古びた木造アジトに朝の光が差し込んでいた。 だがその爽やかな日差しとは裏腹に、六畳間の空気は頽廃的で濃密な熱気に包まれていた。 万年床の上、
「ん……んむっ! 改蔵様……! 今朝の魔力も、濃厚、ですぅ……!」
正面から改蔵の首に腕を回し、貪るように口づけを交わしているのは小悪魔マナだ。 彼女は改蔵の大腿の上に跨り、その華奢な腰を前後に揺らしている。 結合部は見えない。 だが、濡れた音が規則的に響き、マナの身体がビクンと跳ねるたびに、彼女の胎内が改蔵を締め上げているのがわかった。 彼女の「契約の安定」は、もはや朝の挨拶代わりのディープキスとセットになっていた。
「ふふ。神主様の背中、広くて温かいです。私の『特製クッション』で癒やされてくださいね」
背後からは、五十嵐イスズ(いがらし いすず)が改蔵を包み込んでいた。 彼女はTシャツ一枚の姿で改蔵の背中に張り付き、その規格外に豊かな双丘を、改蔵の背筋に押し当てて変形させている。 むにゅり、という重量感のある感触。 彼女は改蔵の脇から手を回し、その逞しい胸板を愛おしそうに撫で回していた。 母性的な抱擁と、背中からの官能的な圧迫。 それがイスズなりの『浄化』の儀式だった。
そして、視界の下。
「……じゅる、ちゅぷ……。マスター。おっきい。おいしい」
改蔵の股間、マナが跨っているそのさらに根元で、サキュバス怪人メイが蠢いていた。 彼女は四つん這いになり、マナと結合している改蔵の楔の根本、玉袋のあたりを、猫がミルクを飲むように夢中で舐め回している。 時折、上目遣いで改蔵を見つめ、とろりと濁った瞳で媚びるように鳴く。 彼女にとって改蔵は飼い主であり、その精気は唯一の餌だった。
「……はあ。朝から元気なこった」
改蔵はマナの唇から一瞬だけ口を離し、荒い息を吐いた。 マナ、イスズ、メイ。 三者三様の責め苦。 だが、そこにはいつもの『騒がしい一人』が足りない。
「おいマナ。ミスティ(カスミ)はどうした? まさかまたガス欠で倒れてんじゃねえだろうな」
「んっ……ぷはっ。……いえ、カスミさんは、今日は早朝から『アイドルのお仕事』があるとかで……未明に帰宅されました……」
マナは頬を紅潮させ、涎を拭いながら答えた。 魔人ミスティこと石川カスミは、現役のトップアイドルだ。 アジトに住み着いているわけではない。 魔力が切れそうになると、あるいはムラムラすると、転移魔法でアジトに現れ、改蔵から魔力を搾り取って帰っていく。 まさに『通い妻』ならぬ『通い魔人』だった。
「へえ。売れっ子は大変だな…。ん?あいつ怪人のままアイドル業してんのか。やべぇな…」
「はい……。ですので!今朝の改蔵様の魔力は、私たち三人で『山分け』です! 独占です!」
「あ、マナちゃんずるい! 私ももっと神主様と繋がりたいです!」
背後のイスズが、不満そうに身体を揺する。 そのたびに背中に押し付けられた柔らかい爆弾が、改蔵の理性を削り取っていく。
「……んむ! マスター。わたしも。わたしも中ほしい」
メイが焦れたように改蔵の太ももを甘噛みした。
「わかったわかった! 全員まとめて相手してやる!」
改蔵はマナの腰を掴んで激しく突き上げ、背中のイスズに体重を預け、足元のメイの頭を撫でた。 朝日が昇りきるまで、アジトの梁がきしむ音が止むことはなかった。
***
事後の気だるさと、
『おはよう諸君。……また随分と、艶っぽい空気だな』
ホログラムのサイトウが、呆れたように眉をひそめる。 画面の向こうの彼は、相変わらず胃薬の瓶と書類の山に囲まれていた。
「おうサイトウさん。元気そうで何よりだ」
『皮肉か? ……まあいい。業務連絡だ』
サイトウは咳払いを一つして、本題に入った。
『先日来、君たちが作成した怪人たち。
「だろ? 俺の『教育』の賜物だ」
