※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

41 / 110
36話

 

 日本の片田舎にある古びた木造アジト。

 その朝は、いつにも増して甘ったるく、そして重苦しいほどの『愛』の空気に包まれていた。

 六畳間の万年床。

 そこに形成されているのは、もはや布団というよりは、肉とフェロモンで構成された『巣』だった。

 

「……ん」

 

 黒野改蔵(くろの かいぞう)は、重たげな瞼を持ち上げた。

 全身が痺れるような気だるさと、芯から湧き上がるような熱さを同時に感じている。

 視界いっぱいに広がっていたのは、輝くようなピンクブロンドの髪と、長くふさふさした白いウサギの耳だった。

 

「……おはようございます。マスター」

 

 月村ウナ(つきむら うな)こと『ウサギ怪人』が、改蔵の顔を覗き込んでいた。

 彼女は改蔵の胸板の上にうつ伏せになり、その豊かな双丘を押し付けながら、とろけるような笑顔を浮かべている。

 昨夜、アジトに新たな住人として加わった彼女は、片時も改蔵から離れようとしなかった。

 トイレに行く時でさえついてこようとするその執着心は、まさに『寂しがり屋』の極致だ。

 

「……おはよう。朝から元気だな」

 

「元気じゃないです。寂しかったです」

 

 ウナは不満そうに頬を膨らませると、改蔵の首筋に顔を埋め、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。

 

「寝てる間、マスターがこっち向いてくれませんでした。夢の中でも構ってくれないなんて、ひどいです」

 

「寝てる時くらい休ませろよ……」

 

「だめ。24時間、全部ウナのものです」

 

 彼女の身体から、視覚化できそうなほどのピンク色のオーラが立ち昇っている。

常時発情(ヒート)』。

 マナが分析した彼女の特性だ。

 ただそばにいるだけで、改蔵の『陽』の気が刺激され、理性が溶かされていく。

 

「……ずるいです。新入りさん」

 

 改蔵の左脇から、サキュバス怪人のメイが顔を出した。

 彼女もまた、改蔵の腕を枕にして眠っていたのだ。

 その瞳には、ウナへの対抗心と嫉妬が渦巻いている。

 

「マスターの朝一番は、わたしの特権だったのに」

 

「あは。早い者勝ちだよ? ね、マスター」

 

 ウナは勝ち誇ったように笑うと、見せつけるように改蔵の唇を奪った。

 濃厚で、粘着質なキス。

 舌が絡み合い、唾液が混じり合う音が、静かな朝の部屋に響く。

 

「ん……っ、ぷはっ。……朝から濃いな」

 

「あーっ! またキスしました! 改蔵様! 私も! 私もします!」

 

 右脇で寝ていた小悪魔マナが飛び起きた。

 彼女はウナを押しのけようとするが、ウナの身体は軟体動物のように改蔵に吸い付いて離れない。

 

「あらあら。皆さん、朝ごはんにしましょうね」

 

 枕元から、五十嵐イスズ(いがらし いすず)が苦笑しながら起き上がった。

 彼女だけは、このフェロモンの嵐の中でもマイペースを保っている。

 いや、彼女の『癒し』のオーラだけが、このアジトの空気がピンク色に染まりきるのを防いでいる防波堤だった。

 

「ウナちゃんも。神主様を食べちゃだめですよ?」

 

「……ちぇ。イスズさんには敵わないなぁ」

 

 ウナはしぶしぶ身体を起こした。

 だが、その手はしっかりと改蔵の手を握りしめていた。

 このアジトの朝は、今日も騒がしく、そしてどこまでも淫靡に始まっていく。

 

 ***

 

 朝食(イスズ特製のフレンチトースト)を終え、一息ついた頃。

 マナの魔術スマートフォンが震えた。

 サイトウからの定時連絡だ。

 マナがホログラムを展開すると、そこにはいつにも増してやつれたサイトウの顔があった。

 

『……おはよう諸君。朝から胃が痛いよ』

 

「おうサイトウさん。またなんかあったのか?」

 

 改蔵がウナに膝を占領されながら答える。

 ウナは改蔵の膝の上で丸くなり、幸せそうに撫でられている。

 

『君たちのせいだと言いたいところだが……まあいい。今日は『搦め手』の作戦を実行してもらう』

 

「搦め手?」

 

