古びた木造アジトの朝。 そこは今日も今日とて、濃厚な体液の匂いと甘ったるい嬌声に支配されていた。 六畳間に敷き詰められた万年床は、もはや布団の体をなしていない。 それは欲望の海であり、溺れるための沼だった。
「ん……ちゅぷ……。マスター。おっきくなってきた」
「……ふぅ。朝から熱心だな、メイ」
改蔵は気だるげに天井を見上げた。 その右腕には、五十嵐イスズ(いがらし いすず)がしがみついている。 Tシャツ一枚の彼女は、豊満な胸を改蔵の二の腕に押し付け、幸せそうな寝息を立てていた。 左腕には小悪魔マナ。 彼女は改蔵の腕を抱き枕のように抱え込み、
「神主様……おはようございます……」
イスズがゆっくりと目を開けた。 その瞳はとろんと潤んでいる。 昨夜の『共同儀式』の余韻がまだ抜けていないのだ。
「おう。飯の時間だぞ」
「はいぃ……。すぐ作りますね……。でもその前に……」
イスズは改蔵の腕から離れるどころか、さらに強く密着してきた。 Tシャツ越しの柔らかな感触が、改蔵の肌を愛撫する。
「朝の『中和』もしないと……。神主様の『陽』の気、ビンビンですから」
「んむっ! だめ! マスターのごはんは、わたしの!」
布団の中からメイが顔を出し、抗議の声を上げた。 口元は白濁した液体で汚れている。
「あーもう! 朝から騒がしいですっ!」
マナも飛び起きた。 ボサボサの金髪。はだけたレオタード。
「改蔵様! 私も混ぜてください! 『健康観察』はサポート役の義務です!」
「お前らなぁ……。まあいい、全員まとめて相手してやる」
改蔵はニヤリと笑い、三人の女たちを抱き寄せた。 アジトの朝は、こうして理性のタガが外れた乱交から始まるのが常だった。
***
一通りの『儀式』と、イスズ特製の
『おはよう諸君。……相変わらず、精力が有り余っているようだな』
画面の向こうのサイトウは、目の下に濃いクマを作っていた。 背景には書類の山と、救急箱が見える。
「おうサイトウさん。やつれてるな」
『誰のせいだと思っている……。まあいい。今日は緊急の相談がある』
サイトウは咳払いを一つした。
『実はな、組織内で『健康被害』が深刻化しているんだ』
「健康被害? ヒーローにやられたか?」
『それもある。だがもっと深刻なのは……過労、ストレス、謎の感染症、そして腰痛だ』
サイトウが悲痛な声で訴える。
『戦闘員たちは激務だ。加えて最近の
「へえ。ブラック企業だな」
『笑い事ではない! このままでは組織が内部崩壊する! そこでだ黒野君』
サイトウが身を乗り出した。
『君に、優秀な『医療スタッフ』を確保してもらいたい。怪我を治すだけでなく、兵士たちのメンタルケアや健康管理まで任せられる、慈愛と管理能力に優れた人材を』
「医者かナースか。なるほどな」
改蔵は顎を撫でた。 確かにこのアジトにも、医療担当はいない。 怪我をすればイスズが手当てをしてくれるが、彼女はあくまで素人だ(料理の腕はプロ級だが)。 マナの回復魔法もあるが、燃費が悪く効率的ではない。
「わかった。福利厚生は大事だからな。極上の『白衣の天使』を見繕ってやるよ」
『頼んだぞ。報酬は弾む』
通信が切れる。 マナはすぐに魔術スキャナーを起動した。
「医療……奉仕……管理……」
検索条件を入力していく。 『因子:治癒』『渇望:管理・支配』『職業:医療関係』。
「……あ、出ました!」
マナが声を弾ませた。 画面上の地図、市内にある総合病院の一角に、強い光点が明滅している。
「すごい反応です! 純粋な『奉仕の心』と、その裏返しにある強烈な『完治への執着』! 非常に高いポテンシャルです!」
「へえ。どんな奴だ」
「データによりますと……明るく優しい性格で、病棟の人気者だそうです。でも……少し『抱え込みすぎ』な反応も出ていますね」
「なるほどな。患者のために尽くしすぎて、自分が壊れかけてるってか」
