「儀式」の翌朝。
古びたアジトに差し込む光は、昨日と何も変わらない、長閑なものだった。
居間の畳の上では、
その傍らには、サポート担当の小悪魔、マナが、どこか誇らしげな顔で座っていた。
「いやあ、しかし、昨夜の儀式は見事でしたね、改蔵様」
「ん? ああ」
改蔵の返事は気の抜けたものだ。
彼の視線は、縁側で日向ぼっこをしている近所の三毛猫に注がれている。
「まさか、あれほどの魔力注入に『素材』が耐えきるとは。いえ、耐えるどころか、自ら魔力を受け入れ、完全に変態を遂げるなんて。さすが改蔵様のお見立て(と魔力)です」
「お前が連れてきたんだろ」
「そ、そうです! 私の『
マナが、小さな胸をぐいと反らせる。
そのレオタード姿も、すっかりこの和室に馴染んでいた。
「で、その『傑作』はどこ行ったんだよ」
「それなら、あちらに」
マナが指差したのは、居間の隣にある、あの埃っぽい土蔵だった。
改蔵が視線を向けると、ガラクタの山にしか見えない空間の、その隅。
何もないはずの壁際が、もぞりと動いた。
「……」
壁とまったく同じ色、同じ質感だった『それ』が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。
現れたのは、昨夜誕生したばかりの女怪人。
元・縞田チアキ、今やその名を『怪人カメレオン』という。
彼女は、自らの新しい身体をうっとりと見下ろしていた。
「……すごい」
カメレオンの、湿り気を帯びた声が蔵に響いた。
「見える。全部見える。三百六十度、死角がない」
左右別々の方向にギョロリと動く瞳が、蔵の中をくまなく観察している。
彼女は、おもむろに自らの腕を、床に積まれた古い新聞紙の山に置いた。
すると、驚くべきことに、腕の表面が瞬時に黄ばんだ紙の質感と、黒いインクのシミ模様に変化した。
「溶けてる。私、消えてる……!」
その声は、恐怖ではなく、歓喜に打ち震えていた。
昨日までの、退屈な『縞田チアキ』を演じていた自分は、もうどこにもいない。
彼女は、望んだ通りの『変身』を手に入れたのだ。
その恍惚とした姿に、マナは満足げに頷いた。
「フフフ。素晴らしい適応力です。これなら、すぐにでも実戦投入できますね」
「実戦ねえ」
改蔵が、湯呑みの最後の一滴をすすった、その時だった。
ビーッ! ビーッ!
マナの懐から、魔術スマートフォンがけたたましいアラート音を鳴らした。
「わっ!?」
「なんだなんだ」
「しゅ、首領からです! あ、いえ、四天王のサイトウさんからだ!」
マナが慌てて画面をタップすると、ホログラムのように、しかめっ面の中年男性の顔が浮かび上がった。
髪の毛が少し気になる、四十路のおじさん。悪の組織の幹部、サイトウだ。
『あー、マナ君か。聞こえるかね?』
「は、はいっ! サポート担当悪魔マナ、いつでも任務可能です!」
『いや、そんな畏まらなくていいから。それより、
「はい! まさに今、最終調整が完了したところです!」
マナがビシッと敬礼する。
その隣で、改蔵が鼻をほじっているのが、ホログラムの隅に映り込んでいる。
『……そ、そうかね。まあいい。首領が、至急、その新人の『威力偵察』を行え、とご下命だ。場所は、ここ。データを送る』
ピロリン、と軽い電子音が鳴り、マナのスマホに作戦地域のマップが表示された。
市内でも、特に人通りの多い駅前広場だった。
「威力偵察、ですか。つまり?」
『要するに、派手に暴れてこい、ということだ。ここのところ、ジャスティンジャーと聖剣姫の連携が良くてね。我々の戦線が膠着している。新戦力で奴らのド肝を抜いて、戦線をかき乱してやれ、と。まあ、現場は大変なんだがね……』
サイトウは、ブツブツと胃薬の心配でもするように呟いている。
「了解しました! 我が軍団の精鋭、必ずや正義の度肝を抜いてみせます!」
『ああ、頼んだよ。あまり無理はさせないように。ああ、それと黒野君』