『うむ。先日話した通り、ヒーローたちが君たちの拠点を特定しようと躍起になっている。そこで、都心部で大規模な『陽動』を行い、奴らの目をこちらから逸らしたい』

 

 サイトウが地図を表示させる。

 場所は、若者たちでごった返す繁華街のど真ん中、スクランブル交差点だった。

 

『ここに怪人を送り込み、騒ぎを起こしてほしい。ただし、破壊活動が目的ではない。あくまで『注目』を集め、ヒーローたちを釘付けにすることが目的だ』

 

「注目を集める……ですか」

 

 マナがチラリとウナを見た。

 改蔵の膝の上で、ウナがピクリと耳を動かした。

 

「……注目?」

 

 ウナの瞳が輝いた。

 

「見てくれるの? たくさんの人が、私を?」

 

『うむ。君のその……あー、派手な見た目なら、うってつけだろう。頼めるかね?』

 

 サイトウはウナの痴女同然の姿(裸にエプロンだけつけさせられている)を見て、目のやり場に困っているようだ。

 

「やる。やります」

 

 ウナが立ち上がった。

 その顔には、恍惚とした笑みが浮かんでいる。

 

「私、みんなに見られたい。もっともっと、私のことを見てほしい」

 

 彼女の『承認欲求』が疼き出したのだ。

 アジトでの生活は幸せだが、彼女の渇望は底なしだ。

 数万人、いや数百万人の視線を独占できるチャンス。

 それを逃す手はない。

 

「よし。行ってこいウサギ。派手に愛想振りまいてこい」

 

 改蔵が許可を出した。

 

「はいっ♡ マスターのために、一番目立ってきます!」

 

 ウナは改蔵に投げキッスを送ると、マナが展開した転送魔法陣の中へと飛び込んだ。

 ピンク色の光が弾け、彼女の姿が消える。

 残されたのは、甘い香りの余韻だけだった。

 

 ***

 

 週末の繁華街。

 スクランブル交差点は、溢れかえるような人波で埋め尽くされていた。

 信号が青に変わり、群衆が一斉に歩き出す。

 その、雑踏の中心。

 突如としてピンク色の霧が噴き出した。

 

「な、なんだ!?」

「ガス爆発!?」

「いい匂い……?」

 

 人々が足を止め、ざわめきが広がる。

 霧が晴れると、交差点のど真ん中に、一人の『異形』が立っていた。

 

「……あ」

 

 誰かが声を漏らした。

 そこにいたのは、輝くような白肌と、ピンクブロンドの髪を持つ、美しいウサギの化身。

 身に纏っているのは、自らの体毛が変化した際どいファーのみ。

 ほぼ全裸に近いその姿は、太陽の下で見れば背徳的すぎて、直視できないほどだった。

 

「……見て」

 

 ウナが囁いた。

 魔力で増幅されたその声は、交差点中の人々の耳元で直接囁かれたかのように響いた。

 

「私のこと、見て」

 

 ウナが両手を広げ、ポーズをとる。

 豊満な胸が揺れ、くびれたウエストがしなる。

 その瞬間、世界が変わった。

 

 ドクンッ! 

 

 交差点にいた全ての男性(と一部の女性)の心臓が、早鐘を打った。

 ウナから放たれる『フェロモン・ジャミング』。

 理性を溶かし、本能を暴走させる魔性の香り。

 

「う、うおおおっ! なんだあの美女は!」

「すげえ! エロすぎる!」

「俺を見てる! 彼女は俺を見てるぞ!」

 

 一瞬にして、交差点は阿鼻叫喚の巷と化した。

 男たちが目の色を変えてウナに殺到する。

 スマホを取り出し、狂ったように写真を撮り始める。

 誰も逃げようとはしない。

 ただ、彼女を見たい。触れたい。自分のものにしたい。

 その欲望だけで、数万人が暴徒化した。

 

「ふふっ。そう、いい子たち。もっと見て。もっと私を求めて」

 

 ウナは群衆の中心で、艶然と微笑んでいた。

 恐怖などない。

 この熱狂、この視線、この欲望の濁流こそが、彼女の栄養源なのだから。

 

 ***

 

「うわあ……。これはひどいですね」

 

 悪の組織のアジト。

 居間に展開された巨大モニターを見上げながら、マナが呆れたような声を上げた。

 モニターに映し出されているのは、ウナを中心にして渦巻く人間の欲望の渦だ。

 交通は完全に麻痺し、警察官でさえも警棒を投げ捨ててウナに見とれている。

 

