首都高速湾岸線。 真夜中ではない。 白昼堂々のハイウェイだ。 だがそこには一般車両の姿は一台もなかった。 開通前の新区間。 真新しいアスファルトがどこまでも一直線に伸びている。 海風が吹き抜けるその場所で赤い閃光が走った。
「アハハハハ! 遅い! 遅いわよ世界!」
チーター
「最高! この風! この振動! 私が世界の中心よ!」
彼女の動体視力にはコンクリートの継ぎ目一つ一つが鮮明に見えている。 空気の壁さえも切り裂いて進む快感。 かつてサーキットの脇で立ち尽くしていたレースクイーンはもういない。 今ここにいるのは地上最速の捕食者だ。
「お楽しみのところ悪いが通行止めだ!」
前方に五つの影が現れた。 正義戦隊ジャスティンジャー。 彼らは専用のスーパーバイク『ジャスティンマッハ』に跨り並走を試みてきた。
「あら。お巡りさん? スピード違反で捕まえる気?」
ナナは速度を落とさない。 むしろ加速した。
「レッド! 速いぞ! バイクのメーターが振り切れる!」
ジャスティンブルーが悲鳴を上げる。 時速三百キロ。 スーパーバイクの限界速度だ。 だがナナにとってはただのジョギングだった。
「頑張ってついてらっしゃい! 私の『テールランプ』が見えればの話だけどね!」
ドォン! 衝撃波が発生した。 ナナがさらに一段ギアを上げたのだ。 一瞬でバイク集団を引き離す。
「なっ!? 生身でバイクをちぎっただと!?」
「アハハ! バイバイ亀さんたち!」
ナナは振り返りざまに挑発的なウィンクを送った。 その姿は圧倒的だった。
***
「ヒュー! いい走りしてんじゃねえか!」
悪の組織のアジト。 居間の空間に浮かぶ魔術モニターを見上げながら
「あ、あんっ! 速いです! ナナさんの速度! 計測限界を突破してます!」
改蔵の左腕に絡みつきながら小悪魔マナが紅潮した顔で叫ぶ。 彼女のレオタードははだけ改蔵の太い腕がその柔らかな肢体に食い込んでいる。
「わあ! すごいです! バイクより速いなんて! 人間じゃないみたいです!」
右腕には五十嵐イスズ(いがらし いすず)。 Tシャツ一枚の彼女は改蔵の肩に頬を寄せその豊かな胸を二の腕にむにゅりと押し付けている。 天然な感想と扇情的な感触のギャップが改蔵を刺激する。
「……マスター。あし、おいしい」
そして足元にはサキュバス怪人メイ。 彼女は改蔵の足の指を飴玉のようにしゃぶりながら恍惚の表情でモニターを見上げていた。 いつもの光景。 いつものハーレム。 だが今日はそこに『不純物』が混じっていた。
「フン。ただ速いだけじゃない。芸がないわね」
部屋の隅。 腕組みをして仁王立ちしている魔人ミスティ(石川カスミ)。 ボンテージ姿の彼女はモニターの中のナナを睨みつけていた。 その目は嫉妬と対抗心でメラメラと燃えている。
「おいミスティ。そこだと見えねえだろ。こっち来いよ」
改蔵が手招きした。 ミスティは一瞬躊躇したがフンと鼻を鳴らして近づいてきた。
「勘違いしないでよね。特等席で『粗探し』してやるだけなんだから」
彼女はそう言うと改蔵の上に跨った。 遠慮も恥じらいもなく改蔵の腹の上にドカと腰を下ろす。
「ぐふっ……! 重てえな女王様」
「うるさい。黙って『台座』になりなさい」
ミスティは改蔵の腹の上でふんぞり返った。 だがその手は無意識に改蔵の胸板をまさぐっている。 魔力への渇望。 それが彼女の本能だ。
「いくぞ。ナナが飛ばしてるんだ。こっちも『追走』しねえとな」
改蔵はニヤリと笑うとミスティの腰を掴んだ。
「なっ! ちょ、ちょっと! 私は観戦を……!」
「観戦しながらやるのがこのアジトの『流儀』だ」
改蔵はミスティの秘所へ自らの『シフトレバー』をねじ込んだ。
「ひゃうっ!?」
ミスティの身体がビクリと跳ねる。 強がりは一瞬で崩壊した。 彼女の身体はすでに改蔵の魔力なしではいられない『燃費最悪』の仕様なのだ。
「あ、あ、あっ! い、いきなり! 乱暴!」
「うるせえ! ナナに負けてらんねえだろ!」
改蔵が腰を突き上げる。 ミスティのボンテージが擦れる音と肉がぶつかる音が響く。
「くっ……! なによ! あの女ばっかり目立って! 私だって!」
ミスティの対抗心に火がついた。 彼女は改蔵の上で激しく腰を振り始めた。 モニターの中のナナと張り合うように。