「あん?」
不意に話を振られ、改蔵が間の抜けた声を上げた。
『君のおかげで、怪人の『質』は上がっていると、首領もご満悦だ。引き続き、頼むよ。期待している』
それだけ言うと、サイトウのホログラムは、胃痛をこらえるような顔のまま、プツリと消えた。
「……だ、そうだ。おい、カメレオン」
改蔵が、蔵に向かって声を張る。
「初陣だ。派手に暴れてこい、だとよ」
蔵の暗がりから、カメレオンがぬるり、と姿を現した。
その瞳は、獲物を狙う爬虫類のように、ギラギラと輝いていた。
「お任せください、マスター。私の『変身』……あの愚かな人間たちに、存分に見せつけて差し上げますわ」
その声には、かつてのギャル大学生、縞田チアキの面影は、もはや微塵も残っていなかった。
***
駅前広場は、平日の昼下がりにも関わらず、多くの人々で賑わっていた。
買い物客、待ち合わせをする若者、鳩に餌をやる老人。
誰も気付いていなかった。
その広場の中心にある、平和の象徴だというブロンズの女神像。
その表面が、まるで生き物のように、わずかに脈打っていることに。
(……フフフ)
怪人カメレオンは、女神像に完璧に擬態しながら、眼下を行き交う人々を見下ろしていた。
(誰も、私に気付かない。私はここに『いる』のに、誰の目にも『映らない』)
(なんて、素晴らしい感覚!)
彼女は、自らの能力に酔いしれていた。
『縞田チアキ』だった頃の、周囲の目を気にして、必死で自分を演じていた日々が、嘘のようだ。
今は、私が見る側。観察する側。
(さて、と。まずは、手始めに)
カメレオンの視界が、ベンチで談笑している女子高生グループを捉えた。
昨日までの自分と、少しだけ重なる姿。
カメレオンは、女神像の台座から、音もなくその長い尾を伸ばした。
尾の色は、瞬時に石畳と同じ灰色に変わる。
「てか、昨日のドラマ見た?」
「見たー! マジやばくなかった?」
「ねー。あ、ちょっと、足元なんか……」
女子高生の一人が、足元の異変に気付いた。
だが、遅かった。
しなやかな尾が、少女たちの足首を薙ぎ払う。
「「キャアアアッ!?」」
けたたましい悲鳴。
何の前触れもなく吹き飛ばされた少女たちを見て、広場の人々が一斉にそちらを向いた。
「え? なに?」
「今の……?」
人々が何が起きたか理解できずにいる、その一瞬。
カメレオンは、すでに女神像から離れ、広場に面した大型ビジョンの側面に張り付いていた。
その体色は、巨大なアイドルの広告写真と、まったく同じ色合いに変わっている。
「フフフ。どこを見ているの?」
カメレオンは、今度はビルの壁から、近くの街灯を尾で叩き折った。
ガシャン! という轟音と共に、街灯が地面に倒れ伏す。
ここでようやく、人々はパニックに陥った。
「怪人だ!」
「どこだ!? どこにいるの!?」
「いやあああ!」
逃げ惑う人々。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
カメレオンは、それをビルの壁から見下ろし、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「そうよ、逃げなさい! どこにもいない私から!」
カメレオンが、更なる破壊を行おうとした、その時だった。
「そこまでだ! 悪の組織の怪人!」
五色の閃光と共に、広場の中央に、あのヒーローたちが降り立った。
「正義の五つ星! 正義戦隊ジャスティンジャー、見参!」
赤、青、緑、黄、白。
ポーズを決める五人の戦士。
市民たちが、安堵の声を上げる。
「ジャスティンジャーだ!」
「助けに来てくれたんだ!」
ジャスティンレッドが、周囲を警戒しながら叫んだ。
「怪人! どこにいる! 姑息な真似はやめて、姿を現せ!」
「……フフフ」
カメレオンは、ビルの壁に擬態したまま、せせら笑った。
(愚かなヒーロー。私が、どこに『いる』か、だって?)