改蔵はニヤリとした。 激務に追われる聖女。 その自己犠牲の精神。 それを解放してやれば、どんな化け物が生まれるか。
「よしマナ。往診の時間だ」
「はいっ! スカウトに向かいます!」
マナがビシッと敬礼する。 少女たちを連れてくるのは、彼女の重要な任務だ。
「マスター。おみやげほしい…」
メイが改蔵の足元でねだる。
「おう。注射器の一本でも持って帰ってきてもらえ。マナ、行ってこい」
「はいっ! 極上のナースを連れ帰ります!」
マナは黒い煙に包まれ、一人アジトから姿を消した。
***
市内最大の総合病院。 消毒液と微かな死臭が漂うその場所は、戦場と何ら変わりなかった。 ナースステーションでは、コール音が鳴り止まない。 廊下をストレッチャーが走り抜け、待合室では患者たちの怒号と咳き込む声が響いている。
「七瀬さーん! 302号室の点滴、まだー?」
「はい! 今すぐ行きますね!」
七瀬レン(ななせ れん)は、廊下を小走りで向かった。 彼女は、この病棟で一番人気の美人ナースだ。 首の後ろで束ねた艶やかな黒髪。 清潔感のあるナース服。 158cmの小柄な身体には、白衣の上からでもわかるほど豊かな胸と、引き締まったウエスト、そして安産型のヒップが詰め込まれている。 どんなに忙しくても、彼女の顔から笑顔が消えることはない。
「お待たせしました、田中さん。点滴交換しますね」
レンは病室に入り、笑顔で老人に語りかけた。
「おお、レンちゃんか。待ってたよぉ。レンちゃんが来ないと血管が痛くてなぁ」
「ふふ、もう、大袈裟ですよ。はい、チクッとしますよー」
手際よく針を刺し変える。 その間も、老人はレンの手を握ったり、いやらしい視線を胸元に向けたりしている。 セクハラまがいの言動。 わがままな要求。 医者の理不尽な指示。 だが、レンは決して嫌な顔をしなかった。
「……はい、終わりました。お大事になさってくださいね」
レンは完璧な笑顔で病室を出た。 扉を閉め、ふう、と小さく息を吐く。
(……田中さん、またお薬飲んでない) (鈴木さんは隠れてタバコ吸ってるし……) (どうしてみんな、自分の体を大切にしないのかな)
彼女の中にあるのは、怒りではなかった。 深い悲しみと、無力感。 そして、強烈な『焦り』だった。
(治してあげたい) (みんな、元気になってほしい) (どうすれば、もっと完璧に管理できるの?) (どうすれば、みんな私の言うことを聞いて、健康になってくれるの?)
彼女の『優しさ』は、もはや強迫観念に近い領域に達していた。 患者が苦しむ姿を見たくない。 そのためなら、どんなことだってする。 たとえ自分の身を削ってでも。
「レンちゃーん! 急患だよー!」
先輩ナースの声が響く。 レンは瞬時に顔を上げた。
「はい! 今行きます!」
彼女は再び笑顔を貼り付け、走り出した。 だが、その身体は限界に達していた。
休憩時間。 レンは病院の裏手にある小さな公園のベンチに座り込んでいた。 もう一歩も動けない。 西日が眩しい。 意識が朦朧とする。
「……大丈夫ですか?」
不意に、頭上から声が降ってきた。 レンが重いまぶたを開けると、そこには一人の少女が立っていた。 黒いレオタードに、悪魔の羽。 非現実的な姿。
「……あら? 患者さんですか? 迷子になっちゃいました?」
レンは職業柄、反射的にそう尋ねた。 自分の疲労よりも、目の前の少女の薄着を心配するような声色だった。
「いいえ。お迎えに来ました。七瀬レンさん」
少女マナが、にっこりと微笑んだ。
「貴女、とっても疲れていますね。誰かのために頑張りすぎて、自分がボロボロになっています」
「……そんなことないですよ。これが私の仕事ですから」
レンは健気に笑おうとした。 だが、マナはレンの隣に座り、その手を優しく取った。
「貴女の『癒しの手』を、もっと有効に使える場所があります」
「……有効に?」