「見てなさい! 私の方が! 私の方がもっと『激しく』動けるんだから!」
「おお! いいぞミスティ! その調子だ!」
「わあ! カスミちゃんすごいです! 地震みたいです!」
イスズが揺れる胸を押さえながら呑気な声を上げる。 アジトの熱気は最高潮に達していた。
***
湾岸線。 ジャスティンジャーたちはバイクを捨てていた。 追いつけない。 ならば待ち伏せるしかない。
「全員! 合体フォーメーションだ!」
ジャスティンレッドが叫ぶ。 彼らは道路を封鎖するように横一列に並んだ。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
彼方から赤い稲妻が迫ってくる。 ナナ(チーター怪人)だ。 彼女は減速する気配がない。
「アハハ! 通せんぼ? 可愛いことするじゃない!」
ナナは加速した。 音速の壁を超え衝撃波の鎧を纏う。
「突き破ってあげるわ! その安っぽいスーツごと!」
「させるか! ジャスティン・バリア!」
五人のヒーローが腕を交差させる。 光の障壁が展開された。 だがナナは笑った。
「甘い!」
激突の瞬間。 ナナは直角に曲がった。 物理法則を無視したコーナリング。 彼女の爪がアスファルトを削り火花を散らす。 彼女は障壁の側面……ガードレールのわずかな隙間を駆け抜けたのだ。
「なっ!?」
「遅いのよ! 思考も! 反応も!」
ナナはすれ違いざまにイエローのヘルメットを爪で弾いた。 カキン!
「キャッ!」
「フフン。まずは一発」
ナナはそのまま彼らの背後へと回り込んだ。 圧倒的なスピード差。 それはもはや戦闘ではなく『いじめ』だった。
「くそっ! 捉えきれん!」
ブルーが銃を乱射する。 だが弾丸が当たる場所にはすでに彼女の『残像』しかない。
「ここよ」
声がした時にはもう蹴りが飛んでくる。 ドカッ! ブルーが吹き飛ぶ。
「こっちよ」
バキッ! グリーンの膝が砕かれる。
「アハハハハ! 最高! 私、無敵じゃない!」
ナナは戦場を支配していた。 彼女の全身から赤い蒸気が噴き出している。 ドーパミンと魔力の過剰分泌。 彼女はトランス状態にあった。
***
「すげえ……! あいつマジで速え!」
アジトの改蔵は興奮していた。 モニターの中のナナの動きは目にも止まらない。 だがそれ以上に興奮するのは自分の腹の上で狂ったように腰を振るミスティの姿だ。
「あ! あ! ああああっ! 負けない! 私のほうが! 私のほうがすごいわよ!」
ミスティは完全に理性が飛んでいた。 彼女のプライドが、ナナへの嫉妬が、快感へと変換されている。 漆黒の髪が乱れ汗が改蔵の腹に滴り落ちる。
「んぐッ! 濃い! 魔力が! 溢れてくる!」
「そうだ! 全部吸い出せ! 燃やし尽くせ!」
改蔵も限界近かった。 四方八方からの刺激。 そして視覚からの興奮。
「マナ! イスズ! メイ! お前らもだ!」
「はいっ! 負けません!」
「わあ! 神主様! ぎゅーってしますね!」
「……んむ。マスター。だいすき」
四人の女たちが改蔵に群がる。 まさに肉の団子状態。
「ミスティ! いくぞ! トップスピードだ!」
「ええ! きなさい! 私の中を! 満たしなさい!」
改蔵とミスティの動きが極限まで加速する。 それはモニターの中のナナの速度とシンクロしていた。
***
「調子に乗るなよ怪人!」
レッドが叫んだ。 彼は仲間たちが倒される中冷静にナナの動きを観察していた。 速い。 確かに速い。 だが『単調』だ。 彼女は自分の速さに酔いしれ直線的な動きしかしていない。
「ストームキャノン! 準備!」
「レッド!? 狙えません!」
「構わん! 私が合図したら撃て!」
レッドは一人で前に出た。 彼は武器を捨て両手を広げた。
「さあ来い! 最速の女!」
「ハッ! 捨て鉢? いいわよ。真正面から轢き殺してあげる!」
ナナはレッドの挑発に乗った。 彼女にとってブレーキという選択肢はない。 ただ最高速で突っ込むのみ。
「消えなさい!」
ナナがレッドに迫る。 距離がゼロになる寸前。 レッドが動いた。 彼は避けたのではない。 自らナナの『進行方向』に身体を滑り込ませたのだ。 そして地面に設置しておいた『特殊粘着ネット弾』を起爆させた。
バシュッ!
