メイはきっぱりと言い放った。 サキュバスの瞳が欲望にギラついている。
「マスターの魔力は全部わたしの『ごはん』です。あの人たちに横取りされるのは、許しません」
「こ、こら! メイ! 順番ってモンがあるだろ! アジトの『風紀』をだな!」
改蔵が父親のように叱ろうとした。 だがメイは改蔵の胸の上でTシャツの裾を自らまくり上げるとおもろに腰をすり寄せ始めた。 あのヘコヘコとした独特の動きだ。
「いやです。いっしょがいいです。マスター」
「ひゃあああああっ!?」
マナが目の前で展開される光景に絶叫した。
「か、改蔵様! だめです! 風紀が! アジトの風紀が乱れます! しかも私の目の前で!」
「あ、あの……?」
イスズが真っ赤な顔で困惑している。 神主様。マナちゃん。メイちゃん。 これはどういう状況だろうか。
「も、もしかして……。みんなで、仲良く、『中和』……ですか?」
イスズの、天然ボケのような呟き。
「……ん。マスター。だいすき」
メイは改蔵の抗議など一切聞かずその胸の上で恍惚とした表情を浮かべ始めた。 改蔵は天井を見上げた。 左にはポンコツ悪魔。 右には聖女(世話人)。 そして腹の上にはセックス中毒のサキュバス(ペット)。 俺の人生どうなってんだ。
「……ああ、もう! しょうがねえ!」
改蔵は自暴自棄のように叫んだ。 もはや『風紀』も『秩序』も関係ない。 彼は万年床に仰向けに倒れ込むと、その両腕を広げた。 まるで世界を受け止めるかのように。
まず、腹の上にいたメイの小さな身体を、そのまま胸に引き寄せ、柔らかな背中を抱きしめる。 同時に、左腕でマナの華奢な身体を抱き寄せた。 マナは改蔵の左脇腹にすっぽりと収まる形になった。 そして、右腕は布団の淵で固まっていたイスズへと伸ばされた。
「ひゃあああああんっ! こ、こんなの、魔界の教本に載ってません!」
マナが改蔵の脇腹に顔を埋め、恥じらいと快感の混じった悲鳴を上げた。 彼女の小さな体が改蔵の体温でたちまち熱くなる。 改蔵の腕の中で、マナはまるで囚われた小鳥のように震えていた。
「わあ! がんばります! 神主様! みんなで世界平和ですね!」
イスズは、改蔵の力強い右腕に抱き寄せられ、その胸元に顔を埋めた。 彼女の豊かな胸が改蔵の腕に柔らかく押し付けられる。 混乱と純真さが入り混じった声が、改蔵の耳元で甘く響いた。 彼女の『浄化』の魔力が、改蔵の荒ぶる『陽』の気を受け止める。
「……んふふ。やっぱり、マスターが、いちばん」
メイは、改蔵の胸に抱きしめられ、その首筋に顔を埋めて、恍惚とした表情を浮かべていた。 彼女のハートの尾が改蔵の背中に甘えるように巻き付く。 その声はとろけるように甘く、改蔵の全身に絡みつくような妖しい魅力を放っていた。 彼女の存在そのものが、改蔵の『欲望』を加速させる。
改蔵は、三人の女たちを同時に抱きしめ、その熱と柔らかさに埋もれた。 メイの甘い吐息が首筋をくくすぐり、マナの震える身体が脇腹に密着し、イスズの柔らかな胸が腕に吸い付く。 そして、彼の『陽』の気の源は、メイの小さな尻に鷲掴みにされていた。 三方向からの、異なる質の魔力と肉感。 改蔵の全身を、未体験の快感が駆け巡る。
「全員まとめて『安定』させてやる! 文句言うな!」
改蔵の咆哮が、狭い六畳間に響き渡った。 悪の組織の黒幕のアジトは、ついに四人同時(フォーサム)という、新たな『平和』のステージへと突入した。 その混沌(ハーレム)は誰にも止められなかった。 布団の中で繰り広げられる、あまりにも密接で、あまりにも背徳的な『共同儀式』。 それは、彼らの世界征服よりも遥かに『濃密』な、日常の始まりだった。