(私は、どこにでも『いる』のよ)
***
「お、始まった始まった」
一方、悪の組織のアジト。
居間の畳の上では、改蔵が胡坐をかき、マナが展開した魔術モニター(空間投影)を眺めていた。
モニターには、駅前広場の様子が、複数のアングルでくっきりと映し出されている。
テーブルの上には、改蔵がどこからか出してきた緑茶と、湿気ったせんべいが置かれていた。
どう見ても、日曜の昼下がりにヒーロー番組を見る親子の図だ。
「がんばれー! カメレオンさーん!」
マナが、小さなこぶしを握りしめて応援している。
「お、いきなりジャスティンジャーかよ。派手なデビュー戦だな」
「見てください、改蔵様! まったく気付いていませんよ、あの五人組!」
モニターの中では、ジャスティンジャーが、警戒しながらも的を見つけられずにいる。
その背後。ビルの壁から、カメレオンの尾が、ゆっくりとレッドに狙いを定めていた。
「あ、やべ、レッド後ろ」
「いけー! そこです!」
バシッ!
尾の一撃が、ジャスティンレッドの背中を強かに打ち据えた。
「ぐあっ!?」
不意の一撃に、レッドが地面を転がる。
「レッド!?」
「どこからだ!?」
仲間たちが慌てて駆け寄る。
「ハッハァ! やるじゃねえか、あいつ! いいぞー!」
改蔵が、せんべいをかじりながら囃し立てる。
マナも、自分のことのように喜んでいた。
だが、改蔵は、せんべいを置くと、テレビ観戦に飽きたように、マナの小さな身体に手を伸ばした。
「ひゃっ!?」
その手が、マナの黒いレオタードの股間部分に、なんのためらいもなく差し込まれた。
「か、改蔵様!? い、今、大事な戦闘中継です! カメレオンさんの初陣が!」
「分かってるよ。だからこその『契約の安定』だろ?」
改蔵は、マナの小さな耳に、悪魔のように囁いた。
「昨日あれだけ魔力を『儀式』で使ったんだ。今日こうして、怪人が『実戦』で魔力を使ってる。大元の俺様が、魔力切れになったらどうすんだよ」
「あ……!」
「サポート担当悪魔として、マスターの魔力を常に『安定』させとくのが、お前の『義務』なんじゃねえのか?」
「そ、その通りです……!」
マナの空色の瞳が、とろりと潤んだ。
首席才媛だった頃の理性が、「義務」と「快感」によって、再び上書きされていく。
「さ、さすが改蔵様です……! なんて、合理的で、的確なご判断……! あ、あぁん!」
改蔵は、マナをそのまま畳の上に押し倒した。
レオタードがたくし上げられ、小さな身体が露わになる。
改蔵は、モニターから一切目を離さないまま、自らの巨根を、慣れた様子でマナの秘所に突き立てた。
「ひぅうんっ!」
マナの背中が小さく跳ねる。
「ほら、観戦の続きだ。しっかり応援しろよ」
「は、はいぃっ! が、がんばえー! カメレオンさ、あんっ!」
アジトの中では、世界で最も不謹慎な、
***
モニターの中では、戦局が動いていた。
「くそっ、どこだ!」
ジャスティンブルーが、ビームライフルを乱射する。
だが、弾丸はすべて、誰もいない壁や地面を抉るだけだ。
「フフフ。無駄よ」
カメレオンは、今度は広場の噴水の水の中に潜み、水流に擬態していた。
水の中から伸びた尾が、イエローとグリーンを同時に薙ぎ払う。
「「うわあああっ!」」
「ダメだ、レッド! まったく読めない!」
ジャスティンジャーは、完全に翻弄されていた。
「いけいけー! カメレオンさん、押してます!」
「あんっ! も、もっと、です! あ、改蔵様!」
