古びた木造アジトの朝は、硝子細工のように繊細で、しかし歪な空気に包まれていた。 万年床の六畳間。 肉と体温が折り重なるその中心で、
「おはよう、おじさん」
「おはようございます、マスター」
左右から同時に声がかかる。 右腕には金髪の少女ルイーズ。 左腕には銀髪の少女マリー。 昨日アジトに加わった『双子人形怪人』だ。 彼女たちは改蔵の腕を抱き枕のように抱え込み、左右対称のポーズでぴったりと張り付いていた。 その肌は人間離れした白さと陶器のような質感を持っており、触れると少し冷たい。 だが、その内側には改蔵が昨日注ぎ込んだ熱い魔力が脈動しているのが伝わってくる。
「朝からべったりだな。人形ってのは充電が必要なのか?」
改蔵が身体を起こそうとすると、双子はさらに強くしがみついた。 その力は見た目に反して万力のように強い。
「当たり前でしょ。貴方は私たちの『ネジ巻き』なんだから」
ルイーズが改蔵の二の腕に頬ずりする。
「離れたら、止まっちゃう。だから、ずっとくっついてるの」
マリーが反対側の肩に顔を埋める。 二人のオッドアイが、至近距離から改蔵を見つめる。 青と赤。赤と青。 その瞳の奥には、底なしの依存と独占欲が渦巻いていた。
「……あのぉ。私の場所がないんですけど」
足元から不満げな声がした。 サキュバス怪人のメイだ。 いつもなら改蔵の足の間が彼女の定位置なのだが、今日は双子の長いドレスの裾が邪魔をして入り込めずにいたのだ。
「あら。雑種犬は床で寝てなさいよ。ここは高貴な私たちの場所よ」
ルイーズが冷ややかに言い放つ。
「そうよ。犬小屋に帰りなさい」
マリーも無表情に追撃する。
「うぅ……! マスター! こいつら、いじわる!」
メイが涙目で改蔵に訴える。 朝から騒がしい。 だが、その騒がしさこそがアジトの活力源だ。
「喧嘩すんな。ほらメイ、お前はこっちだ」
改蔵は双子を腕につけたまま、器用にメイを腹の上に引き上げた。
「わぁい。マスターのうえ」
メイが嬉しそうに尻尾を振る。 右に金の人形、左に銀の人形、腹の上にサキュバス。 そして台所からは、エプロン姿のイスズが味噌汁のいい香りを漂わせている。 左腕のマナは、双子に場所を奪われてむくれながらも、改蔵の背中にへばりついている。 完璧な朝だ。
「さあ、今日も
改蔵は四人の少女を引き連れて、のっそりと起き上がった。
***
朝食を終え、双子の人形たちがイスズの焼いたホットケーキを幸せそうに頬張っている頃。 マナの魔術スマートフォンが震えた。 定例のサイトウからの連絡だ。 ホログラムのサイトウは、心なしか以前よりもやつれていた。 背景のオフィスでは、医療局長となったレンが部下たちに指示を飛ばしている姿が小さく見える。
『おはよう諸君。……双子の調子はどうだ?』
「おう。絶好調だぜ。食欲も性欲もな」
改蔵が答えると、サイトウは安堵の息をついた。
『それはよかった。実は、彼女たちにうってつけの『ステージ』を用意したんだ』
「ステージ?」
『うむ。都心にある野外音楽堂だ。今日、そこで大規模なアイドルフェスが開催される』
サイトウが地図とイベント情報を表示する。 数万人の観客が集まる一大イベントだ。
『ここを占拠し、我々の力を誇示してもらいたい。双子の能力……『支配』と『共鳴』のテストにはもってこいの場所だ』
「なるほどな。 アイドルのステージを乗っ取るってわけか」
改蔵はニヤリと笑った。 あの目立ちたがり屋の双子なら、喜んでやるだろう。
「おい、ルイーズ、マリー。仕事だぞ」
改蔵が声をかけると、シロップまみれの口をした二人が顔を上げた。