『だが……いささか『派手』すぎるという意見もあってね』
サイトウが地図データを送信してきた。 表示されたのは、ネオンきらめく夜の繁華街だ。
『最近、ヒーローたちが警戒を強めている。力押しだけでは、対策を練られ始めているのだ。そこで今回は、少し趣向を変えたい』
「趣向?」
『うむ。敵の内部に入り込み、精神的に揺さぶりをかけたり、誘い出したりするような……そう、『搦め手』や『トラップ』が得意な怪人が欲しい』
「なるほどな。力バカじゃなくて、いやらしい手を使うヤツか」
『具体的には、この繁華街で最近、若者の失踪騒ぎがあるらしい。ヒーローたちも調査に乗り出している。そこを逆手にとって、奴らを罠に嵌めるような怪人だ。頼んだよ』
通信が切れる。 マナは早速、魔術スキャナーを起動し、検索条件を入力し始めた。
「精神干渉……誘惑……罠……」
『因子:精神』『渇望:注目』『承認欲求:高』。
画面上の地図、繁華街のエリアをスキャンしていく。 無数の光点が現れては消える。 その中で、一つだけ、異質な輝きを放つ点があった。 弱々しいが、決して消えることのない、粘着質な光。
「……あ」
マナの指が止まった。
「見つけました! 改蔵様!」
「どんな奴だ」
「場所は……繁華街の雑居ビル。コンセプトカフェ……『バニーガールズバー』です!」
「バニーだと?」
改蔵の目が輝いた。 男のロマン。 網タイツとウサ耳。
「反応がすごく……『寂しそう』です」
マナが画面を見つめながら、眉を寄せた。
「強烈な『承認欲求』を感じます。誰かに見てほしい。誰かに認めてほしい。でも、誰にも満たされない。心の真ん中に、ぽっかりと穴が開いているような……そんな『孤独』の波動です!」
「寂しがり屋のウサギ、か」
改蔵は立ち上がり、ニヤリと笑った。 寂しさを埋めるために、身体を張る女。 そういう手合いは、一度『本物』を与えてやれば、底なしに堕ちる。
「面白え。死んじまう前に拾ってやるか」
「はいっ! ではスカウトに向かいましょう!」
「お留守番はいやです。マスター」
メイが改蔵の足にしがみついた。
「メイ。お前はイスズと留守番だ。お土産買ってきてやるから」
「……むぅ」
改蔵はメイの頭を撫でてなだめると、マナと共に黒い煙の中に消えた。
***
夜の帳が下りた繁華街。 欲望を煽るネオンサインが、毒々しく明滅している。 その一角にある雑居ビルの最上階。 会員制コンセプトバー『ラビット・ホール』。 重厚な扉の向こうには、高級感のある空間が広がっていた。 ジャズのBGMに、グラスが触れ合う音。 そして、露出度の高いバニースーツに身を包んだ美女たちが、蝶のように舞っていた。
「いらっしゃいませー♡」
月村ウナ(つきむら うな)は、鏡の前で作り笑いの練習をしてから、フロアに出た。 彼女のスタイルは、煌びやかな店内でも一際目を引くものだった。 158cmと小柄ながら、B82W57H88という、出るところは出て締まるところは締まった、理想的な砂時計体型。 特に、ハイレグのカットから大胆に露出したヒップのラインは芸術的で、歩くたびにプリッと揺れるその果実が、男たちの視線を釘付けにしていた。 頭には大きなうさ耳のリボン。 尻には丸いファーの尻尾。 彼女はこの店のナンバーワンだった。
「ウナちゃん! こっちこっち!」
「ウナちゃん今日も可愛いねー! シャンパン入れちゃおうかな!」
常連客たちが彼女を呼ぶ。 ウナは花が咲いたような笑顔でテーブルを回り、お酒を注ぎ、愛想を振りまく。 客の手が、さりげなく腰や太ももに触れる。 ウナはそれを拒まない。 むしろ、身体を寄せて甘い声を出す。
だが。
(……違う)
ウナの心の中は、南極のように冷え切っていた。 客たちの目は、ウナを見ていない。 ウナの『身体』を見ている。 ウナの『バニースーツ』を見ている。 今夜の『オカズ』として、あるいは自慢の『装飾品』として見ているだけだ。