アジトでは、改蔵の腰の動きが、戦闘の激化と比例するように、速度を上げていた。
マナの嬌声が、ジャスティンジャーの苦戦する声と、奇妙なハーモニーを奏でる。
「ハッ! ざまあねえな、ジャスティンジャー! いいぞ、もっとやれ、カメレオン! あ、ほら、ブルーがまた転んだぞ、だっせえ!」
「きゃー! すごいです! あ、あそこ! レッドの背中が、またガラ空き、です! ああんっ!」
改蔵の激しいピストンと、モニター内のカメレオンの縦横無尽な攻撃が、完璧にシンクロする。
このまま、怪人が勝利するのではないか。
マナがそう思い始めた、その瞬間だった。
「そこかっ!」
モニターに、鋭い女の声が響いた。
銀色の閃光。
噴水の水が、真っ二つに切り裂かれた。
「ぎゃあっ!?」
水しぶきと共に、擬態が解けたカメレオンが、広場の石畳に叩きつけられた。
その腹部には、一筋の切り傷が走っている。
「なっ!? なぜ、わかった……!」
カメレオンが驚愕に見上げた先。
そこに立っていたのは、フリフリの衣装とはおよそ不釣り合いな、鋭い剣聖の眼差しを持つ少女。
聖剣姫キリハだった。
「気配がダダ漏れだ。そんなもので私を騙せるとでも?」
キリハは、聖剣をカメレオンに突きつけた。
「あいつは…」
「ああっ! キリハです!」
マナが、素っ頓狂な声を上げた。
「な、なんであんな強いんですか、あの
「あー、こりゃダメだ。終わったな」
改蔵が、舌打ちした。
「あいつ、気配探知までできんのかよ。カメレオンとは相性最悪だ」
「そ、そんなぁ! せっかくの怪人さんが……!」
マナが涙目になった、その時。
改蔵の動きが、頂点に達した。
「お、こっちも、いくぞ……!」
「えっ、あ、ああっ!」
モニターの中。
キリハが、聖剣を天に掲げる。
「聖剣・一閃!」
「や、やめ……!」
カメレオンの悲鳴。
閃光が、カメレオンの身体を包み込む。
「あぁ! 負けちゃったー……!」
マナが、絶叫した。
「ぅッ、イグウウウウウウッ!」
改蔵の
***
爆炎が晴れた広場。
そこには、気を失い、裸で倒れている一人の女性、縞田チアキの姿があった。
「け、怪人が、人間に戻ったぞ!?」
ジャスティンレッドが、驚きの声を上げる。
キリハは、ふん、と鼻を鳴らし、聖剣を鞘に収めた。
「悪の組織の仕業か。また攫われた人間だな。面倒をかける」
「き、キリハ君! すまない、助かった!」
「ジャスティンジャーは、その女を回収して研究所に送れ。何かわかるかもしれん。私は帰る」
キリハは、ヒーローたちに後処理を押し付け、さっさと転移魔法で消えていった。
「……」
回収され、担架で運ばれていくチアキ。
その表情は、なぜか、とても満足げに微笑んでいるように見えた。
***
「……ふう」
アジト。
改蔵は、畳の上で一服し、マナは、ぐったりと四肢を投げ出して脱力していた。
「まあ、初陣にしちゃ上出来だろ。キリハが出張ってきたのが、運の尽きだ」
「うぅ……。せっかくの、カメレオンさんが……」
マナは、まだ少し悔しそうだ。
「で、でも……改蔵様」
マナは、とろんとした目で改蔵を見上げた。
「魔力の
「おう。そりゃよかった」
改蔵は、立ち上がり、縁側に出て大きく伸びをした。
長閑な田舎の風景は、何も変わらない。
「さて、と」
改蔵は、ニヤリと笑った。
「次の『素材』、探しに行くか」
「はいっ!」
マナが、ガバッと起き上がる。
その瞳には、新たな
悪の組織の黒幕による、エロエロスローライフは、まだ始まったばかりだ。