「仕事? なにするの?」
マリーが首を傾げる。
「歌うのよマリー。たくさんの人の前で、私たちの歌を聴かせてあげるの」
ルイーズが目を輝かせた。 彼女たちの『承認欲求』と『自己顕示欲』。 洋館で二人きりで歌っていた寂しさが、今度は爆発的なエネルギーとなって外へ向かおうとしていた。
「行くわ。私たちの美しさで、愚民どもをひれ伏させてあげる」
「……うん。おじさんのために、歌う」
二人は立ち上がった。 その瞬間、ドレスがふわりと広がり、背中の翼が微かに発光した。
「マナ。転送だ。派手な入場といこうぜ」
「はいっ! 座標セット完了! 『
黒い煙が
***
都心、野外音楽堂。 そこは熱狂の坩堝と化していた。 色とりどりのサイリウムが振られ、数万の観客が推しのアイドルの名を叫んでいる。 そのステージの只中。 突如として空間が裂け、黒い雷光が走った。
「キャアアアアッ!?」
「なんだ!? 演出か!?」
どよめきが広がる中、煙の中から二つの影が舞い降りた。 青と赤のドレス。 金と銀の髪。 人間離れした美貌を持つ双子の少女たち。
「ごきげんよう、愚民の皆さん」
ルイーズが優雅にカーテシー(膝を折る挨拶)をする。
「さようなら、退屈な時間」
マリーが虚ろな瞳で客席を見渡す。 その異様な存在感に、会場の空気が一変した。 警備員たちが駆け寄ってくる。
「おい! なんだ君たちは! 勝手にステージに上がるな!」
「うるさいわね。私たちのリサイタルの邪魔しないで」
ルイーズが指先を軽く振った。 キラリ、と何かが光った。 次の瞬間。
「う、うわぁぁっ!? 勝手に身体が!?」
警備員たちが悲鳴を上げた。 彼らの手足が、まるで糸で釣られた操り人形のように不自然に跳ね上がり、味方同士で殴り合いを始めたのだ。
『操り
「ふふ。踊りなさい。壊れるまで」
ルイーズが指揮者のように指を動かすたびに、警備員たちは骨が軋む音を立てて奇妙なダンスを踊らされる。
「ひっ、ひいいい!」
「逃げろ! 怪人だ!」
パニックが広がる。 観客たちが我先にと出口へ殺到する。 だが、その退路を塞ぐように、銀色の壁が出現した。
「逃がさない。最後まで聴いて」
マリーが歌い始めた。 それは言葉のない、美しい旋律。 だが、その声には魔力が乗っていた。 『共鳴の
「あ……あぁ……」
「頭が、くらくらする……」
観客たちが次々と膝をつき、虚ろな目でステージを見つめる。 数万人が、二人だけの観客へと変えられていく。
「いいわ。最高の景色ね」
ルイーズが満足げに微笑む。 だが、その支配を切り裂く影があった。
「そこまでだ! 悪の怪人たちよ!」
空から五色の光が降り注ぐ。 ジャスティンジャーだ。 彼らは観客を守るようにステージと客席の間に立ちはだかった。
「また新しい怪人か! しかも子供……!?」
レッドが双子を見て驚愕する。
「子供じゃないわ。レディに対して失礼ね」
ルイーズが不機嫌そうに眉をひそめる。
「見た目に騙されるな! 彼女たちからは強大な魔力を感じる!」
ブルーが警告する。
「いくわよマリー。邪魔者は消しましょう」
「うん。おじさんが見てるから、がんばる」
双子は手を繋いだ。 瞬間、二人の魔力が爆発的に膨れ上がった。 青と赤のオーラが混ざり合い、紫色の嵐となってステージを吹き荒れる。
「いくぞみんな! フォーメーションBだ!」
レッドの号令と共に、ヒーローたちが散開する。 ピンクとイエローがマリーへ、レッド、ブルー、グリーンがルイーズへと向かう。
「甘いわね。私たちは二人で一つなのよ」