「ハッハァ! やりやがる! 最高のパニック映画だぜ!」

 

 改蔵は、その光景を肴に、アジトでの『宴』を楽しんでいた。

 彼は居間の壁際、柱を背にしてどっかと座り込んでいた。

 その膝の上、向かい合う形で跨っているのは五十嵐イスズだ。

 

「神主様……。あんなに大勢の人に見られて……ウナちゃん、恥ずかしくないんでしょうか……」

 

 イスズは顔を真っ赤にしながら、改蔵の首に腕を回している。

 彼女の豊満な胸が、改蔵の顔面に押し付けられ、視界の半分を肌色で埋め尽くしていた。

 彼女の下半身は、改蔵の腰と密着し、ゆっくりとしたリズムで揺れている。

『観戦』と『浄化』の同時進行だ。

 

「あいつにとっちゃ、あれが最高の『食事』なんだろ。変態だからな」

 

 改蔵はイスズの柔らかい尻を両手で揉みしだきながら、モニターを覗き見た。

 

「……マスター。わたしも、みて」

 

 改蔵の左側から、メイがすり寄ってくる。

 彼女は改蔵の左腕を抱きしめ、その指先を口に含んで甘噛みしていた。

 ウナへの対抗心か、いつもより吸い付きが強い。

 

「改蔵様! 右側が空いてます! マナが埋めます!」

 

 右側からはマナが飛び込んでくる。

 彼女は改蔵の右腕に絡みつき、二の腕の内側の柔らかい部分にキスマークを付けようと必死だ。

 正面にイスズ、左右にメイとマナ。

 改蔵は肉の壁に埋もれながら、モニターの惨劇(ハーレム)を鑑賞していた。

 

「いくぞお前ら! ウナが頑張ってんだ! こっちも盛り上げるぞ!」

 

「は、はいっ! ……んっ! 神主様、大きいです……!」

 

 イスズが腰を沈める。

 改蔵の楔が、彼女の最奥を打ち据える。

 甘い吐息が部屋に満ちる。

 モニターの向こうの熱狂と、アジトの熱気がシンクロしていく。

 

 ***

 

「なんだ、この騒ぎは!」

 

 上空から五色の影が降り立った。

 ジャスティンジャーだ。

 彼らは異様な光景に言葉を失った。

 怪人が暴れているのではない。

 市民が怪人を取り囲み、崇拝するようにひざまずいているのだ。

 

「怪人発見! 直ちに排除する!」

 

 レッドが叫び、群衆をかき分けて進もうとする。

 だが。

 

「おい! 押すんじゃねえ!」

「ウナちゃんが見えないだろ!」

「邪魔だ帰れ!」

 

 市民たちが、ヒーローに罵声を浴びせ、立ちはだかったのだ。

 彼らは完全に洗脳されている。

 ウナを守る親衛隊と化していた。

 

「なっ……! 市民を盾にするとは卑怯な!」

 

 ブルーが歯噛みする。

 

「あら。ヒーローさんたち?」

 

 人垣の向こうから、ウナの甘い声が届いた。

 

「あなたたちも、私を見に来てくれたの? 嬉しい♡」

 

 ウナがウインクを飛ばした。

 ピンク色の波動が、ヒーローたちを直撃する。

 

「うっ……!?」

 

 先頭にいたブルーとグリーン(男性隊員)の動きが止まった。

 ヘルメット越しの視線が、ウナの豊満な肢体に釘付けになる。

 

「な、なんだ……この胸の、高鳴りは……」

「かわいい……。いや、守ってあげなきゃ……」

 

「ブルー! グリーン! 何を言っている! 目を覚ませ!」

 

 レッドが叫ぶ。

 だが、彼自身の足も震えていた。

 本能が、目の前の雌を『攻撃対象』ではなく『繁殖対象』として認識しようとしている。

 戦意が、性欲に書き換えられていく恐怖。

 

「ふふっ。みんな、可愛い顔してる。もっと近くに来て?」

 

 ウナが手招きをする。

 その仕草だけで、周囲の男性たちが鼻血を出して倒れた。

 最強の『ハニートラップ』。

 

「ダメよ! みんな下がって!」

 

 唯一正気を保っていたのは、女性隊員であるイエローとホワイトだけだった。

 同性である彼女たちには、フェロモンの効果が薄いのだ。

(それでも、あざとさにイラっとする精神ダメージは受けているが)

