※この作品はR-18です。

ヤッて改造! 〜悪の組織の黒幕です〜   作:ろくさん

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40話

 

 アスファルトが焼け付くような熱気。 エンジンの咆哮だけが鼓膜を支配する世界。 男は走っていた。 愛機『サイクロン・オメガ』と共に。 ホームセンターで購入したパーツで改造を重ねた400ccのバイク。 その車体は傷だらけだがエンジンだけは極限までチューンナップされている。 フルフェイスのヘルメット。 通販のプロテクターを縫い付けた手作りの強化スーツ。 首に巻いた赤いマフラーが風になびき残像を描く。

 

 彼の名は覆面ライダー。 世間では神出鬼没の謎のヒーローと呼ばれている男。 その正体は組織にも属さず警察でもないただの正義感の強い一般人である。

 

「待っていろ市民たちよ。今助けに行く」

 

 ヘルメットの中で男は低く呟いた。 ヘルメットに内蔵された無線機(秋葉原で購入した安物)から緊急放送が流れてくる。 隣町のショッピングモールに怪人が出現したという報せだ。 牛と子牛の姿をした恐るべき姉妹怪人。 ジャスティンジャーが苦戦しショッピングモールはパニックに陥っているという。

 

「許さん。平和な休日を脅かす悪の組織め」

 

 彼はグリップを握る手に力を込めた。 彼には特殊な能力はない。 魔法も使えなければ変身ベルトもない。 あるのは鍛え上げられた肉体と不屈の闘志のみ。 毎日腕立て伏せ一万回。 スクワット五千回。 腹筋三千回。 そして走り込み百キロ。 地獄のようなトレーニングの果てに彼は鋼鉄を砕き音速に反応する常人離れした肉体を手に入れた。 人間は鍛えれば強くなる。 それが彼の信条であり真理だった。

 

「急がねば。市民の悲鳴が聞こえるようだ」

 

 彼はアクセルを回した。 メーターの針がレッドゾーンへと跳ね上がる。 風圧がコンクリートの壁のように身体を叩く。 だが彼の体幹は微動だにしない。 彼は前を見据えていた。 ショッピングモールがあるのは東の方角。 国道を直進しバイパスを抜ければ三十分で到着するはずだ。

 

「……む?」

 

 前方に大きな分かれ道が見えた。 右に行けば整備された国道。 左に行けば鬱蒼とした木々が茂る山道。 バイクに取り付けたナビゲーションシステムは右を指している。 「右方向です」と無機質な音声が告げる。 だが彼の『ヒーローの勘』が激しく警鐘を鳴らした。 『悪の気配は左だ』と。

 

「ナビが間違っているのか。機械ごときに正義の道がわかってたまるか」

 

 彼は迷わず左にハンドルを切った。 ナビが『ルートを外れました』と焦ったように繰り返す。 黙れ機械。 正義の道は自ら切り開くものだ。 近道に違いない。 彼は山道へと突入した。

 

 舗装が途切れ砂利道になる。 タイヤが小石を弾き飛ばす音が響く。 木漏れ日が視界を遮り木の根がタイヤを取ろうとする。 悪路だ。 だが彼は減速しない。 むしろ加速した。 サスペンションが悲鳴を上げるが彼の脚力がショックを吸収し車体を安定させる。 木々が飛ぶように後ろへ流れていく。

 

「この匂い……。悪の濃度が濃くなっている」

 

 彼は確信した。 漂ってくる獣の臭い。 湿った腐葉土の臭い。 これは怪人の住処の臭いだ。 ショッピングモールへの裏ルートかあるいは敵の前線基地か。 どちらにせよこの先に敵がいる。

 

 三十分後。 彼はバイクを急停止させた。 道が消えたのだ。 目の前には断崖絶壁。 その下には激流が渦巻く川が流れている。 周囲は完全な原生林だった。 人工物は一つもない。 あるのは鳥のさえずりと木々のざわめきだけ。

 

「……おかしい」

 

 彼はバイクを降りヘルメットのバイザーを上げた。 ショッピングモールなど影も形もない。 ナビは『現在地不明』と表示されている。 電波も圏外だ。

 

「敵の結界か」

 

 彼は真剣にそう思った。 自分の方向音痴を疑うことはない。 自分が間違っているはずがない。 正義は常に正しい方向へ進むはずなのだ。 ならばこの状況は悪の組織による空間歪曲工作に違いない。 私を戦場から遠ざけるための高度な罠だ。

 

「卑怯な真似を。だが私は屈しない」

 

 彼は周囲を索敵した。 五感を研ぎ澄ます。 風の音。 川の音。 そして背後の茂みから聞こえる重い足音。

 

 ガサガサッ! 