ルイーズが笑う。 グリーンが風のような速さでルイーズの背後に回り込み、真空蹴りを放つ。 直撃コース。 だが、ルイーズは避けようともしなかった。
「もらった!」
グリーンの蹴りがルイーズの背中にめり込む……はずだった。 ドガッ! 鈍い音が響いた。 だが、吹き飛んだのはルイーズではない。 遠く離れた場所にいたマリーだった。
「きゃっ……」
マリーが軽くよろめく。 ダメージはない。 ただ、誰かに背中を押された程度だ。
「なっ!? 俺は今、金髪の方を蹴ったはずだぞ!?」
グリーンが混乱する。
「ふふ。言ったでしょ? 私たちは繋がってるって」
ルイーズが無傷で振り返る。 彼女たちの能力『ダメージ転移』。 片方が受けた衝撃を、もう片方へ流すことができる。 しかも、その過程でダメージは半減され、さらに魔力へと変換される。
「痛くも痒くもないわ。でも、お返しはするわよ」
ルイーズが指を弾く。 無数の針が虚空から出現し、グリーンに襲いかかる。
「うわああっ!」
グリーンが針の雨に晒され、火花を散らす。
「グリーン!大丈夫か!」
ピンクとイエローがマリーを攻撃する。 ビームウィップとハンマーの同時攻撃。 マリーは歌いながら、ひらりと舞うようにそれをかわす。 いや、かわしていない。 攻撃が当たる瞬間、彼女の身体が蜃気楼のように揺らぎ、すり抜けている。
「当たらない……!?」
「幻影か!?」
違う。 彼女たちは常にお互いの位置情報を共有し、魔力で座標をずらしているのだ。 二人で一人の怪人。 その連携は、長年連れ添ったヒーローたちのチームワークすら凌駕していた。
***
「すごい……! 完璧なコンビネーションです!」
アジトの居間。 マナが興奮気味にモニターを見つめている。 画面の中では、双子が五人のヒーローを相手に、舞踏会のように優雅に、そして一方的に蹂躙している。
「ハッハァ! いいぞ! もっとやれ!」
改蔵は畳の上でふんぞり返り、その光景を肴に酒を飲んでいた。 その膝にはイスズが座り、足元にはメイが絡みついている。
「神主様。あの子たち、すごいですけど……ちょっと危なっかしいですね」
イスズが改蔵の肩に頭を預けながら心配そうに言う。
「ああ。力はあるが、経験不足だ。調子に乗ると足元を掬われるぞ」
改蔵はニヤリと笑った。 画面の中の双子の動きが、さらに激しさを増す。 彼女たちは戦いを楽しんでいた。 そして何より、改蔵に見られているという意識が、彼女たちの力を底上げしていた。
***
「もう終わり? つまんないの」
ルイーズが退屈そうに呟く。 ステージの上には、糸でぐるぐる巻きにされたジャスティンジャーたちが転がっていた。 彼らは自らの意志とは関係なく、奇妙なポーズで固められている。
「くそっ……! 身体が、動かない……!」
レッドが歯噛みする。
「あなたたちの負けよ。私たちの歌を、最後まで聴かせてあげる」
マリーが前に出る。 彼女は大きく息を吸い込んだ。 トドメの歌声。 会場全ての人間を洗脳し、完全な人形へと変える魔の歌。
『♪ 〜〜〜〜……』
高周波の歌声が響き渡る。 空間が歪む。 ヒーローたちの意識が飛びそうになる。 その時だった。
「そこまでだ!」
上空から眩い光が差し込んだ。 新たな影。 正義の援軍か。 いや、違う。 それは巨大なスピーカーを積んだトラックだった。 デコトラだ。 派手な電飾と爆音の演歌と共に、ステージに突っ込んできたのだ。
「な、なによアレ!?」
ルイーズが顔をしかめる。 トラックの荷台から飛び出してきたのは、リーゼント頭の男だった。 伝説のロックンローラー(自称)、
「ベイベー! 湿っぽい歌はそこまでだ! 俺の
ギャギャギャギャギャァン!