(誰も、私を、見てくれない) (私の心なんて、どうでもいいんでしょ)
彼女の承認欲求は、底なし沼のようだった。 SNSに際どい自撮りを上げれば、数千の『いいね』がつく。 店に出れば、高価なボトルが入る。 でも、満たされない。 寂しい。 誰か、私の中身を見て。 私だけを必要として。 他の誰でもない、私だけを愛して。
「ウナちゃん。アフターどう? 美味しい寿司屋知ってるんだけど」
「ごめんなさーい。今日はちょっと体調が悪くて……」
ウナは客の手をかわしながら、トイレへと逃げ込んだ。 個室に入り、鍵をかける。 鏡を見る。 そこに映っているのは、派手なメイクをした、空虚なウサギの人形。 瞳の奥が死んでいる。
(……私、何してるんだろ)
ウナはスマホを取り出した。 SNSの通知を確認する。 『可愛い』『エロい』『ヤリたい』。 画面を埋め尽くす称賛の言葉。 なのに、胸の穴は広がるばかりだ。 スマホの画面を消すと、自分の顔が黒い画面に映り込んだ。 泣き出しそうな、迷子の顔。
「……誰か」
彼女は小さく呟いた。
「誰か、本当の私を見つけて」
その時だった。 トイレの個室の床から、黒い煙が湧き出してきた。
「見つけましたよ」
「ひゃっ!?」
ウナは飛び上がった。 煙の中から、金髪の少女が現れた。 黒いレオタード。 背中には、作り物ではない、本物の悪魔の羽。 店のコンセプト(バニー)とは違う、圧倒的な『異形』の存在感。
「だ、誰!? 新しいキャスト!? ここスタッフ以外立ち入り禁止……!」
ウナは動揺した。 だが少女……マナは、静かに首を振った。
「いいえ。私は貴女を迎えに来ました。月村ウナさん」
「え……?」
「貴女、とても『寂しい』匂いがします。こんなにたくさんの人に囲まれているのに、誰よりも孤独ですね」
図星だった。 ウナの仮面が、音を立ててひび割れる。
「ど、どうして……」
「わかります。貴女は『特別』になりたい。誰かの一番になりたい。誰かの視線を独占したい。そう願っていますね?」
マナはウナに近づいた。 その手を取り、優しく握る。 その手は冷たかったが、不思議と心地よかった。
「私たちなら、貴女のその『渇望』を、満たしてあげられます」
「満たす……?」
「はい。私たちの『マスター』は、貴女のような女性を求めています。彼なら、貴女だけを見てくれる。貴女の全てを受け入れてくれる」
ウナの心が揺れた。 『私だけを見てくれる』。 『全てを受け入れてくれる』。 その言葉は、彼女にとって、どんな高価な宝石よりも、どんな甘いシャンパンよりも、甘美な響きを持っていた。
「……本当に?」
ウナは縋るような目でマナを見つめた。
「本当に、私を、必要としてくれるの? お店のお客さんみたいに、身体だけじゃなくて?」
「もちろんです。貴女のその可愛らしさ、その身体、そしてそのどうしようもない『寂しさ』。全てがマスターの『糧』になります」
マナは背後の闇を示した。 そこには、男の影があった。 黒野改蔵。 彼はトイレの狭い個室の入り口に、堂々と立っていた。 Tシャツにスウェットという場違いな格好。 だが、彼が放つオーラは、店のどのVIP客よりも強烈だった。 彼はウナをじっと見ていた。 その目は、客たちのいやらしい目とは違っていた。 もっと根源的で、暴力的で、そして真っ直ぐな『所有欲』の目。 獲物を定めた、肉食獣の目。
「いいケツしてんじゃねえか」
改蔵がニヤリと笑った。
「そんな店で愛想笑いして、安売りするにゃ勿体ねえな」
「……っ!」
ウナは顔を赤らめた。 失礼な男。 初対面で、なんてことを。 でも、その視線は熱く、ウナの芯を貫いた。 この人は、私を『商品』として見ていない。 一人の『女』として、『獲物』として、値踏みしている。