 

「出たな怪人!」

 

 彼は瞬時に振り返り身構えた。 茂みをかき分けて飛び出してきたのは体長二メートルはある巨大なツキノワグマだった。 野生の猛獣。 だが彼の色眼鏡にはそう映らない。

 

「毛むくじゃらの怪人か! 熊を模した改造人間だな!」

 

 彼は独自の解釈で敵を認定した。 熊が驚いて立ち上がり威嚇の咆哮を上げる。 「グオオオオオッ!」 鋭い爪。 丸太のような腕。 普通の人間なら一撃で首が飛び内臓を引きずり出されるだろう。 だが彼は一歩も引かなかった。

 

「甘い! その程度の威嚇で私が怯むと思ったか!」

 

 熊が襲いかかってくる。 右腕のフルスイング。 彼はそれを避けない。 真正面から受け止めた。 ドスンという重い音が響く。 熊の剛腕を彼の手のひらが受け止めていた。

 

「……!」

 

 熊の目が点になった(ように見えた)。 岩をも砕く一撃が止められたのだ。

 

「貴様の力はその程度か! その剛腕で何人の市民を傷つけてきた!」

 

 彼は熊の手首(前足)を掴みそのまま身体を回転させた。 一本背負い。 数百キロの巨体が宙を舞う。 柔道の技ではない。 ただの腕力任せの暴力だ。

 

 ズガアアアン! 

 

 地面が揺れ土煙が舞う。 熊は背中から地面に叩きつけられ白目を剥いて伸びていた。 ピクリとも動かない。

 

「ふん。戦闘員レベルか」

 

 彼はマフラーを直した。 熊は気絶しているだけだ。 彼はそれを『怪人を無力化した』と認識した。 野生動物保護法など彼の辞書にはない。 (と認識したもの)は倒す。 それが正義だ。

 

「先を急ごう。本隊は近くにいるはずだ」

 

 彼は再びバイクに跨った。 来た道を戻る気はない。 崖の下。 川の向こうに微かな煙が見える気がした。 あそこが戦場だ。 彼は崖を見下ろした。 高さ三十メートル。 傾斜角七十度。

 

「行くぞサイクロン・オメガ! 空中殺法だ!」

 

 彼はアクセルを全開にした。 後輪が土を抉る。 そして崖に向かって飛び出した。 バイクが空を飛ぶ。 重力に引かれ落下していく。 だが彼は空中で車体を制御し川の中州にある岩場へと着地した。 ガシャン! サスペンションが底付きしタイヤが悲鳴を上げる。 だが彼は止まらない。 そのまま川を渡り対岸の森へと突っ込んでいった。

 

 一時間後。 視界が開けた。 だがそこはショッピングモールではなかった。 寂れた漁村だった。 潮の香り。 カモメの声。 演歌がどこからか聞こえてくる。 港には漁船が停泊し漁師たちが網の手入れをしている。

 

「……ここは何処だ」

 

 彼はバイクを止めた。 通りがかりの漁師が怪訝な顔で彼を見ている。 フルフェイスに泥だらけのライダースーツの男が山から現れたのだ。 不審者以外の何物でもない。

 

「貴様! ここは悪の組織の秘密基地か!」

 

 彼は漁師に詰め寄った。 漁師はぽかんと口を開けた。

 

「はあ? 何言ってんだ兄ちゃん。ここは千葉の銚子だぞ」

 

「千葉……?」

 

 彼は絶句した。 ショッピングモールは埼玉の隣町のはずだ。 なぜ海がある。 なぜ県を跨いでいる。 さっきまで山にいたはずなのに。

 

「まさか……広域転送装置か!」

 

 彼は戦慄した。 敵は空間をも操るのか。 自分を戦場から遠ざけるために一瞬で千葉まで飛ばしたというのか。 なんという強大な敵だ。 ジャスティンジャーたちが苦戦するわけだ。 彼らはこんな恐ろしい敵と戦っているのか。

 

「くそっ! まんまと嵌められた!」

 

 彼は拳を握りしめアスファルトを叩いた。 ひび割れる道路。 漁師が悲鳴を上げて逃げていく。

 

「だがここで諦めるわけにはいかない。市民が待っている」

 

 彼は立ち上がった。 太陽の位置を確認する。 日は傾きかけている。 西だ。 埼玉は西にある。 太陽を追いかければいい。 単純かつ完璧な作戦だ。

 

「西か! 待っていろ悪の組織!」

 

 彼はバイクをUターンさせた。 漁港を後にし西へと向かう。 今度こそ辿り着いてみせる。

 