 

「レッド! ブルー! グリーン! しっかりして!」

 

 イエローがレッドの頭をハリセン(のような武器)で叩いた。

 

「痛っ!? ……はっ! 私はいったい……」

 

 レッドが正気を取り戻す。

 冷や汗が吹き出していた。

 危なかった。

 あと数秒遅ければ、怪人の下僕に成り下がるところだった。

 

「全員! 遠距離攻撃だ! 近づくな! あのピンクの霧を吸うな!」

 

 レッドが指示を出す。

 彼らはバックステップで距離を取り、ビームライフルを構えた。

 

「えー。ひどーい。いじめないでよぉ」

 

 ウナが泣き真似をする。

 その瞬間、市民たちが盾になって立ちはだかる。

 

「ウナちゃんを撃つな!」

「俺を撃ってからにしろ!」

 

「くそっ! 撃てない!」

 

 ヒーローたちは完全に詰んでいた。

 攻撃すれば市民を傷つける。

 近づけば洗脳される。

 ウナは何もしていない。

 ただそこにいて、可愛く振る舞っているだけだ。

 それだけで、最強のヒーローチームが無力化されていた。

 

 ***

 

「ギャハハハハ! すげえ! あいつ最強じゃねえか!」

 

 アジトの改蔵は、腹を抱えて笑っていた。

 その振動が、膝の上のイスズに伝わり、快感となって彼女を揺さぶる。

 

「ああんっ! 神主様! 笑わないでください! 抜けちゃいます!」

 

「抜かねえよ! このままイかせてもらうぜ!」

 

 改蔵は興奮のままに腰を突き上げた。

 モニターの中のウナの活躍()が、最高のスパイスになっている。

 

「マナ! メイ! お前らもだ!」

 

「はいっ! 改蔵様! ちゅぷっ!」

 

「んぐ……! マスター、すごい……!」

 

 二人の愛撫も激しさを増す。

 アジトのボルテージは最高潮に達していた。

 

「いくぞイスズ! しっかり受け止めろ!」

 

「はいっ! 全部ください! 浄化しますぅぅぅ!」

 

 改蔵の魔力が爆発する。

 イスズの胎内へ、熱い濁流が注ぎ込まれる。

 

「イイイイイイイイイッ!」

 

 四人の絶叫が重なる。

 アジトが白濁した光に包まれた。

 

 ***

 

「……ふう」

 

 事後。

 改蔵は賢者タイムの頭でモニターを見た。

 戦況はどうなったか。

 

 画面の中では、ウナが困った顔をしていた。

 

「……ねえ。もう帰っていい?」

 

 ウナが呟いた。

 

「え?」

 

 対峙していたレッドが拍子抜けした声を出す。

 

「だって、飽きちゃったんだもん。みんな私を見るけど、なんか違うの」

 

 ウナは、熱狂する群衆を見渡した。

 数万の瞳。

 だが、そのどれもが、あの薄暗いトイレで改蔵が見せてくれた、魂を射抜くような『熱』を持っていなかった。

 ただの欲情。

 ただの崇拝。

 そんな軽いものじゃ、私の穴は埋まらない。

 

「やっぱり、マスターじゃなきゃヤダ」

 

 ウナは、子供のように駄々をこね始めた。

 

「マナちゃん! 帰る! 迎えに来て!」

 

 ウナが空に向かって叫んだ。

 戦闘放棄。

 いや、最初から戦ってなどいなかったのだが。

 

「……だ、そうです。改蔵様」

 

 アジトで、マナが気まずそうに改蔵を見た。

 

「ったく。わがままなウサギだぜ」

 

 改蔵は苦笑いした。

 だが、悪い気はしなかった。

 数万の信者よりも、たった一人の自分を選んだのだ。

 その『独占欲』は、改蔵の自尊心を心地よく満たした。

 

「連れ戻してやれ。晩飯の時間だ」

 

「はいっ!」

 

 モニターの中で、ウナの足元に魔法陣が展開される。

 

「バイバイ、その他大勢さんたち。私は『本命』のところへ帰るわ」

 

 ウナはヒーローたちに投げキッスを残し、光の中に消えた。

 残されたのは、洗脳が解けて呆然とする市民たちと、疲労困憊したヒーローたちだけだった。

 