「え?」
ナナの足元で何かが炸裂した。 強力な接着剤を含んだネットが彼女の足を絡め取る。 通常の速度なら引きちぎれただろう。 だが今の彼女は音速を超えている。 その運動エネルギーが全て『足首』の一点にかかった。
「きゃあっ!?」
足を取られたナナはつんのめった。 制御不能。 彼女の身体はきりもみ回転しながらアスファルトに激突した。
ズザザザザザザザッ!
凄まじい摩擦音。 火花。 ナナは路面を数百メートルも転がりようやく止まった。
「う……あ……」
身体中が痛い。 自慢の流線型のボディが傷だらけだ。 何よりプライドが傷ついた。 この私が。 転んだ?
「今だ! 撃てえええええ!」
レッドの号令。 待ち構えていた四人がストームキャノンを発射した。
「しまっ……!」
ナナは起き上がろうとした。 だが足が動かない。 ネットとダメージで一時的に機能不全に陥っていた。
「いや……! まだ、走り足りないのに……!」
虹色の極太ビームが迫る。 彼女の視界が光で埋め尽くされた。
「ああっ! ナナさんが!」
アジトでマナが叫んだ。
「チッ! 調子に乗りすぎだバカ女!」
改蔵が舌打ちした。 だが彼自身の『レース』もゴール目前だった。 腹の上のミスティが絶叫している。
「あ! 行く! 行っちゃう! 私が一番よ!」
「おう! ゴールだ!」
改蔵はミスティの奥深くに全ての魔力を解き放った。 同時に背中のイスズに、足元のメイに、左腕のマナに、その熱量が伝播する。
「「「イイイイイイイイイッ!」」」
四人の女と一人の男の絶叫が重なった。 ミスティの身体が弓なりになり白目を剥いて痙攣する。 アジトが快楽の白濁に染まるのと同時。 モニターの中でナナが爆発に飲み込まれた。
ドオオオオオオオン!
凄まじい閃光と爆風。 首都高速の防音壁が吹き飛ぶ。
「……はあ、はあ……」
アジトの土蔵には荒い呼吸音だけが響いていた。 改蔵たちは折り重なるように倒れ込みモニターを見上げていた。 煙が晴れていく。
「……あ」
マナが声を漏らした。 アスファルトの上。 そこに倒れていたのは異形の怪人ではなかった。 赤毛のソバージュが乱れ全裸で気を失っている一人の人間の女性。 佐々木ナナだった。 彼女の身体からは怪人としての
「……確保! 被害者を保護しろ!」
ジャスティンレッドが叫びながら駆け寄る。 イエローが慌ててマントを広げナナの裸体を隠した。
「意識がないわ! 急いで搬送を!」
「また一般人が巻き込まれたのか……悪の組織め、許さん!」
ヒーローたちがナナを抱きかかえ救護班へと引き渡していく。 ナナの表情は安らかだった。 まるで長い夢から覚めた後のように憑き物が落ちていた。
「……ふん。終わったか」
改蔵は気だるげに呟いた。
「マナ。回収は?」
ミスティが汗ばんだ身体を起こしながら尋ねる。
「不可能です。完全に人間に戻っていますしヒーローの保護下に入りました。これ以上の手出しはリスクが高すぎます」
マナが冷静に(事後の賢者モードで)分析した。
「ま、いいんじゃねえか」
改蔵はイスズの胸に顔を埋めながら言った。
「あいつは走りたがってた。十分走らせてやっただろ。あとはシャバで勝手にやればいいさ」
「そうですね。ナナちゃん、最後はとっても速かったですもん」
イスズがにこやかに微笑む。 彼女たちにとって怪人は使い捨ての『道具』ではない。 だが執着する『仲間』でもない。 それぞれの欲望を満たし散っていった『共犯者』だ。
「……それにしても」
改蔵は自分の上に乗っているミスティの尻を叩いた。 パンッ! といい音が響く。
「お前ら、俺より先にイキやがって。まだ『燃料』は残ってんだぞ?」
「ひゃうっ!?」
「さあ延長戦だ。ナナの分まで俺を満足させてみろ」
「ちょ、ちょっと! 私だって限界よ! ……でも、マスターがそう言うなら……」
「わあ! 神主様元気です! 私もがんばります!」
「……マスター。おかわり」
モニターの向こうでは正義が勝利を祝っている。 だが悪のアジトでは終わらない