「来いよ。俺がたっぷり可愛がってやる。お前が嫌と言うほど『見て』やるよ」
改蔵が手を差し出した。 ゴツゴツとした、大きな手。 ウナは、その手から目を離せなかった。 この手を取れば、もう戻れない気がした。 でも、ここに戻っても、待っているのは、空虚な笑顔と、孤独な帰り道だけだ。
(……愛されたい) (必要とされたい) (誰かの一番になりたい)
ウナは、震える手で、改蔵の手を取った。 温かかった。 そして、火傷しそうなほど熱かった。
「……連れてって。私を、寂しくさせないところへ」
「おう。任せとけ。アジト(うち)は賑やかすぎて、寂しがる暇なんてねえぞ」
改蔵はウナの腰を引き寄せた。 薄いバニースーツ越しに伝わる体温。 ウナは、久しぶりに『安心』を感じた。
「マナ。転送だ」
「はいっ! 新しい『家族』をご案内します!」
黒い煙が三人を取り囲む。 店の喧騒が遠ざかり、ウナの意識は、甘い闇へと沈んでいった。
***
アジトの土間。 転送されたウナは、恐る恐る目を開けた。 そこは、高級クラブのようなきらびやかな場所ではなかった。 土と埃の匂いがする、古びた日本家屋。 だが、そこには、異様な『熱気』と『女の匂い』が充満していた。
「お帰りなさい神主様! マナちゃん!」
パタパタと足音を立てて、一人の女性が走ってきた。 五十嵐イスズ。 Tシャツ一枚の姿で、その豊かな胸を揺らしている。 笑顔は屈託がなく、聖母のように優しい。
「マスター。おかえり」
改蔵の足元に、影のように滑り込んできたのは、小柄な少女。 メイだ。 彼女は裸に近い格好で、改蔵の足に頬ずりをしている。
「あら。随分と待たせてくれたわね」
居間の奥から、不機嫌そうな声。 魔人ミスティが、ボンテージ姿で腕組みをして睨んでいる。 その美貌は、トップアイドルのそれだ。
「……」
美女たちの園。 ハーレム。 ウナは、呆気にとられた。 みんな、綺麗だ。 スタイルもいい。 そして、全員が、改蔵を見ている。 改蔵を求めている。
(……ライバルが、いっぱい)
ウナの心に、火がついた。 店でのナンバーワン争いとは違う。 これは、もっと本能的な『生存競争』だ。 この中で、埋もれてなるものか。 一番愛されなきゃ、意味がない。 一番注目されなきゃ、意味がない。 この
「……負けない」
ウナは、改蔵の腕にしがみついた。 豊満な尻を突き出し、バニースーツの胸元を腕に押し付ける。 計算し尽くされた、男を狂わせる角度。
「マスター。私、ウナって言います」
彼女は、潤んだ瞳で、上目遣いで改蔵を見上げた。 あざとい。 計算高い。 でも、その奥にあるのは、必死な『渇望』だった。
「私、寂しがり屋なんです。だから……いっぱい『構って』くれないと、死んじゃいますよ?」
ウナは、改蔵の手を取り、自分の胸へと導いた。 心臓が、早鐘のように打っているのを、感じさせるように。
「……ふん。面白え」
改蔵は、ニヤリと笑った。 この女の『承認欲求』。 それは、底なしの沼だ。 埋めても埋めても溢れてくる孤独。 最高の『素材』だ。
「いいぜ。死ぬほど構ってやるよ。『儀式』でな」
改蔵は、ウナを軽々と抱き上げた。 ウナは、嬉しそうに声を上げた。 他の女たちの、嫉妬の視線が刺さる。 「あら、また変な女連れてきて」「神主様、モテモテですね」「……マスター、わたしの」。 その視線が、心地よかった。 今、みんなが私を見ている。 マスターが、私を選んでくれた。
「さあ、ウサギちゃん。跳ねる準備はいいか?」
「はいっ♡ マスターの中で、いっぱい跳ねさせてください」
新たな『儀式』の幕が開けようとしていた。 寂しがり屋のウサギが、どのような怪人へと変貌するのか。 アジトの夜は、まだ始まったばかりだった。