「はい。そこには、貴女の管理を待っている、哀れな子羊たちがたくさんいます。貴女が『全力』で治療しても、壊れないくらい元気な人たちです」
レンの瞳が揺れた。 全力で治療できる。 遠慮なく、自分の理想の『看護』ができる。
「……そんな場所、あるんですか?」
「ありますよ。私たちが保証します」
マナはレンの手をギュッと握った。
「私たちの『アジト』に来れば、貴女の願いは叶います。貴女の『愛』を受け止めてくれる人がいます」
レンはマナの手を見つめた。 温かい。 誰かに手を握られたのは、いつぶりだろう。 いつもは自分が、患者の手を握って励ます側だった。
「……行ってみたい、です。私、もっとみんなの役に立ちたいから」
レンは立ち上がった。 その顔には、純粋な希望の光が宿っていた。 彼女は知らない。 その純粋すぎる奉仕の心が、悪の組織にとって最高の『劇薬』になることを。
「では、搬送します!」
黒い煙が二人を取り囲む。 病院のサイレンが遠ざかり、レンは新たな『職場』へと旅立った。
***
アジトの土間。 転送されたレンは、目を丸くして周囲を見渡した。
「あらあら……。随分と年季の入ったお家ですね」
彼女はにこやかに微笑んだ。 埃っぽい床も、カビ臭い空気も、彼女にとっては『不潔』ではなく『ケアが必要な場所』と映ったようだ。
「あ、マナちゃんお帰りなさい! お客様ですか?」
奥からイスズがTシャツ一枚で現れる。
「マスター。おみやげ?」
メイがほぼ全裸で這い出してくる。
「……!」
レンは驚いた。 だが、それは嫌悪感ではなかった。 彼女は慌ててイスズとメイに駆け寄った。
「まあ! なんて薄着なの! 風邪ひいちゃいますよ!」
レンはイスズの手を取り、メイの額に手を当てた。
「体温は……少し高めですね。顔も赤いし、息も荒い……」
彼女は心配そうに眉を下げた。
「あなたたち、どこか具合が悪いの? ちゃんとご飯食べてる? 睡眠は?」
「え、ええと……。私たちは元気ですよ?」
イスズが困惑する。
「だめですよ無理しちゃ! 顔色に出てるもの! すぐにベッドに横になって!」
レンの『お世話焼きスイッチ』が入ってしまった。 彼女にとって、目の前の人間はすべて『守るべき患者』なのだ。
「おうマナ。戻ったか」
そこへ、奥の居間から改蔵が顔を出した。 Tシャツ一枚でスウェット姿。 寝癖だらけで、あくびをしている。 そして何より、その股間は朝の儀式の影響か、スウェットの上からでもわかるほど大きく膨らんでいた。
「……!」
レンの視線が、改蔵に釘付けになった。 目の下のクマ。 だらしない筋肉。 そして、異常なほど充血した下半身。
「あ、あらあら……! あなた、大変!」
レンは小走りで改蔵に近づき、その手を取った。
「こんなになるまで放っておいて……! 苦しいでしょう? 痛いでしょう?」
彼女は改蔵の股間を、慈愛に満ちた瞳で見つめた。 いやらしい目ではない。 重症患者を見る、真剣なナースの目だ。
「……おう。痛くて仕方ねえよ。ナースさん、治してくれるか?」
改蔵がニヤリと笑う。 レンは、にっこりと微笑んだ。 病棟で患者たちを癒してきた、完璧な天使の笑顔だ。
「もちろんです。患者さんの苦しみを取り除くのが、私の仕事ですから」
レンは持っていた鞄を置くと、テキパキと準備を始めた。 聴診器を首にかけ、なぜか持っていた体温計を口にくわえる。
「すぐに『処置』しますね。特別に『
彼女は改蔵の手を引き、優しく、しかし力強く奥の土蔵へと誘導し始めた。
「マナちゃん。あの方、とっても優しいですね……」
イスズがポカンとしている。
「はい! 素晴らしい『奉仕精神』です! ですが……その優しさが『過剰』すぎて、ちょっと危ない予感がします!」
マナはガッツポーズをした。 明るく優しい白衣の天使。 だがその愛は、重く、深く、そして逃げ場のない『管理』へと繋がっている。 新たな『