 数時間後。 日は沈みかけ空は茜色に染まっていた。 彼は走っていた。 高速道路には乗らない。 ETCカードを家に忘れたからだ。 下道をひたすら走る。 信号待ちのたびに子供たちが手を振ってくる。 彼は「正義は勝つ」と親指を立てて応える。 その姿は確かにヒーローだった。 ただし向かっている方向以外は。

 

「……む?」

 

 山間部の県道。 前方に怪しい建物が見えた。 人気のない山奥にひっそりと佇むコンクリート打ちっぱなしの巨大な倉庫。 窓には鉄格子。 周囲には厳重な有刺鉄線。 そして入り口には強面の男たちが立っている。 黒いスーツ。 サングラス。 どう見ても堅気ではない。

 

「見つけたぞ……!」

 

 彼の勘が告げた。 あそこが悪の拠点だ。 ショッピングモールを襲っているのは陽動部隊。 あそここそが怪人を製造している本拠地に違いない。 あの黒服たちは戦闘員だ。 人間の姿に擬態しているが溢れ出る悪のオーラは隠せていない。

 

「待たせたな。ここが貴様らの墓場だ」

 

 彼はバイクのエンジンを吹かした。 マフラーから火が出る。

 

「行くぞサイクロン・オメガ! 正面突破だ!」

 

 彼は加速した。 門番の男たちが気づく。

 

「おい! なんだありゃ!」 「バイクが突っ込んでくるぞ!」 「止めろ! 撃て!」

 

 男たちが懐からチャカを取り出し発砲する。 乾いた発砲音。 マズルフラッシュ。 だが彼は避けない。 弾丸は彼の強化スーツに弾かれた。 いや正確にはスーツの下にある鋼鉄の筋肉が弾丸を弾き返した。 鉛の玉ごときで鍛え上げた大胸筋は貫けない。

 

「無駄だ! 正義の装甲は貫けん!」

 

 彼はバイクごと門に突っ込んだ。 ガシャアアアン! 鉄の門が飴細工のようにひしゃげ吹き飛ぶ。 彼は倉庫の中に躍り込んだ。

 

 中は異様な熱気に包まれていた。 白い粉が積まれたテーブル。 試験管やフラスコ。 そしてドラム缶。 広域暴力団が運営する大規模な麻薬精製工場だった。 作業員たちが慌てふためき逃げ惑う。

 

「貴様ら! ここで怪人を作っているのか!」

 

 彼は叫んだ。 ヤクザたちは彼を警察の特殊部隊かあるいは敵対組織の殺し屋と勘違いした。

 

「サツだ! ぶっ殺せ!」 「道具を出せ! やっちまえ!」

 

 ドスや金属バットを持った男たちが群がってくる。 五十人はいるだろうか。 暴力の波。 だが彼は笑った。 ヘルメットの下で獰猛に笑った。

 

「戦闘員ごときが! 数で私を止められると思うな!」

 

 戦闘開始。 彼はバイクから飛び降りた。 回し蹴り。 風を切る音がして三人がまとめて吹き飛びドラム缶の山に突っ込む。 正拳突き。 一人が天井まで跳ね上がり照明に引っかかる。 彼の動きは洗練されてはいなかった。 空手でも柔道でもない。 ただ速くただ重い。 暴力的なまでの身体能力の暴力。 我流の『ヒーロー拳法』だ。

 

「ひ、ひいい! なんだこいつ!」 「鉄板みてえに硬え!」 「化け物だ! 逃げろ!」

 

 ヤクザたちが恐怖に駆られる。 彼らにとってはこいつこそが怪人だった。 銃もナイフも通じない。 殴れば殴った方が骨折する。 理不尽な暴力の塊。

 

「逃がさん! ライダー・チョップ!」

 

 彼は逃げようとする幹部風の男の肩に手刀を叩き込んだ。 バキッという嫌な音がして男が崩れ落ちる。 鎖骨が粉砕された音だ。

 

「怪人の設計図はどこだ! 首領はどこにいる!」

 

 彼は幹部の胸ぐらを掴み上げ問い詰めた。

 

「し、知らねえよ! 何の話だ!」

 

「しらばっくれるな! この白い粉……怪人の強化剤か! それとも市民を洗脳する薬か!」

 

「それはヘロ……ぐはあっ!」

 

 彼は幹部を地面に叩きつけ気絶させた。 言い訳は聞かない。 悪は滅びるのみ。 彼は周囲を見渡した。 動く者はもういない。 壊滅。 彼はたった一人で武装組織を壊滅させた。

 

「……ふう」

 

 彼はヘルメットを脱ぎ汗を拭った。 爽やかな笑顔だった。 また一つ悪の企みを阻止した。 だがここには牛の怪人もジャスティンジャーもいなかった。 どうやらここは『別の』アジトだったらしい。 陽動か。 それとも支部か。