ひどい騒音。 繊細なマリーの魔力干渉が、物理的な音圧によって破壊される。
「きゃあっ!? 耳が!」
マリーが耳を塞いでうずくまる。
「マリー!」
ルイーズが駆け寄る。 共鳴が途切れた。 その隙を、ヒーローたちは見逃さなかった。
「今だ! 拘束を解け!」
イエローが渾身の力で糸を引きちぎる。 自由になったレッドが叫ぶ。
「ジャスティン・キャノン! 発射準備!」
形勢逆転。 双子は音波攻撃に弱かった。 繊細すぎる共鳴は、ノイズに脆いのだ。
「くっ……! 覚えてなさい! 野蛮人ども!」
ルイーズがマリーを抱きかかえる。 これ以上の戦闘は不利だ。 彼女はプライドよりもマリーの安全を選んだ。
「マナ! 回収して!」
『了解です! お疲れ様でした!』
マナの声と共に、転送ゲートが開く。 双子は捨て台詞を残し、光の中へと消えていった。
「逃げられたか……」
レッドが悔しそうに拳を握る。 だが、会場の観客たちは解放され、正気を取り戻し始めていた。 今回の勝負は引き分け。 しかし、双子の恐るべき能力は、ヒーローたちの心に深い爪痕を残したのだった。
***
アジトの土間。 転送された双子は、ドサリとその場に座り込んだ。 髪は乱れ、ドレスは煤け、顔には疲労の色が濃い。
「最悪……。あんな下品な音、信じられない」
ルイーズが悪態をつくが、その声には力がなかった。
「……頭、痛い。気持ち悪い。ぐるぐるする」
マリーが涙目でルイーズにしがみつく。 魔力の逆流による船酔いのような症状だ。
「おう。お疲れさん。派手なデビュー戦だったな」
改蔵がニヤニヤしながら出迎える。
「笑い事じゃないわよ! ひどい目に遭ったんだから!」
ルイーズが改蔵を睨む。 だが、その目には甘えるような色が混じっていた。 彼女たちは消耗していた。 そして、消耗した分だけ、強烈に『魔力』を求めていた。
「……おじさん。充電、して」
マリーがふらふらと立ち上がり、改蔵に手を伸ばした。
「ネジが切れちゃったわ。動けないの。……責任、とってよね」
ルイーズも期待に満ちた目で改蔵を見る。 アジトでの『手当て』を期待して。 だが、改蔵は首を振った。
「悪いが、今日はお預けだ」
「え?」
双子が固まる。 その時、アジトの空間が歪み、新たな転送ゲートが開いた。 そこから現れたのは、白衣を纏い、巨大な注射器を背負った七瀬レンだった。
「あらあら。随分とボロボロですね」
レンがにっこりと、しかし逃げ場のない笑顔で双子を見下ろす。
「看護師さん!? なんでここに!」
ルイーズが後ずさる。
「サイトウさんから連絡を受けました。戦闘による魔力回路の損傷、および精神的ショック。これは専門的な『集中治療』が必要です」
レンが手にしたバインダーを叩く。
「本部の医務室に特別病棟を用意しました。そこで私がつきっきりで、完治するまで管理させていただきます」
「い、いやよ! 私たちはここで、おじさんに直してもらうの!」
「そうよ! 病院なんて行きたくない!」
双子が抵抗する。 だが、レンの背中から伸びた包帯の触手が、優しく、しかし有無を言わせぬ力で二人を拘束した。
「いけません。患者が治療法を選り好みしては。安静にしてくださいね?」
レンは二人をミノムシのように吊り上げた。
「
「おう。頼んだぞ婦長。しっかり躾けてやってくれ」
改蔵は笑って手を振った。
「そ、そんな! おじさん! 見捨てるの!?」
「嫌ぁぁぁ! おじさんの注射じゃなきゃやだぁぁぁ!」
双子の悲痛な叫び声が響く中、レンは優雅に一礼し、二人を連れてゲートの中へと消えていった。
「……ふぅ。これで少しは静かになるな」
改蔵は伸びをした。 マナとイスズ、そしてメイが改蔵を取り囲む。
「神主様。あの子たち、大丈夫でしょうか」
「レンさんの管理下ですからね……。ある意味、戦場より過酷かもしれません」
マナが身震いする。
「マスター。きょうは、わたしたちだけ?」
メイが上目遣いで尋ねる。
「ああ。今夜は邪魔者はなしだ。ゆっくりやるぞ」
「はいっ!」
アジトに平和な(そして淫らな)夜が戻ってきた。 双子の悲鳴は、遥か彼方の本部医務室で、レンの慈愛に包まれて消えていったことだろう。