 数分後。  アジトの土間にウナが転送されてきた。  彼女は一目散に改蔵の元へ駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

 

「マスタぁぁぁぁ! 会いたかったですぅぅぅ!」

 

「よしよし。派手なデビュー戦だったな」

 

「うん! いっぱい目立ったよ! でも、マスターが一番じゃなきゃ意味ないの!」

 

 ウナは改蔵に頬ずりし、その匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。  これでまた、甘いアジト生活が始まる。  誰もがそう思った、その時だった。

 

『……素晴らしい! 感動したよ!』

 

 マナのスマホから、興奮したサイトウの大声が響き渡った。  ホログラムが再展開される。

 

「うおっ、びっくりした。なんだよサイトウ、まだ見てたのか」

 

『見ていたとも! 彼女の集客能力、そして大衆を魅了するカリスマ性! 本部の上層部が諸手を挙げて絶賛している!』

 

 サイトウは鼻息を荒くして告げた。

 

『黒野君。緊急辞令だ。ウサギ怪人……月村ウナ君を、直ちに「悪の組織本部・広報宣伝部」および「特殊洗脳部隊」の特別幹部として迎え入れたい!』

 

「……はあ?」

 

 ウナがキョトンとした顔をする。

 

『アジトのような末端支部でくすぶらせておくには惜しい逸材だ! 本部に来れば、専用の個室、高級ブランドの服、そして何より、世界規模での活動が約束される!』

 

「えー。やだ」

 

 ウナは即答した。

 

「私、マスターと一緒にいたいの。本部とか興味ない」

 

 彼女はぷいっと顔を背け、さらに強く改蔵にしがみついた。  アジトにいれば、毎日改蔵に甘えられる。それを手放してまで、出世などしたくはない。  だが、サイトウも引かない。

 

『頼む! 君が必要なんだ! 組織のイメージアップには君の可愛さが不可欠なんだ! 給料は幹部待遇! 自由に使える経費も無制限だ!』

 

「しつこいなぁ。……なぁ、マスター。断っていいよね? 私、ここがいい」

 

 ウナが上目遣いで改蔵を見る。  潤んだ瞳。  だが、改蔵は少し考え、ニヤリと笑った。

 

「ウナ。行ってこい」

 

「えっ……!?」

 

 ウナの顔が絶望に染まる。  捨てられると思ったのか、その瞳に涙が浮かぶ。

 

「マ、マスター……? 私のこと、いらないの……? 飽きちゃったの……?」

 

「バカ言え。栄転だ。本部に行って、組織中の男どもを、さっきみたいに骨抜きにしてこいって言ってんだよ」

 

 改蔵はウナの頭をガシガシと撫でた。

 

「お前の魅力が世界に通用することを証明してこい。お前は俺の自慢の『作品』だ。世界中を虜にして、その一番上が俺だってことを知らしめてやれ」

 

「……マスター……」

 

「それに、本部なら給料もいい。その金で、俺に美味い酒でも奢ってくれよ」

 

 ウナは鼻をすすった。  マスターがそう言うなら。  マスターの役に立つなら。  それに、「一番上が俺」という言葉が、彼女の独占欲をくすぐった。

 

「……分かった。行く。行って、全員私のファンにして……組織を乗っ取ってやる」

 

「ハッ。いい返事だ」

 

『おお! 感謝する! 直ちに迎えのヘリを向かわせる!』

 

 サイトウが歓喜の声を上げる。

 

 ***

 

 数時間後。  アジトの上空に、豪華な専用ヘリが到着した。  ウナは不満たらたらで荷物をまとめ、しかし最後はビシッとウインクを決めて乗り込んでいった。

 

「行ってきます、マスター! ……絶対に、すぐ戻ってくるからね!」

 

 捨て台詞のような愛の言葉を残して、ウナは旅立った。

 

 ……そして、数日後。

 

「マスター! サボってきちゃった!」

 

「早えよ!」

 

 ウナは宣言通り、本部の厳重な警備をすり抜け(あるいは警備員を魅了して突破し)、週の半分はアジトに帰ってくるようになった。 「本部は堅苦しい」「マスターの匂いが足りない」「有給休暇(勝手に取得)」と言ってはアジトに入り浸り、結局、所属が変わっただけでやることは変わらなかったのである。  こうして、悪の組織本部には「最強の広報官」が、そしてアジトには「最強のサボり(通い妻)」が誕生したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。