 

「……間に合わなかったか」

 

 彼は倉庫の外に出た。 空は完全に暗くなっていた。 彼は夜空を見上げた。 遠くの空で何かが爆発する光が見えた。 ショッピングモールの方角だ。 (実際には改蔵たちが儀式を終えた魔力の光だが彼は知らない)

 

「終わったのか……」

 

 彼は拳を握りしめた。 ジャスティンジャーが勝ったのか負けたのか。 それはわからない。 だが自分がそこにいなかったことだけは事実だ。 悔しさがこみ上げる。 なぜ私はいつも肝心な時に間に合わないのだ。 なぜ道はいつも私を裏切るのだ。 自分の無力さが憎い。

 

「……だが」

 

 彼は振り返った。 壊滅させた麻薬工場。 うめき声を上げるヤクザたち。 通報を受けて遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。 彼は突入前に匿名で通報しておいたのだ。

 

「ここにも『悪』はいた。それを倒した。無駄ではなかった」

 

 彼は自分に言い聞かせた。 どんなに小さな悪でも見過ごさない。 それがヒーローだ。 たとえ誰にも知られなくても。 たとえ盛大に勘違いをしていても。 彼が今日一つの犯罪組織をこの世から消し去ったのは事実なのだから。 この粉が市場に出回ることはもうない。 数千人の市民が救われたのだ。

 

「行くぞ」

 

 彼は再びバイクに跨った。 サイレンが近づいてくる。 警察に見つかるわけにはいかない。 彼は孤独なヒーローなのだから。 名乗るほどの者ではない。

 

「次は必ず。必ず辿り着いてみせる」

 

 彼はアクセルを回した。 エンジンが唸る。 彼は夜の闇に向かって走り出した。 その方角が実は『北』であり東京とは全く逆方向であることに彼はまだ気づいていなかった。 彼の戦いは終わらない。 道が続く限り。 (道が合っているかは別として)

 

 ***

 

 その夜。 悪の組織のアジト。 黒野改蔵はニュースを見ていた。 膝の上には小悪魔マナ。 背中には五十嵐イスズ。 足元にはサキュバス怪人メイ。 万年床の上でのハーレム団子状態でのニュース鑑賞だ。

 

『……本日午後、千葉県警と埼玉県警の合同捜査により、指定暴力団の麻薬精製工場が摘発されました』

 

 キャスターが淡々と読み上げる。 画面にはボロボロになった倉庫と担架で運ばれるヤクザたちの姿が映し出されている。

 

『現場は壊滅状態であり、構成員全員が重傷を負って倒れていたとのことです。警察は何らかの抗争に巻き込まれたと見て捜査を進めていますが、現場にはバイクのタイヤ痕と謎の足跡が残されており……』

 

「へえ。物騒な世の中だな」

 

 改蔵は他人事のように呟いた。 ミスティも今日は帰っている。 アジトは平和そのものだった。

 

「これ、あの『覆面ライダー』じゃないですか?」

 

 マナが改蔵の膝の上でくつろぎながら言った。

 

「あの方向音痴の人。また迷子になって八つ当たりしたんじゃないですか? 迷惑な人ですね」

 

「かもな。あいついつも変なとこで暴れてるからな」

 

 改蔵は笑った。 自分たちがショッピングモールで姉妹丼を楽しんでいる間に裏でこんなことが起きていたとは。 まさに平和の裏の悲劇(喜劇)だ。

 

「まあいいじゃねえか。悪党が減ったんだ。世界平和に一歩近づいたろ」

 

「そうですねぇ。神主様のおっしゃる通りです」

 

 イスズが背後から改蔵の肩を揉みながら相槌を打つ。

 

「……マスター。わたし、このライダー、きらいじゃない」

 

 メイが足元で呟いた。 バカな子ほど可愛いという感覚だろうか?同類に共感したのか。

 

「さて。今日も一日終わったな」

 

 改蔵はあくびをした。 姉妹のことは少し名残惜しいが、彼女たちは彼女たちの場所で幸せになるだろう。 怪人としての記憶が消えているなら、それもまた良しだ。

 

「寝るぞ」

 

「はいっ! 改蔵様!」

 

「おやすみなさい神主様」

 

「……マスター。おやすみ」

 

 改蔵たちは布団に潜り込んだ。 覆面ライダーが今もどこかの山道でガス欠になりバイクを押していることなど知る由もなく。 彼らは暖かく柔らかい夜へと落ちていった。 悪と正義と勘違い。 世界は今日も平和(カオス)に回っていた。

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